萩原淳子のセビージャ・ビエナル2016鑑賞記①

Unknownみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

ご連絡が遅くなりましたが、お陰様で無事セビージャに着いております。早々あらあららーと毎日バタバタしているうちに、世界最大級のフラメンコフェスティバル、「ビエナル・デ・フラメンコ・セビージャ」が始まってしまいました。この祭典、過去のこちらのブログでもご紹介しましたが、2年に一度、9月〜10月の約1ヶ月間に渡り、セビージャ市内の劇場やいろいろな会場で毎日2〜3公演のフラメンコが開催されています。世界中からフラメンコ練習生や愛好家達も集まり、セビージャが外国人で賑わう期間でもあります。ビエナルHPはこちら→http://www.labienal.com

せっかく観たものを忘れちゃもったいないと、数年前のビエナルから鑑賞記(批評ではありません)をブログにしていますので、今年もちょこちょことアップしたいと思います。

  • 9月9日(金)カルメン・エレーラ/キンテーロ劇場 22:00開演

3-3631x1-7tj44-2(1)今年のビエナルから始まった、「EL SOL, LA SAL Y EL SON」と名付けられたキンテーロ劇場(Teatro Quintero)でのフラメンコ公演。ビエナル公式の併行プログラムではないけど、ビエナル期間中に合わせて行われているので、非公式の併行プログラムという感じでしょうか。HPはこちら→http://www.teatroquintero.com/programa.php?isp=157
ヘレスのアーティストがほとんどのこの公演、なかなか興味深いアーティストも名を連ねています。・・・・が、宣伝がほとんどされていなかったためこのプログラム自体知らない人が多いよう。知ってもビエナルの公式プログラムのチケットを購入してしまった後では、こちらのキンテーロ劇場公演の方には行けないという・・・なんだか上手くいかないようで・・・実際、個人的に興味深いなと思っていた何人かのアーティストのソロ公演は直前中止になっているようです。

前置きが長くなりましたが、カルメン・エレーラの公演。ヘレスのブレリアを教えるアナ・マリア・ロペスの愛弟子、代教でもあるカルメン。まずオープニングでバック・アーティストが出て来て、わーい!!!ギターにドミンゴ・ルビッチ、カンテにミヒータ兄弟(アルフォンソとホセ)、パルマにホセ・ルビッチ、カルロス・グリロ。最強メンバーです!ドミンゴがちょっと音を奏でるだけで、劇場全体がフラメンコに染まるという・・・なんと素晴らしい音。オープニングはタンゴ。会場はヘレスからやってきたカルメンの友人や親族一同がほとんどだったこともあってか、客席からのハレオや拍手で盛り上がっていました。その後の踊りはシギリージャ。時々会場の方に向かって笑いかけていたりして、なんだかその表情や動作が気になりました。タンゴの時も同様だったのだけど、まあタンゴだし、オープニングだし、と納得するも、シギリージャまで・・・・シギリージャなのに?・・・シギリージャだよ????と謎に包まれる私・・・・。

それと気になったのは、バック・アーティストの位置が舞台前方で固定されていること。つまり舞台の前方3分の1くらいしか舞踊スペースとして使っていない。これはどうなんだろうか。ペーニャやタブラオなど狭い舞台で踊ることに慣れているから、舞台でも同じような舞踊スペースにしたということなのだろうか・・・?個人的には、同じ踊りであっても踊る場所、空間が異なれば踊りも変えた方がいいと思う。特に劇場は踊りそのものだけではなく、空間も含めての芸術だと私は考えるから。その空間を最初から最後まで狭めたまま同じスペース内で踊り続ける、それは間違いとは言えないけど、個人的にはもったいないと思う。舞台空間という芸術の1つの要素を自分で省いてしまっているのだから。もちろん1つの公演の中で、部分的に舞台を使うという方法もある。でもそれはいろいろな使い方のうちの1つとして、場面転換として使うのだから効果的と言えるけど、最初から最後まであのスペースで限ってしまうといのは・・・劇場でソロ公演をする意味というのを考えてしまった。

3曲目はマントンを使ったアレグリアス。うーん、踊りの前に、衣装とマントンが寂しい感じ。もっと刺繍やフレコがしっかりついた重みのあるマントンを使えばもっとよかったかなあ。刺繍やフレコが少な目のマントンというのは、やはりタブラオやペーニャなんかで踊る分にはいいけど、劇場だと貧相に見えてしまう。衣装にしても、やはり劇場用の衣装というのを考えた方がいいのではないかなあと思う。家の鏡の前で着てみて、いいんじゃない?と思う衣装でも、タブラオで着てて悪くはない衣装でも、それが劇場で映えるとは限らない。その逆もしかり。踊りがよくても、その部分で損してしまってはもったいない。

しかし、それらを全てひっくり返すことが起きた。フィン・デ・フィエスタのブレリアだ。あーーーーーーー、あのブレリアはやっぱり。あーーーーーーーーー、なんて素晴らしかったのだろう。なんとうカンテの聴き方。なんという待ち方。なんという応え方。なんと素晴らしいブレリアだったか、筆舌尽くし難い。何もしていない。ただマルカールをして、ただ回って、レマーテして、はけていく。動きはそれだけなのに、なんという宇宙空間を創造したのだろう、カルメンは。あのブレリアで、全ての物事が飛んでいった。と同時にカルメンに集約された。ドミンゴのギター、ホセのカンテ、二人のパルマ、全てがカルメンと一体になっていったブレリアだった。ブレリアとは、こういうことなんだよ!これをブレリアと言うんだよ!私は叫びたい気持ちだった。それがoleという言葉となって私の中から発せられた。素晴らしいカルメンのブレリア。今日の公演はこれに尽きる。

  • 9月12日(月)“Yo vengo de Utrera”/ホテル・トゥリアーナ 23:00開演

03utrera04utrera02utrera今年のビエナルはなんだか知らないけど、3月くらいからチケットを販売していて(例年5月くらい)、早いなーと思いつつ、とりあえず早めに完売になりそうな踊りの公演のチケットは概ね先に買っておいた。一度に大量のチケットを購入するのもの金銭的に大変だし、そんなに早く販売開始されても先の予定が分からないし、でも踊りの公演のチケットだったら行けなくなっても誰かに売りやすかなと。そんな訳で踊り以外の公演チケットは06utrera09utrera07utrera08utreraまだ残っているだろうと思って後回しにしていたら、気付いたらカンテ公演までも軒並みソールドアウト。なんなんだ、そんなに売れているのか、ビエナルのチケット?!と今年はビックリ。そして後回しにしたチケットは萩原購入できず・・・・なんなんだ、この現象は。そんなこんなでこの公演のチケットも購入できず悲嘆にくれていたのですが、幸運の女神がほほ微笑んでくれました♡チケットを持っていた友人が行けなくなってしまったとのこと!前置きがまた長くなりましたが、そしてその友達には申し訳ないのですが・・・行く事ができました!!!!

とにかく素晴らしい。こういうフラメンコに飢えていたんだよ、私は。と改めて納得。日本にいた3ヶ月間、それなりにフラメンコを楽しんでいたように思えたけど・・・・そこなんだ、重要なことは。東京だと素晴らしいスペイン人のアーティストも頻繁にやって来る。日本人だって素晴らしいアーティストはいらっしゃる。観てよかった、聴いてよかったと思う公演やコンサートもある。決してそれらを否定するつもりはない。でも残念ながら、どうしても足りないものがある・・・・。それはこの土地に密着した味、香り、空気。その土地から離れてしまってはなくなってしまうもの。その土地でしか味わえないもの。それだった、この“Yo vengo de Utrera”公演に満ち満ちていたのは。というか、それだけだった。でもそれだけでよかった。それだけだからよかった。

ウトレーラを代表するベテランのアーティスト達が勢揃いしたこの公演で聴いたウトレーラのカンテ、コンパス。それは今まで私が聴いてきたウトレーラ出身のアーティスト達のルーツだった。ここから彼らは来ていたのだ。そしてこのベテラン勢も今は亡きアーティスト達の泉から水を汲んで飲んで来たのだろう。タイムマシーンでも使わない限り、現代に生きる私はそこまで溯ることはできない。今現代、溯ることのできる最高の環境、それがこの晩の公演だった。(カンテ:エル・クチャーラ、チャチョ・ディエゴ、ホセフィータ・デル・ベレオ、ホセ・デ・ラ・ブエナ、エンリケ・モントージャ、ガスパール・デル・ペラーテ、ホセリート・チーコ、メルセデス・デ・パハリージャ/ギター:ピティン・デ・ウトレーラ、ピティン・イホ/バイレ:マリ・デル・ベレオ、マヌエル・レケーロ/パルマ:ルイス・ヌニェス、ヘスス・デ・ラ・ブエナ、ガスパール・デ・ラ・テレサ)

もちろん、この公演はビエナルという枠組みの中での舞台公演というカッコ付きでもある。つまり、彼らが彼らの土地、ウトレーラにて、彼らだけのためのフィエスタを行ったとしたら・・・あああああああああ、きっとそれこそが正真正銘なんだろう。そんなことにまで思いを馳せながら、それでも一外国人として、たとえビエナル公演であっ
ても彼らと同じ空間、同じ瞬間に生きていたことに感謝したいと思った。

公演写真:アントニオ・ペレス

2016年9月18日 セビージャにて。

Comments are closed.