セビージャのジントニック・バーの店主、ぺぺ・エル・ムエルトの話。

17796786_10154875159924724_7418363419061386879_nみなさんおはようございます。お元気でお過ごしでしょうか?

久しぶりのブログ更新です。実は左手の中指を突き指をしていて、しばらくパソコン片手打ちでした。(笑)だいぶ良くなったのと、全く使わないと今度は動かなくなるよ(!)と言われ、リハビリがてら打ってます。マノ(手)はバイラオーラの命です。(笑)

さて、今日は、今はなき(?)セビージャのジントニック・バーの店主、ぺぺ〝エル・ムエルト〟の話。なぜか今朝起きてパッと思い出したので忘れないうちにブログにしておくことにしました。

昔、うちの近くに真夜中や夜更けになると男たちが集まる一角がありました。通り沿いの角っこで、ある一定の時間帯、でも日によって違うのですが、いる時にはいる。男たちが片手にグラスを持って集まっている。なんだろなー、ここは?お店の看板もないし。と夜中に歩きながら(別に夜遊びしているわけではないのですが、フラメンコの後は帰りが遅くなったりする笑)時々思っていました。

ある時、夫のアントニオと(その時はもしかしてまだ結婚していなかったかもしれない)一緒にその一角を通りかかったので、ここは何なの?と聞いてみました。何でも、ジントニックだけを売っているバルだそう。そしてそのジントニックがものすごく美味しいらしい。あーなるほど、あのグラスはジントニックで、みんなジントニック飲んでたんだ。それにしても、男ばっかりだよね?と聞くと、あの店は女性は入らないのが暗黙の了解だそう。

「入ってみる?」と言われ、えー、私は入れないんじゃないの?と聞いたら「男性同伴だったら大丈夫」とのことなので、じゃ、入っちゃおう!何年前だったかなあ、初めて入りました。とても小さなカウンターバルで、そこでジントニックを作っていたのがぺぺ〝エル・ムエルト〟でした。〝エル・ムエルト〟というのは実はお客さんがこっそりつけたあだ名らしく、〝死人〟という意味だそうです。ひっどいですね。なんでも色が白くて死人みたいだから、だそうですが・・・私が見た限りそこまで白くはなかったように思えます。確かにちょっと色白くらいかな、って程度。(あれが死人だったら、美白に命をかけている日本女子はもっと死んでる・・・笑)まあ、それは置いておいて、私はこっそり存在感を隠しながら、ぺぺ〝エル・ムエルト〟を観察してみました。彼はとにかく無愛想でした。ジントニックしか作らないので、注文にしたってお客さんとの会話はかなり限られているといえばそうなのですが、ほとんど無言で無表情のまま注文を受け、黙々とジントニックを作り続けていました。年齢はあの当時で70歳くらい、背が高く背筋が伸び、痩せていました。

ぺぺ〝エル・ムエルト〟のジントニックは美味しかったです。でも正直、私はそれまでの人生の中でジントニックをほとんど飲んだことがなかったので、それがどのくらい美味しいのかはよく分かりません。でも美味しかったです。アントニオと二人で飲んでいる間にもお客さんがどんどんやって来ました。もちろん小さいバルの中には入りきれないので、お客さん(男たち)は通りまではみ出ています。その人だかりを私はこれまで時々見かけたのでした。

タパ(小皿料理)もありません。だからみんなジントニックを飲んでさっさと帰って行く。回転が早いといえば早いのですが、お客さんが多いので注文してから時間がかかります。正確に言うとお客さんが多いのもそうですが、グラスの数が限られているんだそうです。だから注文しても、グラスが全部出ている時は他のお客さんが飲み終わり、それを洗ってからジントニックを作るまで待っていなければならない・・・。そんな不思議なシステムが通用するのは、ここセビージャだからか、それともジントニックの旨さだからか???

バルの開店時間も決まっていません。開店日も決まっていないのです。要するにぺぺ〝エル・ムエルト〟がバルを開けた日、時間が唯一彼のジントニックを飲める時なのです。開いているかもしれないし、開いていないかもしれない。行ってみないと分からない。

・・・ポイントはそこなんじゃないかな、彼のそういう「生き様」(この言葉はあまり好きじゃないけど)がジントニックの味に表れているんじゃないか。ただ美味しいジントニック、ということではないんだ。材料がいいとか配分がいいとかタイミングがいいとかつくり方にコツがあるとか、そういうことではないんだ。「生き様」がジントニックの味に関わるはずがないんだけど、関わるんだと私は思う・・・・きっと。

あれからそのジントニック・バーはずっと開いていない。もしかして私が通りかかっている時にたまたま閉まっているだけなのかもしれないけど、多分ずっと閉まったままだと思う。夫は、「もう年だから」と言っていた。確かにあの時で70歳近くなのだから、夜中立ちっぱなしで一人でジントニックを作り続けるのは大変なのかもしれない。あるいは別に大変じゃないけど、もう飽きたのかもしれない。

それはそうと、ぺぺ〝エル・ムエルト〟の趣味は古新聞収集だったそうです。1970年代くらいからの新聞を毎日コレクションしていて、それがそのバルの倉庫に保管されているらしい。だから、◯年◯月◯日に何が起きたか知りたければ、そこに行けば全部分かったんだそう。

もちろん、そんなのネットで調べれば分かるじゃん、ということなんだろうけど。それに今じゃセビージャでは、安いアルコールを扱った安いチェーン店が増えているから、そういう場所に慣れている人には、ぺぺ〝エル・ムエルト〟の存在自体、理解されないのかもしれない。でもいいの、そういうバルがセビージャにあったの。

そう、「あった」。過去形。もうあのバルが開かれることはないのかもしれない。ジントニックの本当の味なんて分からない私だけど、今、ぺぺ〝エル・ムエルト〟は自分で作ったジントニックを飲みながら新聞を読んでるのかも、なんて想像してみました。

(写真:ネット上で見つけました。)

2017年4月7日 セビージャにて。

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