Oct 24

みなさんこんにちは。ご無沙汰しております。いかがお過ごしでしょうか?

前回のブログからすでに1ヶ月以上過ぎてしまいました。途中ブログが閲覧不可能になった時期があり、何人かの方からお問い合わせを頂きました。ご迷惑をおかけし大変申し訳ございません。もしかしてサイバー攻撃にでもあったのでは?!なんて心配もしましたが、なんてことはない、ホームページ管理年会費みたいのが未払いだったのでした・・・・。会費引き落としのクレジットカードの期限が過ぎていたらしく、管理会社からカードのデータを「更新しましょう」→「更新してください」→「更新まだですか?」→「更新しないとホームページサービスを止めちゃうぞ。」→「止めるからね。」という内容のメールが届いていたみたいなのですが、私はてっきり何かの広告メールかと思っていて全部それらのメールを削除していたわけです。スペイン語なので読むのも面倒くさいし。で、閲覧不可能になってしまったわけでした。。。マドリッドにあるお客様センターのような所に国際電話をかけ、復活処理して頂き、現在は問題ないはずです。ご連絡下さった皆様誠にありがとうございました。

お蔭様で「第8回少人数制クルシージョ」が終了致しました。毎回参加されている皆様、時々参加されている皆様、今回初めての皆様、たくさんの方々に受講して頂きとても嬉しく思います。誠にありがとうございました。これまでのクルシージョでは基礎テクニカやコンパスなどを中心にクラスを行ってきましたが、今回はそれに加え、バタ・デ・コーラのソレア、マントンのアレグリアス、マルティネーテの振付クラスもスタートしました。

ただ振付をとるクルシージョが多い中、それでは振付のコレクションは増えるしその時は踊っているような気になって楽しいかもしれないけれど、本当のところはちゃんと学べていないのではないか?これは私が実際にこれまで「振付クルシージョ」を受講してきた中での感想です。だから自分のクルシージョではこれまでに基礎テクニカやコンパスを中心に、カンテやギターとの関連性、そして学び方そのものを学んで頂くようなクラスを目指してきました。そして今回の「振付クラス」も、それらを軸に振付を学び、また振付からそれらに戻って学べるようなクラスにしたつもりです。実際に受講された生徒のみなさんからも、生徒さんそれぞれの「気付き」があったようで「受講してよかった!」とのお声を多数頂きました。誠にありがとうございました。

私が教えたいことは最終的にはひとつだと思うのですが、それに至るまでに生徒さんそれぞれの考え方・学び方・舞踊経験などによって一人一人が自分にとって大切なことを学びとってゆくクラスになったと思います。毎クラスごとに、「○○さんにはこう伝えればよかったな」とか「○○の部分をもっと詳しく説明すればよかったかな」とか、そんな反省もありますが、クルシージョの回を追うごとに教える自分自身が充実し、だからクラスも充実してゆくのを感じます。まじめで明るく謙虚な生徒さん達に恵まれ、本当に幸せだとも思います。これからもよりよいクルシージョを目指してがんばりたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

次回クルシージョは来年3月上旬から4月上旬を予定しております。来年1月以降にこのHP「クルシージョ」にて詳細を発表致しますが、詳細をお早めにお知りになりたい方は「連絡先」 を通してご連絡下さい。HP上での一般案内に先駆け「先行お申し込みご案内メール」を送らせて頂きます。

ブログにする内容がまだいくつかあるのですが、本日はこれにて失礼致します。また後日更新させて頂きます。では!

2011年10月24日 中央林間ネットカフェにて。

Sep 17

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

大変な湿気の中、昨日より「第8回少人数制クルシージョ」を開講致しました。帰国した次の日にすぐにクラスを始めましたのでみなさんに体調を心配されています・・・・が大丈夫です!かえって休んでしまうと時差ぼけになってしまうので、クラスを行ってしまった方が実は体調を整えやすかったりします。そしてクラスは楽しい!今回も1ヶ月間、いつも受講されている皆さんも初めての皆さんもどうぞ宜しくお願い致します。

なお、定員締め切りになってしまったクラスも多いですが、まだ空きのあるクラスもございます。受講ご検討の方はこちらのHP「クルシージョ」にて空き状況や詳細をご確認下さるようお願い致します。

そして期間中のライブ出演は以下となります。

  • 2011.10.7 //  エスペシャル・フラメンコ場所:サラ・アンダルーサ(恵比寿)1部19:00/2部21:00開演

入場料:1部または2部4000円、1・2部通し6000円

※お席に限りがあるためお早めのチケットご予約が確実です。

Baile Cante Guitarra
  • ソラジャ・クラビホ
  • イバン・バルガス
  • 浅見純子
  • 萩原淳子(1・2部通し出演)
  • フランシスコ・チャベス・“エル・プラテアオ”
  • フアン・ソト
  •  

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  • 2011.10.2 //  ESTUDIO REINA企画 フラメンコライブ 18:00開演(2部構成)

場所:「LOS TRIANEROS」(ESTUDIO REINA内。JR山手・東急目黒・都営三田・東京メトロ南北線目黒駅徒歩6分)

チャージ:4000円(1・2部通し、2ドリンク付)前売りのみ

※残席わずかです!!!

Baile Cante Guitarra
  • 水村繁子
  • 石垣ひろみ
  • 後藤めぐみ
  • 萩原淳子(1・2部通し出演)
  • 川島桂子

  • 鈴木尚
  •  

 

チケットお申し込みも承っておりますので、ご希望の方は日本での携帯アドレス:j87d6e2fd74yuqk@softbank.ne.jp までご連絡下さる様お願い致します。

本当はいろいろブログも更新したいのですが、今日はご連絡事項のみでご了承下さい。実は、来年1月~6月まで雑誌「パセオ・フラメンコ」にて連載記事を担当することになりました。その締め切りが迫っていて大変なのです。3672字×6回分。どこか山にでもこもりたい気分です・・・いつもブログでだらだら文章をアップしている私ですが、決められた字数の中で書かなくてはいけないというのは難しいものですな。

というわけで・・・みなさんまたお会いしましょう。

2011年9月17日 この湿気なんとかならないのか・・・・日本にて。

Sep 8

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

2011.9.7 //  サラ・ラジャ・レアル - セビージャ.

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • マヌエル・ロメーロ
  • アンドレス・エルナンデス“エル・ピトゥケテ”

昨晩のセビージャ「ラジャ・レアル」でのソロ・ライブはお陰様で無事終了致しました。とてもとても楽しかったです。普段はバルなのですが、数ヶ月前からフラメンコライブが行われるようになり、留学生、地元トゥリアーナの方々、時にはアーティストもお客さんとしてやって来ます。なかなか素敵な空間でした。

踊った曲はソレアとアレグリアス。久しぶりにバタもマントンもなしの“素踊り”でした。今まであって普通だったものがなくなるとあれれ?という感じがしましたが、それはそれである意味自由も感じられたり。同じ曲を踊るにしても身にまとっているものが違うだけでこんなに感覚が違うものか、と自分でもびっくりしました。でも確かに日常生活でも、ジャージを着ている時とスカートはいている時は気分が違うし、すっぴんの時とばっちりお化粧している時でも違う。どれも全部自分なんだけど。不思議ですね。

本当に楽しいライブでした。楽しすぎて時々爆発しました。自分の踊りに関しては「あちゃ〜」というところが毎回必ずあり、まあ、人間だから仕方がないんですけど、でもそれはいつもの反省材料。でもお客さんも主催者側もアーティストも、みんな大喜びで私まで嬉しくなりました。1曲目のソレアの後、お客さんの一人がたどたどしいスペイン語で「初めてフラメンコを見ました。涙が出ました。私と一緒に写真を撮って下さい。」と声をかけて下さり私の方こそ感動したり、私の2曲目のアレグリアスで地元のアーティストが飛び入り舞台に上がりパルマたたいて下さったり、お客さんとして客席にいらっしゃった歌い手のボケロンも最後にブレリアを披露して下さったり。そういえば、テレビカメラも撮影に来ていました。インターネット上のフラメンコ番組の撮影だったらしいので、そのうちライブの様子がアップされるかもしれません。(・・・「あちゃ〜」の部分はカットされていますように・・・!!!お願い!!!)

お客さんの中にはたまたまこの時期セビージャを訪れていた、昔の留学生仲間、昔住んでいたピソ(スペインのアパート、マンション)の大家さんご夫婦、フラメンコ教室のクラスメートの姿も見えました。日本人の方もお一人。ライブが始まる前と休憩時間にご挨拶できましたが、ライブ後はお姿を見かけることができず・・・もしこのブログを読んで下さっているようでしたら、この場をお借りしてお礼申し上げます。どうもありがとうございました!

そしてあと二人、特別に感謝したい人達がいます。一人は今回のギタリスト、アンドレス。彼と知り合ったのは数年前トロンボのクラスででした。アンドレスはチリ人のギタリスト。現在はスーパー・フラメンカな歌い手エンカルナ・アニージョの歌伴奏者として大活躍しています。(エンカルナはファルキートの歌い手としても有名ですね)でも高飛車な所が全然なくて、何年も会っていなかったのにすぐに打ち解けられたのはやはり彼の人柄のおかげでしょう。いつも周りの皆をほっとさせる昔のままの笑顔を見せてくれました。

本番前日、そのアンドレスと合わせをした時のことです。彼のギターの音がとても素晴らしく聞こえたので、私は彼に「たくさん練習しているの?」と質問しました。すると彼は「そんなでもないよ。1日3〜4時間くらい。あんまり練習しすぎるのもよくないから。フラメンコに大切なものがなくなっちゃうよ。」と答えたのです。あああああああああああ、すごくよく分かる。その答えを聞いてとても納得しました。練習をたくさんすれば技術的には上達する。それはギターでも踊りでも歌でも絶対に必要なこと。プロならなおさら。でも練習すればするほどよいか、というとそうでもない。なんというか、新鮮さみたいのがなくなってしまう。練習に裏打ちされた確実性は見てとれても、その瞬間瞬間を生きる生命力みたいのに欠けてしまう。それがあるからフラメンコはフラメンコであるのに。アンドレスの言葉は本当だと思う。

そしてちょっと思った。ここ最近コンクールのことで頭がいっぱいだった私は練習のことばかり考えていたのではないかな。その割には練習できない精神状態に陥ってしまって悪循環になったり。コンクールだって本当は楽しめればいいのにね。・・・でも自分がコンクールにかける時間やお金や犠牲や・・・いろいろなことを考えるとそう簡単に「楽しめ」なんて言えない。きっと楽しめるのは、な〜んにも考えなくても生きてゆけるよほど幸運な人か、それらを全て乗り越えて超越できる強さを持っている人なんだろう。どちらでもない凡人の私はコンクールという言葉に縛られ過ぎていたのではないかな?というより、自分で自分を縛ってしまったのではないかな?

そんなことを思いながら、それを気付かせてくれたアンドレスに感謝しながら、ゆる〜りゆる〜りと自転車をこいでトゥリアーナ橋を渡っていると、橋の反対側から何か視線を感じる。ふとそちらを見ると、特徴的なシルエットが目に飛び込んできた。私は目が悪いので橋の向こう側の人の顔を判別することはできない。でもあのシルエット。もじゃもじゃ頭のもじゃもじゃひげに細身のズボン。そしてあの歩き方。舞踊伴奏大ベテランの歌い手フアン・ホセ・アマドールだ!絶対に。

彼の歩き方はYouTubeにアップしたいほど素晴らしい。それにはアルテがあふれ、一目見ただけでアーティストだと分かる。でも、「オレってアーティスト」という見せかけの雰囲気をこれ見よがしに振りまく“えせ”アーティストの歩き方ではない。うまく説明できない。でもセビージャの町中で見かけるフアン・ホセにはただただ後ろからついてゆきたくなる。拝みたくなるほどである。

そのフアン・ホセがその歩き方でこちらを見ている。橋のこちら側から「holaaaaaaaa(こんにちはあああああ!)」と叫ぶと彼は大きく手を振り返してきた。その手の振り方にもアルテがある。彼の後ろにはグアダルキビル川岸にそびえ立つ黄金の塔が光っている。その光景が一瞬流れた時に、今での100万時間の練習がすっと抜けていったような気がする。なんだかフアン・ホセのアルテのおすそわけをしてもらったみたいで、またまた感謝した。

そう、だから今回も本番前に大切なことがあった。それを教えてくれたアンドレスとフアン・ホセ。ありがとう。

きっと全部踊りにつながっていくんだろうな。私の見てるもの聞いているもの感じているもの。

2011年9月8日 暑さがぶり返してきたセビージャにて。

Sep 3

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

あの後、というのはコンクール決勝の後ですが、たくさんの方からメッセージを頂きました。喜んで下さった方、悔し涙を流して下さった方、コンクール結果に対してお怒りの方、強い励ましを下さった方・・・etc改めてどうもありがとうございました。

その決勝の模様がそのままYou Tubeにアップされています。「tongo!(八百長!)」の怒号が飛んだ表彰式もノーカットです。かなり笑えます。

  • 第14回全国アレグリアス舞踊コンクール決勝 パート1

決勝進出者:マリーナ・バリエンテ、萩原淳子、フアン・ベルムデス、ルイス・デ・ウトレーラ

自由曲部門賞:パトリシア・イバニェス

watch?v=UBqxSc0heuw ←こちらをクリックして下さい。※私の部分は00:27:45くらいから始まります。

  • 第14回全国アレグリアス舞踊コンクール決勝 パート2

ゲスト・アーティスト:フアン・デ・フアン

表彰式

watch?v=dSSqKmc_7lA ←こちらをクリックして下さい。※表彰式は最後の10分くらいです。

改めて自分の踊りを客観的に見てみると・・・課題がいっぱいです。ありすぎます・・・。

今回学んだことを、また少しずつ消化してゆければと思います。今後ともどうぞよろしくお願い致します!

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さて、次回は9月7日(水)にセビージャで踊ります。

2011.9.7 //  サラ・ラジャ・レアル - セビージャ. 22:00H.

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • マヌエル・ロメーロ
  • アンドレス・エルナンデス“エル・ピトゥケテ”

↓フェイスブックにアップされているライブのチラシ

私の写真が勝手に使われて・・・なんだかお化け屋敷の宣伝みたいになっているよ・・・・

ちなみに元の写真はこれ↓(雑誌「EUROPA JUNTA」記事:「世界遺産フラメンコ」写真:アントニオ・ペレス)

・・・・ちょっと気になりますが、まあ私は踊りをがんばるだけです♪

ではみなさんまたお会いしましょう!

2011年9月3日 セビージャにて

Aug 22

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。こちらセビージャは少し涼しくなりました。

一昨日「第14回全国アレグリアス舞踊コンクール」決勝が終了しました。たくさんの方に応援して頂き、本当に感謝しております。誠にありがとうございました!

結果は以下です。

  • 優勝:フアン・ベルムデス(プエルト・デ・サンタマリア)賞金4000ユーロ、タブラオ“コルドベス”出演契約
  • 準優勝:マリーナ・バリエンテ(セビージャ)賞金3000ユーロ、タブラオ“コルドベス”出演契約
  • 3位:ルイス・デ・ウトレーラ(ウトレーラ)賞金2000ユーロ
  • 4位:萩原淳子(日本)賞金1000ユーロ
  • 最優秀振付賞:萩原淳子(日本)

すごい風でした。風というより台風並み。カディスには海風があるのはもちろんだけれど、これは別格。空を見上げていると、音響担当の人が近づいてきました。「昨日からすごい風なんだよ。昨日はコニル(カディス近くの海沿いの村)でフェスティバルがあったけど、風の音がすごすぎてサパテアードの音が聞こえなかったんだよ。音量を上げるとハウリングしてしまうし。そして椅子が飛んで行ったんだよ。風で!」納得。あり得る。この風なら。

そんな中で始まったコンクール決勝。実際踊りの最中も風は吹き荒れ、マントンはあっちこっちに流され、シレンシオの部分ではマイクが風の音をひろい、ぐお〜とうなる。でもなぜか私は落ち着いていました。1カ所だけ「まずい!」と思った瞬間がありましたが。

踊り終わった後、たくさんのアーティスト達やお客さんが「ジュンコ、おめでとう!素晴らしかった!」と声をかけて下さいました。自分では自分の踊りに満足はしていないけど、でも傍目にはよかったのかもしれない。と思い直していると、私に伴奏してくれたギタリストのミゲル・ペレスが私の手を引っ張って小声で言いました。「賞をとるのは◯◯と××だ。ジュンコは賞なしだよ。でも君がどう踊ったか俺は知っている。そして客席にいた踊り手達も皆知っている。そのことの方が価値があるんだ。それを忘れるな。」

客席には、エル・フンコ、スサーナ・カサス、フアン・オガジャ、ピリ・オガジャ、アンドレス・ペーニャ・・・・etcそうそうたるプロフェッショナルな踊り手達がいたそうです。そして今回決勝進出できなかった踊り手達も。彼らのうちの何人かが「ジュンコ、素晴らしかった」と楽屋にまで来て言ってくれましたが、今思うとそういえば彼らの顔が皆曇っていました・・・私が賞なしになるのを彼らは既に知っていたのかもしれません。

そして、表彰式で大勢の観客の前で私がショックを受けないよう、事前に教えてくれたミゲル・ペレスに私は静かに感謝しました。

表彰式。案の定私の名前が最初に呼ばれました。コンクール規定によると賞は3位まで。順に賞金4000ユーロ、3000ユーロ、2000ユーロのはずでした。私は賞なし・・・のはずが、「4位」。不思議に思いながら壇上に上がると、なんと客席からブーイング・・・「tongo!」という声があちこちから聞こえて来たのです。・・・“tongo(トンゴ)”って・・・“八百長”ってこと???困惑気味の私に4位のトロフィーと1000ユーロと書かれた小切手が渡されました。私は全く理解できないまま、でもなんとか微笑みを作ってその場を退こうとすると、今度は別の主催者が「まだその場に残って。あなたには別の賞があるから。」と。別の賞?何ですか?それ?全く意味が分からないまま私は壇上に立ち尽くしました。

すると今度は「最優秀振付賞! ジュンコ・ハギワラ!」最優秀振付賞?そんなのこれまでのコンクールでも一度も聞いたことがない。しかもあの風のせいで半分以上即興で踊ったのに「振付賞」ってことはないでしょう。なんじゃそりゃ?それまで聞こえていた「tongo!」の声が一瞬聞こえなくなり、会場中がシンと静まりました。あの瞬間、会場全体にたくさんの「?」が浮かんでいたと思います。私は全く意味が分からないまま、自動的に振付賞のトロフィーも頂きました。

そして3位が紹介されました。「ルイス・デ・ウトレーラ!」その瞬間、先程の「tongo」の声が会場全体のシュプレヒコールに。「tongo! tongo! tongo! tongoooooooooooooooo!」(八百長、八百長、八百長!!!!)壇上に上がったルイスの目が泳いでいる。そしてそのシュプレヒコールが続く中、ルイスと私はそれぞれ3位と4位のトロフィーを手にし呆然としていました。

2位マリーナ・バリエンテ。笑顔を振りまいてトロフィーを受け取るとカメラ目線で写真に映る彼女。そして最後は優勝のフアン。まばらな拍手。しかしフアンは悪くありません。彼だって私と同じように決勝進出者として一生懸命踊っただけ・・・でもフアンは何が起こったのか察していたのでしょう。トロフィーを受け取るとそそくさと私の横に並びました。顔面蒼白でした・・・。

帰りの車の中。ミゲル・ペレスが激怒している。歌い手のヘロモ・セグーラも。ミゲルの話によると、私が入賞しないようにコンクール側に圧力がかかっていたのだそうです。“私”がというより、正確に言うと“日本人”が、です。私は驚きました。特定の踊り手を入賞させるために私がはじかれたのではなく、日本人である私が賞をとれないよう最初から仕組まれていたとは。しかしこのコンクールではこれまでの歴史の中ですでに2名の日本人が準優勝を飾っているそうです。なんでだ?むしろ日本人に“優しい”(?)コンクールかと思っていたのに。それが裏目に出ました。要するに、これ以上“日本人”を入賞させない、という圧力だったらしいのです。

なぜ、誰が、なんのために圧力をかけたのか、詳細はブログに載せられません。それにより傷つく人がいると思うから。でもその裏事情を聞いた時、私はなるほど、と思いました。よくある話です。これまでに私は日本でもスペインでもたくさんのコンクールに出場してきました。大なり小なり似たような裏事情に翻弄されてきたので、正直、またか、と思いました。

コンクール側はその上で、本来存在しなかったはずの「4位」と「賞金1000ユーロ」を私に与えたのでしょう。そして「最優秀“振付”賞」という微妙な賞も・・・。「最優秀舞踊家賞」は与えられない。「最優秀アレグリアス賞」ってのもだめ。だったらなんで4位なんだ?という話しになってくる。苦肉の策で「最優秀“振付”賞」にしたのかな。もう一つ賞をあげるから4位だけどがまんして、ということなのかな。う〜む、微妙すぎる。それにしても、その賞のトロフィーの踊り手・・・目が切れ長で東洋人みたいなんですけど。私の気のせいでしょうか???しかもそのポーズは私のアレグリアスの最後のポーズと一緒・・・これってすごい偶然???

私はゲラゲラ笑い出しました。今までの私だったら怒り狂うか、大泣きするか・・・でも今回は笑いが止まりません。「tongo!」のシュプレヒコールを思い出して。そんな波乱の表彰式になったのはきっとカディスだったから。カディスには特別のアルテがある。そんなカディスの観客にオレ!だし、そのカディスのコンクール決勝で踊った私にもオレ!4位にされちゃって、でもそれを笑い飛ばしている自分にもオレ!

結局コンクールってなんなんだろう。コンクールの“結果”がその人の人生を変えることもある。人は“結果”のみでその出場者を判断することもある。裏事情が表に出ることもあれば出ないこともある。だからコンクールには絶対出ない!という人もいる。なるほど、それも一つの選択だ。でも私にとって重要なことは、そのコンクールのために準備する“過程”。その“過程”を知る人は少ない。だからこそ重要なのだ。

多くの人や審査員に踊りを見てもらい、順位をつけられたり意見をもらうのもよい、という考えもあるかもしれないが(私もこれまでそう思っていた)でもそれは場合による。踊り手の本当の実力を見極められるのはプロフェッショナルなギタリスト、歌い手。そして自分より実力のあるプロフェッショルな踊り手だと私は思う。そのような人達の前で踊れるのであればそれは貴重な経験だ。そしてその貴重な経験は、コンクールに出ると決心し、いろいろなものと闘いながら準備してきた人間にのみ与えられる。

そしてもっと重要なのは“結果”に流されない自分を持つこと。今までの私のように、納得のいかない“結果”に落ち込んだり、自暴自棄になったりするのは意味がない。それだったらコンクールなんて最初から出ない方がいい。自分自身をだめにするだけだし、周りの人に迷惑をかける。もしくは納得のいく“結果”に溺れ、そこから抜け出せない場合。それも意味がない。自分で自分の道を閉ざすことになる。

今そう思えるのは、これまでに私自身がいろいろなコンクールに出場して、それぞれの裏事情に涙を飲んできたからこそ。そして、それは私だけではない。3位になったルイス・デ・ウトレーラ。ミゲルが言うには素晴らしい踊りだったそうだ。ルイスが本当は優勝を飾るべきだったと。そして今回、決勝進出せずに「バイレ・リブレ賞(バイレ自由部門)」を受賞したパトリシア・イバニェス。彼女だって、きっと納得していないはず。去年のアレグリアス・コンクールで同賞を受賞した(させられた)チョロにしてもそう。あのラファエル・デ・ウトレーラだって、今年のウニオンのコンクールで優勝を与えられなかった・・・

きっとこれからも私はいろいろな波に翻弄されるだろう。努力すればするほど、挑戦すればするほどその波はうずを巻く。でも逆に言えば、その波があったからこそ私は「自分」というものを持ち始めている。人間誰しも落ち込むこともあるし、自分を信じられなくなることもある。でもそれは人間なら当たり前。日本にいようがスペインにいようが、フラメンコをやっていようがいまいが、それはみんな同じ。だから今日も私は波へと漕ぎ出す。

どんぶらこ〜どんぶらこ〜

2011年8月22日 セビージャにて(写真:アントニオ・ペレス)

Aug 19

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

とうとう明日になってしまいました。第14回全国アレグリアス舞踊コンクール決勝。

予選通過からこれまでの1ヶ月間、練習してきたようで、あまりしていません。1ヶ月あれば十分踊り込めると思っていたけれど。途中全く練習できなくなりました。スタジオに行ってもぼーっと立ちつくしたり、闘牛場の牛みたいにスタジオ内をぐるぐるぐるぐる歩き回ったり。

私のアレグリアスってなんなんだろう。私は本当にコンクール決勝進出者としてふさわしいのだろうか。そもそも私はなんで踊っているのだろう。私の踊りに価値があるのか。そんなことずっと考えていました。自分と自分自身の踊りにずっと疑問を持っていました。

ところで私はいつからアレグリアスを踊り始めたのだろう?

大学のサークルでフラメンコを始めたばかりの時に、先輩が踊っているアレグリアスを見て、早く早くたくさん学びたくって、そう思って毎週レッスンを見学していたら、見ているだけで振付をとってしまった・・・ああ!!!踊りたい、もっとフラメンコを学びたい!!!そう恋い焦がれていた時にこっそり踊ったのが、私とアレグリアスの出会いでした。

初めて舞台でアレグリアスを踊ったのは、それから2年後、当時師事していたAMIさん、そして森下祐子さん、長谷川典子さんの舞台「LAS ENAMORADAS DE SEVILLA(セビージャに恋する女性達)」。厳密に言うとアレグリアスを踊ったのはAMIさん、祐子さん、典子さん。私は彼女達の踊りと踊りの合間に、つなぎとしてちょっと踊っただけ。そして最後のブレリア。フラメンコ歴2年のド初心者の私がプロの踊り手の舞台に立つなんて・・・。あのアレグリアスは一生忘れられません。

その数年後私はセビージャに渡り、その約2年後一時帰国した時に都内のタブラオで踊る機会を得ました。「私、セビージャに留学してたんです!」という帰ってきたばかりの留学生独特の、あの高慢な雰囲気。留学してたからって、だからなんなの、と今は思うけれど、あの時はそれを特権のように思っていた私。これ、セビージャで◯◯に習った振付なんです!とばかりに鼻息荒くして踊ったアレグリアス。ライブが終わった後、ギタリストの方が私におっしゃいました。

「振付にしばられている。もっと自由にならなくてはだめだ。」

多分、“私の”アレグリアスは、あの時初めてスタートを切ったように思います。いろいろな先生に習ったたくさんの振付、技術。全部かなぐり捨ててカンテをひたすら聴く毎日。踊ることがどうでもよくなればなる程見えてきたアレグリアス。少しずつ少しずつ“私の”アレグリアスは形成されていったのでしょうか。

それからさらに数年後、スペインで何度も何度も踊るようになったアレグリアス。失敗もあれば喜びもあり。発見もあれば落ち込みもあり。たくさんのギタリストや歌い手達との共演。いろいろな人達との出会いの中で経験してきた、愛情、批判、嫉妬、罠、裏切り、感謝、敬意・・・。そしてバタ・デ・コーラとマントンとの出会い。今やっと、バタとマントンが自分の子供のように思えてきています。私は子供を持っていないけれど、持っているのなら多分同じような気持ちなのではないかな。自分といつも一緒にいて、彼らの自由を見守っていることもあるし、彼らを自分の一部のよう感じる時もある。その重みとその存在をいつも感じている。そしてそこに私は喜びを感じている。

長い年月をかけて私は“私の”アレグリアスを耕してきましたた。明日の決勝ではそれが出るか出ないかだけです。バタとマントンの振付も作ってみたけど、最終的に残るのは“私自身”なのでしょう。振付なんて壊れてしまえばいい。舞台の上で。そうでなければ “私自身” は現れないから。

コンクール決勝、ということは、もういいんじゃないかな。点数も順位も他人の評価も。重要なことはもう、私は私の中に持っている。たぶんね。

2011年8月19日 セビージャにて

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