マルワ・コンクール エキシビション無事終了しました。

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

先日行われたマルワ財団主催CAFフラメンコ舞踊コンクールのエキシビション出演、無事に終了することができました。観に来て下さった皆様、応援して下さった皆様、ご感想のメールを下さった皆様、どうもありがとうございました。

コンクール本選の舞台を生では拝見できなかったのですが、何人かの踊り手さんの舞台合わせや、本番のモニターなどでちょっと拝見させて頂きました。みなさんのコンクールに対する意気込みもひしひし伝わってきました。満足のいく踊りができた方、おめでとうございます。それは受賞か否かという結果にかかわらず素晴らしいことだと思います。満足のいく踊りができなかった方、その悔しい思いがきっとあなたを成長させることでしょう。客席で、もしくはネット上で批評するのは簡単。誰にでもできること。そうではない立場で自分自身と闘ったみなさん全員に私は拍手を送りたいと思います。

そして、コンクールに出たくても出られなった人・・・・とても残念に思います。でもコンクール出場・受賞だけがフラメンコ人生ではありません。皆ひとそれぞれ自分なりの道を探して邁進してゆけばよいのではないのでしょうか?「出られなかったけど、私もがんばる!」と思ったみなさんにも私は拍手を送りたいと思います。そうだそうだ!お互いがんばろう~!

さて、私が出演したエキシビション。バタ・デ・コーラでアレグリアスを踊りました。終了後、客席にいらっしゃった岡田昌己先生に私の踊りについてご意見を伺うことにしました。私が前々回コンクールに出場した時の審査員でいらっしゃった岡田先生。その4年前にもご意見を伺ったのですが、うならされました。「あなたの踊りにはペジスコ(直訳するとつねり、ひねり。でもこれはフラメンコ用語でもあるので上手く訳せません。)があってよかった。でも、これはあなただけではなく出場者全員に言えることだけど、最近の若い人達は当たり前のマルカールがちゃんとできていないのよ。クルシージョでたくさんカッコいい振り付けをとれるのはいいけど、一番肝心なことができていない。これはクルシージョの弊害ね。」・・・・・・・・・・・全くその通り。核心をついていらっしゃる。その時、私は3位で正直その結果に満足していませんでしたが(今だったら言えますよね!うひひ)、でもこのお言葉を伺いマルカールもできない私が優勝しなくてよかった、と思ったのです。あの時優勝して有頂天になっていたら、あの重要なお言葉をすっと聞き流していたかもしれない。そしてもしそうだったとしたら今の自分はありえない。

前置きが長くなりましたが、そんな岡田先生のお言葉をまた伺えたら!と思い、ずっと岡田先生がお一人になるのを狙っていたのです!ふふふ。そしてエキシビションの私の踊りをご覧になった岡田先生のお言葉は・・・・

「私は自分で踊る時に一度も満足したことがないのよ。そんな私が他人の踊りに意見なんて言えないわよ。」

・・・・・私ははっと胸を突かれました。ちょっとフラメンコに詳しくなってくる(なったつもりになる)とすぐに他人の踊りを批評したくなってしまう私。そんな自分を恥ずかしく思いました。・・・・・無言・・・・で、でもそれだけでは自分は成長しない。「先生、どんなことでも構いません。な、な、な、何かお言葉を・・・い、い、い頂けないでしょうか・・・」

「コーラが短いわよ。もう少し長くしなさい。あの長さではバタの動きのよさがいきてないから。」

・・・・・あ!と言葉を失いました。実は、あのコーラ、元の長さよりも1段短くしたものだったのです。バタを習い始めて一番最初に作ったバタ・デ・コーラがあの赤いバタでした。しかし自分ではコーラの先までエネルギーが伝わらない、これは長すぎるからだ・・・とコーラのせいにしていたのです。そして身長が低い人(私、153cm)が長いコーラを履くと相対的に身長がさらに低く見える、という話を聞き(それは本当だと思います)、「やっぱりね~」なんて軽い気持ちで1段とってしまったのでした。見破られた、さすが岡田先生!!!そしてさらにお言葉は続きます。

「腕と脇の空間を空けなさい。」

・・・・・またもや、言葉を失いました。そうなのです。クラスではさんざん生徒さんに教えているくせに、そして自分で練習する時にはいつも気をつけているのに、舞台の上で感情が高まるとそれを忘れてしまうのです。ありがとうございました。岡田先生。そして先生は「でもね、今のまま踊り続けないさい。」とにっこりと微笑み去ってゆかれました。あ~、本当になんて素晴らしい先生なのでしょう。きちんと踊りを見て下さり、私の成長のためにお言葉を下さって。私は岡田先生に師事したことはありません。でもやはり先生なのだと感じました。ありがとうございました。

すると今度は歌い手のマロコ・ソルデーラがひょろひょろ~と近づいてきました。マロコは先日の恵比寿でのライブでの歌い手です。そしてこんな興味深いことを言いました。「この間のライブの時『ビエン』(よかった、上手だったの意味)と言ったけど、あれはただ言っただけ。本当はそんなに思ってなかったよ。」爆笑。そんなの知ってるよ、自分が踊れなかったことくらい。そしてマロコは続けます。「でも今日は本当によかったんだ。これは本当だ。あれは何て言うんだっけ???えっと・・・・そう、『trasmitir』(直訳すると『伝達する』という意味)していたんだよ、君の踊りは。スペインから来た僕でさえ、皆が上手に踊ることに驚いている。本当に。でもそういうことではないんだ。立ち上がった瞬間にアルテ(フラメンコの芸術性、とでも訳しましょうか・・・)があることが分かる、それをアルティスタというんだ。」

この、ロード・オブ・ザ・リングに出てきそうなヘレスのヒターノ。ありがとう。そう、「バイラ ビエン」という言葉。直訳すると「上手に踊る」という意味。これは、ほめ言葉でもあり、ほめ言葉でもない。前者の場合はその直訳どおり。しかし、後者の本当の意味は「イミタ ビエン」。つまり、スペイン人やヒターノ(ヒターナ)のものまねは上手だよね、でもキミ自身が見えてこないよね、という意味。もしくは「踊りは上手だよね。でもそれ以外何もないね。フラメンコってそういうものじゃないんだよね」。

これは私がスペインでの経験から学んだこと。その意味で本当。彼らが本当によい思った踊りに対して「バイラ ビエン」という言葉で片付けることはほとんどありません。もちろん状況や言葉のトーンにもよりますが。その踊り手に対して嫉妬などのネガティブな感情がなく、純粋にその踊りがよいと思ったのなら、それがどのようによかったのか、その踊りがどのように『trasmitir』してきたのか、どのように自分の心に伝わってきたのか、を言葉にします。言葉にならない人は涙を流し、抱きしめ・・・彼らはそういう人たちなのだと思います。

そんなことを思い出させてくれたマロコ。そして隣でにこにこ笑っているギタリストのイスマエル・エレディア。彼は「Me ha gustado tu baile.」と何度も言ってくれました。いつも私を幸せにしてくれるこの言葉。直訳すると「キミの踊りが気に入った。好きだ。」かな。ありがとう。上手に踊る人は世の中にたくさんいても、自分が、この人の踊りいいわ~、好きだわ~、という人はなかなかいない。誰かとの比較や競争で順位をつけるのではない。ただただ単純に自分が好きと思えること。思われること。こんな素敵なことが世の中にあるってなんて素晴らしいことなのでしょう。

私の踊りは、ある時にはただの「バイラ ビエン」かもしれない。ある時には大失敗をして「バイラ ビエン」にすらならないかもしれない。(人間ですから。)でも、私の踊りを好きだと言ってくれる人がいる限り、私は踊り続けようと思う。そして誰からもそんなこと言われなくなったとしても、自分が自分の踊りを好きな限り、私は踊る。今も昔も私は欠点だらけだし、持っていないものがたくさんある。それを持っている人を羨んだりしてしまう自分も時々いる。でもそれも全部ひっくるめて、私は今の私の踊りが好きだ。そしてその「今」はどんどん変わっていく。その度ごとに好きでいる自分でいたいと思う。

たくさんの事を思い出し、確認させてくれた今回のマルワ・コンクール・エキシビション。ありがとうございました。マルワ財団。私は私の道を進んでゆきます。

2011年2月28日 明後日、日本を発ちます。 今のところは、湘南台ネットカフェにて。

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