Sep 1
ロンダ・フェスティバル批評
La Yunko | ブログ, 論評, 新着情報 | 09 1st, 2010| Comments Off
みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか。
あっと言う間に9月になってしまいました。夜はちょっと涼しくなったかな?とも思いますが、日中はまだまだ暑い・・・どのくらい暑いのか・・・お昼間外に出る時にドアを普通に閉めてはいけません。ドアノブが熱くなっているので手をやけどしてしまうから。町中では動物的な嗅覚で日陰を探す。忍者のように壁に張り付いて歩いていると、向こうからも同じような忍者がやってくる。どっちが日陰を死守するか一瞬のせめぎ合いがある・・・そんな暑さ(熱さ)かな???
さて、ロンダ・フェスティバルの新聞記事と批評をアップします。例の新聞記者は結局私のところへ記事を送ってくれませんでしたが(今のところ)、フラメンコ・ジャーナリストの志風恭子さんが送って下さいました。フェスティバルに出演した歌い手クーロ・ルセーナが志風さんに送って下さったそうです。その記事ともう1点、そして志風さんのブログの3点です。
  • 志風恭子さんのブログより「ロンダのフェスティバル」blog-post_22.html
  • ロンダ新聞「SERRANIA DE RONDA」?p=988 2010年8月25日(パコ・バルガス氏による批評)
  • ロンダ新聞「RONDA SEMANAL」2010年8月28日(ディエゴ・ディアス・ベルランガル氏による批評)

よりによって、なんでこんな変な写真載せるの?!と思ってしましましたが・・・(撮る角度が90度違うし、あと半コンパス待ってよ〜と言いたい。)他のアーティストより写真がでかいよ。しかも全面。いいんだろうか・・・・???そして続く文章は・・・・

「素晴らしいフェスティバル。フラメンコ愛好家が数年ぶりに楽しむ。」

成功。私の知る限り前代未聞。フェスティバル団体の真摯な努力の成果。出演したアーティスト達の比類ない質。そしてその場にいた様々な観客。もちろん満席でそこから立ち去る者はいない。

〈中略〉

このフラメンコの夜、踊りの番になった。熱烈な喝采を受けたのは「ラ・ジュンコ」というアーティスト名のハギワラジュンコだった。川崎市(日本)出身。東京にてAMIに師事。2002年セビージャへ渡り、ホセ・ガルバン、トロンボ、ミラグロス・メンヒバル、カルメン・レデスマなど多くのアーティストに師事。セビージャ・セントラル劇場やロペ・デ・ベガ劇場に出演。サラゴサ万博とマドリッド劇場では小松原庸子スペイン舞踊団公演に参加。同時にサラ・バラス、マティルデ・コラル、エバ・ラ・ジェルバブナなどの一流アーティストの短期講習会にも参加。

「ラ・ジュンコ」の舞踊歴はたくさんの賞によって彩られている。その踊り手はミゲル・ペレスのギター、ミゲル・ピクオとモイ・デ・モロンのカンテとともにソレアで幕を開けた。そのソレアでは技術、決まり事への熟達、踊り手としての間違いない資質を示した。しかしそれらを消し去るほどの造形・調和の美を私たちにもたらした瞬間が何度か訪れた。サパテアードに長けた踊り手、しかし腰から上の踊りも忘れてはいない。腕の動き、手の表現、頭を持ち上げる威厳さは非常に女性的で人々を魅了する。そして私の記憶に留まり続けているのは、全ての(アンダルシア)人の感情を喚起させるその表情・表現である。

赤いバタ・デ・コーラで次の踊り、アレグリアス・デ・カディスをたたみかけた。身体の小さいこの踊り手は舞台の上で大きくなり、踊る程に成長した。私が思うに、ラ・ジュンコは心を持って踊ると同時に、考えてもいる。とりわけ女性として踊る。非常に女性らしい。

というような感じでしょうか。(ちなみに自分で訳してみました・・・)

最初に記事を読んだ時に大体の内容は分かったけれど、所々「?」の部分があったのでお友達のスペイン人に聞いてみました。説明されて「あ〜、なるほどね〜」と思う部分もあり「え?!そういう意味だったの?!」と思う部分もあり。まだまだ自分のスペイン語力は弱いなと痛感しました。言葉の意味が分かっても文脈の中では異なったり、アンダルシア独特の表現だったり。言葉って文化なんですよね。フラメンコももちろんそうで、やっぱり外国の文化を学ぶっていうのは大変なことだな、と思います。

そして今度はそれを日本語に訳すのがまた大変!スペイン語をスペイン語で理解できても、それは日本語ではどう表現するのか、難しいよ〜。きっとスペイン語に精通している人だったらもっとうまく訳せるのでしょうが。でもフラメンコを知ってる人が訳すのとそうでない人が訳すのとではまた違う気がする。そして自分の日本語力のなさも痛感。・・・・というわけで本当に下手な訳だと思いますが、お許しを!「こういう風に訳した方がいいのでは?」というご意見がありましたら是非ご連絡下さい。参考にさせて頂きます。

久しぶりに脳みそを使って疲れました。今日はこれにて。お休みなさい・・・・ZZZZZ・・・

2010年9月1日 今年初のいちじくを食べました。 セビージャにて。


Aug 24

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

私は先週の土曜のロンダ・フェスティバル出演後あちらに2泊し、一昨日セビージャに戻ってきました。

フェスティバル出演に際し、たくさんの方々から応援のメールを頂きました。本当にどうもありがとうございました。みなさまに返信しようとずっと思っていながら、本番前の緊張や不安から、落ち着いて返信することができずにいました。ごめんなさい。フェスティバルが終わり数日経ち、今新たな自分になった気分です。これからお一人ずつきちんと返信させて頂きます。遅くなってごめんなさい。

今回のブログはちょっと長くなると思いますので、まずロンダ・フェスティバル当日の模様をブログにします。また後日、その続きをアップしますね。それでも長いと思いますが・・・お時間とご興味のある方にお読み頂ければ幸いです!(写真:アントニオ・ペレス)

コンクール優勝者として40年以上の歴史を持つフェスティバルで踊ること。外国人初の優勝者として。ずっとその責任というかプレッシャーというか重みというか・・・・そのようなものを背負ってロンダに着きました。出演順は①コンクールギター部門優勝者 ②カンテ部門優勝者 ③ルビート・イホ ④クーロ・ルセーナ ⑤私 ⑥ホセ・メルセーとのことでした。今年のフェスティバルの看板アーティストであるホセ・メルセーがトリを務めるのは当然として、その前が私????フェスティバル関係者の話によると、踊りを見て帰ってしまう人も多いとのこと。だから踊りはできるだけ最後の方に、とのことでした。・・・・ということは・・・・相当待つ。待つ。待つ。待つ。そしていつまで待つのか全く分からない。フェスティバルには時間制限がないし、特に歌い手というのは興に乗ればどんどん歌う。興に乗る前からマイクをつかんで離さない歌い手もいる。待っている方からすれば、これは体力と気力の闘い。

むき出しの土の上に立てられた仮設テントがその日の楽屋。裸電球、鏡、イス、テーブルしかない。水道もなく、もちろんトイレもない。トイレに行くには客席を通り抜けなければならない。床が土なので寝っ転がってストレッチもできないし足慣らしもできない。日本のなんでも揃っている楽屋に慣れているとびっくりしてしまうかもしれない。でもスペインでは(もしくはアンダルシアでは)ではよくある楽屋だ。もっとひどい楽屋に通されたこともあるのでがっかりはしない。もちろん飲み物や食べ物をどっさり御馳走して下さったり、私専用のシャワー室と新品のバスタオルまで用意して下さった所もあったけど。スペイン人アーティストの多くが日本で働きたがるのはお金のためだけではないだろう。予算の問題もあるので一概には言えないけれど、アーティストに対する敬意というものが楽屋にきちんとあらわれている国、それが日本だと思う。

5時間は待ったのだろうか?すぐ横の舞台から大音響のカンテが聞こえて来た。極限の精神状態の中であと何時間待てばいいのだろう。私のギタリストやカンタオール達は「こんなところで何時間もガマンできないよ」とすでにテントから出てしまっている。でも私は残る。出演アーティストが客席近くをうろうろしているのはおかしいでしょ?そして本番では何が起こるか分からない。去年のウブリケ・コンクールの決勝でも本番まで6時間以上待ったけど、なぜか勝手に順番を変えられて、出番がいつの間にか早くなっていたことがあった。もしその場にいなかったら・・・と思いぞっとした。あの時のことを思うと楽屋から離れられない。

舞台の板は「これは紙ヤスリか」と思うほどざらざら。そして板と板の間には段差があって、バタ・デ・コーラ(裾の長いフラメンコ舞踊の衣装)で踊るには致命的。大きな舞台だったけれど、ところどころボコボコ浮いている板があるので場所を選ばないとサパテアードがきちんと打てない。でも文句は言わない。私達が会場に着いた20時頃にはその屋外舞台はすでに完全に設置されてた。つまり逆算すればあのアンダルシアの最も暑い「魔」の時間帯にスタッフは屋外で働いていたことになる。それだけでも頭の下がる思いがするから。

やっと私の出番になった。もう時間の感覚はなかった。何時間待ったのかなんてどうでもよい。重要なことは自分の出番が来ることである。1曲目はソレア。踊っている途中、小さな男の子が駆け寄って舞台にお花を投げてくれた。そして歓声、拍手、拍手、拍手。感動。そしてそれに続くモイの歌。この人のカンテには何か恐ろしいものが含まれている。いつも必ず遅刻してくるし、電話をしてもほとんどつながらない。行きの車の中ではホセ・メルセーの歌マネをしてみんなを爆笑させていたモイ。でもこの歌い手が歌うソレアは一体なんなのだろう。上手な歌い手はいっぱいいる。でもこの歌い手のソレアは・・・・

1曲目の後はすぐに2曲目のアレグリアス。セビージャから駆けつけて下さった、フラメンコ・ジャーナリストの志風恭子さんが着替えを手伝って下さった。カンテソロもギターソロもなく、もうアレグリアスが歌われている。そしてギターのトレモロが聞こえて来た。やっとここでアレグリアスを聴く精神状態になる。その音が私を舞台に向かわせる。しかし・・・・自分で思ったよりも1曲目のソレアで体力を消耗していた。そしてそれを回復できていなかったことに気づく。ざらざらの床はバタ・デ・コーラに噛み付いていつものように動かない。クラスでは「床のすべりが悪い時は・・・・」なんて偉そうに教えていたけど、実際本当に自分の身に振りかかって初めて分かるバタの難しさ。時々襲ってくるめまいと闘いながら、絶対に最後まで踊りきる、と覚悟を決めてアレグリアスを踊り始める。

ピクオの歌が終わり、ミゲルのファルセータも終わる。そして、まただ。この人、モイ。あの日モイはピニー二のカンティーニャスを歌っていた。もう私はバタ・デ・コーラごと宇宙にふっ飛ぶかと思った。この歌い手は・・・・怪物だ。あの日彼が歌ったカンティーニャスは・・・・ブログにするのが不可能だ。でもあの時の私はあのカンテを飲み込んで、自ら放出することができなかった・・・・。なぜだろう?体力が残っていなかったから?集中力も欠けてしまっていたから?舞台の状況が悪かったから?そうかもしれない。理由はいくらでも思いつく。でも本当のところはそうでない気もする。・・・・それは「なぜ日本人はフラメンコが好きなのか?」という問いの答えを考えるのと似ている。

アレグリアスを踊っている最中にもまた小さな子が(今度は女の子だった気がする)舞台にお花を投げてくれた。「すごい拍手で歌い出せない時があったよ」と終わった後にピクオが言っていた。数ヶ月前からのプレッシャーとあの過酷な状況の中、私は踊りきった。以前の私だったらその状況に押しつぶされてガタガタの踊りになっていただろう。よくもまあ踊れたものだ、と自分でも思う。私にお花を投げてくれた小さな子供たちや、満場のロンダのお客さんからの拍手は本当に嬉しかった。・・・でも私は落ち込んでいた。落ち込みからなかなか立ち直れなかった。

踊れればいいというものではない。あのモイのカンテを聴いて私の中で「ぶわっ」と何かが起こったはずである。でもそれが私自身から放出されなかったのだ。その放出がなければ、私の踊りはフラメンコでもなんでもない。ただの踊り。フラメンコの振付けを持ったただの動き。そんなもののために私は生きているのではないのに。

エバ・ジェルバブエナは言っていた。「一度 “あの” 感覚を持ったのなら、後は “sintonizar” をすればいい。その “sintonizar” の仕方を知ればいい。それを舞台で行えばいい。」

“sintonizar” とは、日本語に直訳すると「同調させる」とか、「調和する」という意味。ラジオの周波数を合わせる、とか言う時などに使われる単語だ。ただ実際その直訳をあてはめるとちょっと違う気もする。言葉というのはその時その場所で、その本人の口から出た瞬間にのみ本来の意味を放つから、あの時私が感じた感覚を今ブログにすることは難しい。でも一つ言えるのは、私はその “sintonizar” の仕方を知らない、ということだ。エバの言う “あの” 感覚は突然やってくる。いつ、どこから、なぜやって来るのか私には分からない。やって来ない時もある。そして同様になぜやって来ないのかも分からない。

自分の踊りが終わり呆然としたままだ。志風さんから「早く着替えないと風邪引いちゃうよ」と心配される。その通りなのだが、頭が働かない。着替えと後片付けの順番がごちゃごちゃになっている。やっと着替え終わったらすでにホセ・メルセーのカンテが始まっていた。私はテントから出て横から舞台を見上げる。ちょうどその時反対側のテントからパルメーロ(手拍子でリズムを司る人)のチッチャロが出て来た。すぐそばにいる。うわ〜やっぱりすげ〜な〜(すごいな、ではなくあえて「すげ〜な〜」と表記させて頂きます。失礼!)、このコンパス。さっき踊った自分の踊りのことなんぞすっかり忘れて私は幸せいっぱいになる。

フェスティバルが終わり、そのチッチャロとモライート(この日ホセ・メルセーに伴奏していたギタリスト)と一緒に写真を撮ってもらう。会場を後にし、今度は私が「一緒に写真を撮って」とロンダの人達から声をかけられる。「すばらしかった!」と。嬉しいけど・・・変な気分。今度はコンクールの時から私の踊りを観て下さっていた、というロンダのペーニャ会員のグループに取り囲まれる。みんな興奮していてそのまま拉致されそうだったので、丁重に何度も何度もお礼を述べ、先に行ってしまった志風さんを追いかける。

よかったのかな・・・・不思議な気分が続く。自分がダメだと思っている時ほど人は賞賛する。自分でよし!と思っていても他人の反応は逆だったりする。でもそれが一致している時もあるし・・・なぜだろう。志風さんには「あんまり考えすぎないでね」と言われたけれど・・・・。でも考えてしまう。どうして今日の踊りはああだったのだろう・・・。ホテルに着いてからもそれがずっと頭から離れなかった。

次回ブログに続く。

Aug 14

2010.8.21 // ロンダ・カンテ・グランデ・フェスティバル

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子(ロンダ・コンクール2010バイレ部門優勝)
  • ホセ・メルセー(カンテソロ)
  • クーロ・ルセーナ(カンテソロ)
  • ルビート・イホ(カンテソロ)
  • アントニオ・ポルクーナ エル・ベネーノ(コンクールカンテ部門優勝)
  • モイ・デ・モロン(舞踊伴唱)
  • ミゲル・ピクオ(舞踊伴唱)
  • モライート・チコ
  • アンヘル・マタ
  • パトロシニオ・イホ
  • マノリート・エレーラ
  • フランシスコ・ゴメス・モンカジョ(コンクールギター部門優勝)
  • ミゲル・ペレス(舞踊伴奏)

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

こちらセビージャは昨日あたりから気温がぐっと下がって随分過ごしやすくなりました。先週は毎日40度以上あって大変でしたが!

さて、8/21(土)に「第42回ロンダ・カンテ・グランデ・フェスティバル」に出演します。そのポスターをアップしてみました。(ポスター部分をクリックするとでっかくなります!)出演アーティストはホセ・メルセー、クーロ・ルセーナ、ルビート・イホらカンテソリストと、今年のロンダ・コンクール優勝者となっています。開演は22時となっていますが、恐らく始まるのは早くても23時過ぎ、夜通し行われるこのフェスティバルが終わるのはきっと明け方でしょう。

アンダルシアの夏のフェスティバルは7月から9月まで各地で行われます。会場は屋外。地元住民はもちろんのこと、近隣市街からもフラメンコファンが駆けつけ、これぞ夏のアンダルシアのフラメンコ!特設舞台の周辺には仮設のバルが準備され、みなワイワイがやがや、飲んだり食べたりしながらフラメンコを楽しみます。家からクーラーボックスを持ってくるピクニック気分(夜中ですが)の家族連れもいますよ。日本の劇場のように席にじっと座って黙ってフラメンコを観聴きする雰囲気とは大違い。もちろんそういうフラメンコ大ファンも沢山いれば、アーティストの歌に合わせてパルマ(手拍子)をたたいたり、自分が知っている歌詞で歌われると嬉しくなって、一緒に歌ってしまうファンもいます。

私もこれまでにいろいろな村のフェスティバルに行ってきました。そこでたくさんのアーティストのカンテ(歌)を聴き・・・そう、ここではフラメンコとはカンテ。ワイワイがやがやしていたはずの観客がある一瞬になると「ooooleeee!」と叫ぶ。一体となって。有名な歌い手だからという理由で拍手を送るのではありません。有名だろうと無名だろうと、自分の琴線とフラメンコの瞬間が合致した時に出るあの「oooooleeeeee!」。こりゃすごいわ。もちろん踊りもあるけれど、ソリストとして参加する歌い手が沢山いるのに対し、踊りのグループは1つだけの所が多い。踊りだけを勉強する留学生からすると「歌ばっかり」と思う人もいるかもしれないけど、繰り返します。ここでは、フラメンコとはカンテなのです。(だからロンダのフェスティバルも「フェスティバル・デ・カンテ・グランデ」ですね。)

大物舞踊家が出演することが多い、アンダルシアの夏のフェスティバル。私もこれまでマヌエラ・カラスコ、ファルキート、コンチャ・バルガス、カルメン・レデスマなど素晴らしいアーティストのフェスティバルでの踊りに大興奮&感動してきました。かのエバ・ジェルバブエナも、子供の頃に観たとあるフェスティバルでのマヌエラ・カラスコとコンチャ・バルガスの踊りを「これがフラメンコだ、と思った」と語っています。フェスティバルで踊るのはとても名誉なこと。ただ近年は不況のため、フェスティバルの規模を縮小したり、開催すらできない状況になってしまいました。以前のように歌い手も踊り手も大物アーティストがぞろぞろ出演するフェスティバルは、残念ながら減ってきています。そんな中、今年のロンダ・コンクール優勝者という枠内でありながらフェスティバルに出演できるのは、私にとっては本当に光栄極まりない。しかも外国人だし。

フェスティバルまであと1週間。私の踊りはどうなるんだろう。緊張と不安と興奮と期待感が入り交じっています。いっぱい練習したけど、それでも技術は技術でしかない。フラメンコはカンテなんだよな・・・・その「当たり前」のことが私の中に一体どのくらいあるのだろう・・・・

2010年8月14日 涼しくて幸せな朝。日本から密輸してきたカルピスを飲む。 セビージャにて。

Aug 3

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

私は元気です。日本での3週間は怒濤のごとく過ぎ、先週の水曜にセビージャに戻りました。とにかく今回は暑かったのと忙しかったのと・・・大変!でしたが、第4回目となったクルシージョ、そして恵比寿「サラ・アンダルーサ」でのライブ3公演など非常に非常に充実した3週間でした。受講して下さった皆様、ライブにお越し頂いた皆様どうもありがとうございました。

あ、ご報告ですが、ウニオン・コンクールの予選は落ちました。たくさんの方に応援して頂き予選通過の結果を待ち望んで頂いていたのですが、通過ならず。予選では自分の踊りをできたと思っていましたし、ギタリストやカンタオール(歌い手)とも準決勝に向けて話をしていたのですが・・・・でも実は心の中で「通らないかもしれない」とも思っていたのです。コンクールに申し込んだ日から予選の日までに、いろいろな人の、このコンクールに関するいろいろな裏情報を耳にしてしまっていたからです。もちろんそれらは噂なので真実かどうかは分かりませんが。

予選落ちを知らされたのは7/26(月)、恵比寿でのライブの当日朝でした。予想はしていたものの、実際本当に落ちたことを知らされると悔しいのと虚しいのと・・・・こんな気持ちのまま今日は踊れるんだろうか。これまでのライブ2日間でせっかく波に乗って来たのに・・・がーん。と思いながら恵比寿に着きました。共演のエミリオ・マジャに「ウニオン落ちた」と言うと、そばにいた歌い手のエンリケ・エル・エストレメーニョがいきなり激怒し、「何だと????ジュンコがウニオンに落ちただと???」「あのコンクールは・・・・(日本語訳不可能の罵倒語)だ!!!落ちるべき踊り手が予選に通って、予選に通るべき踊り手が落ちる!!!俺が電話してやる!!!」ものすごい剣幕。実際にはエンリケはコンクール主催者に電話はしないと思うし、(多分ね。でもその気持ちだけで十分嬉しい。)結果は変わらないので私としてはもうどっちでもいいや、という気持ちでしたが、エンリケの激怒を目にして、なんだか逆に気持ちがすーっと落ち着きました。

そのお陰かな?月曜のライブの踊りは、やっぱり出て来た、あの「ぶわ〜」が。それはいつも出て来るとは限らないし、いつどこで出るかは分からない。でも時にして私の踊りに出て来るもの。うまく説明できないけど、何かをキャッチした時、何かと交信できた時(私は地球人ですが)、自分の中の針のようなものがマックスにふりきる瞬間があります。そうしたら後はそれに従うだけ。そしてそれがあの日、2部で踊ったアレグリアスの、2つ目の歌が歌われた時に起こりました。今でも覚えていています。すごい。自分がすごいのではなく、その瞬間が世の中にあるということが。それが自分に巡り回って来たということが。この瞬間があるから、私はフラメンコを踊っているのだと思う。やっぱりフラメンコって素晴らしい。自分の人生の中でフラメンコに出会えた事に心から感謝する瞬間なのです。

結局のところ、あの予選落ちの真相は分かりません。私が聞いた噂やエンリケの言っていた通りのことが起こってしまったのか?単に私の実力が予選通過者よりも劣っていただけの話なのか?どちらにせよ、コンクールの結果は結果でしかない。良くても悪くても。考えても仕方がないことは考えない方がいい。ネガティブになって自分に悪影響を及ぼすから。自分の踊りの問題点だけ反省して、そしてよかった所は自分の中で守る。そして踊り続ける。日本でもセビージャでも、コンクールでもそうでなくても。同じ。いつもフラメンコを探す。

そういえば、以前日本のコンクールに出場した時に伴奏して下さった、ギタリストの俵英三さんがおっしゃっていました。「淳子ちゃん、あのな、コンクールでは何でも100点をとらなあかんけど、フラメンコってのはな、1カ所1万点があればいいんや。あとの残りは0点でもマイナスでも構わん。みんなその1万点を探しているんや。」

そして!!!!その「1万点」を持つ踊り手のクラスを昨日見学しました。その踊り手の名はアンへリータ・バルガス。彼女を人間国宝と呼んでも過言ではないでしょう。国の宝。いや、世界の宝。今日から1ヶ月、私はアンへリータに習います。「習う」というより・・・その「1万点」の瞬間に出会えればいい。自分の踊りに「1万点」があってもなくても、ここには「1万点」の瞬間を持つ踊り手がいるのです。やっぱりフラメンコって素晴らしい!!!!

というわけで・・・・これからクラスに向かいます。またブログを更新しますね!

今年はセビージャより日本の方が暑いみたいですよ。どうぞご自愛下さいね。

2010年8月3日 日焼け止めを塗っているのに日焼けしちゃうセビージャにて。

Jul 22

みなさんこんにちは!暑~い暑~い毎日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか?

私は元気です。毎日クルシージョ(短期講習会)や個人レッスンなどで忙しい毎日ですが、すっごく元気です。たくさんの方に「こんなに暑くて、そんなにハードなスケジュールでよく体がもつね?!」と驚かれるのですが、元気なんです。ほんとに、体が丈夫ということぐらいしか取り柄がないかも?しかも年々丈夫になっていく気がする???

さて、今日は恵比寿のタブラオ「サラ・アンダルーサ」で踊ります。今回の一時帰国中のライブ第1弾です。そして24日(土)、26(月)にも同じアンダルーサで踊りますよ。みなさん観に来て下さいね!

2010.7.26(月) // サラ・アンダルーサ-(恵比寿)1部19時/2部21時開演 

萩原淳子1、2部通し出演。チケットご希望の方がこのHP「連絡先」のファオーラムを通してお申し込み下さい。

チケット:各部3000円/通し4500円

Baile Cante Guitarra
  • カルロス・カルボネル
  • 今井協子
  • 水野恵
  • 萩原淳子(1、2部通し出演)
  • エンリケ・エル・エストレメーニョ
  • エミリオ・マジャ

2010.7.24(土) // サラ・アンダルーサ-(恵比寿)1部13時/2部14時半開演 

萩原淳子1曲のみ2部出演。チケットご希望の方がこのHP「連絡先」のファオーラムを通してお申し込み下さい。

チケット:5000円(通しチケットのみの販売)

Baile Cante Guitarra
  • カルロス・カルボネル
  • 奥野裕貴子
  • 田倉京
  • 時枝典子
  • 正木清香
  • 萩原淳子(2部のみ1曲出演)
  • エンリケ・エル・エストレメーニョ
  • エミリオ・マジャ

2010.7.22(木) // サラ・アンダルーサ-(恵比寿)1部19時/2部21時開演 

萩原淳子2部のみ出演。チケットご希望の方がこのHP「連絡先」のファオーラムを通してお申し込み下さい。

Baile Cante Guitarra
  • カルロス・カルボネル
  • 落合ゆかり(1部)
  • 福士美帆(1部)
  • 吉岡弥生(1部)
  • 井田真紀(2部)
  • 伊部康子(2部)
  • 萩原淳子(2部のみ1曲出演)
  • エンリケ・エル・エストレメーニョ
  • エミリオ・マジャ

先日ギタリストのエミリオ・マジャと歌い手のエンリケ・エストレメーニョとの合わせをしてみました。タラントなんですが・・・なんだか難しそうです。エンリケがエミリオにダメ出しをしていて・・・確かに「う?なんで?」と思うところにギターの音が入ってきたり、踊っていてもちょっと戸惑ってしまう・・・・・。そう、タラントは難しい。本当にカンテ(フラメンコの歌)を尊重して聴いていなければ、踊れないし弾けない。エミリオがタラントを聴いていないという訳ではなく、プロのギタリストであってもそれは難しい。歌い手の歌い方にもよります。合わせやすいようにわざと分かりやすく歌ってくれる人もいれば、そうでない人もいる。どんなカンテもそうだけど、タラントは特に難しいと思うのです。かと言って完全に受身で聴いて、カンテに対して受身のままで反応すればよいのか、というとそうでもない。時には踊りが主導権を握ることもある。もちろんカンテへの尊重を大前提として。

難しい・・・でも踊ると決めたからには踊る。今日のライブでそのタラントを踊ります。そして24日(土)のライブではアレグリアス。26日(月)は1、2部通し出演なのでタラントとアレグリアスの両方を踊りますよ~。本当はソレアも踊りたかったのですが、スケジュールぎっりしの教授活動をこなしながら踊りを3曲用意するのはちょっと大変でした。だから今回はアレグリアスとタラントでいきます。がんばります!

というわけで、「あら、観に行ってみようかしら」と思われた方、このHP「連絡先」までご連絡下さい。チケットをご用意してお待ちしておりま~す!では7/22、24、26は恵比寿に集合!!!よろしくお願い致しま~す!

2010年7月22日 涼し~いわ~♪ 湘南台ネットカフェにて

Jul 8

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

私は元気です。一昨日日本に着きました。まず成田で私を迎えてくれたのは「湿気」!!!おお!!!飛行機を降りた瞬間にものすごい抱擁を受けてしまいました。いや~すごいですね。でもこの湿気が日本人の肌を潤しているのです。感謝しなくっちゃ。(スペインに住んでいると肌も髪もばりばり&かさかさになっちゃうよ~)そして電車に乗るとみんな日本語をしゃべっている。すごい。中づり広告。日本語の嵐。そして改めて驚く。電車の中で人は眠り化粧をする。日本、日本、日本というのを肌から耳から目からシャワーのように浴びて家路につきました。たった2カ月ぶりの一時帰国なのに、すごいカルチャーショック。でもこのショックの繰り返しが刺激になって面白いんだよな~と最近思います。

そして今日から第4回少人数制クルシージョが始まりました。今回は今までと比べて期間がちょっと短め。いつもあっと言う間に終わってしまいますが、今回はもっと短く感じてしまうかも。受講生のみなさんは今日初めての方、常連の方と入り混じっていますがみなさん、やる気に満ち溢れているのはいっしょ。私ももちろんやる気もりもりです。時差ぼけもなく体力だけはあるのが私の取り柄。7/25までの今回のクルシージョ、最後までがんばりたいと思います。よろしくお願い致します。

また7/22(木)、26(土)、28(月)には恵比寿のサラ・アンダルーサで踊ります。エンリケ・エル・エストレメーニョとエミリオ・マジャとの共演です。こちらも気合いが入っていますので、みなさん観にいらして下さい。

クルシージョ詳細はこのHP「クルシージョ」にて。またライブ情報詳細は「公演情報」にてご確認下さい。

では今日は久しぶりに家族と食事をするので、ブログは早めに切り上げま~す!またお会いしましょう。

2010年7月8日 とあるスタジオのインターネットをちゃっかり借りてブログ更新。 東中野にて。

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