Jul 19

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みなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか?

早速ですが、本日ディアリオ・デ・セビージャ紙にインタビュー記事が掲載されたとのことです。今日本にいますので実物は拝見していませんが、デジタル版で読めるとインタビュアーの方が教えてくださいました。

こちら→https://www.diariodesevilla.es/entrevistas/flamenco-atrae-japones-contraste-cultural_0_1264674151.html

スペイン語のお分かりになる方は上記クリックして頂きお読みください。分からないよー、という方のために以下自分で翻訳してみます。(笑)

インタビュー:クリスティーナ・ディアス、写真:ベレン・バルガス

質問:あなたのような日本人女性がどのようにしてセビージャで踊るようになったのですか?

回答:初めてフラメンコギターを聞いた時にフラメンコに恋をしました。テレビで新体操の試合を見ていた時です。当時私は14歳か15歳でした。スペイン人選手がフラメンコギターの音楽で演技をしていたんです。それを聞いて感動しました。その時初めてフラメンコという言葉を知ったのです。

質問:フラメンコとは何なのか知らなかったのですか?

回答:いいえ。一度もフラメンコに関して耳にしたことがありませんでした。スペイン人選手の演技が終わった後、母に聞いたんです。「フラメンコって何?」母はこう答えました。「スペインの踊りで女の人が長いスカートを履いてるのよ、足首までの。」そして私は思ったんです。「私、それをやりたい」当時私は新体操を習っていました。レオタード姿で脚を見せるのがすごく恥ずかしくて・・・だから長いスカートならいける、と。それからレンタルCD屋さんに行きました。フラメンコのCDを借りたんです、あの時代はYoutubeがなかったから。すごく怖かったです、初めてカンテを聞いた時は。全く理解できなくて、痛みや苦しみを歌から感じました。

質問:どこでバイレ(フラメンコの踊り)を習ったのですか?

回答:大学のフラメンコサークルで、です。大学では教育学を学びました。そのサークルでは毎週レッスンがあり、ライブなども開催していました。その後都内のたくさんのフラメンコ教室に通いました。 (註:下線部は勝手に付け加えられました。笑。正しくはAMIさんのクルシージョに通っていました。)

質問:なぜ全てを置いてスペインに来ることにしたのですか?

回答:日本では7年間フラメンコを学びました。特にたくさんのテクニカ(技術)を。でも自分には何かが足りないと感じていました。フラメンコとは人生の生き方であり、文化です。アンダルシアではどのように生きているのかを知る必要があると感じたのです。フラメンコへの理解を深めるために。

質問:教育者としての仕事を辞めて何千キロと離れた場所へ行くことを、あなたのご家族はどう捉えたのですか?

回答:私の父はよくは捉えませんでした。父に「フラメンコを学びにスペインに行く」と言った時、父は怒鳴り出しました。それから3ヶ月間私とは一切しゃべらなかったし、母ともしゃべりませんでした。なぜなら母はそのことをもっと前に知っていたのに父には何も言っていなかったからです。父は母の作る料理も食べなかったんです。あの3ヶ月間、家は冷戦状態でした。(笑)そしてとうとう飛行機に乗るという最後の日に父は私に言ったんです。「萩原家に青い目の男はいらない!」父にとって、青い目というのは外国人のことでした。

質問:で、あなたはその通りにしたのですか?

回答:いいえ、スペイン人と結婚しました。タリファ出身の人です。でも目は青くないです。

質問:最初にアンダルシアでびっくりしたことは?

回答:アンダルシアの文化は日本のそれと全く異なっていました。私は2002年に着いたのですが、当時はそれほどインターネットが普及していなかったということもあり、私はセビージャについて何も知りませんでした。白い家が並ぶ小さな村だと思っていたんです。全然違いましたね。それから、最初は皆が喧嘩しているかと思っていました。早口だし、強い口調で同時にしゃべるから。日本ではそれほど喋らないし、会話が落ち着いています。

質問:スペインにおいて、あなたに影響を及ぼした先生は?

回答:たくさんの先生方です。素晴らしいアーティスト達に師事してきました。スペインに来た当初はホセ・ガルバン、トロンボ、ミラグロス・メンヒバル、イスラエル・ガルバン。(註:イスラエル・ガルバンなんて、一言も言っていないのですが、付け加えられました。笑。ただ今考えるとイスラエルにはそれ程習っていませんが、確かに影響を受けています。)そして最近ではヘレスのアナ・マリア・ロペスです。

質問:フラメンコを踊る時に何を感じますか?

回答:私は自分が踊る時にギターの音と歌が自分の体の中に入るのを感じます。耳からだけではないんです。肌からそして自分の細胞一つ一つにそれらが届くことを感じます。不思議な、そして普通とは異なる感覚です。

質問:何の曲種が踊りやすいですか?(註:実際は、何の曲種を踊るのが好きですか?と聞かれました。)

回答:私はソレアを踊るのが大好きです。これまでソレアをたくさん踊ってきました。だからソレアを踊る時にたくさんの思い出が頭をよぎるんです。いいことも悪いことも。

質問:なぜフラメンコはあなたの国の人達に愛されるのだと思いますか?

回答:それは日本の文化と対照的だからだと思います。フラメンコにおいてとても重要なことは「Trasmitir(伝えること)」。感じることを外に出さなくてはいけません。でも日本の文化において感じたことをそのまま人前で表現することはあまりよく思われない、行儀が悪いとも思われるんです。私は小さい頃から人前では泣くな、笑うな、怒るな、と教えられました。

質問:今週日本へのツアーに行きますね。どのくらいの期間ですか?(註:インタビューは先週の月曜に行われました。)

回答;はい、今週日本に行きます。2ヶ月滞在します。東京・福岡・大阪にてクルシージョを開講します。またライブやフェスティバルへも出演予定です。もちろん家族にも会います。

質問:将来の目標は?

質問:自分自身の公演をスペインで開催したいです。日本ではすでに公演を行いましたがスペインではまだです。それは私にとって重要なことなんです。(註:言ってません。)そしてもう一つは私は教育者として(註:自分が教育者とは言ってません。)フラメンコの教えを障がいを持つ人達や子どもたち、年配の方々に伝えたいと思っています。そのような教育学のクラスをホセ・ガランから学びました。将来的にそのような教授活動も行いたいですね。

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以上です!

訳すのって大変ですね!

というわけで今日はおしまい。

ではまたお会いしましょう!

※写真はセビージャのお友達が送ってくれました。ありがとう!

2018年7月19日 日本にて。

Jul 18

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みなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか。

暑いです。先週末の3連休はクルシージョで疲れていた割にはアドレナリンが放出していたのか夜あまり眠れず、昨日は自主練習中に頭が痛くなりました。アントニオのいびきもすごいし!って内心思っていたのですが、思えばあれは熱中症だったのかなあ・・・。それとも慣れていない冷房の中にずっといて体調を崩したのか・・・???今日の練習は大丈夫でしたけど、いずれにせよ気をつけた方がいいですね。

さて、映画「ラ・チャナ」が今週土曜より日本でも公開されます!すでにご存知の方も多いかと思いますが、伝説のフラメンコ舞踊家と言われる「ラ・チャナ」のドキュメンタリー映画。私は昨年の11月にセビージャで観て大感動。映画館に駆けつけたたくさんのフラメンコアーティスト達も上映中に「Oleee」が止まらず。(本当に叫んでしまうところがやはりセビージャ。笑)

その時のブログはこちら。→映画「LA CHANA」を観ました。

今日改めてブログを読み返してみたら、「もう、これは日本で公開されるしかないですね。」と自分で書いてある。そういえば、前回の一時帰国の時(今年の1〜2月)に映画配給の方がライブにいらして下さって、「ブログにして下さりありがとうございます。まだここだけの話ですが、実は7月に日本で公開されることになったんです。」とヒソヒソ教えて下さいました。

そしてあれから8か月経って、とうとう、本当に公開です!!!おめでとうございます!!

よかった!嬉しい!

是非みなさん観て下さい。そしてフラメンコ関係でない方にも是非観て頂きたいです。

映画情報詳細はこちら→アップリンクHP「ラ・チャナ」

 

foto_2552_cartelちなみに、日本での映画ポスターは上記のものですが、スペインで上映された時のポスターはこちら。なんだか全然違う映画に見えますね・・・。スペインの方がフラメンコ「通」好みといったところか・・・。個人的には日本のポスター方が好きですが。(笑)

まあ、それはそうと、是非みなさん映画館へ!

2018年7月18日

Jul 18

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

ブログ更新が遅れていますが、お陰様で先週無事に日本に着きました。成田に着いて飛行機から降りた瞬間のあの独特の湿気、日本の夏だなーという感じです。東京での「第23回少人数制クルシージョ」もお陰様で無事に始まりました。3連休の3日間は毎日6コマのクラスがあり、朝から晩までスタジオに缶詰。さすがに疲れましたが、暑い時間帯にクラスにいらっしゃる生徒さん達も本当にお疲れさまです。

既受講生のみなさんと久ぶりにお会いできるのも嬉しいですし、今回は新規の方も結構いらっしゃいます。毎回クルシージョでいいなと思うのは、新規の方や地方からいらっしゃる方々も気兼ねせず伸び伸び受講されていることです。みなさん一生懸命、そして和気藹々やっているクラスですので、私もリラックスして教えることができます。クラスって人の輪だから先生だけ頑張って教えればいいという訳ではないんですね。その点私は本当に生徒さんに恵まれているなあ・・・。心から感謝、感謝!!!まだまだ始まったばかりですので、これから体調に気をつけて頑張りたいと思います。

東京でのクルシージョは9/1(土)まで、福岡は8/11(土)、大阪は9/8(土)に開講です。詳細は こちら「クルシージョ」 にてご確認ください。

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8/4(土)真夏の夜のフラメンコ表8/4(土)真夏の夜のフラメンコ裏8/4(土)小松原庸子スペイン舞踊団「真夏の夜のフラメンコ」公演ですが、先日のブログでS席完売とお伝えしましたが、A席も残席わずかとなりました。チケットご希望の方はお早めに こちら「連絡先」 までご連絡下さい。

詳細は左記チラシ、もしくはこちら「公演情報」 にてご確認下さい。17:30開演、私は14番目、最後の方の出演(予定)、バタ・デ・コーラとマントンのソレアをソロで踊ります。

では本日はこれにて。これからお昼ご飯を食べて練習に行ってきます!

2018年7月18日 日本にて。

Jul 9

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

日本での災害状況がとても心配です。お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りし、被害に遭われた方々が1日でも早く安心した生活に戻れるよう、心よりお見舞い申し上げます。SNSなどで拡散されている必要物資などを今調べている所ですが、どのようにしたらよいものか・・・というのは以前災害の際に同様にSNSでチェックした情報を元に必要物資を個人的に何度か送ったのですが(必要物資は状況やニーズとともに刻々と変わるため)、後から個人で必要物資を送っても迷惑になるだけだというご意見も耳にし、逆に申し訳ないことをしてしまったと思ったこともあったからです。

なんとかお役に立てる方法はないものか考ええつつ、水曜に日本に発つためその準備やまだこちらでの残っている仕事も片付けなくてはならないし・・・という状況です。

取り急ぎ、2点ご連絡です。


スクリーンショット 2018-07-09 17.24.267/14(土)から開講する「第23回少人数制クルシージョ」時間割を改訂
致しました。閉講となったクラスは時間割内から削除してありますので、今後お申し込みをされる方はこちら→★確定版★CALENDARIO.TOKIO.VOL23にてご確認下さい。また、クルシージョ開講に近づき、定員になったためキャンセル待ちをお願いするクラス、定員締切り間近のクラスが増えております。ご希望の方は こちら「クルシージョ」にて空き状況をご確認下さい。随時更新しております。

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8/4(土)真夏の夜のフラメンコ表8/4(土)真夏の夜のフラメンコ裏8/4(土)小松原庸子スペイン舞踊団「真夏の夜のフラメンコ」公演S席チケットですが、舞踊団事務所・萩原取り扱い分ともに完売となりました。今後はA席(7000円)、B席(5000円)チケットのご予約をこちらで承ります。A席・B席も残りが少なくなってきていますので、ご希望の方はお早めにこちら「連絡先」のフォームを通してお申し込み下さい。

詳細は→こちら「公演情報」 でもご確認頂けます。

すでにお申し込み下さいました皆様、誠にありがとうございます。チケットはは7/17以降お渡し、もしくは発送させて頂きますので宜しくお願い致します。

なお、出演予定だった歌い手のアントニオ・カルピオ・ペーニャ・エル・トロが出演できなくなり、替わりにディエゴ・ゴメスが出演とのこと、舞踊団事務所から連絡を頂きましたのでここにてお知らせ致します。(フライヤーは以前のままになっております。ご了承下さい。)

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以上になります。

水曜に発ち、木曜に日本に着きます。今回も自分ができることをしっかり頑張りたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。

2018年7月9日 セビージャにて。

Jul 5

_DSC2586_DSC2819みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

毎日飛ぶように過ぎてゆきます。すっかり忘れていましたが、パセオフラメンコ7月号内にて、今年の3月のヘレスのフェスティバルでの踊り(トリノ国際コンクール受賞者ガラ公演)を、セビージャ在住フラメンコジャーナリストの志風恭子さんに褒めて頂きました。

「2015年フィグーラ部門で準優勝の萩原淳子らがソロを踊った。萩原のバタ・デ・コーラでのソレアは頭一つ抜きん出た、出色の内容だった。」

志風さんありがとうございました。

この時の踊りはたくさんの著名アーティスト(ラファエラ・カラスコ、マルコ・フローレス、アンドレス・ペーニャ、アリシア・マルケス、ラモン・マルティネス・・・etc)やフラメンコ関係者にもご覧頂き、自分でも驚く程(自分ではイマイチの踊りだったと思っていたので)たくさんの方からお褒め頂き、本当に嬉しかったです。

こちらのブログでも以前紹介しましたが、この時の踊りはYoutubeにアップしてありますので、ご覧になっていらっしゃらない方はどうぞ。→https://www.youtube.com/watch?v=hM_rYyKF508

でも一番嬉しかったのは、日本にいる父が「淳子のこと褒め称えてあるよー」と嬉しそうに電話で話してくれたこと。ヘレスのフェスティバルの何ページにも渡る特集の中で、私のことについて書いて頂いたのはたったの4行、太字になっているわけでもなく、写真を掲載して頂いたわけでもありません。それでもよく見つけてくれたな、とビックリ。

思えば「会社を辞めてスペインへフラメンコ留学する」と宣言した17年前。怒り狂った父はその後3ヶ月間私と一言も話しませんでした。完全無視。そして「お前は知っていたんだろう!」と母を怒鳴りつけ、母が作る料理も3ヶ月間一切口にしなかった父。とうとう日本を発つという別れに日に「萩原家には青い目の男はいらない!!!」と言い放った父。(アントニオの目は青くないです。笑)

あれから17年。その父の嬉しそうな声を聞いて、ああ、年月が経ったのだなあと思いました。

セビージャはやっぱり暑いのかな、目からも汗が出ます。

パセオフラメンコさんHPはこちら→http://www.paseo-flamenco.com

写真:アントニオ・ペレス(いつもありがとう。)

2018年7月6日 セビージャにて。

Jul 5

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みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

昨日はCuervo(クエルボ、スペイン語でカラスの意味)という町でレブリーハの友人がイネス・バカンにインタビューをするというのでそれを聞きに行ってきました。またまた放心状態になり・・・少し落ち着いてきましたけど、なんだかああいうフラメンコそのものをどーんと目の当たりにすると、「エネルギーをもらえた、私もがんばろう」という気持ちには全くなれません・・・。エネルギーを根こそぎ奪われてしまうというか、そもそも自分にはそんなエネルギーがあるわけがなく、その自分の空洞さを改めて思い知ってしまうというか・・・。

インタビュー内ではイネスは歌も歌われるとのことで、伴奏ギタリストのアントニオ・マレーナとその息子さん、そしてイネスの兄弟のフアン・バカンも同席していました。インタビューの冒頭で、イネスとフアンのお父さん、バスティアン・バカンのシギリージャの録音が流されました。その歌声に目を閉じこうべを垂れて聴き入るイネス。目をカッと見開き、天を仰いだまま聴くフアン。その二人を見ながらバスティアン・バカンのシギリージャを聞いていたら、涙がぼうぼう垂れてきた。

なんというフラメンコなんだ・・・・

それから幼い頃のイネスの話、家族との思い出、フェルナンダ(デ・ウトレーラ)の話などイネスの口からぽつぽつと語られるそれに、私はただただ呆然と耳を傾けていました。

なんというフラメンコなんだ・・・

家族から家族へと語り継がれ、歌い継がれるフラメンコ。そんなの当たり前のことだし、みんな知っていると思うのだけど、それを知識として知っているのと本物の生き証人の言葉を直に聞き、それが身体の細胞に直接取り込まれるのとでは全然違う・・・。

もちろん私はその家族の一員ではない。その時代に共に生きていたわけでもない。でも本物の生き証人の口から語られるその思い出を聞き、その時代に、その時代の人々に思いを馳せることができるのは本当に貴重でありがたい経験だと思う。

37memoriaそしてフアンの歌うソレア・・・・

なんというフラメンコなんだ・・・

フアンはプロの歌い手ではない。そして時と場所を選んで歌う(本当に心で感じた時だけにしか歌わない)のでも有名な人だ。私がフアンの歌を生で聞いたのはこれで3度目。初めて生で聞いたのは数年前、レブリーハの劇場で開催されたイネスとフアンの兄弟で偉大なギタリストのペドロ・バカンへのオメナへ公演、2回目はペドロ・バカン協会の会議の後のフィエスタ。そして昨日。いずれもソレアだった。

フアンの歌うソレア・・・・

なんというフラメンコなんだ・・・

確かに音程が不安定な箇所があるかもしれないし、届くべき音域まで届かない時もあるかもしれない。でもそれがわかっていたとしても、フアンのソレアの中にある「何か」を感じずにはいられない。また涙がぼうぼう垂れる。もちろんイネスの歌も素晴らしい。でも昨晩のあのフアンのソレアは尋常ではなかったように思う。

Vivencia(ビベンシア)という言葉がある。生きること。共に生きて一緒に経験すること、分かち合うこと。それがフラメンコの根底にある。それが彼らの歌と共に生き続ける。彼らの歌は単なる歌やミュージックでない。彼らの家族のそのまた昔の家族から代々大切な思い出と記憶として伝えられ、これから伝えてゆくものなのだ。

だから私のような外国人がフラメンコを学ぶには、その根底に敬意を払い学ばなければならないと思う。どんなに上手にスペイン人っぽく歌うことができても、それがただCDのコピーだとしたら・・・・?どんなに上手にフラメンコっぽく踊れたとしても、それがただ習った振付に過ぎないとしたら・・・?Youtubeの動画からパクッたパソのつなぎ合わせだとしたら・・・?

そういうことに何の疑問も感じない人が増えてきた現代だからこそ、イネスやフアンのような人達が持つ「Vivencia」は語り継がれなければならない。彼らの口から彼らの言葉で。なぜなら彼らがフラメンコの生き証人で、彼らがフラメンコの歴史だから。それを絶やしてはならない。

そして、私は私なりに感じたものを生徒さんに伝え、そして踊っていきたいと思う。

500x500最後になってしまったけど、もしバスティアン・バカンやフアン・バカンの歌を聴いてみたいなあという方、アントニオ・モジャが監修した「Flamenco en Vivo desde Lebrija Qué nos queda」という珠玉のCDがありますので是非聴いてみて下さい。

CDジャケケット写真中央で座っていらっしゃるのがバスティアン・バカン、その後ろに立っている男性が若かりし頃のフアン・バカンです。

今はもうこの写真の中で生きているのはフアン・バカンだけになってしまいました・・・。でもこのCDにぎゅっと詰まっているレブリーハの古き良き伝統はフアンを始め、彼らの子孫につながっているはず。だって今、レブリーハのフィエスタに行く時に聴ける歌と何ら変わりがないから。

このCDを聴くと本当にレブリーハにいる気がするんです。

写真:http://www.lebrijaflamenca.com/2018/07/celebracion-de-la-memoria-flamenca-en-la-choza-imaginaria-de-juaniquin/ より抜粋しました。

2018年7月5日 セビージャにて。

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