Sep 1
ロンダ・フェスティバル批評
La Yunko | ブログ, 論評, 新着情報 | 09 1st, 2010| Comments Off
みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか。
あっと言う間に9月になってしまいました。夜はちょっと涼しくなったかな?とも思いますが、日中はまだまだ暑い・・・どのくらい暑いのか・・・お昼間外に出る時にドアを普通に閉めてはいけません。ドアノブが熱くなっているので手をやけどしてしまうから。町中では動物的な嗅覚で日陰を探す。忍者のように壁に張り付いて歩いていると、向こうからも同じような忍者がやってくる。どっちが日陰を死守するか一瞬のせめぎ合いがある・・・そんな暑さ(熱さ)かな???
さて、ロンダ・フェスティバルの新聞記事と批評をアップします。例の新聞記者は結局私のところへ記事を送ってくれませんでしたが(今のところ)、フラメンコ・ジャーナリストの志風恭子さんが送って下さいました。フェスティバルに出演した歌い手クーロ・ルセーナが志風さんに送って下さったそうです。その記事ともう1点、そして志風さんのブログの3点です。
  • 志風恭子さんのブログより「ロンダのフェスティバル」blog-post_22.html
  • ロンダ新聞「SERRANIA DE RONDA」?p=988 2010年8月25日(パコ・バルガス氏による批評)
  • ロンダ新聞「RONDA SEMANAL」2010年8月28日(ディエゴ・ディアス・ベルランガル氏による批評)

よりによって、なんでこんな変な写真載せるの?!と思ってしましましたが・・・(撮る角度が90度違うし、あと半コンパス待ってよ〜と言いたい。)他のアーティストより写真がでかいよ。しかも全面。いいんだろうか・・・・???そして続く文章は・・・・

「素晴らしいフェスティバル。フラメンコ愛好家が数年ぶりに楽しむ。」

成功。私の知る限り前代未聞。フェスティバル団体の真摯な努力の成果。出演したアーティスト達の比類ない質。そしてその場にいた様々な観客。もちろん満席でそこから立ち去る者はいない。

〈中略〉

このフラメンコの夜、踊りの番になった。熱烈な喝采を受けたのは「ラ・ジュンコ」というアーティスト名のハギワラジュンコだった。川崎市(日本)出身。東京にてAMIに師事。2002年セビージャへ渡り、ホセ・ガルバン、トロンボ、ミラグロス・メンヒバル、カルメン・レデスマなど多くのアーティストに師事。セビージャ・セントラル劇場やロペ・デ・ベガ劇場に出演。サラゴサ万博とマドリッド劇場では小松原庸子スペイン舞踊団公演に参加。同時にサラ・バラス、マティルデ・コラル、エバ・ラ・ジェルバブナなどの一流アーティストの短期講習会にも参加。

「ラ・ジュンコ」の舞踊歴はたくさんの賞によって彩られている。その踊り手はミゲル・ペレスのギター、ミゲル・ピクオとモイ・デ・モロンのカンテとともにソレアで幕を開けた。そのソレアでは技術、決まり事への熟達、踊り手としての間違いない資質を示した。しかしそれらを消し去るほどの造形・調和の美を私たちにもたらした瞬間が何度か訪れた。サパテアードに長けた踊り手、しかし腰から上の踊りも忘れてはいない。腕の動き、手の表現、頭を持ち上げる威厳さは非常に女性的で人々を魅了する。そして私の記憶に留まり続けているのは、全ての(アンダルシア)人の感情を喚起させるその表情・表現である。

赤いバタ・デ・コーラで次の踊り、アレグリアス・デ・カディスをたたみかけた。身体の小さいこの踊り手は舞台の上で大きくなり、踊る程に成長した。私が思うに、ラ・ジュンコは心を持って踊ると同時に、考えてもいる。とりわけ女性として踊る。非常に女性らしい。

というような感じでしょうか。(ちなみに自分で訳してみました・・・)

最初に記事を読んだ時に大体の内容は分かったけれど、所々「?」の部分があったのでお友達のスペイン人に聞いてみました。説明されて「あ〜、なるほどね〜」と思う部分もあり「え?!そういう意味だったの?!」と思う部分もあり。まだまだ自分のスペイン語力は弱いなと痛感しました。言葉の意味が分かっても文脈の中では異なったり、アンダルシア独特の表現だったり。言葉って文化なんですよね。フラメンコももちろんそうで、やっぱり外国の文化を学ぶっていうのは大変なことだな、と思います。

そして今度はそれを日本語に訳すのがまた大変!スペイン語をスペイン語で理解できても、それは日本語ではどう表現するのか、難しいよ〜。きっとスペイン語に精通している人だったらもっとうまく訳せるのでしょうが。でもフラメンコを知ってる人が訳すのとそうでない人が訳すのとではまた違う気がする。そして自分の日本語力のなさも痛感。・・・・というわけで本当に下手な訳だと思いますが、お許しを!「こういう風に訳した方がいいのでは?」というご意見がありましたら是非ご連絡下さい。参考にさせて頂きます。

久しぶりに脳みそを使って疲れました。今日はこれにて。お休みなさい・・・・ZZZZZ・・・

2010年9月1日 今年初のいちじくを食べました。 セビージャにて。


Apr 6
志風恭子さんの批評から 2
La Yunko | ブログ, 論評 | 04 6th, 2010| Comments Off

みなさんこんにちは!ちょっと春らしくなってきたかな?いかがお過ごしでしょうか?

私は元気です。前回のブログをアップしてからたくさんの方から(主に公演にて私の踊りを観てくださった方々)励ましのメッセージと踊りに関するご感想を頂きました。「あの公演で歌い手が一番力を入れて歌っていたのがタラントだった」「歌に対して踊っていると思っていたので、背中を向けられたとは思わなかった」「これからもがんばって下さい」「泣きました」等。以前の公演の私の踊りに対する感想を寄せて下さった方もいらっしゃいました。本当にどうもありがとうございました。

志風さんからもその後個人的にメールを何通も頂きました。(セビージャでだったらバルで飲みながら語り合うのでしょうが。)それらのメールで、逆に志風さんの方が私自身よりも、私の踊りに期待して下さっているということに気づかされました。「スペインで食い込んでいこういう意気込み、それを実現させていく実力と実行力はすごい」(「」内は志風さんからメールからそのまま引用)そして、私の踊りを「あるレベルをクリアしているからこそ、エバやラフィをみるときと同じ視点でみて書いた」 とのことです。(注:エバやラフィ・・・エバ・ジェルバブエナとラファエラ・カラスコのことと思われます。)

そうか、、、そんな風に私は思われていたのか。ただ毎日毎日一生懸命学んできただけ、と自分では思っていたけど。でもその反面、いつの間にか私はセビージャに住み、そこで学び、そこで踊ることに慣れっこになってしまっていたんじゃないか、という気もしてきました。前に前に進んでいるようで、ある意味その現状で安住しちゃっている自分もいたのではないかな、と。自分の踊りを志風さんのような視点でとらえたことがありませんでした。志風さんの方がもっと先を見ていらっしゃる。私の踊りに関して。私が今年ウニオンのコンクールに出場することを志風さんはご存知で、そこでの入賞を意識していらっしゃる。ウニオンでは今回批評の対象となったタラントが審査されるので、それをふまえてあえて私のタラントに関して厳しい批評をして下さったのでした。ウニオンのコンクールに申し込んだのは私ですが、実際、入賞というのを自身では意識していなかったように思います。とりあえず申し込むだけ、申し込んだという感じ。私は自分に甘くなっている。その甘さを批評によってつかれた気がします。

そして、厳しい批評を拝読した時のショックの奥底にあったのは「人に高く評価されたい」という気持ち。そして今回の批評を、私の踊りを観たことのない人が読んだら「私は一体どう思われるんだろう?」という不安。他人の目を気にする小さな自分。さらに、自分が「こうだ!」と感じるフラメンコに関しては全く触れられていない批評を読み、反発の気持ちまで持ってしまった私。自分のフラメンコ観に固執するあまり、他の視点による意見を受け入れにくくなっているのではないか?そのプライドの高さというか自意識過剰というか、頭の固さというか・・・自分の人間としての浅はかさ、未熟さに気づかされました。もっと素直に謙虚になることで、私はもっと学べるはずだ。そう頭では分かっていたはずなのに、厳しい批評を公表されたことで、「なんで私がそこまで言われなくちゃけいないの?志風さんひどい!」なんて思ってしまった私。私の現地での活動を知った上で、そして私の今後のことまで考えて下さってあえて厳しい批評を下さった志風さん。感謝すべき方なのに。ひどいのは私の方ですね。

人間としてまだまだまだだ~。踊り手である前に人間でありたい。そういつも思っていたはずなのに、それがスコーンと抜けていた私。これから何をすべきか、振り出しに戻ってしまいました。でもそこに戻れたことも、そこに戻してくれる人がいるということも、私にとっては大切なことだと実感しています。(でも思っているだけじゃだめなんだ。ちゃんと実行しなくちゃ。)

「次回を楽しみにしています。期待していますよん」とおっしゃる志風さん、そして今回の件で励まして下さったみなさん、本当にどうもありがとうございました。不器用で時間がかかる私ですが、これからもどうぞよろしくお願い致します。

次回は4/16(金)、4/24(土)に恵比寿サラ・アンダルーサで踊ります。今の自分を出すしかありません。

2010年 4月6日 中野にて。

Jan 5

フラメンコ雑誌”alma100”の2008年11月/12月号(ナンバー79)に、”Peña de guardia Transnoches Bienal 2008”と ”XV Bienal de Flamenco Sevilla 2008”に出演した際の論評が掲載されました。 alma100_numero79  

以下に、JUAN DIEGO MARTÍN CABEZA氏によって書かれた、論評の一部をご覧いただけます。(ただし、スペイン語のみ)また、日本のフラメンコ雑誌「パセオ・フラメンコ」1月号(2008年12月20日発売)にもこの論評の全文日本語訳が公演写真つきで掲載中です。どうぞご覧下さい。

JUNKO HAGIWARA ¨LA YUNKO¨

ciclo ´ Trasnoches Bienal ´

7.oct.2008 Peña Flamenca Cerro del Águila

[...]una soleá prodigiosa de La Yunko. Yunko levantaba los brazos con una

lentitud, una belleza, que tenía que ver mucho más con una forma de expresar desde

dentro[...]

[...]Yunko invitaba más a reflexionar sobre su interior. Su baile era un baile

más pegado a la tierra, más concentrado. Un baile sin gesto. Un baile jondo. La soleá

impresionó al público[...]

La Yunko terminó por alegrías. Las alegrías no se reflejaron en su rostro, pero fueron

muy trabajadas, de menos a más, llenos de coraje y de fuerza. Unas alegrías ´vividas´

en las que la Yunko pudo ir, poco a poco, metiéndose dentro del propio baile,

sintiéndolo cada vez más hasta hacerlo suyo en un final en el que de nuevo volvió a

poner al público de pie. “