ロリ・フローレスの花

image_content_17325702_20151008231720みなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか?

今日は2年程前にお亡くなりなった、セビージャの踊り手、ロリ・フローレスのことをブログにしたいです。ずっとブログにしようと思っていてそのままになっていました。

もう1ヶ月くらい前になるでしょうか、東京でのクルシージョの、バタ・デ・コーラ(裾の長いフラメンコの衣装)クラスの生徒さんとお花の話をしていました。生徒さんが踊られた時に頭につけるお花を舞台上に落としてしまったけど、足で後ろの方に蹴ってなんとか踊り終えました、というお話を聞いていて、ロリ・フローレスのことを思い出したのです。

フラメンコ舞踊をご覧になったことのない方は驚かれるかもしれませんが、フラメンコの踊り手さんは頭に花をつけます。ほとんどの場合が造花で、もちろん花をつけない方もいらっしゃいますが、(また踊る曲や場合によっても変わりますが)花をつけるというのは、なんというか、衣装の一部のような感じでもあります。その花に関する考え方は踊り手さんにもよりますが、舞台上に落としてはならない、という暗黙の了解が特にセビージャ派の踊り手にはあります。私の歴代の先生方はほとんどセビージャ派ということもあり、私もそのようにずっと従ってきました。まずはお客様の前で踊るにあたり、身なりを整えるというのは最低限の礼儀であること、それはお客様や舞台への敬意につながるということです。あとは舞台の上に花が落ちては次に踊る人の迷惑になるなど。それは花だけでなく、ヘアピンなどもそうですね。次の人がそれを踏んで滑って転んだりすることにもなりかねません。当然その気配りは花やヘアピンだけでなく、あらゆる装飾品、もちろん衣装、靴にも及びます。それがセビージャ派。

まあ、踊り手はセビージャ派以外にもたくさんいますので、いろいろな考え方があるのでしょう。踊っている間に、当たり前のように花やペイネタ(飾り櫛)が落ちたり飛んだり、髪の毛がボサボサになったりする踊り手さんもいらっしゃいますし、中には、踊っている最中にわざと花が落ちるように、髪の毛がボサボサになるように、最初からわざとゆるーくしているのでは?と思われる方も・・・。個人的には、そうなってしまうとその踊り手さんの踊りに集中できなくなってしまうので残念だなあと思いますが。(フラメンコの女神と呼ばれるマヌエラ・カラスコは別格・別次元として)ただ、こんなブログを書いている私の花はじゃあ今まで一度も落ちたことがないのか?!と聞かれれば、「はい、落ちてます」と正直にお答えします。(笑)絶対落ちないようにちゃんとつけたつもりでも、舞踊人生いろいろですから落ちてしまったことももちろんあるわけです。スミマセン・・・。

いつもの如く前置きが長くなりましたが(笑)、ロリ・フローレス。セビージャ派を代表する踊り手の一人でした。若手舞踊家の入れ替わりが激しいセビージャの一流タブラオで晩年まで第一線で活躍されていた踊り手さんでした。そのロリ・フローレスがタブラオではなく、劇場公演で踊るという話を聞きセビージャのセントラル劇場に駆けつけました。エル・フンコと奥さんのスサーナ・カサスの公演にロリ・フローレスがゲスト出演、という設定だったと記憶しています。あの日はフラメンコ識者やたくさんのアーティストの姿を客席で見かけました。皆同じ思いでロリ・フローレスの劇場での踊りを待ちわびていたのでしょう。会場全体が熱を帯びているようでした。

あのロリ・フローレスの、バタ・デ・コーラとカスタネットのシギリージャ。彼女ならではの、黄色と黒の水玉のバタ・デ・コーラで、頭には大きな黄色いお花をつけていました。長年タブラオで身体を張ってきた彼女の劇場での踊り。会場中が彼女への敬意で満ち溢れていました。

そんな時でした。その、黄色い大きな花が舞台の上に落ちたのは・・・

ああああああ!!!!ロリ・フローレスの花が落ちた!!!!

・・・・会場全体が凍りついたようでした。

みんな知っている。ロリ・フローレスがこの一世一代の舞台で、セビージャの劇場で、セビージャの観客の前で花を落とすということがどういうことか・・・。あのロリ・フローレスが・・・。花を落とした・・・。

もちろん誰もそれを非難したりしない、むしろ彼女を心底応援しているように、そんな空気のような感じがしました。

でも花は落ちている。黒い舞台の上に、黒い舞台空間の中に、ぽとっと落ちた黄色い大きな花。それはそこに、まるで命を持ってしまったかのように、ずっとそこにありました。その黄色の、有無を言わさぬ存在感。

どうしても目に入ってしまう・・・ロリ・フローレスの踊りに集中しようとしても、意識の外へ追い出そうとしても、必ずどこかの片隅に入ってくる黄色い大きな花。しかしロリ・フローレスは花には目もくれず、踊り続けていました。

シギリージャの最後、「マチョ」と呼ばれるクライマックスになりました。盛り上がるギターとカンテ。そしてそのあのカスタネットの音。これでこそシギリージャ!そしてもう舞台袖にはけるところで、舞台下手(しもて)に落ちたままだったその黄色い大きな花の方へロリ・フローレスが近づいて行きました。そして黄色い花の前で立ち止まりました。花を蹴るんだな、私は思いました。恐らく会場全体が思ったことでしょう。ところが、次の瞬間見たものに私は息を飲みました・・・。

黄色い花の前で立ち止まったロリ・フローレスは片足ずつバタ・デ・コーラの裾をむんずとつかみ、ひざ下を見せ、片足ずつ落ちている黄色い花をまたぎ、バタの裾を床にポンと下ろしたのです。

バタ・デ・コーラの下で、ロリ・フローレスの足と足の間にある、黄色い花・・・。彼女は文字通り、花をまたいでいるのです。

会場中が、「えっ?!!!!」と思った次の瞬間、舞台下手へとはけて行くロリ・フローレス。

!!!!!あああああ、バタ・デ・コーラがあの黄色い花を舞台袖へ連れて行っている!!!!

・・・その後のことはよく覚えていません。劇場が壊れるのではと思える程の割れんばかりの拍手中で、私は私で自分の手が壊れる程の拍手を送り、そして涙を止めることができませんでした。

もう本当にたくさんのフラメンコの踊りを見てきたけれど「アルテ」を心から感じさせてくれた踊りってそんなにないかもしれない。でもあの瞬間こそが「アルテ」でした。ロリ・フローレスが長い間タブラオで培ってきたもの、フラメンコの芸術性。フラメンコの神様が宿る瞬間・・・。亡くなってしまったロリ・フローレスの踊りを見ることはもうできないけれど、あの瞬間は私の中で、あの時劇場にいた観客の中で、アーティスト達の中で永遠に生き続ける。あの時の感動を、いや、感動なんて言葉では簡単に表せない「何か」をそのまま伝えることはできないけれど、なんとかこのブログで少しでも伝われば・・・と思います。

だってこういうことが、本当は何よりも重要だと思うから。

フラメンコね。

アルテね。

ロリ・フローレスという真のアルティスタがいたのです。

(写真:http://elcorreoweb.es/cultura/el-triste-adios-de-la-bailaora-loli-flores-XI875880 より。)

2017年1月26日

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