萩原淳子3/10へレス・フェスティバル併行ペーニャ公演出演!

みなさんこんにちは!

萩原淳子、ヘレス・フェスティバル併行ペーニャ公演に出演します!

2010.3.10 // ヘレス・フェスティバル併行ペーニャ公演 『De Peña En Peña』

                      ペーニャ・フラメンカ ¨ラ・スア¨-(ヘレス)Calle Albadalejo 38. 23:55H.

公演チラシはこちら   festival-jerez-2010

Baile Cante Guitarra Violin y Percusión
  • 萩原淳子
  • リディア・エルナンデス
  • ヘスス・カスティージャ
  • パコ・デ・ヘレス
  • ソフィア(バイオリン)
  • パブロ・モレーノ(パーカッション)

今回はパコ・デ・ヘレスという、その名の通りへレスのギタリストの音楽グループ(ギター、カンテ、バイオリン、パーカッション)のペーニャ公演において、踊り手として参加することになりました。

実を言うと、去年のヘレス・フェスティバルでも、パコ・デ・ヘレスから同じ併行ペーニャ公演の出演依頼を頂いていたのです。でもその時はすでに日本に一時帰国をすること、新宿エルフラメンコでのAMIさんの公演にゲスト出演することが決まっていました。そして東京クルシージョも。去年、その話を泣く泣くお断りしたのを今でも覚えています。そして、その次にまたパコから別の共演依頼があったのですが、それが昨年私が出場したウブリケ・コンクールの決勝前日だったのです。日程的には重なっていなかったのですが、彼らのグループと仕事をするためには、ヘレスに通わなくてはならず、それをコンクール決勝の準備と同時進行でするのは難しいと判断し、これも残念ながらお断りしました。2度もお断りしてしまって、もう仕事の話がこなくなるんじゃないか・・・と悲しく思いましたが、仕方がなかったのです。日本にいる間はスペインで踊れないし、ウブリケ・コンクールの決勝に進出したのは私にとって重要なことだったし・・・・.。でもパコは、私が日本でも活動していること、ウブリケ・コンクールで準優勝をしたことも喜んでくれました。そして今回が3度目の正直!今年のヘレス・フェスティバル併行ペーニャ公演に、私は彼らと出演します!

早速、今日彼らとの合わせがありました。ソレアを踊ってと言われましたので、ソレアを1曲。そして彼らのテーマ曲のブレリアでも少し踊ります。ソレアを希望されたのは、私にとってはすごく嬉しい。私はアレグリアスもよく踊りますし、大好きです。でもよくギタリストや歌い手から「ジュンコの踊りをみるにはソレアだ」と言われることが多いのです。もちろんその時によって、ギターやカンテによって私の踊りは変わるので、そうでないこともあるかもしれない。でもソレアは私にとって何か特別。

今度のペーニャ公演はどうなるのでしょうか。ヘレスで踊るのは初めてなのです。セビージャに住む日本人の私にヘレスのコンパスはありません。それはヘレスの人にとってはマイナスなのかもしれないけど。でも私は一度として「ヘレスのおじちゃん・おばちゃんみたいに」踊りたいと思った事がないのです。それは私がセビージャに住んでいるからではなく、マネのできることではないから。彼らの素晴らしいアルテは誰にもマネできないと思うのです。ファルキートやコンチャ・バルガスをマネできないのと同じ。もし器用に形や雰囲気だけをマネをできたとしても、せいぜい「こぶ茶・バルガス」どまりでしょう。「バイラ・ビエン(上手に踊るね)」という言葉が時として「イミタ・ビエン(マネが上手いね)」を意味している、ということを私は知っているからです。

「マネ」ではない私の踊りってなんなのでしょう。こちらでいろいろなアーティストと共演して、そしていろいろな土地で踊ってきて思うのは、私自身の心がまっさらになっている時、聴いているものに心から感じた時に出る何か、それが私の踊りなんじゃないかな・・・ということ。なぜならその瞬間、それを表現できるのは私しかいないから。マヌエラ・カラスコにもエバ・ジェルバブエナにもそれはできない。私の感情は私のものだから。そしてその感情が純粋であればあるほど、人の心に届く。それはきっと、セビージャでもヘレスでも日本でも同じだと思うのです。ある人の踊りが素晴らしいのだとすれば、それは、その人がその人自身であることを貫いた時、それが誰かのマネではない、唯一無二という点で素晴らしいのだと思います。

彼らと、そしてヘレスの人達とどんなフラメンコを共有できるのでしょうか。私は自分を偽ることなく、他人に迎合することなく、自分の感じることに素直でありたいと思います。

2010年3月2日 ヘレスにて。

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