Aug 28

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

先週土曜に出演したロンダでのフェスティバルから、もう1週間経ってしまいます。今日ロンダの新聞に私の踊りの批評が出るそうです。フェスティバル当日に取材に来た新聞記者が、その記事を送ってくれると言ってましたが・・・・あんまりあてにせずに待とうと思います。もし届いたらブログにアップしますね!

前回のブログの続きは以下です。(写真:アントニオ・ペレス)

フェスティバルの後、なんだか自分の踊りをできなかったような気がして、すごくすごく落ち込んでいました。あんなに練習したのにな。コンクールで優勝して、せっかくフェスティバルに出るチャンスをつかんだのにな。どうすればよかったんだろう・・・って。もちろん毎回毎回自分の思うように踊れるとは限らない。それは自分だけの問題ではなく、様々な要因が絡んで来ることもある。ロンダの人達からものすごい拍手を頂いたらしいけど(セビージャから観に来てくれたお友達が教えてくれた)、でも自分の心の中では、自分で自分に拍手を送れずにいました。

ホテルに着いてからもずっと考えていたからか、次の日の朝はものすごい頭痛で目が覚めました。チェックアウトの時間もとっくに過ぎていたし、どうせ今日は疲れているからゆっくり休んで、もう一泊しよう。せっかくロンダにいるのだから。なんたって、あのミッシェル・オバマが訪れた街ですからね。

ズキズキする頭をかかえながらとりあえず外に出て朝食。(すでに昼食の時間だったが)食べるとすぐに眠くなる私。ありえないけど、カフェテリアで寝てしまった。ホテルに帰ってまた寝るか、と思ったけどせっかくだから展望台まで行く。

ロンダは崖の上にある街。旧市街と新市街を結ぶヌエボ橋から下を眺めると本当に断崖絶壁。そしてアンダルシア独特の広大なオリーブ畑が広がっている。ロンダの山々も。ぼ〜っと眺めていたら、なぜか涙がぽろぽろこぼれてきた。ひよこ豆のような涙が。今私の目の前に広がっているものに比べたら私はなんて小さいんだろう。

そして思った。私は小さな種だ。外来の、日本からやってきた種。その小さな種は意思を持って大地に落ちた。雨や風や強烈な太陽にさらされ、時には踏まれたり上から石を乗せられたり・・・・それでも9年かけてやっと根っこがはえ、ちょっぴり芽が出て来た。そしてその芽を育たせるために、根っこがアンダルシアの大地の栄養分を吸収しているのだ。

でもその種はちょっと芽が出たら、もう花が咲くものだと思っている。コンクールで優勝したから、もうおいしい実がたわわになると思っている。まだ芽が地上から顔を出しただけなのに。この広大な大地に何十年、何百年と生えているオリーブの木。何百万年と存在する岩。それが「フラメンコ」なんだよ。小さな種が「踊れた」「踊れない」って騒いで、だからなんなの?ぽろぽろ涙が崖の下に落ちて行く。でも涙はその大地にすら届かない。熱い熱い太陽の熱で蒸発してしまうから。

その時言われた。「泣きたかったら泣いていいよ。でもジュンコが悲しんでいると誰も幸せになれないよ」

小さな種を踏みつぶそうとする人もいる。「すごいね〜がんばってるね〜」と言いながら、実は「芽なんて出るわけないじゃん、日本人なんだから」と陰で笑っている人もいる。でもそんな人達だけではなかったのだ。時々水やりをしてくれた人、石を取り除いてくれていた人、成長をいつも楽しみにしてくれている人達が私にはいたのだ。私が特別な種だったわけではない。たった一人で耐え忍んで芽を出したわけではない。そんな当たり前のことに気づくのに9年もかかったばかな種。そう思ったら涙が止まらなくなってしまった。

ロンダの街にありがとうと言いたい。この風景に出会うために、私はロンダのコンクールで優勝したような気がしてきた。人生に出会うべき人がいるのと同じように、訪れるべくして訪れる場所があると思う。そしてそれは来るべき時に来る。私にとってそれがロンダだったのだろう。

どこにおいしいアイスクリーム屋があるのかよく分からなくて、地元の人に教えてもらった。でもあんまりおいしくなくて、セビージャのRayasのアイスクリームの方が100倍おいしいよ、と思ってしまった。でもロンダは特別だ。街を歩いていたら「昨日踊ったでしょ!」「アンタ、すごいね!」「ただの踊りじゃなかったよ。伝わってきた。これからも踊り続けるんだよ!」と声をかけられた。ここにも種の成長を喜んでくれる人達がいる。

そして海の向こうにも。ロンダの絵はがきを2枚買う。両親と妹に出すんだ。

この種は単なる種ではない。字も書けるしブログまで書いてしまうのである。

2010年8月28日 セビージャにて。

そういえばRayasのアイスが冷凍庫にあったはず。食べちゃおう、夜中だけど。

Aug 14

2010.8.21 // ロンダ・カンテ・グランデ・フェスティバル

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子(ロンダ・コンクール2010バイレ部門優勝)
  • ホセ・メルセー(カンテソロ)
  • クーロ・ルセーナ(カンテソロ)
  • ルビート・イホ(カンテソロ)
  • アントニオ・ポルクーナ エル・ベネーノ(コンクールカンテ部門優勝)
  • モイ・デ・モロン(舞踊伴唱)
  • ミゲル・ピクオ(舞踊伴唱)
  • モライート・チコ
  • アンヘル・マタ
  • パトロシニオ・イホ
  • マノリート・エレーラ
  • フランシスコ・ゴメス・モンカジョ(コンクールギター部門優勝)
  • ミゲル・ペレス(舞踊伴奏)

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

こちらセビージャは昨日あたりから気温がぐっと下がって随分過ごしやすくなりました。先週は毎日40度以上あって大変でしたが!

さて、8/21(土)に「第42回ロンダ・カンテ・グランデ・フェスティバル」に出演します。そのポスターをアップしてみました。(ポスター部分をクリックするとでっかくなります!)出演アーティストはホセ・メルセー、クーロ・ルセーナ、ルビート・イホらカンテソリストと、今年のロンダ・コンクール優勝者となっています。開演は22時となっていますが、恐らく始まるのは早くても23時過ぎ、夜通し行われるこのフェスティバルが終わるのはきっと明け方でしょう。

アンダルシアの夏のフェスティバルは7月から9月まで各地で行われます。会場は屋外。地元住民はもちろんのこと、近隣市街からもフラメンコファンが駆けつけ、これぞ夏のアンダルシアのフラメンコ!特設舞台の周辺には仮設のバルが準備され、みなワイワイがやがや、飲んだり食べたりしながらフラメンコを楽しみます。家からクーラーボックスを持ってくるピクニック気分(夜中ですが)の家族連れもいますよ。日本の劇場のように席にじっと座って黙ってフラメンコを観聴きする雰囲気とは大違い。もちろんそういうフラメンコ大ファンも沢山いれば、アーティストの歌に合わせてパルマ(手拍子)をたたいたり、自分が知っている歌詞で歌われると嬉しくなって、一緒に歌ってしまうファンもいます。

私もこれまでにいろいろな村のフェスティバルに行ってきました。そこでたくさんのアーティストのカンテ(歌)を聴き・・・そう、ここではフラメンコとはカンテ。ワイワイがやがやしていたはずの観客がある一瞬になると「ooooleeee!」と叫ぶ。一体となって。有名な歌い手だからという理由で拍手を送るのではありません。有名だろうと無名だろうと、自分の琴線とフラメンコの瞬間が合致した時に出るあの「oooooleeeeee!」。こりゃすごいわ。もちろん踊りもあるけれど、ソリストとして参加する歌い手が沢山いるのに対し、踊りのグループは1つだけの所が多い。踊りだけを勉強する留学生からすると「歌ばっかり」と思う人もいるかもしれないけど、繰り返します。ここでは、フラメンコとはカンテなのです。(だからロンダのフェスティバルも「フェスティバル・デ・カンテ・グランデ」ですね。)

大物舞踊家が出演することが多い、アンダルシアの夏のフェスティバル。私もこれまでマヌエラ・カラスコ、ファルキート、コンチャ・バルガス、カルメン・レデスマなど素晴らしいアーティストのフェスティバルでの踊りに大興奮&感動してきました。かのエバ・ジェルバブエナも、子供の頃に観たとあるフェスティバルでのマヌエラ・カラスコとコンチャ・バルガスの踊りを「これがフラメンコだ、と思った」と語っています。フェスティバルで踊るのはとても名誉なこと。ただ近年は不況のため、フェスティバルの規模を縮小したり、開催すらできない状況になってしまいました。以前のように歌い手も踊り手も大物アーティストがぞろぞろ出演するフェスティバルは、残念ながら減ってきています。そんな中、今年のロンダ・コンクール優勝者という枠内でありながらフェスティバルに出演できるのは、私にとっては本当に光栄極まりない。しかも外国人だし。

フェスティバルまであと1週間。私の踊りはどうなるんだろう。緊張と不安と興奮と期待感が入り交じっています。いっぱい練習したけど、それでも技術は技術でしかない。フラメンコはカンテなんだよな・・・・その「当たり前」のことが私の中に一体どのくらいあるのだろう・・・・

2010年8月14日 涼しくて幸せな朝。日本から密輸してきたカルピスを飲む。 セビージャにて。

Aug 3

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

私は元気です。日本での3週間は怒濤のごとく過ぎ、先週の水曜にセビージャに戻りました。とにかく今回は暑かったのと忙しかったのと・・・大変!でしたが、第4回目となったクルシージョ、そして恵比寿「サラ・アンダルーサ」でのライブ3公演など非常に非常に充実した3週間でした。受講して下さった皆様、ライブにお越し頂いた皆様どうもありがとうございました。

あ、ご報告ですが、ウニオン・コンクールの予選は落ちました。たくさんの方に応援して頂き予選通過の結果を待ち望んで頂いていたのですが、通過ならず。予選では自分の踊りをできたと思っていましたし、ギタリストやカンタオール(歌い手)とも準決勝に向けて話をしていたのですが・・・・でも実は心の中で「通らないかもしれない」とも思っていたのです。コンクールに申し込んだ日から予選の日までに、いろいろな人の、このコンクールに関するいろいろな裏情報を耳にしてしまっていたからです。もちろんそれらは噂なので真実かどうかは分かりませんが。

予選落ちを知らされたのは7/26(月)、恵比寿でのライブの当日朝でした。予想はしていたものの、実際本当に落ちたことを知らされると悔しいのと虚しいのと・・・・こんな気持ちのまま今日は踊れるんだろうか。これまでのライブ2日間でせっかく波に乗って来たのに・・・がーん。と思いながら恵比寿に着きました。共演のエミリオ・マジャに「ウニオン落ちた」と言うと、そばにいた歌い手のエンリケ・エル・エストレメーニョがいきなり激怒し、「何だと????ジュンコがウニオンに落ちただと???」「あのコンクールは・・・・(日本語訳不可能の罵倒語)だ!!!落ちるべき踊り手が予選に通って、予選に通るべき踊り手が落ちる!!!俺が電話してやる!!!」ものすごい剣幕。実際にはエンリケはコンクール主催者に電話はしないと思うし、(多分ね。でもその気持ちだけで十分嬉しい。)結果は変わらないので私としてはもうどっちでもいいや、という気持ちでしたが、エンリケの激怒を目にして、なんだか逆に気持ちがすーっと落ち着きました。

そのお陰かな?月曜のライブの踊りは、やっぱり出て来た、あの「ぶわ〜」が。それはいつも出て来るとは限らないし、いつどこで出るかは分からない。でも時にして私の踊りに出て来るもの。うまく説明できないけど、何かをキャッチした時、何かと交信できた時(私は地球人ですが)、自分の中の針のようなものがマックスにふりきる瞬間があります。そうしたら後はそれに従うだけ。そしてそれがあの日、2部で踊ったアレグリアスの、2つ目の歌が歌われた時に起こりました。今でも覚えていています。すごい。自分がすごいのではなく、その瞬間が世の中にあるということが。それが自分に巡り回って来たということが。この瞬間があるから、私はフラメンコを踊っているのだと思う。やっぱりフラメンコって素晴らしい。自分の人生の中でフラメンコに出会えた事に心から感謝する瞬間なのです。

結局のところ、あの予選落ちの真相は分かりません。私が聞いた噂やエンリケの言っていた通りのことが起こってしまったのか?単に私の実力が予選通過者よりも劣っていただけの話なのか?どちらにせよ、コンクールの結果は結果でしかない。良くても悪くても。考えても仕方がないことは考えない方がいい。ネガティブになって自分に悪影響を及ぼすから。自分の踊りの問題点だけ反省して、そしてよかった所は自分の中で守る。そして踊り続ける。日本でもセビージャでも、コンクールでもそうでなくても。同じ。いつもフラメンコを探す。

そういえば、以前日本のコンクールに出場した時に伴奏して下さった、ギタリストの俵英三さんがおっしゃっていました。「淳子ちゃん、あのな、コンクールでは何でも100点をとらなあかんけど、フラメンコってのはな、1カ所1万点があればいいんや。あとの残りは0点でもマイナスでも構わん。みんなその1万点を探しているんや。」

そして!!!!その「1万点」を持つ踊り手のクラスを昨日見学しました。その踊り手の名はアンへリータ・バルガス。彼女を人間国宝と呼んでも過言ではないでしょう。国の宝。いや、世界の宝。今日から1ヶ月、私はアンへリータに習います。「習う」というより・・・その「1万点」の瞬間に出会えればいい。自分の踊りに「1万点」があってもなくても、ここには「1万点」の瞬間を持つ踊り手がいるのです。やっぱりフラメンコって素晴らしい!!!!

というわけで・・・・これからクラスに向かいます。またブログを更新しますね!

今年はセビージャより日本の方が暑いみたいですよ。どうぞご自愛下さいね。

2010年8月3日 日焼け止めを塗っているのに日焼けしちゃうセビージャにて。

Jul 22

みなさんこんにちは!暑~い暑~い毎日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか?

私は元気です。毎日クルシージョ(短期講習会)や個人レッスンなどで忙しい毎日ですが、すっごく元気です。たくさんの方に「こんなに暑くて、そんなにハードなスケジュールでよく体がもつね?!」と驚かれるのですが、元気なんです。ほんとに、体が丈夫ということぐらいしか取り柄がないかも?しかも年々丈夫になっていく気がする???

さて、今日は恵比寿のタブラオ「サラ・アンダルーサ」で踊ります。今回の一時帰国中のライブ第1弾です。そして24日(土)、26(月)にも同じアンダルーサで踊りますよ。みなさん観に来て下さいね!

2010.7.26(月) // サラ・アンダルーサ-(恵比寿)1部19時/2部21時開演 

萩原淳子1、2部通し出演。チケットご希望の方がこのHP「連絡先」のファオーラムを通してお申し込み下さい。

チケット:各部3000円/通し4500円

Baile Cante Guitarra
  • カルロス・カルボネル
  • 今井協子
  • 水野恵
  • 萩原淳子(1、2部通し出演)
  • エンリケ・エル・エストレメーニョ
  • エミリオ・マジャ

2010.7.24(土) // サラ・アンダルーサ-(恵比寿)1部13時/2部14時半開演 

萩原淳子1曲のみ2部出演。チケットご希望の方がこのHP「連絡先」のファオーラムを通してお申し込み下さい。

チケット:5000円(通しチケットのみの販売)

Baile Cante Guitarra
  • カルロス・カルボネル
  • 奥野裕貴子
  • 田倉京
  • 時枝典子
  • 正木清香
  • 萩原淳子(2部のみ1曲出演)
  • エンリケ・エル・エストレメーニョ
  • エミリオ・マジャ

2010.7.22(木) // サラ・アンダルーサ-(恵比寿)1部19時/2部21時開演 

萩原淳子2部のみ出演。チケットご希望の方がこのHP「連絡先」のファオーラムを通してお申し込み下さい。

Baile Cante Guitarra
  • カルロス・カルボネル
  • 落合ゆかり(1部)
  • 福士美帆(1部)
  • 吉岡弥生(1部)
  • 井田真紀(2部)
  • 伊部康子(2部)
  • 萩原淳子(2部のみ1曲出演)
  • エンリケ・エル・エストレメーニョ
  • エミリオ・マジャ

先日ギタリストのエミリオ・マジャと歌い手のエンリケ・エストレメーニョとの合わせをしてみました。タラントなんですが・・・なんだか難しそうです。エンリケがエミリオにダメ出しをしていて・・・確かに「う?なんで?」と思うところにギターの音が入ってきたり、踊っていてもちょっと戸惑ってしまう・・・・・。そう、タラントは難しい。本当にカンテ(フラメンコの歌)を尊重して聴いていなければ、踊れないし弾けない。エミリオがタラントを聴いていないという訳ではなく、プロのギタリストであってもそれは難しい。歌い手の歌い方にもよります。合わせやすいようにわざと分かりやすく歌ってくれる人もいれば、そうでない人もいる。どんなカンテもそうだけど、タラントは特に難しいと思うのです。かと言って完全に受身で聴いて、カンテに対して受身のままで反応すればよいのか、というとそうでもない。時には踊りが主導権を握ることもある。もちろんカンテへの尊重を大前提として。

難しい・・・でも踊ると決めたからには踊る。今日のライブでそのタラントを踊ります。そして24日(土)のライブではアレグリアス。26日(月)は1、2部通し出演なのでタラントとアレグリアスの両方を踊りますよ~。本当はソレアも踊りたかったのですが、スケジュールぎっりしの教授活動をこなしながら踊りを3曲用意するのはちょっと大変でした。だから今回はアレグリアスとタラントでいきます。がんばります!

というわけで、「あら、観に行ってみようかしら」と思われた方、このHP「連絡先」までご連絡下さい。チケットをご用意してお待ちしておりま~す!では7/22、24、26は恵比寿に集合!!!よろしくお願い致しま~す!

2010年7月22日 涼し~いわ~♪ 湘南台ネットカフェにて

Jun 27

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

私の方はと言えば・・・なんとロンダ・コンクールで優勝してしましました。↓
  • 2010年6月25日 第16回「カンテ・トーケ・バイレ全国コンクール「アニージャ・ラ・ヒターナ・デ・           ロンダ」優勝
  • 2010年8月21日  第42回「ロンダ・カンテ・グランデ・フェスティバル」出演
Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子(優勝)
  • ハビエル・リベーラ
  • モイ・デ・モロン
  • ミゲル・ペレス

なんだかいまだに信じられません。コンクール決勝は金曜、夜通し行われ、朝5時過ぎにやっとセビージャに着きました。昨日は洗濯したり寝たり食べたり・・・をぼーっとしながら繰り返すうちにあっと言う間に日にちが変わってしまいましたよ。だからまだぴんと来ていないのかな?「優勝」が。
というより、そもそも私は自分が優勝するとは思っていなかったのです。決勝前日の合わせで、ギタリストのミゲル・ペレスにこんな事を言われました。「ジュンコが分かっているように、コンクールの結果というのは政治的な絡みがある。だからもし優勝できないとしても、決勝に残ったことだけでジュンコと俺達にとってはもう『優勝』したと同じことなんだ。『優勝できる踊りではない』と言っているのではないよ。ジュンコにとってこれから障害になるのは踊りじゃなくて、外国人であるということだ。なぜなら、外国人に『優勝』を与えるということは『フラメンコはわれわれのものである』と考える彼ら自身の尊厳を自分たちで自ら覆すことになる。それは矛盾だからだ。」
ミゲルは正しい。私にもそれは分かっていました。もちろん外国人であっても何か強力なコネがあれば優勝はできるかもしれない。でも私にはない。でもそれを分かっていて、敢えてコンクールに申し込んだのです。強力なコネを吹っ飛ばすほどの確固たる実力をつける。それが私に残された唯一の道だから。コンクール出場を通して実力をつける、優勝して踊り手としての道が今よりも開かれれば、舞台で私は成長できる。だけど、コネのない私は優勝はできないだろう・・・。いろいろな気持ちを抱えてあの日、ミゲルのスタジオから家まで歩いて帰りました。重いバタ・デ・コーラを持って。1時間もかかって。でもただ歩きたかった。
当日。決勝進出したのはマラガの踊り手ウルスラ・モレーノと私の二人。私たちはくじを引いて ①ソレア(私)②アレグリアス(ウルスラ)③アレグリアス(私)④シギリージャ(ウルスラ)という順番になりました。その1曲目の私のソレアが終わった後、ミゲルが私に言ったのです。「アレグリアスを今まで通り踊れば、ジュンコが優勝だ。」
え???だって外国人だから優勝できないって言ったのミゲル本人じゃなかったの???ぽかんとしてしまった私に、ミゲルが一言。「あのソレアで優勝できなければ、このコンクールはイカサマだ」
あの時のソレア。今考えると、あのサリーダ(出だし)で全てが決まったように思えました。こんなソレアのレトラ(歌詞)でした。今思い出してここに書くので多少違うかもしれませんが・・・
Toda la parte del mundo
sale el sol cuando es el día.
A mí me sale de la noche.
Hasta el sol va contra mía.
どんなことを歌っているのかというと、「世界のどこでも太陽は昼間に出る。でも私(のところ)には夜に出る。太陽までもが私に逆らっている。」こんな感じでしょうか?実際スペイン語の歌詞を日本語に訳すと無理があります。私自身うまく訳せません。日本語に訳してしまうと、自分がそのレトラを聞いた時の感覚と全く変わってしまうから。ま、それはまた別の問題として、この歌を聞いた時に自分の中から何かが「ぶわっ」と沸き上がってきたのです。あの独特の感覚がある時、私の踊りは私の踊りであり、私の踊りでなくなる。踊っているのは私だし、頭もちゃんと機能している。でも本当に私を踊らせているのはその「ぶわっ」だからです。
たとえセビージャに住んでいても、私はフラメンコの土地のものではない。私は明らかに外国人だ。でもカンテ(フラメンコの歌)を聞いているとフラメンコが自分の中にも生きているということ、それが自分の人生の一部をえぐり取っていることに気づかされます。カンテはジャンル分けすれば「音楽」なのだろうけど、それは本当に「音楽」の範疇に収まるものなのだろうか。カンテはメロディーではない。自らの感情の発露、爆発が言葉となって外に出たものだと思う。ある時はささやきだったり、またある時は叫びだったり。もちろん何を歌っているかよく分からない時もあります。でもその歌われていることが私の心を貫く時、そこから出る私の踊りも誰かの心を貫くのではないでしょうか。そしてそこに外国人であるということが、どれほど意味を持つのでしょうか。
私はウルスラの踊りを見ていません。ただ、彼女のシギリージャのサパテアードの音を聞いた限りでは相当実力があるように思えました。自分が外国人であるから・・・ということを抜きにしても、優勝するのは彼女かな、となんとなく思っていたのです。だから結果発表の時に「Segundo premio Ursula …..(第2位ウルスラ)」というのを聞いた時に「はぁ???」と思ってしまいました。「ってことは私が1位?」いや、待て、もしかしたら今年は優勝者がいないのかもしれない。私の名前が本当に呼ばれるまでは・・・・そして、「Primer premio japonesa Junko …..(第1位日本人のジュンコ...)」という声を聞いた時に思ったことは・・・。「もしやこれは『どっきりカメラ』では?!」そして思わず周りをきょろきょろ、あのどっきりプラカードを探してしまいました・・・・。こういう時に限ってなぜこんな発想をしてしまうのでしょう。日本のテレビ番組が(しかも古すぎる・・・)ロンダに来る訳がないじゃない。まったくもう。
でもその後が嬉しかった。なんと客席に、ウブリケ・コンクールの司会者の姿が!ウブリケ・コンクールといえばこれまでに私が3度出場し、昨年準優勝となったコンクールです。そのコンクールの司会者は毎年私を応援してくれて、今年はロンダまで応援に駆けつけてくれたのです!そしてまた別のウブリケの方からも昨日お祝いメールが。その方は、8月に私が出演するロンダのフェスティバルに観に来て下さるとのこと。ありがとうございます。正直言って、優勝したことよりもそっちの方が嬉しかったかな・・・
帰りの車の中ではミゲル、モイ、ハビエルが大興奮。疲れきって眠りこけるる私を「オイ、優勝者、眠るな!」と起こしてきます。ミゲルは「これで俺は賞を4つ獲得したぜ!ウブリケ(・コンクール)のイスラエル(・ガルバン)、ラファエル・デ・カルメン、コルドバのソラジャ(・クラビホ)、そしてロンダのジュンコに俺は弾いたんだ!」というより、その3人のすごい踊り手達と並べられちゃっていいんだろうか・・・。ミゲルが喜んでいるから何も言わないけど・・・。モイとハビエルは8月のフェスティバル出演できると決まってうっきうきの様子。夏のアンダルシアのフェスティバルに出演できるのはアーティストとしてとても名誉なことだからです。最近では不況のためフェスティバルが縮小されているので(中止のところもあるらしい)昔のように大物アーティストが続々とフェスティバルに出演することは少なくなってきました。でもやはりフェスティバル出演というのは私にとっては夢のよう。。。。
そんな私にミゲルが釘を刺します。「ジュンコ、フェスティバルに向けてちゃんと準備しろ。」そうです。もちろんいつでも準備しているし、このコンクールに向けてもさらに準備してきました。でもフェスティバル出演というのはもっともっと大きな責任が伴う・・・・今年のロンダのフェスティバルではホセ・メルセーが出演するそうです。そんな大物アーティストとともに私もフェスティバル出演するのだから・・・・
その緊張を今感じ、そして今週の木曜には別のコンクール「ラ・ウニオン」の予選でタラントとアレグリアスを踊ります。今日から今度はタラントの練習。応援して下さった皆様、日本の生徒さん達からのお祝いメールやお電話を頂きとても嬉しく思っています。どうもありがとうございました。そしてともに闘ってくれたミゲル、モイ、ハビエル。感謝の気持ちがこれからの私のエネルギーになっていくようです。これからももっともっとがんばりますので、どうぞよろしくお願い致します!
2010年6月27日 今日は妹の誕生日。おめでとう! セビージャにて。
Jun 1

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

こちらセビージャ、本日の気温は41度にまで上がりました〜。でもここは大丈夫。ふっふっふ。なぜならもうエアコン取り付けてもらったから。なんと、本当に指定日に来てくれたんです!すごい。エル・コルテ・イングレス(スペインのまともなデパート)で買った甲斐があったというものです。「明日の9時」と言われた時にはどうせ来ないだろう、なんて思ってしまったけど、なんと本当にその日の9時半に来てくれました。30分遅れ?そんなのスペインでは遅れに入りませんよ〜。優秀優秀!

そして、ウニオン・コンクールの予選日は・・・・今日やっとやっとやっと決定してもらえました。7/1、会場はカルタヘーナです!早速飛行機のチケットをとりました。クルシージョの日程&時間割は今、いつもお世話になっているスタジオ・アル・ソルさんと調整中です。クルシージョお待ちの方には本当に申し訳ございませんが、詳細が決まりましたらすぐにアップさせて頂きます。

と、ここでブログが終わっちゃぁ、つまらないので今日は別のニュースを・・・

コルドバのフェスティバル「ラ・ノチェ・フラメンカ・デル・コルドバ」に出演します!決定です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010年6月19日 コルドバ、ポトロ広場 1:30H開演

踊り カンテ ギター
  • 高木亮太
  • 屋良有子
  • 萩原淳子
  • モイ・デ・モロン
  • 広重有加
  • ミゲル・ペレス
  • 徳永健太郎

www.cordobanocheblancaflamenco.com ←コルドバ「ノチェ・フラメンカ・デル・フラメンコ」公式HP

noticiaflamenca.blogspot.com ←詳細は志風恭子さんのブログ(5/26付)でも紹介されています。

今回のフェスティバルでは、日本人グループのフラメンコ公演ということで、セビージャ在住フラメンコ・ジャーナリストの志風恭子さんからお話を頂きました。スペインで行われる日本人グループ公演に出演するのは今回で2回目。前回は2006年12月に行われたプエルトジャーノでの公演でした。当時の共演者は三枝雄輔くん(踊り手だけどカンテを歌ってくれました)、木村彰人くん(京都のギタリスト)。懐かしいな〜。あれから4年も経ってしまったんだ。雄輔くんはパパになり、日本でばりばり踊っているみたいですね。木村氏(私は彼のことを「きむらうじ」と呼んでいます。なぜか。)はそういえばセビージャに新婚旅行に来るって言っていたなぁ?私は相変わらずセビージャにいますが、あの当時に比べて少しは人間丸くなったかな?そして踊りもちょっぴりよくなったかな???(そう思っているのは自分だけ???)

今回の共演者は踊りは高木亮太くん、屋良有子ちゃん、ギターは徳永健太郎くん、ミゲル・ペレス、カンテは広重有加さん、モイ・デ・モロンです〜。すごいですね!豪華メンバー!(自分は棚に上げてます、もちろん。)高木亮太くんとは、昨年11月の小松原庸子スペイン舞踊団マドリッド公演で共演しました。マドリッドの男の踊り手達に混じってすごくすごくがんばっていた亮太くん。合同練習が終わった後も一人夜中まで特訓をしていましたよ。えらいなあ。屋良有子ちゃんは、実は同じ大学のフラメンコサークルの後輩なのです。でも共演は初めてです。技術ばりばりの上手な有子ちゃん、どんな踊りを見せてくれるのでしょう。楽しみです。ギターの健ちゃんとはセビージャで知り合いました。共通のお友達を通じて。あんまり私とはしゃべってくれなかったけど(私がしゃべりすぎてたか?!)、私の大好きなヘレスのアーティスト達のCDを薦めたら、目を輝かせて聴いていました。健ちゃんもフラメンコ大好きなんだな〜。広重有加さんとはまだ面識がありません!人見知りする私なので緊張しますが・・・みなさんと協力してがんばりたいです!

そして強力バックアップのミゲル・ペレスとモイ・デ・モロン。ミゲルとは3月の私のセビージャ公演で共演しています。素晴らしいギタリスト。人間としても本当にいい人です。また共演できるなんて嬉しいわ〜。そしてモイ。彼とは初共演ですが、ずっと共演したいと願をかけていた歌い手。これまた嬉しいわ〜。

そして4年前の日本人公演、今回のコルドバ・フェスティバルの公演ともに中心になって下さっている、志風恭子さん。いつも声をかけて下さってありがとうございます!今回もどうぞよろしくお願い致します。

私はバタ・デ・コーラでアレグリアスを踊る予定です。いい公演になるよう、しっかり練習しなくては!(暑さとの闘いです・・・。)

ではまたお会いしましょう。

2010年5月31日 セビージャにて。 斜め上からぴっかぴかのエアコンが私のブログを読んでいます。

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