「パセオフラメンコ」1月号のご紹介


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_DSC8193みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

現在発売中のフラメンコ月刊雑誌「パセオフラメンコ」さん2016年1月号に、「萩原淳子のマエストロ達に聴く/第5回トロンボ」が掲載されました。(写真:アントニオ・ペレス)

この連載は2015年5月から隔月で掲載されているもので、私自身が師事してきた、また師事している先生の中で6名の方にインタビュー協力をお願いし、記事にしたものです。これまでに、第1回マヌエル・ベタンソス、第2回アナ・マリア・ロペス、第3回ハビエル・ラトーレ、第4回カルメン・レデスマと連載されてきました。

今回はトロンボ。スペイン留学当初から師事して、トータルで一番長く師事してきた先生です。先日のセビージャ・マエストランサ劇場でのファルキートの公演ではパルメーロとして大活躍し、最後のフィン・デ・フィエスタでは驚くべきブレリアを披露していました。何も派手なことはしない。ただ歌を聴きながらパルマをたたき、そしてコンパスを刻みながら最小限の動きでカンテをレマタールする。たったそれだけで内臓からの真のOle を引き出す人。それがトロンボ。あの瞬間のOleと自分の身体の震えを忘れることはない。

・・・でもその後しばらくして、思い出したのでした。同じことを10年近く前、トロンボはプラサ・デル・ペリカノにある自身のスタジオでそれをやったんだ。私達生徒の前で。あの時生徒はとっても少なかった。その中に私はいた。ブレリアを教えているうちにトロンボは本気で踊り出し、レマタールをした。そのあまりの深さと濃さによって、トロンボの靴の(当時は赤いボタだった。)赤い色がスタジオの板に軌跡を残した。トロンボがレマタールした通りの軌跡。目の前で行われたトロンボの本気のレマーテと、床に残された赤い色。そんなの見たのは初めてで、呆然としていると、トロンボがその赤い軌跡を指差してこう言った。

「これを、フラメンコと言う」

そう、全てがそんな毎日だった。そしてそのフラメンコが長い年月を経て、マエストランサ劇場で現れたのだった。確かにファルキートも彼の一族も素晴らしい踊りをした。でもトロンボの存在を抜きにあの公演は語れないと思う。

・・・そのトロンボへのインタビュー記事、是非お読み下さい!


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そしてもう一つの記事のご紹介。巻頭特集「グローバル化するフラメンコ」。世界のいろいろな国や地域のフラメンコについて、現地の踊り手さんや練習生からのインタビューを元にした記事です。パセオ編集長の小倉さんから取材協力を依頼され、私の生徒さんや友人をご紹介させて頂きました。掲載順に、ドイツの清水みぎわさん、カナダの石塚理恵さん、上海の施イーチさん、北京の浅沼なつのさん、イスラエルのAdva Yermiyabuさん、インドのShehzeen Cassumさん、皆様、インタビューにご協力頂き誠にありがとうございました!

他にはイタリア、フランス、スエーデン、アメリカ、シンガポールのフラメンコ状況も掲載されています。皆さんいろいろな状況で、時には日本のように恵まれた環境とは言えなくても頑張っていらっしゃるんだなあと感慨深いものがありました。そして恵まれている環境というものが、必ずしもよい結果に結びつくとは限らないのではないかということも。恵まれていることに気付かず、もしくは恵まれていることに安住してしまっている人達。与えられることが当然になれば、学ぶ姿勢も受け身になる。自分から探そうとはしない人は、どんなにお金と時間をかけても決して学ぶことはできない。セビージャ、東京、つくば、大阪、福岡、上海、とこれまでいろいろな場所で教えてきて、そしていろいろな国の生徒さんと出会ってきて実感する所でもあります。きっと、この記事を読んではっと気付かれる方も多いのではないでしょうか。そして、私もがんばろう!と元気をもらえることも。こちらの記事も是非お読み頂きたいと思います!

パセオフラメンコさんHPはこちら→http://www.paseo-flamenco.com/monthly/2015/12/20161.php

ではみなさんもよいお年をお迎え下さいね。

写真:アントニオ・ペレス

2015年12月30日 セビージャにて。

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