Apr 21

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

金曜の明け方に、セビージャ近郊の町、マルチェーナのセマナ・サンタに行ってきました。マルチェーナに住む夫の友人から、「マルチェーナのセマナ・サンタは特別。サエタがたくさん歌われるんだよ」と教えてもらい、昨年初めて夫と一緒に行きました。

本当にすごい。

これは・・・・!!!と思って今年も行ってきました、マルチェーナ。

セビージャではプロの歌い手たちが雇われてバルコニーで歌うのに対して、マルチェーナでは一般市民がパソと一緒に歩きながら、サエタを歌うのです。パソは金曜の明け方6時に教会を出発するのですが、その段階で教会前にはものすごい人だかりになっています。(私たちは朝4時半にセビージャを出発。車で約1時間でマルチェーナへ到着。)まずそこでサエタがたくさん歌われる。そしてその教会から街の広場までパソは続くのですが、その間も一般市民が次から次へと歌い継ぐ。普通はサエタが歌われる時にはパソは止まるのですが、あまりにも歌い継がれるので、時には止まらずに進んで行くことも。教会から広場まで、多分普通に歩いたら5〜6分くらいの距離のはずなのですが、あれだけ歌われているサエタの度にいちいち止まっていたら、たどり着かないわけです。だからパソが止まってサエタが歌われる時もあれば、サエタを歩きながら歌っている人もいる。それでも2時間くらいかかったかなあ?(その間歩いてサエタを聴き続けている!)。私たちはキリスト像の山車の近くにいましたが、その後ろに聖母像の山車もあり、キリスト像に歌いかける人と、聖母像に歌いかける人もいて、キリスト像の近くのサエタを聴きながら、遠くの方から聖母に歌いかける別のサエタもうっすら聞こえてきました。

そして音楽隊はクラリネット2つとオボーエ1つの3人のみ。たくさんの楽隊が行列をなし、大音量の音楽を奏でるセビージャとは全然違う。セビージャの豪華絢爛なセマナ・サンタに慣れているので、最初はなんだか物足りない感じがしたけれど、そのクラリネットとオーボエの幻想的な音の方がこのマルチェーナのセマナ・サンタにあっている気がするし、本来のセマナ・サンタの意義に近いんじゃないかなと思えてきました。

人々も、道端でパソを見ている人より、パソと一緒に歩いている人達の方が圧倒的に多い。そしてキリスト像の山車の前を歩く人達は誰もキリスト像に背を見せない。つまり、後ろ歩きでキリスト像を見ながら歩いていくわけです。私はそれを最初知らないくてそのまま前を向いて歩いていたのですが、人々がキリスト像を見る眼差し、表情が目に入ってきてハッとしました。私はキリスト教徒ではないから、彼らと同じような気持ちになることはできないのだけれど、何かを信じる気持ちがあればそうなるのは当然だって。それは「パレード」ではない。「見学」しているわけではないのだから。

それにしても次から次へと歌われるサエタ。そして時にはサエタとはちょっと違う歌も歌われます。それがマルチェーナに伝わる「Cuarta(クワルタ)」もしくは「Quinta(キンタ)」と呼ばれる歌。これは、マルチェーナ以外で聞くことができるのでしょうか???歌詞の内容はサエタと同様、キリストの受難について歌われるのには変わりがないのですが、サエタと全くメロディーが異なります。そして短い。終わり方も不思議な感じで、普通サエタを含めてフラメンコの歌というのは、「Caida(カイーダ)」と呼ばれる、メロディーが盛り上がってから落ちるところがある。でもこのクワルタ、もしくはキンタではそのメロディーの落ちがない。メロディーだけ聞いているとなんだか尻切れとんぼみたいな終わりかた。でもその短い中にちゃんと内容が歌われている。

スクリーンショット 2019-04-21 20.33.17こういう時に役に立つのが、「Rito y G eografia」(フラメンコの儀礼と地理)のカンテ編。早速探してみました。→https://www.youtube.com/watch?v=WLFqlFkW3yY

ありました!!!上記のビデオの29:10くらいにペペ・マルチェーナ(マルチェーナ出身の歌い手。写真左)がそのキンタについて説明し、実際にこんな歌だよ、と歌ってくれています。そうそう、これ。ちょっと聞いてみてください。ちなみにここでは「Saeta quinta de Marchena」と紹介されているので、キンタというのはサエタの一種なのかもしれません。

それにしてもなぜマルチェーナではこんなにサエタが歌われるのかを、マルチェーナの友達に聞いた所、マルチェーナにはサエタの伝統が他の土地よりも根付いていて、サエタの学校もありサエタの歌を習う人も多いのだとか。それから、キリストへの信仰心を歌に託すだけでなく、自分の願い事を歌う人達もいました。車椅子に乗った年配の男性の後ろにいる女性二人。多分男性の妻と男性の娘さんなのでしょう。その男性の病気が治るようにキリストに願いをかけて歌っていました。(さすがにこの時はパソは彼らの前で止まっていました。)昨年も今年も彼らが同じ場所にいたということは、きっとそこが彼らのご自宅なのかな・・・・。そしてキリスト像の山車のそばを必死で歩いている年配の男性もいらっしゃいました。多分身体が麻痺している・・・。ふらふらしながら、必死にキリスト像の山車から遅れをとらずに歩き続けている姿を見ていたら涙が出そうになりました。助けようかと思ったけど、街の人達は誰も助けていない。きっと彼が一人でキリスト像のそばを歩くというのが、誰の助けも借りずに歩ききるというのが、彼にとっての願掛けなのかもしれない、サエタを歌わなくても、気持ちは同じなのかもしれない・・・。

それからサエタが歌われる時に、セビージャだと歌い終わった後に盛大な拍手が観客の中から起こりますが、マルチェーナではあまり起きない。そもそも、キリストの受難に関する内容や、または先述の女性二人のように、自分の夫(父)の病気を治してほしい、という内容に対して拍手をするのというのは、よく考えたらおかしいわけです。上手に歌えたから拍手をするにしても、上手に歌うということが本来の目的ではないのだから拍手というのは的外れになってしまうわけ。同様に、マルチェーナでは他のフラメンコの歌と違って、サエタに対して「Ole」という声はかけないものだそうです。

本来のサエタって、そういうものなんだろうなあ。

そんなことをマルチェーナで感じながらセビージャに戻ってきて、SNSに溢れている、歌い手たちのサエタを歌っている動画が見ていたらなんだかちょっと違和感が・・・・。バルコニーで歌っている自分、雇われて歌っている自分、そんな自分をみんなに知らせてたくてSNSにアップしているのかなあ・・・。

ちなみに、上記ご紹介した「Rito y Geografia」の中でパケーラはこう話しています。

「私はバルコニーからサエタを歌うのが好きではない。隅っこのつつましい場所で歌っているのがパケーラよ。」

そうだよ、サエタってそういうものなんだよ、きっと・・・。セビージャのセマナ・サンタは豪華で素晴らしいと思うけど、そして、そんな中でサエタを歌えるというのは歌い手からすれば名誉なことなのかもしれないけど・・・。

本当に信仰心があって歌いたければ、ただ歌えばいい。一人の人間として。

私はキリスト教徒でもないし、フラメンコからしたら外国人。だからこんなこと私が言うことではないのかもしれないけど、サエタを歌うということが、自分の歌い手としてのエゴにすり替わってしまうのであれば・・・・どんなに有名な歌い手でも、どんなに歌がうまくても、それは本来のサエタから離れてしまうのではないか。だから、マルチェーナのセマナ・サンタが特別なのは、そのサエタがサエタ本来の純度で歌われているからなんじゃないか。

・・・・そんなことを思いました。

ちなみに、上記のRito y Geografia では、他の土地のサエタも紹介されています。また、先述のパケーラが話している「サジャゴ」のサエタの収録も素晴らしいです。ご興味がある方が是非ご覧ください。

サエタ、奥が深いです。

2019年4月21日 セビージャにて。

Apr 19
セビージャのセマナ・サンタ2019
La Yunko | 新着情報 | 04 19th, 2019| Comments Off

57280435_10157218030376228_4557503356720906240_n58382843_10157218030801228_3045144049225826304_nCaptura de pantalla 2019-04-17 a las 10.45.46
みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

今日はセマナ・サンタ、聖週間の金曜です。セマナ・サンタとは、キリストが処刑され復活するまでの1週間。特にセビージャのセマナ・サンタはその規模と豪華さ(?)でも有名でスペインだけでなく世界中から観光客が集まります。「Domingo de Ramos」(ドミンゴ・デ・ラモス)と呼ばれる復活1週間前の日曜から始まり、月曜・火曜・水曜、キリストが弟子たちと最後の晩餐をした木曜(Jueves Santo フエベス・サント。聖木曜)、処刑された金曜(Viernes Santo ビエルネス・サント。聖金曜)、土曜、そして復活の日曜。
私はキリスト教徒ではないので、ピンとこない部分もあるのですが、セビージャがこのセマナ・サンタに向かっていく日々とその期間中の熱気を感じるとこりゃーすごいものだなと思わずにはいられません。

セビージャのセマナ・サンタに参加する信心会は60以上。各信心会が奉るキリスト像とマリア像、それぞれが豪華絢爛に飾り立てられた山車に乗せられ、街中を歩きます。でも山車と言っても車輪があるわけではない。その山車の下には「Costalero」(コスタレーロ)と呼ばれる山車を担いで練り歩く屈強な男たちがいます。豪華絢爛に飾り立てられた山車は1トン以上になるんだとか。セマナ・サンタの前にはそのコスタレーロ達がコンクリートブロックなどを載せて実際と同じくらいの重さにした練習用の山車で街中リハーサルする姿も。でも本番は山車の下は布で被せられていてコスタレーロ達の顔も身体も見えない。見えるのはすり足で少しずつ歩く足元だけ。

57387345_10157218032876228_8570558151986774016_n57131092_10157218030256228_4450146040657477632_nそれからその山車に伴うのは、「Nazareno」(ナサレノ)と呼ばれる受難者の服装をした人達。とんがり帽で目しか見えない姿はかなりキョーレツ。初めて見た時は本当に怖かった。ちなみに悪名高い「KKK」(クー・クラックス・クラン)と見た目に大差はない気がするのだけど・・・。そのナサレノ達の行列は一種異様だけど、見慣れれば厳かな感じ?ちなみに子供のナサレノというのもいて(小さくて可愛い)、彼らはアメやキリストや聖母像の小さな写真を持っているので、ナサレノではない一般の子ども達は子どもナサレノからそれをもらったりします。あまり大人にはあげないそうだけど、今年あるパソ(山車やナサレノ達の行列のこと)で床にかがんでいたら、子ども達がくれました(笑)

それから音楽隊。年に1回の演奏のために1年間ずっと練習しているんですね。パソによって音楽が異なり面白いです。厳かな雰囲気のものから、タランティーノの映画で使えるんじゃないの?(笑)って思えちゃうぐらいの音楽まで色々。音楽を聴いているだけでも素晴らしいですよ。感動します。

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その延々と続く行列に、一緒に歩いてキリストの受難を感じる信者たち。道端でそれを見る信者、観光客、道沿いのバルコニーから見る人。ものすごい熱気です。

そしてサエタ!セマナ・サンタの時に歌われる、無伴奏のフラメンコの歌。セビージャの場合は、バルコニーから歌い手が山車の上のキリスト像や聖母像に歌いかけることが多いです。このサエタに遭遇できたらラッキーですね。歌い手がいるバルコニーの前で山車もナサレロも音楽隊もピタリと止まり、何万という群衆もそのサエタを聴くためにシーンとなります。そしてサエタが終わると拍手、また行進が始まりキリスト像や聖母像が少しずつ去って行く。

57106713_10157218097196228_8712872447390515200_oCaptura de pantalla 2019-04-17 a las 10.37.34Captura de pantalla 2019-04-17 a las 10.33.01
今年は留学中のお友達Nちゃんから「サエタを生で聴きたい!聴けるところがあったら教えて!」と言われていて、ちょうどアントニオの職場関係の人がサエタを歌う人を雇ったという情報を得たので、その人のサエタをバルコニーの真下から聴くことができました。よかった!

そう、セビージャではこのサエタに遭遇するのが結構難しかったりします。(だから遭遇できればラッキー!)勝手にバルコニーから誰かが歌っているわけではなく、多くの場合はバルコニーを所有する人がサエタの歌い手を雇って、自分のバルコニーでサエタを歌ってもらう。そして多くの場合はそのサエタの時にパソが止まるように事前に信心会に知らせておくようです。

そんな感じで事前にその情報をキャッチしていればその場に張っていられますが(笑)今年、知り合いの歌い手がサエタを歌うはずだったのですが、行進中に雨が降り出したのでパソは彼が歌うはずだったバルコニーで止まらず、早足で通り過ぎてしまったとのこと。その歌い手さんはサエタが歌えず泣いていたそうです・・・・。かわいそうに・・・。

え?って思われるかもしれませんが、雨が降るとパソは中止になるんです。この日のために1年間準備してきた山車も音楽隊もナサレノも行進できない。それは信者にとっては胸が張り裂けるくらいの悲しみなんでしょう、本当に泣いている人達もこれまでに何度も見かけました。

キリスト教徒でないとちょっとそういう感情は分からないかな・・・。でも例えば想像してみましょう。1年に1回の発表会でしかフラメンコを人前で踊れないとして、その日のために1年間一生懸命たくさん練習を重ねて、人前で踊ることへの緊張にも耐え、恐怖も乗り越え、その日のために衣装も花も靴も全部用意して・・・それなのに雨のために発表会が中止になって踊れないとしたら?それまでの努力と苦労を考えたら?・・・・そりゃ泣く。もちろん宗教とフラメンコとは比べられないのですが(比べちゃってすみません)フラメンコ大好きな人だったらなんとなく分かるかなー。私もそんな範囲でしか想像できませんが、そんなこんなで雨が降らないことだけを毎年祈っています。

セマナ・サンタは奥が深い。もし機会があるのなら一生に一度、見てもいいものだと私は思います。

とりあえず今日のブログはここまでにして、次回はマルチェーナという街のセマナ・サンタについてブログにしますね。(このマルチェーナのセマナ・サンタも別の意味ですごいんですね・・・。)

では!

写真:アントニオ・ペレス

2019年4月19日 セビージャにて

Apr 11

57015676_10156703482594724_4062206104648548352_o56742522_10156703707579724_3738410040621531136_o56675793_10156703482579724_6662571664347234304_oみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

こちらセビージャは日曜からセマナ・サンタが始まります。今年は知り合いの歌い手さんがセビージャでサエタを歌うそうで、それを聞きに行こうかなと思っています。なかなかサエタに遭遇する機会はないですからね、楽しみです!

さて、お知らせです。

パセオフラメンコ4月号にアントニオ・ペレス写真特集「フィエスタ」が掲載されています。
掲載写真は

  • ペーニャ・トーレス・マカレナ(セビージャ)でミゲル・フニを囲むフィエスタ
  • ペーニャ・ラ・ブレリア(ヘレス)のフィエスタで歌うエバ・ルビッチ
  • ペーニャ・ぺぺ・モンタラス(レブリーハ)でのフィエスタ
  • 知る人ぞ知るアルテの宝庫、リネア・デ・ラ・コンセプシオンでのフィエスタ
  • 旧カサ・アルティスタでのフィエスタ(瀧本正信、エミリオ・マジャ、ディエゴ・ゴメス、モイ・デ・モロン、市川幸子、鍛地陽子、蜂須夕子、萩原淳子)

56549499_10156703731389724_9096393407512707072_o57155489_10156703731039724_7233175193655443456_oそして、先々週はレブリーハにてミゲル・フニに、ヘレスにてエバ・ルビッチに掲載号を進呈させて頂きました。

フニ様はその日体調がすぐれなかったそうですが、ご自宅前にて私たちを待っていて下さいました。そのお姿、昔のお話を語ってくれた時の仕草、全てがアルテでした・・・。昔のお話の内容も含蓄があり、それはフニ様の人生観がにじみ出たもの、フニ様だからこそのお言葉。

一昨日ルイス・ペーニャのクラスでフニ様のお話が出て、私の脳みそと心は先々週のレブリーハ、そして掲載されているフェイエスタにタイムスリップしたのでした。

そして掲載されている写真を一つ一つみると、あの時のフィエスタの感覚が蘇ってきます。フィエスタの温度、フィエスタの香り、フィエスタの音。一つ一つのフィエスタが全部異なって、際立って、どれも素晴らしい時間だった思い出なのですが、写真を見るとその思い出が3Dのように飛び出してくる・・・。あのフィエスタにいなかった人でも写真を見るとそのようなものが伝わってくるんじゃないかなって思います。アントニオの写真はそんな写真。

私たち外国人がフラメンコを学ぶには必ずと言っていいほど、お金が必要です。レッスンにしろ公演にしろタブラオ鑑賞にしろ。お金を払って〝フェイエスタ〟に参加する場合だってある。それらは悪いことではないけど、そうではないフラメンコ、そうではないフィエスタというものがあります。利害損得一切なしで、彼らが彼らの土地で彼らの文化の中で、ただ彼らのアフィシオン(フラメンコを愛する気持ち)だけのために、それらをお互いに共有するために行われるフィエスタ。そんな瞬間に居合わせることができたことに感謝するとともに、その瞬間を切り取ってくれたアントニオにも感謝したいと思います。

また、上記が掲載されている4月号から半年間、「サパトス辞典」というアントニオの新しい写真企画も掲載されます。フラメンコ女性舞踊家の靴の写真なのですが、その靴に込められた各舞踊家の想い、フラメンコ観などのインタビューも掲載されています。今月号はマティルデ・コラル。彼女のその靴に対する想いを聞いた時、私は涙が出そうになりました。そしてその感覚(スペイン語)をどうしたら日本語に訳すことができるのか、ものすごく考えました・・・。マティルデはその日本語訳を読むことはできないけれど、多分伝わると思う。是非、皆さんにも見て、読んで頂きたいページです。

パセオHP、ご購入はこちらから→http://pfshop.paseo-flamenco.com/product_info.php?products_id=1198&osCsid=9c7e245faa64724146b72b5086f221ee

ではみなさんまたお会いしましょう!

2019年4月11日 セビージャにて

Apr 8
マラガの休日
La Yunko | 新着情報 | 04 8th, 2019| Comments Off

IMG_20190406_200526_544IMG_20190406_200811_213みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

先週末はマラガ近くのベナルマデナという町に住む踊り手さんにグアヒーラの振付個人レッスンをしてきました。セビージャだけでなく、各地で活動されている踊り手さんとお会いできるととても刺激になります。私もがんばろう!

そしてベナルマデナから電車で30分のマラガ市内へ。写真左はマラガのカテドドラル(上)とマラガの港(下)。HOTEL AC MALAGAというホテルの屋上テラスから撮った写真です。絶景でした!ホテルHPはこちら→https://achotels.marriott.com/es/hotels/ac-hotel-mlaga-palacio)ホテル宿泊客でなくても、屋上テラスに入れますので、ぜひ!

それからお目当ての魚介も美味しく頂きました!「Los Delfines」(ロス・デルフィネス)というレストランで、実は前回昨年の11月にマラガに行った時に偶然見つけた魚介レストランなんです。

「Los Delfines」 のHPはこちら→ http://www.marisquerialosdelfines.es/es/

Unknown場所はセントロ(町の中心)から少し離れています。昨年マラガのポンピドゥー美術館(写真左。HPはこちら→https://centrepompidou-malaga.eu 結構面白いです!)に行った後、お昼ご飯を食べる場所を探し回っていて、そこから歩いて歩いて、お腹ペコペコで、バーガーキング(スペイン語ではブルゲルキングと発音します。「Burger King」そのまんま。笑)くらいしかなくて、こうなったらブルゲルキングでもいい!と言い放った夫に「何を言う!マラガまで来てブルゲルキングなんて食えるか!」ぐらいの勢いで血眼で探した私。

一般的に、皆さん旅行される場合には、食べログ的なサイトで美味しいレストランを事前にリサーチされる方が多いと思うのですが、夫アントニオはそういうのを信用しない(笑)。地元民が行くレストランが本当に美味しいところなんだと、そしてそういう店はサイトには載らないものなんだと。・・・確かに一理ある。だから私たちの旅はいつも地元民に聞いて回る方式なんです。まるで刑事。(笑)

IMG_20190406_212448_706が、地元の人に聞いても「この辺にはねえ・・・」という返事で確かにバルもレストランも見当たらない・・・。とうとう私まで性根つきて、ある中華料理屋を通り過ぎた時に、この先に行ってみてなかったら戻ってここの中華を食べるしかないか・・・と半分諦めた時にパッと目に入った文字、「Arroz Caldoso」。(アロス・カルドッソ。アロスの「ロ」は巻き舌ね。)要するにスープ・リゾット的なもの。

まさに、それじゃあ!!!!

魚介のスープ・リゾットじゃあ!!!マラガの魚介じゃあ!!!

そこは大きなレストランで、その時には16:00をとっくに過ぎていたのですが(スペインの昼食は14:00くらいから)それでも中にはたくさんの人が。しかも観光客じゃなくて、地元民ぽい!!!

ここじゃあ!!!

早速入って涙が出そうになりながら食べた、たくさんの魚介とarroz caldoso。

IMG_20190406_205902_960IMG_20190406_210333_308IMG_20190406_210808_741前置きは長くなりましたが、そんな思い出のレストラン「Los Delfines」に今回も行ってきました。やっぱり美味しかった〜。ここのarroz caldosoは2人前から、大きなお鍋で出てきます。2人で食べても残っちゃうぐらいの量。そしてセビージャではなかなか食べられない(セビージャは内陸ですから)貝系も新鮮で美味しい!お魚もいろいろあってもっと食べたかったなあ。他のスペイン人のお客さん達みたいに、大家族で来ていろんな品を注文して食べたらもっと美味しいだろうなって思いました。
そして今回は、前回行けなかったピカソ美術館へ。(HPはこちら→https://www.museopicassomalaga.org スペインの美術館にしては割と混んでいました。)数年ぶりに訪れることができてよかったです。それにしてもオーディオガイドが各言語揃っていて(日本語もあり)しかも無料。そこら辺は日本と随分違うな、と。それからスペインの美術館でいいなあと思うのは、子ども達が作品の前で自由にスケッチしていること。床に座り込んだり寝っ転がったりして一生懸命スケッチしている子ども達を見ると、なんだか嬉しくなります。

IMG_20190408_223915_657昨日入学式で小学1年生になった姪っ子も絵が好きで絵画教室に通っているので、ピカソの絵葉書を買ってみました。どっちの絵葉書を送ろうかなあ?楽しみ。

・・・と、リフレッシュした所で、また今週もスタートです!

2019年4月8日 セビージャにて。

Apr 1

Unknown
みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

久しぶりのブログ更新です。色々なことがあって、あれもこれもブログにしようと思っているうちに時間だけが過ぎてしまいました・・・。いろいろあったのですが、とりあえず今日は以下お知らせ&ブログです。

レブリーハの夏のフェスティバル「カラコラ」に出演させて頂くことになりました。歴史あるアンダルシアのフェスティバル「カラコラ」。びっくりするようなアーティスト達がずらりとプログラム(以下、http://www.lacaracolalebrijana.es/programa-oficial.html 掲載分を日本語訳)に名を連ねる中、7/15(月)に踊らせて頂きます。

  • 7/11(木)アナベル・バレンシア
  • 7/12(金)フアン・フアネーロ
  • 7/12(金)フアンフラン・カラスコ
  • 7/13(土)ヘスス・メンデス、ディエゴ・デル・モラオ、ファルー
  • 7/15(月)萩原淳子
  • 7/16(火)ルイス・デ・レブリーハ
  • 7/17(水)アンダルシア舞踊団
  • 7/18(木)マリア・ホセ・カラスコ
  • 7/18(木)イネス・バカン
  • 7/18(木)ルイス・デ・マレーナ
  • 7/19(金)マヌエル・デ・パウラ
  • 7/19(金)エル・プリリ
  • 7/20(土)マリア・テレモート
  • 7/20(土)ペドロ・エル・グラナイーノ
  • 7/20(土)ホセ・デ・ラ・トマサ
  • 7/20(土)フアナ・アマジャ

56563269_10157174174426228_8189035008787218432_nDSC_3086DSC_3080先週の金曜はセビージャで「カラコラ」のプログラム発表と記者会見があったので出席させて頂きました。上記のアーティスト全員が出席したわけではありませんでしたが、そうそうたるアーティスト達が続々と会場入りし、挨拶するだけで緊張。そしてフェスティバルのポスターの前で撮るあの、おなじみの集合写真撮影。今まで自分が散々SNSで見ててすごいなーって思ってた中に、今度は自分が入っちゃう??こわーいよー。緊張で顔が固まってました。(涙)

ちなみにこの集合写真、やはり人間性が出るなって思った。(笑)このブログにアップしている写真(一番上)は何回目かに撮り直したものなのですが、その何回かの間にいろいろ(笑)。私を押しのけてまで前に立ったアーティスト(笑)、端っこの方からいつの間にかしゃしゃしゃーって移動して中央に陣取った人(笑)。緊張している割にはそういう所はちゃっかりチェックしている私。それも人間性か(笑)。

いろいろな人間模様が絡み合う記者会見ではありましたが(笑)、嬉しかったことがありました。レブリーハで初めて踊らせて頂いたのは10年前のペーニャ公演なのですが、その当時のペーニャの会長さんもこの記者会見にいらっしゃいました。その元会長さんがお声をかけて下さり、10年前なぜ私をペーニャ公演に起用して下さったのかを教えて下さったのです。

10年前といえば、私はまだ駆け出しの無名な踊り手で(今もそうですけど、10年前はもっと。)しかも10年前は外国人がペーニャで踊るなんてことはほとんどなかった時代です。でも当時の私の踊りをどこかで観てくださっていたフラメンコ批評家のマヌエル・マルティンがペーニャ公演に私を呼べ、と強く勧めて下さったそうです。

元会長さんはびっくりしたし、ペーニャ会員達も誰それ?日本人?みたいな薄ーい反応だったらしいのですが、マヌエル・マルティンの言葉を信じ、私をペーニャ公演に呼んで下さったのだそうです。そして元会長さんはおっしゃっていました。「マヌエルの言葉は正解だった。10年経って君はカラコラで踊るアーティストに成長したのだから」

10年前にそんないきさつがあったなんて・・・。この10年間、私の成長を見守って下さっていた元会長さん。本当にありがたいです。そしてマヌエル・マルティン。時々劇場などでお見かけすることはありますが、そんなことがあったとはつゆ知らず、ただ「Hola」って挨拶するくらいでした。今度お会いする時にはちゃんとお礼を言おう。もしかしたら10年前のことは覚えていらっしゃらないかもしれないけど・・・。でも言おう。

私、思うんです。自分が踊り手としてここで活動してゆくこと、少しずつでも成長してゆけるのは、それを支えてくれる人達がいらっしゃるからだ、と。もちろん私にはスポンサーもファンクラブもない。マネージャーだってプロダクションだってない。私は自営業者としてちょびちょび一人活動しているわけなのですが、長い年月の中で、いろいろな所でいろいろな人達に支えられているだなあ、と。

もちろん日本人がスペインで踊ることに対して偏見や反感を持つ人もいます。(残念ながらスペイン人だけでなく同じ日本人の中でも。)それは人種差別的な考え方からなのかもしれないし、仕事を奪われるという不安からくるものかもしれない。もしくは単なる嫉妬かもしれない。その人達にはその人達なりの理由があるのでしょうが、それが私にとって見えるような見えないような壁となって立ちはだかっているのは否めない・・・。でもそんな人ばかりでなく、私利私欲を抜きにして純粋にフラメンコを愛し、その愛情(「Afición」 アフィシオンって言いますね)から私を支えてくれる人達もいらっしゃる。それは本当に本当に感謝すべきことなんだと。

そして、踊り手としての側面だけでなく、一人の人間、一人のアフィシオナーダ(Aficionada フラメンコ愛好家)としての側面からもそれは感じます。ここ数年レブリーハでのフィエスタやサンボンバなどに参加させて頂いているのですが、そこで感じるフラメンコは「商業フラメンコ」とは真逆の、家族の中で受け継がれてきた、受け継がれてゆくレブリーハのヒターノ達のフラメンコ。

フラメンコの源流を受け継ぐ「家族」というルーツを持たない外国人としての自分。そして「商業フラメンコ」の世界に大なり小なり属している自分。属せざるをえない自分。(でないと食べて行けないから・・・)そんな自分が彼らの中に一時でも混ぜて頂けるのは誰もが経験できるわけではない、貴重な経験。信じられない程嬉しい反面、すごく複雑な気分にもなります。彼らとの時間が過ぎて現実の世界に戻る自分にげんなりしたり、なかなか現実の世界を受け入れられなかったり、でもいつの間にかすんなり受け入れている自分に気づいてそんな自分にまたげんなりしたり・・・。でもレブリーハのヒターノ家族の皆さんは、そんな私でも暖かく迎え入れて下さった・・・。

だから、これまでの10年間、そしてそんなレブリーハの皆さんに恩返しできるような踊りをしたい。本当はなんだかまだ信じられないけど・・・自分を信じよう。

DSC_3090そして先述の記者会見の午後、レブリーハに行ってきました。7/15(月)に踊る場所はどこかなって探してみたら・・・なんとそこは、お友達の家からセントロ(町の中心地)まで行く途中にある、いつも何気なく通りすぎていた広場だったんです。(写真左)

人生って不思議。でも何かがどこかで繋がっているのかもしれない。そして時間が経たないと分からないってこともあるのかもしれない。

だから答えを急いじゃいけないのかもね。特にフラメンコは。

写真:アントニオ・ペレス

2019年4月1日 帰ってきたセビージャにて。

Mar 15

DSC_2037DSC_2069DSC_2073DSC_2030DSC_2184DSC_2213DSC_2219DSC_2225DSC_2232DSC_2253DSC_2276みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

先日の「フラメンケリア」ライブでの写真(アントニオ・ペレス撮影)をアップします。ライブではバタ・デ・コーラ(裾の長い衣装)でグアヒーラを踊りました。バタでのグアヒーラをライブで踊ったのは初めて!当日は時間がなくて事前の合わせがほとんどできなかったので、即興の部分が結構多かったかなあ。特に歌の部分はグアヒーラの場合は長さが変わるので、バタで即興というのはやはり難しかったです。アレグリアスやソレアはバタで何回も踊っているので即興でも慣れてきましたが、グアヒーラはそれ程人前では踊っていないので・・・。コンパスを外したりとかそういう問題ではないのですが、歌との絡みがあともう一息だったかな。それは今後の課題。がんばろ。

お客様からはたくさんのお喜びのお声を頂き嬉しかったです。本当にどうもありがとうございました!!!

バタのグアヒーラを今回踊ってみてよかったです。共演の平山奈穂ちゃんがソレア、大井昌子ちゃんがタラントを踊るのは決まっていたので、じゃあ私は明るい曲がいいかなと思って、アレグリアスにするかグアヒーラにするかちょっと迷いました。アレグリアスは鉄板。バタでもマントンでもOK!でも毎回観に来て下さるお客様もいらっしゃるから、今回はよく踊るアレグリアスではなく、グアヒーラにしてみようと。

最初はバタではなく、普通の衣装のグアヒーラを踊るつもりで練習していたのですが、本番数日前から「バタで踊ってみようかな」とふと思ったんです。というのは、前回のヘレスでのライブをご覧になったフラメンコジャーナリストの志風恭子さんのお言葉がずっと頭のどこかに残っていたから。

「萩原はアレグリアス。バタやマントンではなく、普通のワンピース。 抜群の安定感。表情もよく、いうことはない。現時点でできることは全部やってる、という感じ。長年スペインで舞台に立ってきたという自信が、実力。その先に行くのはもっと難しいんだよね。がんばれ!」
(志風恭子のフラメンコ最前線「ヘレスのフェスティバル三日目 オフ・フェスティバル/松彩果と萩原淳子」→http://noticiaflamenca.blogspot.com/2019/02/blog-post_25.html より抜粋)

「その先に行くのはもっと難しいんだよね。がんばれ!」

このお言葉がずっと残っていて・・・。

「その先」というのが自分にとってどこなのか、そしてこれからの残された人生の中で「その先」にどう向き合うのか、どう向き合えるのか、ということを考えていました。今まだ、自分にとっての「その先」というのがうまく見えていないし、分かっていないというのが正直な所。でも今の自分がやるべきことは、今の状況に安住しないこと。なんでもいい、とにかく挑戦すること。それは他人から見たら大したことではないのかもしれないけれど、自分の中で毎回小さな目標を作ってそれに向かっていこうと思ったんです。

もちろんいつも踊っている曲を毎回踊って、それを深めていくということも重要です。でも最近の自分は、いつも踊っている曲なら安心ってどこかで逃げている部分もあったような気がする。だからそれを思い切ってバッサリ断ちたいと思った!

それが今回のライブでは、ではグアヒーラをバタで踊ってみよう、初めての踊りに挑戦してみようということでした。本当に大したことではないですけど(笑)

でもいいんです。

まずは

「隗より始めよ」です。

先述の通り反省点はあるけれど、新しい曲に挑戦するというのは単にレパートリーが増えるということではなく、違うカンテ(歌)を聴くことで、新たな自分を発見すること。その歌、その歌を感じる自分の引き出しが増えてゆくこと。それって素晴らしいことではないかなと私は思う。フラメンコにはたくさんの歌がある。その歌独自の特色がそれぞれある。なぜならその歌によって由来、歴史、土地、コンパス、歌詞などが異なるし、さらには歌い手によっても歌い方が全然変わってくる。だからそこから生まれる踊りというのも当然変わってくる。このフラメンコの豊かさというのが、フラメンコの素晴らしい魅力の一つだと思う。そしてその豊かさを享受できる耳と心を持っていることも幸せなことだと思う。自分が踊る踊らないは別にしても。

そんなことも思いながら、夫が撮ってくれた写真を眺めていました。ご覧頂けるとお分かりになるかと思いますが、一般的な写真とブレているような写真があります。このブレの方はなんなのだろう?と思われた方もいらっしゃるかな?実は、このブレはガラス窓を撮影しているからなんだそうです。フラメンケリアのタブラオは、グアダルキビル川のほとりにあり、タブラオの側面がガラス張りになっていてタブラオの向こうに川が見えるようになっているんですが、そのガラス窓に映った像を撮影している。おそらく防音のためかガラス窓は分厚いはずなので、それによって像がブレて見えるというわけ。だから写真はガラス窓に映っている私(タブラオ内)とガラス窓の向こうのグアダルキビル川の像(タブラオ外)がミックスされて一つの像になっている。ちょっとややこしいですが、窓ガラス越しに、窓ガラスに映った自分と窓の外の風景を同時に見ている感じ。鏡だったら鏡の向こう側の像は見えないけど、窓ガラスだったらそれが可能なわけですね。

夫は言っていました。踊り手のかっこいいポーズの写真だけを撮るのはつまらないと。それはある程度の技術があれば誰にでも撮れる、確かにそれは分りやすいので一般ウケするし、需要があるからプロとしてそういう写真は撮る。でもそこには写真家としての創造性がないのだと。自分が写真を撮るときには、いつもその創造性を発揮させるようにしているのだと。そうでなければ、いつも同じような写真の繰り返しにしか過ぎないのだと。

夫はアーティストだ。

私も見習わなくてはならない。

2019年3月15日 セビージャにて。

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