レブリーハTVのサンボンバ出演①(イサベル・カラスコの歌で踊る。コンチャが教えてくれたこと。)

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

表題ブログの前に、ちょっとお知らせです。

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47388895_1917713864943736_8764917375024758784_oさて、以下表題のブログです。

昨晩はセビージャ郊外の街、レブリーハに行ってきました。12月に入ると毎年、レブリーハの地方テレビ局「レブリーハTV」がクリスマスイブに放映するサンボンバ番組の収録をします。サンボンバとはこの場合、クリスマスソングをフラメンコのリズムに合わせたもの。へレスのそれが有名ですが、レブリーハでも実は盛んなんです。レブリーハのフラメンコ愛好家たちがこの収録のためにサンボンバの練習に励みます。そして彼らとゲストアーティスト達によるフィエスタが録画され、イブの日に放映、レブリーハの住民はほぼこの番組を毎年家族で見てイブを過ごす、というレブリーハの恒例行事。

この収録に呼んで頂いて今年で4年目になります。私はフィエスタの時にブレリアを踊るのですが、今年はなんと、レブリーハを代表する踊り手、コンチャ・バルガスも参加!そしてゲストアーティストの歌い手はレブリーハの隣町クエルボの歌い手ホセ・オルモ、そして今年のラ・ウニオンコンクールで優勝したマリア・ホセ・カラスコ、そのお嬢さんのなんと若干12歳(!)の歌い手レジェス・カラスコ、セビージャの若手シルビア・レイナ。豪華なメンバーとなりました。

ブレリアといえばへレス(・デ・ラ・フロンテーラ)が有名ですが、レブリーハのブレリアにも格別な味があります。へレスとは全く異なる味。へレスよりももう少しテンポがゆっくりめで大地に吸い付いている感じ。リズムはブレリアの12拍子ですが、歌自体が異なるのはもちろん、アクセントやノリ、パルマの叩き方ももちろん異なってきます。どっちの方がいい悪いという問題ではなくて、どちらも格別。私からすると。もちろんへレスの人にとってはへレスが一番だし、レブリーハの人にとってはレブリーハが一番。それは自分の土地にそれだけ思い入れがあるからですね。だからこそ、その土地その土地の味がフラメンコに染み付いて全く異なる光を放つ。へレスとレブリーハは電車に乗ったら1駅しか変わりません。それなのになんという個性なのでしょう。そこがフラメンコの素晴らしさだと私は思っています。

縁あってそのレブリーハのヒターノ達のフィエスタなどに呼んで頂くことがあります。全然違うんですね。レブリーハのブレリアだよってお教室で習うものと、彼らのフィエスタで歌い、踊られるものと。こんなにも違うのかって、初めてそのフィエスタの中に入れて頂いた時は頭がクラクラしました。これがレブリーハのブレリアなら、私が習ったものはなんだったんだろうって。もちろん習ったものは間違いではないと思う。でもそれとは全く異なるものがこの世に実在していた。ヒターノ達のフィエスタ、彼らの家族や友人の間のフィエスタにおいて・・・。

そんな出会いから数年経って、このサンボンバ番組のフィエスタでこれまで3度踊らせて頂いたことがあったのですが、テレビ番組の収録だけに、フィエスタと言っても、フェイスタの形式を取りながら、でもフィエスタ収録中に司会者がそっと寄ってきて、「次の歌い手で踊れ」とかこっそり指令が出されるわけです。だから次の歌い手が誰かもよくわからないまま、その指令の下の「出番」で踊る。本来のフィエスタだったら、自分が感じた時に感じた歌の時に自発的に出る(もしくは思わず出てしまう)というところなのでしょうが、番組進行上そうはいかないわけです。そしてこれまでの3年間、私が踊る時に指定された歌い手はレブリーハの歌い手ではなく、その年のゲストアーティストだったり、別の土地の歌い手でした。去年はセビージャの歌い手、一昨年とその前もへレスの歌い手だったかなあ。だからきっと、レブリーハの歌い手にはレブリーハの人が踊って、私はそれ以外の土地の歌い手で踊るものなんだろうなって思っていました。暗黙の了解みたいに。

でも今年はちょっと違ったのです。今回は番組司会者がまるでタッチしていませんでした。ああ、今年は自由に踊っていいのかなって。そしてその時歌い始めたのが、昨年もこのサンボンバに出演し、私が踊った時に歌ってくれたセビージャの若手、シルビア・レイナでした。シルビアの歌は分かりやすく踊りに適している。だから私も出て行こうかなってちょっと思ったんです、実は。でもシルビアの歌で私は昨年も踊っている。シルビアが大体どういう歌を歌うのか私は知っている。シルビアの歌で踊るのはものすごい「安全」だ。クリスマスイブの日、レブリーハの全住民が見ていると言っても過言ではない程のテレビ番組で、すっとこどっこいなブレリアなんて披露したくない。誰だってちゃんと踊りたいに決まってる、それは私だって同じだ。だって恥なんかかきたくない・・・、「安全パイ」を取ろうか・・・と迷った瞬間、もう一人の自分、私の中にいる「ミニ・ジュンコ」が私に言ったんだ。

「それじゃ去年と同じだろうが、バカめ」

そうだよ、去年と同じことを繰り返してどうすんだよ?同じことっていうのは同じ振付でってことじゃない。同じような状況で、できるとわかっていることを繰り返して、それがなんになる???もちろん何もならないよ、私がブレリアをどう踊ろうが、世界は何一つ変わらない。でも自分の中でそれはやっちゃダメだって、もう一人の私「ミニ・ジュンコ」に私はハリセンで殴られたのだ。・・・・私はぐっとこらえた。そして私がぐっと堪えている時に、誰かが出てきて踊って、シルビアの歌は終わった・・・。

でもその後とんでもない展開に・・・。かの有名な歌い手クーロ・マレーナの妹、イサベル・カラスコが歌っている時に、フィエスタの中にいたコンチャ・バルガスが3〜4つ離れた椅子の距離から、私に踊れって合図を出してきたのだ。ま、まさか・・・、私?ちょっと迷っていたらコンチャの隣もその隣もそのまた隣も、私の反対側の隣の方からも合図と目線が送られてきた。私が踊るのか???イサベル・カラスコの歌で???

イサベルはプロの歌い手ではない。しかしその円熟味ある深い深い味わいはそんじょそこらのプロにも出せない歌。特にイサベルのソレアは鳥肌ものだと私は思う。レブリーハのプロもアマも皆イサベルには敬意を表す、そんな存在。だから私にとってイサベルの歌は聴くものであって、踊るものではない。私にとってだけではなく、きっと誰にとってでもあると思うんだけど・・・現に、彼女のお嬢さんと妹以外にイサベルの歌で踊っている人を私は見たことがない。もちろんお嬢さんも妹さんもプロではない。家族の中でお母さんが歌って娘が踊る。姉妹で歌ったり踊ったりする。そういうこと。根っこからの正真正銘のアーティスト一家なのだ。・・・で、そのイサベルが歌っている時に、コンチャが踊れって合図を出してきた・・・。

こういう時に「いえいえ、私なんてとてもとても・・・」なんて言ってられない。もう意を決して出て行くしかない。イサベルを見て、イサベルの歌を聴いて、私はマルカール(リズムを刻む動き)をしていただけだった。でもそしたら、どんどんイサベルの歌が私の身体に入ってきたような気がした。内臓に届いて行く感じ。内臓の中でも具体的に、それは・・・「子宮」に入ってきたような感じ。子宮が充満して、身体が充満して、そこから末端に伸びていく感じ。わあ、これがレブリーハのコンパスなんだ、ってこれまで自分が聴いていたものはこれだったんだって、それを私の身体が初めて確信してくれたみたいだった。

多分。

でもイサベルの歌は難しかった。難しいというのはどこでレマタールしたらいいのか、分からなかったからだ。レマタールというのは、歌の流れの中で落ちていく部分を一緒に踊りで強調すること。(もちろんギターやパルマで強調することもレマタールという)聴いて、聴いて、探して、待って、待って・・・・ここだ!と思ってレマタールした所もあれば、そうでない所もあった。難しいと思う頭と、コンパスが充満していく身体と、それが私の中で同居していた。

もしイサベルの歌ではなくて、レブリーハの歌でも「踊りに適した歌」を歌ってもらっていたとしたら、全然違っていただろう。歌い手のほとんどは、自分一人で歌う時には好きなものを歌うが、誰かが踊り出したら踊りやすい歌にする。だからその範囲内であれば私は踊れると思うし、逆に、そういう歌が来た時を狙って踊り出す人がほとんどだ。(もちろんそれを判断する耳も必要だ。当たり前だけど)でもイサベルの歌はそうではない。家族の中でずっと歌われてきたもの、代々引き継いできたもの。お教室で「レブリーハの歌」として習うものでも、誰かのCDの中に入っているものでもない。そして、それは、私にはないもの。お金を払って習うものでも、Youtubeから取るものでもない。彼らの土地と彼らの家族の中で、長い年月をかけて醸造されたもの・・・・。

収録が終わって、イサベルが声をかけてくれた「私が歌って、あなたが踊って、あなたが踊っているのものを私が歌って、という瞬間があった」って。多分それは、私の子宮に彼女の歌が入って、私の子宮から彼女の歌が出て行った、あの感覚を持った時のことだと思う。そうでなければお互い同じことを思うはずがない。周りの人たちが、「君がレブリーハの歌で踊るのを見たかったんだよ、レブリーハの歌で踊るべきだったんだよ」って言ってくれて、ああそうだったのか、って思った。

その後コンチャに挨拶しに行った。自分が思ったことをそのまま言った。「イサベルの歌は私にとって聴くものであって、踊るものではないとずっと思っていたから、まさか踊れって合図されるとも思わなかったし、自分がイサベルの歌で踊ることになるなんて思ってなかった。すごく難しかった」そしたらコンチャは、私が踊っていた時の心境をそのまま読み当てた。やっぱりプロだ。やっぱりコンチャだ。コンチャには全てお見通しなんだ。そして私にアドバイスをして下さった。私がこれからどうやって学んでゆけばいいのかということを具体的に。そして、自分もそうやって勉強してきたんだ、だからお前はもっと学べ、と。

その時、私は思った。だからコンチャはわざとイサベルの歌で私が踊るようにしたのかな・・・もし他の歌い手の踊りやすい歌で私が踊ったとしたら、それはそれで「無難に」こなしていたかもしれない。恥をかくこともなく私は「バイラ・ビエン!」(上手に踊るね)とレブリーハの人達に褒められめでたし、めでたし。今年も楽しかったです!というブログになっていただろう。

でもそうじゃないんだよ、って私に教えるために、コンチャはあえてイサベルの歌で踊るように合図出してきたのかな・・・本当のところは分からない。それはただの考え過ぎかもしれない。でもコンチャにはすごく感謝している。そしてあんなに素晴らしい歌を聴かせてくれた、そして私なんかを踊らせてくれたイサベルにも。

そして、そのコンチャといえば、あのフィエスタ収録のコンチャの踊りといえば・・・・

それは「宇宙」だった。

コンチャ自身が宇宙そのものだった。出て行く瞬間にもう空気が変わった。というよりコンチャが空気を変えた。コンチャが動いても動いてなくても、そのコンチャの存在だけで時空が「コンチャ時間」に変貌した。歌もギターもパルマを叩いている私たちも、テレビカメラもマイクも建物も夜空も全部がコンチャの宇宙の一部になった。彼女の土地レブリーハで、レブリーハの人間と、レブリーハの観客と・・・その中で踊るコンチャ。いや、コンチャがその中で踊っているんじゃない。コンチャの踊りの中に私たちが飲み込まれていった。

あの時のコンチャの踊りと、そしてコンチャの教えを思い出すと、なんだかとてつもないものを私は頂いてしまったのではないか・・・・という気がする。ちょっと恐いくらいに。あまりに大きすぎて・・・私はそれを本当に学ぶことができるのか・・・そもそも受け取ることができているのか・・・

それと、もう一つ、ブログにしておかなくてはならないことがある。→②に続く。

写真:アラセリ・パルダル

2018年12月6日 セビージャにて。

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