萩原淳子のフェスティバル・デ・ヘレス2016鑑賞記①

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

シェリー酒と馬、そしてフラメンコの町、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラで毎年開催される、フラメンコフェスティバル。今年は20周年記念だそうです。2週間の期間中、公式プログラムだけでも毎日2〜3公演、それに非公式プログラムのライブなどもたくさん開催されています。その全部を観ることはできませんが、後半の1週間へレスに滞在していますので、その間に観た公演の鑑賞記をブログにしたいと思います。自分で忘れないためにもね。

  • 2月26日(金)23:30開演 マヌエル・モネオ(会場:ラ・グアリダ・デル・アンヘル)

12814668_10153959396771228_4063883948254213216_n彼の歌を聴きにヘレス入りの日程を調整する。マヌエル・モネオ。トルタもアグヘータも亡くなってしまった今、現フラメンコ界で稀少なプーロ(純粋な)・フラメンコの歌い手。マヌエル・モネオを聴かずにどうする?

先週の土曜にヘレスのタブラオで共演したモモ・モネオのお陰で本番前のエンサージョを見学させて頂いた。中にいるのはモネオ系の家族がほとんどで、一般のお客さんは外で待っている。ライブハウスのようなタブラオの中は一種独特の雰囲気に包まれていた。ただのサウンドチェックではない。何が何でもマヌエル・モネオのために働くんだ、という強い意志のようなものが会場となっているグアリダ・デ・アンヘルのスタッフ達の中に流れている。誰もそんなことは言わない。でもそれがビシビシ伝わってくる。

本番。あっと言う間に客席が埋まる。多分チケットは完売だろう。それ程広い会場ではないが、所狭しと椅子を並べ、立ち見も2階のキャパも入れたら相当の人数になるのではないだろうか。そして観客はヘレスの人達だけではない。ロタから、アルへシーラスからとマヌエル・モネオの歌を聴くために集まってきた筋金入りのフラメンコ愛好家達もたくさんいる。そりゃそうだ、だってマヌエル・モネオだ。

彼の一声一声がフラメンコだ。伴奏の若きギタリストミゲル・サラドもいい。しかし何と言ってもこの夜の一番はシギリージャだった。本当のことを歌っている。亡くなったトルタやアグヘータに語りかけるシギリージャ。自分の苦しみを自分の言葉で語るマヌエル・モネオのシギリージャ。本当のことなんだ。歌が上手いとかそういう次元の問題ではない。レトラに気持ちを込めて歌っているんじゃない。本当のことを歌っているんだ。本当に彼の身に起きたこと、今感じていること、それがそのままカンテになっている。それがそのまま絞り出されている。歌いながら泣いている。舞台袖に引っ込んでいるパルメーロも、観客も皆泣いている。オーーーーレーという声が涙声になってしまう。ぬぐってもぬぐっても涙は止まらない。ヘレス入り初日にして内臓をえぐりとられてしまった。

  • 2月27日(土)17:00開演 イサベル・バジョン(会場:ボデガ・ディエス・メリト)

f88e02865320周年記念のフェスティバル側が企画した公式プログラム。20周年記念にちなんで、通常の劇場ではなく、ヘレス市内のあちこち20カ所を会場にしてフラメンコを魅せるミニ公演の1つ。シェリー酒の町だけあって、ヘレスには至る所にボデガがある。今回はそのボデガ内をフラメンコ会場に。シェリー酒の樽に囲まれた場所で雰囲気はばっちり。でも見えにくい。舞台は高い位置に設置されているが、客席は細長く奥行きがあり過ぎる。椅子が並べてあるけれど段差が全くないためよく見えない。よく見えないので結局一番後ろで立ち見してみたが、それでもイサベルの足元どころか、膝下くらいからも見えない。

公演内容は、数週間前にセビージャのマエストランサ劇場で観た公演と同内容みたい。30分ちょっとの小作品だけれど、上手く作ってある。イサベルは舞台に乗りっぱなしで着替もそこで行っている。バタ・デ・コーラから膝丈のスカートの衣装へ、そしてそれにシージョを身体に巻いたり。着替えているのはお客さんから見えるのだけど、変ではない。(そういう趣向でたまに変に見える人もいる)舞台はスムーズに流れていく。やはりイサベルの手腕かな?この人は踊りが上手いだけでなく、シンプルだけど気の利いた舞台を創るので好き。

でもやっぱりよく見えないのが難。これはイサベルの問題ではなくフェスティバル側の、会場の作り方の問題なんじゃないかなと思う。イサベルの作品は素敵なだけに残念。

ビデオはこちら→https://vimeo.com/156973341

  • 2月27日(土)19:00開演 モネタとモネタの振付工房(会場:ボデガ・ラ・コンスタンシア)

8b462c6790こちらも上記同様、20カ所イベントのうちの1つ。別のボデガが会場。グラナダの実力派の踊り手モネタと彼女が主催している振付工房の生徒達による公演。モネタには1月にセビージャで習っていて、この振付工房の話は聞いていた。モネタの中で群舞作品への創作意欲というのが芽生え、将来的にはグラナダの舞踊団のベースになればということで、この振付工房の生徒達と一緒にモネタが群舞作品を実験的に創っているとのこと。その第1回目の作品がこのヘレスのフェスティバルで発表された。

同じボデガでも、イサベル・バジョンの会場よりもずっと広い。舞台も大きく、観客はそれをコの字型に取り囲む。ただし舞台は床に直接設置され、椅子はないので、観客立ち見で舞踊家とは同じ目線にある。つまり、1〜2列目でないと見えない。私が会場に到着した時には観客の長蛇の列で、私が会場内に入った時にはすでに舞台から3〜4列の観客が陣取っていた。早いもの勝ちだから仕方ないけど、全然見えない。私の後からもどんどん人が入ってきて、大きなボデガでもぱんぱん。皆見えないのでなんだか殺気だっている。「立ち見に10ユーロも払う訳?」とはっきり言う声も聞こえて、それもそうだよな、と思う。と思ったら、ひょいっと私の前の視界が開けたのでラッキー。なんとか舞台はちょっと見えるようになった。

振付工房の生徒達と、今回のフェスティバル期間中のクルシージョ受講生らしきエキストラ達の群舞が始まった。エキストラの募集は本番数日前にあり、そういう試みも面白いと思うのだけど、明らかに動きがずれている人とかもいて残念。無理にエキストラを使わなくてもいいんじゃないかと思ったけど、出演した人には記念になるからいいのかもね。その後は振付工房の生徒達の群舞が始まり、皆苦悶の表情を浮かべて踊っているのだけど、その表情が嘘くさい。演技しているのが見え見えで白々しい。後で知ったのだけど、この公演は1万人の移民の子ども達が行方不明になってしまった事件を題材にしていたらしい。苦悶の表情はそこからきているのかもしれないけど、本当に感じているのと、ただそういう表情を表面的に作って踊るのでは全然違う。表現する者のの内面性がそこに現れる。

しかも長い。舞踊団ではなく振付工房の生徒達なので、それ程舞踊レベルがあるわけでもない。見ていて疲れてくる。それから振付に関してはモネタが振付しただけあって、ああモネタだな!という特色のある動きがちりばめてある。それはそれで興味深いのだけど、それをそのまま群舞にするというのはどうなんだろうか。モネタの動きはモネタしかできないわけで、それをなんとなく真似した踊りが大勢集まってもね・・・。群舞には群舞の良さがあるのだから、それを引き出す振付を考えた方がよいのではないか。

そして出て来たモネタのソロのタンゴ。待ってました!やっぱりみんなモネタが見たいわけだから。特にタンゴはいい。モネタ独特のタンゴとグラナダ独特のタンゴ。それが上手い具合に混ざって、やっぱりモネタのタンゴはいい。

が、それが終わるとまた長い群舞。そして歌い手達が舞台から歌いながら去っていくので、これで終わりかと思いきや、お客さんが移動している。良くわからないまま着いて行った先には、別の場所に高台の舞台が。なんとモネタがそこにいて踊っている。えー、ちょっとそれはないんじゃないの。観客を移動させる手法は面白い。でも移動する人数、移動させる場所、移動する時間を計算して作品を作らなければ置いてけぼりになる観客が続出する。私は半置いてけぼり、(完全に置いてけぼりになった観客も多かったと思う)舞台は高台だけどモネタの胸から上しか見えない。でもそれでもモネタの踊りはすごかった。やっぱり並の踊り手ではない。

思うに、ここで終わらせておけばよかったのではないか。モネタでしっかりしめる。ところが、舞台はまた元の場所に移動し、観客はまた移動。この移動のどさくさに紛れて私は一列目を確保(!)しかし、ここからがまた長い。また生徒達がいろいろ踊っているのだけど、もういいよという感じ。しかも立ち見だから疲れる。一体いつこれは終わるのか全く分からないまま疲労感だけが増幅してゆく。帰ってゆく人もちらほら。最後の方にプロジェクターで移民の映像とか流していたみたいだけど、なんせ客席と舞台がつながっているようなものなので、舞台を見るとプロジェクターは目に入らないし、プロジェクターを見ると舞台が目に入らない。劇場公演のようにはいかない。手法は面白いと思うのだけど、やはりどういう場所で公演を行うかというのも考えないと効果は半減する。

そうしてやっと終わった。長い。1時15分。これ全部立ち見。もちろん立ち見ってのがないわけではない。でもそれは観客の方で立ち見と分かってチケットを買い、公演時間も事前に大体分かっている。チケット買った後にふたを開けたら立ち見で、しかもいつ終わるか分からない公演。モネタの踊りはほんの少しで、後は言ってしまえば、練習生の長い長い群舞。これつらいよ。第1回目の実験作ということで、やりたいことを全部詰め込んでみたのかなあ?観客の側からすると群舞の分量をもっと削って、モネタの出番をもう少し増やすだけでも随分印象は変わるんじゃないかなと思うのだけど。タイトルは「モネタとモネタの振付工房」ってな感じなわけだから、やっぱりモネタがメインで、その合間に振付工房の生徒群舞が挟み込まれるのを想像してたんだよね・・・。

ビデオはこちら→https://vimeo.com/156983207

マヌエル・モネオ公演写真/アントニオ・ペレス

イサベル・バジョン公演、モネタ公演/フェスティバル・デ・ヘレス公式HPより。Foto Javier Fergo para Festival de Jerez

2016年3月3日 ヘレスにて。

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