Oct 5

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

ビエナルが終わり、日本からいらした最後の生徒さんの個人レッスンも終了。10月になり、少し落ち着きを取り戻したセビージャではまた新たな毎日が始まっていますが、ビエナル最後の週を思い出してみます。ブログにしておかないと忘れてしまうので・・・

9月24日(月)「Flamencolorquiano」アンダルシア舞踊団(マエストランサ劇場)

BFA-©-Óscar-Romero-·-002BFA-©-Óscar-Romero-·-008BFA-©-Óscar-Romero-·-006前回観た同舞踊団の公演があまりにも暗くつまらなかったので(公演名は忘れた・・・)、今回ビエナルのチケットは購入していませんでしたが、お友達のチケットが余っているとのことで急遽劇場へ。(Iさんありがとう!)

ロルカをテーマにしたこの作品、面白かったです。舞台の使い方、曲構成などはさすが舞踊団だけあって見ごたえがありました。監督のラファエル・エステベスとゲストアーティストのマリア・テレモートの掛け合いのタンゴも面白く、oleの言葉が出る前にゲラゲラ笑ってしまった。うまく表現できませんが、楽しすぎてタガが外れてしまうというか。

ラファエル・エステベスの片腕ナニ・パニョスよりも、舞踊団員のアルベルト・セジェス君の存在感が光る。成長著しい若手舞踊家。数ヶ月前にアルベルト君の踊りをタブラオでみたら、ラファエル・エステベスそっくりに踊っていてそれはどうかと思ったけど(笑)なんでも吸収している時期なんだろうな。今後のさらなる成長が楽しみな一人です。

ビセンテ・ヘロやセバスティアン・クルスの舞踊団専属歌手に加え、今回ピアノの弾き語りをした若手ホセ・ルイス・ペレス・ベラの存在も公演の流れの中でうまく使っていたな。彼の登場のシーンからあえて彼に注目をさせるような演出でうまいなあ。

とにかく舞踊団員の皆さんは踊る踊る、よく踊るなあと感心しましたが、マリア・テレモートが歌いながら途中でちょっとブラッソをあげたりした時に香るフラメンコ。そんなシンプルな動きに心が惹かれる私でもありました。

9月25日(火)マリア・モレーノ「De la Concepción」(セントラル劇場)

María-Moreno-©-Óscar-Romero-·-014María-Moreno-©-Óscar-Romero-·-015María-Moreno-©-Óscar-Romero-·-018マリア、素晴らしかった!!!最初の方の演出はプログラム記載の通りのエバ・ジェルバブエナ色が強くって、この公演はどこに行くのだろう・・・とちょっと心配してしまったけど(余計なお世話ですが。笑)ソレアが素晴らしかった。ものすごいフラメンコの塊でした。最後に踊ったバタとマントンのカンティーニャスも良かったです。日本のタブラオでマリアの踊りを見た時は、バタが短めだったせいか動きがうまく生きていなくて残念だなあと思っていたので、大きな舞台でちゃんとした長さのバタの踊りを観ることができて大満足。

彼女の踊り自体が素晴らしいフラメンコなのであまりゴチャゴチャした演出は必要ないような気もしたけど、どうなんだろう?

いずれにせよ、エバの舞踊団員として何年も踊り続け(出始めの頃から彼女は光っていた!)、今回そのエバがこの公演の演出と振付指導をしたようだけど、それでもエバに染まっていない彼女独自の個性が一貫している。それって実はすごく難しいことだと思うんですよね。彼女よりもキャリアのある踊り手で、エバの影響を受けすぎてエバっぽく踊っている踊り手だっている。(でもエバにはなれないのは明白・・・)世の中たくさんの踊り手が素晴らしく踊り、たとえエバっぽくなかったとしても、なんだかみんな似たような踊りだなあ・・・と思ってしまう昨今、マリアの個性は本当に素晴らしいと思う。これから先のマリアも楽しみだ。一体どんな踊り手に成長するのだろう?楽しみ。楽しみ。

9月26日(水)「El Salón de Baile」ラファエラ・カラスコ、ルベン・オルモ、タマラ・ロペス、ダビ・コリア(マエストランサ劇場)

El-salón-de-baile-©-Óscar-Romero-·-001El-salón-de-baile-©-Óscar-Romero-·-011ラファエラ・カラスコ率いる一流舞踊家軍団の公演。ラファエラを始め、ルベン・オルモ、タマラ・ロペス、ダビ・コリアと出演者名を見ただけでひっくり返りそうになる。実際個々の実力はさることながら、群舞として見ても圧巻。プロのレベルというのはこういうものだ、とまざまざと見せつけられました。

でもそんな最高級な公演の中でも私が一番好きだったのは、ハビエル・バロンのソレア。Oleがとまらない。背も低くブラッソ(腕)だって長いわけではない。なのにあのエレガントさ。聞き惚れてしまうサパテアード。その音を入れる絶妙なタイミング。そうだよ、フラメンコはこう踊るものなんだよ、と改めて実感。今の時代なかなかないよね、ああいう踊り。ハビエル・バロン。すごい。さすが。彼の踊りの前には陳腐な言葉しか並べられない。お粗末。

ちなみに、そのハビエル・バロンの写真はビエナル公式HPには掲載されていない。あんなに素晴らしいソレアを記録できていないというのは、痛恨の極みとしか言いようがない・・・。

9月27日(木)「Gitanas」フアナ・アマジャ、フアナ・ラ・デル・ピパ、レメディオス・アマジャ(マエストランサ劇場)

Gitanas-©-Óscar-Romero-·-004Gitanas-©-Óscar-Romero-·-003Gitanas-©-Óscar-Romero-·-001フアナ・アマジャ、フアナ・ラ・デル・ピパ、レメディオス・アマジャと来て公演チケットを買わないフラメンコファンはいないだろう。

皆素晴らしかったけれど、なんと言ってもこの日のフアナ・アマジャのソレア。この人にはやはり大きな舞台が合う。合うと言うよりも、大きな空間が必要な踊り手なのではないか。日本のタブラオでも彼女のソレアを見たけれど、それも素晴らしかったけれど、フアナの持つエネルギーが大きすぎて、深すぎて、タブラオサイズでは収まらない。マエストランサという空間の中で見ることができて、初めて納得できる部分もあった。というより、マエストランサの空間も4人のモンスター達(エンリケ・エストレメーニョ、マヌエル・タニェ、エル・プルガ、エル・ガジ)の歌も全て飲み込み、丸ごとフアナ・アマジャになっていた。

自分の培ってきたものを、自分の道をただひたすら歩き続けてきた真のアーティスト。流行や新しいものを追いかけ、自分を見失ってしまうアーティストが多い中、彼女は彼女であり続けた。彼女はいつでもいつの時代でもフアナ・アマジャであった。唯一無二だった。それが長い年月を経て、さらなるマグマとなり彼女の身体に蓄積されてきたのだろう。それがあの夜爆発した。

彼女の名はそのソレアで、後世フラメンコ史に名を残すことになるだろう。

そして、そのフアナと私たちは同時代に生きている。感謝したい。

9月28日(金)「Sin permiso Canciones para el silencio」アナ・モラレス(ロペ・デ・ベガ劇場)

Ana-Morales-©-Óscar-Romero-·-001Ana-Morales-©-Óscar-Romero-·-003Ana-Morales-©-Óscar-Romero-·-008亡き父に捧げた公演。以前、震災直後にアナ・モラレスにインタビューした際、その父のことについて語ってくれた。そんなことを思い出しながら公演を観る。

当時のアナ・モラレスのインタビューはこちら→http://www.layunko-flamenco.com/JA/2011/03/¨somos-japon¨⑨%E3%80%80ana-morales/

たくさんの観客が劇場を後にして、ほとんど誰もいなくなってから私は一人劇場を後にした。自分の心の中のこの感情をずっと留めていたかった。友達に挨拶すらしたくなかった。唯一会ってしまった知り合いの踊り手は、幸いなことに電話で誰かと話していた。内心ホッとしながらその踊り手に手を振ってすれ違った途端、涙が出てきた。

Trasmitir

トラスミティール。

フラメンコを愛する人なら知っている言葉。直訳すれば「伝達する」ということだけど、そのtrasmitirがあってこそ、それはフラメンコとなりうる。それがなければどんなに素晴らしい技術も振付もメロディーもフラメンコではない。

それそのものだった、あの日のアナ・モラレス。

踊りが上手だとか、プーロだとかモデルノだとかスタイルの問題じゃない。全てをひっくるめ、そして全てを超越した人間が人間に伝えるもの。伝えずにはいられないその内面。それが表に出てしまうこと。表に出すのではなく。

「全ては時間が解決する」と人は言う。

本当だろうか・・・・

誰かを失うこと。例えば人の死。その人が近ければ近い程、その喪失感と残された虚無感は深い。それを解決するのは時間なのだろうか・・・

時間が経たなければならない。時間が経たないうちは何も解決はしない。でも解決するのは時間ではないと私は思う。そして解決することでもない。

アナは父の死から、その想いを彼女のフラメンコを通してアルテに昇華させた。そして同じく喪失感と虚無感を持つ人の感情を揺さぶり、共鳴させたのだ。

人はなぜ踊るのだろうか。

なぜ舞踊家は踊らなくてはならないのか。

その根源的な問題を突きつけられている。

9月29日(月)「Cuentos de Azúcar」エバ・ジェルバブエナ(マエストランサ劇場) 

Eva-Yerbabuena-©-Óscar-Romero-·-001Eva-Yerbabuena-©-Óscar-Romero-·-002Eva-Yerbabuena-©-Óscar-Romero-·-003Eva-Yerbabuena-©-Óscar-Romero-·-011Eva-Yerbabuena-©-Óscar-Romero-·-015奄美の島唄歌手、里アンナさんとエバ・ジェルバブエナの共演。2年前のビエナルの時に、エバが里アンナさんのCDをプレゼントされたことがきっかけだったという。日本とアンダルシアの文化の融合、と評されているようだけど・・・なんと表現したらいいのか、この違和感・・・。

※里アンナさんの公式HPはこちら→https://www.annasato-primitive-voice.com

ちなみに、ビエナル公式HPには里さんの写真は掲載されていない。(理解不可能・・・。)

異なる文化を舞台上で融合させるというのが悪いと言っているのではない。今回のこの公演の着眼点や発想はとてもいいと思うし、里アンナさんの歌もエバの踊りも、音楽陣も素晴らしかったと思う。それぞれにそれぞれの良さがあっていい!と思う瞬間が沢山あった。ただ構成の仕方なのか、そのいい!と思う余韻が別の場面に転換することでブツっと切れてしまい、その余韻が増長することが難しかったように思う。なんというか、場面場面、それぞれのアーティスト達の歌や踊りはいいのだけど、それぞれがバラバラに独立しているオムニバスみたいな感じと言ったらいいのか・・・それはそれで面白いけれど、転換やつなぎがもう少しスムーズに流れるといいのだろうか。その辺は演出や照明の使い方の問題になると思うので専門的なことは私には分からないのだけど・・・。

踊りはエバの他にフェルナンド・ヒメネス・トーレス(へレスのフェルナンド・ヒメネスではなく、昨年のウニオンのコンクールで優勝した踊り手の方)がいた。フェルンドくんの実力はコンクールで優勝したという実績だけでなく、長年エバの舞踊団の要として踊っているし、アンダルシア舞踊団やロシオ・モリーナの公演等でも多数活躍していることからもわかるように、そんじょそこらの踊り手ではない。とにかく上手い。舌を巻く。今回もフェルナンドくんは実力をいかんなく発揮し、脱帽。・・・といきたい所なのだが、時々出てきた気になる振付が・・・。どうしても気になるのだ、アンダルシアと日本の融合ということで、髪型や衣装もそれっぽく、というのはまだ分かるのだけど、外国人がそれが日本だと考える、あの特有の仕草とか振付の中に出てくると、それはちょっと違うんだよなーと首をひねってしまう。両手を胸の前で合わせてお辞儀する、あれだ。間違いではないかもしれない、でもそれをあなた達(この場合スペイン人達)がやるのはちょっとおかしいよ。

うまく言えないのだけど、例えば日本で「フラメンコやってます」と言うと、「ああ、あのあれでしょ、バラを加えて手のひらパンパンって叩く踊り?」と言われた時の違和感に近いか?今時そう言われることは少なくなってきてはいるが、以前はそう言われることが結構あった。その度にいや、そうじゃないんだよね、って心の中で思ってしまうあの独特の感覚・・・。

同じく、公演最後のアレグリアスでエバが出てきた時に一瞬目をこすってしまいそうになったのだけど、エバの顔が白塗りされているように見えたのは私だけか???(それとも照明の関係でそう見えたのか・・・?)いずれにせよ、その瞬間、これも日本を知らない外国人がよく考える「日本女性=白塗りの芸者」みたいな図式が頭の中に浮かんできて、またか、とのけぞってしまう。ブレリアに入ったところで、ギターがブレリアのコンパスのまま、里さんがそこに彼女の歌をかけ、それをエバがブレリアとして踊った箇所はすごい!と思った。日本とフラメンコの融合問いう観点でみた時、唯一いいと思った場所だ。

そんな感じでアレグリアスも盛り上がって終わり、公演終了というところで、里さんがお盆に急須とお茶を乗せて袖から出てきたのだ・・・ま、まさか・・・・

そう、そのまさかが起きてしまった・・・

里さんが正座し、向かい合ってエバが正座をする。里さんがお茶を汲みエバにお茶を渡す。エバはお辞儀をしながら里さんと会話して(そんな風な演技)二人でお茶を飲む・・・・。

会場、割れんばかりの拍手・・・

緞帳が降りる・・・

・  ・・いくらなんでもその演出はおかしいだろう、それが日本とアンダルシアの融合という公演の最後を締め括る演出なのか???

陳腐。

あれだけの素晴らしい歌とフラメンコの音楽と踊りと、たとえそれがぶつ切りになっているように見えた部分があったとしても、それぞれは一級品なのだから、そんな子どもでも思いつくようなありきたりの演出で終わらせないでくれ・・・。それもずっと気になっていた、あの、日本を知らない外国人が、これが日本だと思う固定観念に基づいたもの。ステレオタイプ。それがベースにあるということに気づいた時、私の瞼は半開きになり、目の前に「脳内緞帳」がさーっと降りてきた・・・。

こんなことを思っているのは私だけかもしれない。

思えばセビージャに住んで16年、ここで日本人として、そしてフラメンコの踊り手として生きて行く中で、その固定観念やステレオタイプ的な考え方、それを持つ人達と日々闘っている。だからそういうものに私は人一倍敏感なのかもしれない。でもそれがこの公演を見て、正直私が感じたこと。嘘やおべっかは書けないから・・・。

・  ・・と同時に思うこともある。それは私達外国人がフラメンコを踊る時にも同様に起こりうるのではないか。

フラメンコの、アンダルシアの、ヒターノの文化を知らずに、フラメンコの表面的な動きだけで踊る。こういう動きがフラメンコっぽい、とかこういう格好がヒターノっぽいとか、何も知らずに生半可な知識で形だけ真似る。フラメンコを踊るからにはフラメンコが好きなはずだ。嫌いだったら踊ったりしない。でもその大元の文化を深く学ばずに、ただカッコだけで踊るということがどういうことなのか。しかも自分が知らないということすら知らない場合は・・・さらにタチが悪い。

自省する人・・・・?

はい、私です・・・。

写真:Oscar  Romero(ビエナルHPより抜粋)

2018年10月4日 セビージャにて

Sep 30

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

約1ヶ月間に渡って開催されたセビージャのビエナル(2年に一度の世界的なフラメンコ祭典)が終了しました。9月の上・中旬に私は日本とバダホスにいたので、後半の2週間のみ、ほぼ毎日劇場へと足を運んだ毎日でした。贅沢といえば贅沢、でも疲れましたね(笑)お昼間は日本からいらした生徒さんへの個人レッスン、お昼ご飯を食べてから午後はまた別の生徒さんへの個人レッスン、家に帰って急いでシャワーを浴びて、劇場にギリギリ滑り込みセーフという・・・そりゃ疲れるわ(笑)というわけで、終了した今、やっと落ち着いて鑑賞記を書けるかな。

9月18日(火)ロシオ・モリーナ「Grito Pelao」(マエストランサ劇場)

Grito-pelao-·-Rocío-Molina-Silvia-Pérez-Cruz-©-Óscar-Romero-·-003Grito-pelao-·-Rocío-Molina-Silvia-Pérez-Cruz-©-Óscar-Romero-·-011Grito-pelao-·-Rocío-Molina-Silvia-Pérez-Cruz-©-Óscar-Romero-·-002「独り身のレズビアンの女性が子供を持ちたいと思う、彼女は自分の卵子を人工受精したいと思う。その女性はフラメンコ舞踊家、そして彼女は子どもを持つことへの憧れに関して舞台作品を創りたい」

とプログラムの最初に書き出してある通り、その女性、つまりロシオ・モリーナ自身の作品。実際彼女は妊娠7ヶ月のお腹で舞台に立ち踊った。

テーマがちょっと個人的すぎるんじゃないかというのが私の率直な感想だけど、それはそれで見る人により意見は分かれるのかな。とは言え、今回の作品の中でも状況を説明するセリフが多すぎるように思えた。映画や演劇でも役者がセリフでストーリーや場面転換を説明するようになると、大抵興味を失ってしまう。つまらない。同様にフラメンコの舞台でもやはり踊り手は踊りで内容を表現してほしい。セリフを入れることによって観客に作品を理解して

Grito-pelao-·-Rocío-Molina-Silvia-Pérez-Cruz-©-Óscar-Romero-·-007もらいたいという制作側の意図もあるのだろうし、それも分からなくはないけれど、観客側の感性や想像力にある程度作品を委ねてほしいというのが私の個人的な感想。フラメンコは理解するものではなく感じるものだと思うから・・・。ただし演劇的な手法を使って多少セリフを用いるというのは効果を発揮することもあるので、やはりバランスの問題なのかな?

歌が全編シルビア・クルスで通しているのも疲れる。綺麗な声だけれどフラメンコの歌い手ではない。フラメンコ公演の中で彼女の歌を部分的に使うならまだ分かるけれど、全部が全部彼女の声だと、だんだん聞くこと自体が苦痛になってきて、はいはい、わかりました、とどうでも良い気持ちになってきます・・・。

そもそもカンテはどこ?私にとってはフラメンコというのはカンテであるので、そのカンテがないとなると、これはフラメンコの作品と呼んでいいのかどうなのか・・・ダンスの祭典ならいいけど、フラメンコのビエナルのプログラムに入れるのはどうなのかな。前回のビエナルでのロシオ・モリーナの作品が素晴らしかっただけに(それこそ素晴らしいフラメンコだった)、今年は残念だった。

最終的にこの公演を通して、ロシオの赤ちゃんが元気に産まれてくるといいなと思いました。

9月19日(水)「La edad de oro」イスラエル・ガルバン舞踊団+パストーラ・ガルバン

Pastora-Galván-©-Óscar-Romero-·-002Pastora-Galván-©-Óscar-Romero-·-010すごく楽しみにしてチケット買って劇場に行ったのですが・・・というのはこの「La Edad de oro」というイスラエル・ガルバンの公演が私は大Pastora-Galván-©-Óscar-Romero-·-016好きで、これまでに2回観ました。故フェルナンド・テレモートが生きていた時に彼の歌でイスラエルが踊った時に1回、お亡くなりになってしまった後、ダビ・ラゴスが歌った時に1回。そして今回は歌い手がマリア・テレモート、つまり故フェルナンドの娘が歌うという・・・しかも、パストーラもちょっと踊るのかな?どんな公演になるんだろう!って興奮してチケット買ったのですが、劇場に着いてプログラムを見てガビーン。踊りはパストーラだけになってる・・・(え・・・イスラエル踊らないの?!)。歌い手はミゲル・オルテガになってる・・・・。なんじゃこれ????って思ったら会場が暗くなって公演が始まりました・・・。

私の心の中の雲行きの怪しいまま、そしてそのままそれは暗雲になり公演は終わる・・・。パストーラが素晴らしい踊り手であるのは周知の事実なのはわかっているけれど、パストーラにこのイスラエルの輝かしい公演は務まらない。申し訳ないけど。イスラエルの公演が素晴らしかったから、それだけにどうしても比較してしまう。パストーラの踊り自体も、兄イスラエルの真似だったり、他の往年の素晴らしい舞踊家の真似だったりと・・・それらしき踊りは以前の彼女の公演でもなんか観たことあったような・・・。やはりこの公演はイスラエルにやって頂きたいのと、パストーラは兄の影響を離れて独自の道を探した方がいいのではと思った。もうそれぐらいの実力のあるアーティストなのだから。大化けしたパストーラが見たい。パストーラなら出来るはずだ。楽しみ待っているから!!!

9月19日(水)「Soleá Sola」トマス・デ・ペラーテ (セントラル劇場)

Tomás-de-Perrate-©-Óscar-Romero-·-001

ビエナル期間中は、主に20:30開演の劇場公演の後、このセントラル劇場で23:00からの別公演もあるため、1日に2公演はしごする場合もある。ただし相当疲れるし、どちらかの公演の印象が薄れてしまう危険性もあるので、私はできるだけはしごは避けているのだが、このトマス・デ・ペラーテ、私は大好きなのでどうしても聴きたく、また前述の通りその前の公演のチケットも期待して購入したので、この日ははしごになった。

この歌い手は本当に面白い。ウトレーラのヒターノ一族「ペラーテ」家の血を引くプーロ(純粋)なフラメンコ

Tomás-de-Perrate-©-Óscar-Romero-·-006Tomás-de-Perrate-©-Óscar-Romero-·-008Tomás-de-Perrate-©-Óscar-Romero-·-009Tomás-de-Perrate-©-Óscar-Romero-·-010Tomás-de-Perrate-©-Óscar-Romero-·-013をプーロに歌うかと思いきや、かなりモデルノ(現代的な)フュージョンなどもやってしまう。プーロな人がやってしまうモデルノにありがちな、ちょっと無理なんじゃない?的なのは全くないし、また、モデルノのフージョンをする人にありがちな、全然フラメンコを感じないよね・・・的なのも全くない。面白い。この人は何をするのだろう、といつも目が離せない。(耳か。笑)

この日最高だったのは、ゲスト・アーティストとして登場したパコ・デ・アンパロのギターで歌ったブレリア。昔、ディエゴ・デル・ガストールの演奏で歌ったフェルナンダ・デ・ラ・ウトレーラなんかを思い出した。あの白黒の映像が、モロンとウトレーラの競演が、アルテが、今、ここセビージャ・ビエナルのセントラル劇場において、時代を超えて炸裂している。やっぱりフラメンコはいい。フラメンコの音楽としての可能性を広げるフュージョンも興味深いけど(やる人によっては全く興味が湧かないが)、私は「ど」フラメンコが好きです。

パーカッションの人と向かい合ってテーブルに座り、テーブルやテーブルにある食器を叩きながら歌ったソレアも良かった。ただし、そのシチュエーションは以前イスラエル・ガルバンがやっていたような・・・そんな既視感もあったけど、ソレアの歌は良かった。これも結局「ど」フラメンコ。

「ど」フラメンコといえば・・・ゲストで出演したイネス・バカン・・・のはずが・・・。同じくゲスト出演したラウル・レフリのギターが最悪でイネスの良さが全く出ていない。正確に言うと、レフリは全く歌伴奏をしなかった。もっと正確に言うとイネスの歌のトーンが取れずに伴奏できなかった(?)

無伴奏の中で歌うイネスは本当にかわいそうだった。レフリは歌うイネスの歌を録音して、その後にその録音を自分のフュージョンに使うという手法をとっていたけど、本来はイネスの歌の時にちゃんと伴奏するはずだったらしい。これは終演後イネス関係者から聞いた話だけど、リハーサルの時はイネスの歌に伴奏していたらしい、ところが本番では伴奏しないという・・・本番でビビったのか、レフリ????いずれにせよイネスは本当に最悪の気分で劇場を後にしたとのこと・・・なんてかわいそうなイネス・・・。

それにしてもレフリは、関係者なら誰でも知っている、フラメンコを弾けないギタリスト。フラメンコの曲を歌いながら全然フラメンコでない、でも最近若者に人気のロサリアの伴奏ギタリストでもある。どう見てもどう聞いても、地球がひっくり返ってもフラメンコの伴奏をできないレフリがなぜイネスの伴奏をすることになったのか・・・せめてトマスの演奏をしていたアルフレッド・ラゴスのギターでイネスが歌っていれば・・・

それも何かのフュージョンを狙った、つまりプーロなフラメンコのイネスとフラメンコを知らないレフリの「究極の」フュージョンだったのだろうか・・・いやー、不可解。

その他、特筆すべきは照明。カンテのコンサートながら、ものすごい照明を駆使していた。ここら辺、幾つかのバイレ関係者も学んだ方がいいのではないか。(フラメンコ舞踊公演の照明、暗すぎてよく見えないのとかもあるんですけど・・・)

9月20日(木)「La Savia del Tronco¨Utrera¨」ロペ・デ・ベガ劇場

Cuchara-de-Utrera-©-Óscar-Romero-·-002Cuchara-de-Utrera-©-Óscar-Romero-·-005Cuchara-de-Utrera-©-Óscar-Romero-·-006これもすごく楽しみにしてチケットを取った公演!そして素晴らしかった!やはりフラメンコはフラメンコでなくては。ウトレーラのヒターノ達の一族。彼らが培ってきたフラメンコ、引き継ぎ、受け継ぐフラメンコ。根っこのある、根っこを忘れない、根っこからちゃんと伸びてゆくフラメンコ。それが公演に一貫していた。家族の絆。リスペクト。それでこそフラメンコ、それをウトレーラの彼らが実証してくれた。本当にありがとう。

ゲスト出演したホセ・バレンシアの歌にも泣けた。ウトレーラ土着の歌い手、ガスパール・デ・ウトレーラのブレリアを歌うホセ・バレンシア。彼の、ウトレーラに対する、ガスパールに対する想いが一言一言に滲みでていた。プロの歌い手の巧さだけではない、それだけでは人を感動させることはできない。フラメンコの素晴らしさはそういう所にあるのではない。それをあの日、ホセ・バレンシアが教えてくれた。涙・涙・・・

それにしても、そのホセ・バレンシアと、この公演の根幹を成したクチャーラ・デ・ウトレーラの写真がないのが残念だ。このブログの写真はすべてビエナルのHPに掲載してあるものなんだけど(注:アントニオ・ペレスの写真ではありません。)、その公演を表すシンボルが写真として残ってないって・・・。多分写真撮影が許可されている時間は公演の最初のうちだけとか、あとは次の公演が控えている時は写真家は最後まで撮影できないまま次の会場に急がなくてはならないとか、いろいろ事情があるのかもしれないけど・・・。写真家も大変なのだろうが・・・。

9月21日(金)「La Tournée」アンドレス・ペーニャ&ピリ・オガジャ

Andrés-Peña-Y-Pilar-Ogalla-©-Óscar-Romero-·-002Andrés-Peña-Y-Pilar-Ogalla-©-Óscar-Romero-·-005Andrés-Peña-Y-Pilar-Ogalla-©-Óscar-Romero-·-006Andrés-Peña-Y-Pilar-Ogalla-©-Óscar-Romero-·-008Andrés-Peña-Y-Pilar-Ogalla-©-Óscar-Romero-·-009今年のへレスのフェスティバルで評判だった作品。私はへレスでは観られなかったのでビエナルで観ることにした。うーん、おしゃれで粋な作品だと思うのだけど・・・この演出・・・ダビ・コリアの演出なのだけど、ダビ・コリア本人の作品の演出と結構似ているのですが・・・。それとアンドレとピリの踊りも見たことのある振りやパソが何度も出てきて新鮮味に欠けるというか・・・。二人がそれぞれ一人で踊り、またパレハで踊る手法の二人の公演は何回か観てきたので、次回は他にゲストの踊り手を入れるとか、舞踊団員を数名入れて群舞を入れるとかちょっと変化をつけた公演にしたらどうなるのかな?と思いましたが・・・

際立っていたのは、ギターのラファエル・ロドリゲス。この人がギターを奏でると、一音だしただけで劇場の空気がガラッと変わってしまう。音の一つ一つがフラメンコであり、彼の音楽は珠玉なのだ。あまりにも素晴らし過ぎて、舞踊伴奏ではなく彼のリサイタルなのでは?と錯覚してしまう程、観客が彼のギターに集中してしまう。それゆえ、彼のギターと同等の踊りでないと、結果、残念ながら踊りは霞む。今回の舞台でも彼のギターは素晴らしいと感動しながらも、でも踊りが見えてこなくて残念という場面が何度かあった。アンドレとピリだっていい踊り手だと思う。でもラファエルが素晴らし過ぎるのだ。格が全く違う。例えばミラグロス・メンヒバルくらいの、あるいはロシオ・モリーナくらいの格のある踊り手でないと、ラファエルのギターと相まって踊りが生きてくるというのは難しいように思う。それだけラファエルが素晴らしい、素晴らし過ぎるということなんだけど。

ちなみに最初と最後の小芝居(?)での歌い手達(インマ・リベーロ、ミゲル・ロセンド、エミリオ・フロリード)がなかなかの味を出して演技をしていて面白かった。最近の歌い手はただ歌とパルマがうまいだけでなく、いろんなこと要求されて大変なのね。

9月22日(土)「Viviré」トマティート(マエストランサ劇場)

Tomatito-©-Óscar-Romero-·-002Tomatito-©-Óscar-Romero-·-009Tomatito-©-Óscar-Romero-·-006Oleeeeeeee!!!やっぱりトマティートは裏切らない。ゲストの歌い手のドゥケンデ、アルカンヘル、ランカピーノ・チーコも素晴らしかった。その他3名の歌い手も、第2ギターのトマティートの息子も、パーカッションもバイオリンもトマティートと一丸になって、全部いい。全部いいのだ。

最高だったのは、わかっていたけど、やっぱり彼のブレリア。彼のブレリアを聴くと本当に血液が沸騰するのだ。マエストランサ劇場ってかなり冷房が効いていて寒いくらいなんだけど、トマティートのブレリアの後は汗かいてたし。(私がね。笑)やっぱりトマティートはいい。トマティートのいないビエナルはビエナルではない。トマティートのチケットは絶対買うべし。

それにしてもトマティートは今年で還暦らしい。こんな60歳のギタリスト、どこにいる???

9月23日(日)「Nocturno」レオノール・レアル セントラル劇場

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Leonor-Leal-©-Óscar-Romero-·-011Leonor-Leal-©-Óscar-Romero-·-013Leonor-Leal-©-Óscar-Romero-·-016レオノール・レアルという踊り手は、私にとっては興味深い踊り手。彼女は彼女なりの表現というのを常に模索し、それを発表し続けている。その表現がフラメンコではない、という意見もあるのだけど、個人的には彼女の踊りが好きだ。新たな表現をするために奇をてらう踊り手や、無理にコンテポラリーの動きなどを取り入れて失敗する踊り手(本人はそれに気づいていない場合が多い。)が多い中、彼女の表現は自然だ。彼女が彼女の内なる欲求の通り、自然に素直に身体を反応させた踊りとでも言うのだろうか・・・。彼女の踊りを見ていると、あんなのはフラメンコじゃないって断罪する前に、もしかすると私の方がフラメンコの「型」にとらわれているのではないか?と自問してしまう。フラメンコであるためにフラメンコらしく踊る、つまり、それは実のところ、フラメンコ本来の持つ自由さからはかけ離れているのではないか・・・という疑問。うーん。

前置きが長くなったけど、ギターとパーカッション、レオノールの踊り、3名のアーティストだけの舞台。個人的にはカンテをやはり聴きたい。公演の中で部分的にギターとパーカッションだけで踊るというのはアリだと思うけど、全くカンテがないというのは正直物足りない。観客を飽きさせないようにうまく作品は創ってある。舞台の使い方、ギターやパーカッションとの組み合わせ、パーカッションのキャラクター(公演にかなりの彩りを添えていた)何よりレオノールの踊りに目が離せない。彼女なりの独特の魅力と個性。公演時間も1時間あるかないかくらいで、ビエナルの劇場作品にしては短い方だと思うけど、その公演時間の短さも全て計算されてのことだろう。肩肘張った長々した作品を見せられるよりは、たまにはこんな作品も息抜きにいいかなと思いました。

・・・でも次回はやっぱりカンテありの作品が見たいかな。

写真:Oscar Romero
ビエナルHPよりり抜粋。http://www.labienal.com/galeria/

Sep 17

41820762_10156688033156228_3470002506203922432_o41903713_10156688032016228_6097948524811386880_o41840592_10156688030511228_4715962558744363008_o41861165_10156688030971228_1903339822651539456_o41974855_10156688030521228_3789434969357549568_o41863941_10156688031026228_8828660152895799296_o41829207_10156688030471228_1258902979436609536_o41840684_10156688031066228_7095113547234934784_o41934653_10156688031596228_3992329001082290176_o41807183_10156688031586228_6733909430456287232_o41778278_10156688031641228_4775189504921174016_o41895171_10156688032076228_4693273741168214016_o41853863_10156688032581228_1118375343183364096_o41788158_10156688032711228_3917416598117285888_o41833343_10156688032836228_7277992241086332928_o41873209_10156688032381228_5635265184210616320_o41837220_10156688031831228_3877342371402219520_o42087352_10156688032501228_2341463599655944192_oみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

怒涛の日々がやっと終了しました。

過日の大阪クルージョの後すぐに東京に戻り、荷造りをし、日本を出発。火曜の夜にセビージャに着き、夜中にバダホス公演行きの荷造りをし直して、翌日の朝7:00にセビージャを出発。10:30にバダホスに着いたらタクシーで記者会見場に直行、その後またタクシーでリハーサルスタジオまで。(朝ごはんを食べる余裕もなかった)16:00頃お昼ご飯をやっと食べて、その後も練習、翌日も午前&午後練習、そしてその翌々日が本番!次の日はフラメンコ講演会があるとのことでホテルチェックアウトして、結局講演会はなく、セビージャに戻ってきました。夕方着いて、翌朝までひたすら眠り続けていたという・・・笑

こんなスケジュールでよく倒れもせずに踊って、無事セビージャまで戻れたなと思います。よく頑張った、萩原(自分で自分を讃える。)そして同じスケジュールでバダホスまで同行してくれた夫のアントニオ!ありがとう!絶対倒れるからついて来るなって言ったのに、「死んだら一緒にいられない!」と怒ってついてきてくれました。本当にありがとう。

前置きが長くなりましたが・・・

お陰様で無事「KIZUNA」バダホス公演が終了しました。皆様本当にありがとうございました。

「KIZUNA」
2018年9月14日(金)
ロペス・デ・アジャラ劇場(バダホス)
踊り:ヘスス・オルテガ
   田村陽子
   永倉麻貴
   水野眞那
   萩原淳子
ギター:ラモン・アマドール
カンテ:マヌエル・パハレス、フェフォ
パーカッション:ディエゴ・アマドール

昨年日本で開催された同公演に出演された踊り手さんが出られないとのことで、急遽代役として出演のお声をかけて頂きました。日本での公演・教授活動でスケジュールいっぱいいっぱいの中、群舞の振付をビデオで一人学ぶのは本当に大変でした。音と映像がずれていたり、細かいパソがよく見えなかったり・・・一度習った振付を忘れないようにビデオに撮っておく分にはいいですが、全く知らないものをそのビデオで学ぶというのは厳しかったです・・・。多分その場で教えてもらえればすぐに分かることもで、ビデオを解読するのに結構な時間がかかりました。ただでさえ時間がないのに、練習する時間がさらに減る・・・毎日毎日焦って、でも日本でのクルシージョや生徒さんの発表会をないがしろにはできないし・・・

なんか同じようなことが昔もあったなあ・・・確かもう20年以上も前、まだ練習生で会社員だった頃、AMIさんの公演に出演させて頂くことになり、公演1ヶ月程前にAMIさんから振付られて、あと1ヶ月あるでしょ!と言われたけど、会社員だった私にとっては練習日は4〜5日しかなかったという・・・。働いている時には踊れませんからね・・・。

今回の公演はあの時と同じくらい準備期間がなかった。あと1週間でも2週間でも早くお声をかけて頂いていれば・・・と正直思ったけど、いろいろご事情もあったのでしょう。仕方がなかったのかもしれません。とにかくそんな状況の中、なんとか振付を覚えてきた頃、振付が増え(!)そしてソロでアレグリアスを踊って欲しいと言われたのだけど、マントンとバタで、と言われ、えーマントンとバタのアレグリアスを踊るのは7年ぶり(!)と思ったけど頑張ってみた。そしたら今度は増えた振付が変更!なんなんじゃー。最初にお引き受けした時の条件からどんどん変わっていって、さすがの私もこれはダメかもと思いました。ヘススは気遣ってくれて覚えられる所だけでいいよ、と言ってくれたし、そんな私をずっと見ていたアントニオも「ジュンコにはハンデがあるんだから、他の踊り手と同じ事をする必要はないよ。」と言ってくれたけど・・・。確かに他の踊り手さんは同じ公演を昨年日本で3回踊っているわけで、私は1回も参加せずに一人ビデオだけで学んでいるから・・・でもそんな事はお客様には分からない。舞台の上に乗れば全員同じ!お二人のお心遣いだけもらっておいて、結局は全部覚えることに。

スペインに戻る前に東京のスタジオで、ビデオで学びきれなかった部分を、共演の水野眞那さんが教えて下さいました。2時間一緒に練習させて頂いただけだけど、すごくよく分かった!やっぱりその場で教えてもらえるのとビデオから取るのでは全然違う。。あの2時間がなかったら今回の公演は有りえない・・・本当にありがたかった。

バダホスに着いたら着いたでフォーメーションを覚えなくてはならないし、(ビデオだとイマイチ立体感がないのか、フォーメーションが分かりづらい。)それから自分でできたと思っていた部分でも細かい部分が違ってたりして、それは永倉麻貴さんが細かくご指摘して下さったのでそれも助かりました。(ちなみに、バダホスに着いてからもいろいろ変わってたしね。笑)

そんなこんなで舞台に乗せる上で、自分が目指す完成度には到達しない踊りになってしまった部分は否めない。仕方がないと思う反面、もし、自分にもっと実力があれば、もっとパッパッと振付を取ったり、フォーメーションを間違えなかったりしたのかな?とも思います。プロだから、そのくらいの変更なんかも当たり前くらいの気持ちでいないとね。最終的には、毎回変わるから、あ、また変わった、くらいの気持ちにはなりましたが(笑)

でも、今回その変更があったからこそ学べたことがあります。それはクリスティーナ・オヨスと旦那様のフアンが公演のアドバイスに来て下さったこと。当初の出演条件から追加された部分とさらにそれが変更になった部分は、クリスティーナ・オヨスの案によるもので、ヘススが私たち4人の日本人舞踊手にクラスをすると言うオープニングのシーンでした。どうも、もともとクリスティーナがそのシーンの振付をヘススにビデオで送って下さったらしく、それをヘススが学び、田村陽子ちゃんに教え、そのビデオが私を含む他の踊り手に送られてきました。なのでそれを私たちは学んでバダホスでクリスティーナと旦那さまのフアンに見て頂いたのですが・・・・

ご覧になってクリスティーナの渋いお顔。「私はヘススにそう教えたわけじゃないんだけど・・・変えてもいいかしら?」内心私は、(ひえーまた変わるの?←ちなみに本番2日前。)と思ってしまったのですが、田村陽子ちゃんの「とりあえずやってみましょう。」の一言で変えて頂くことに。(即答できる陽子ちゃんはさすが、小松原庸子舞踊団で揉まれてきただけある!すばらしー!)

そしてその変更の仕方が素晴らしかった。感服した。感動した。

その変更にはちゃんと意味があった。振付た人の単なる好みとかその時の気まぐれによる変更ではなく(そういうことする人もいる・・・)、その意味があっての変更。そしてその意味をきちんと説明して下さった。だから私たちは納得した上でその変更に対応できる。むしろ理にかなっているから、変更後の方がすんなり身体に入る。

さすがクリスティーナ・オヨス!

そしてさらにすごかったのは、変更の塩梅。クリスティーナはもっといろいろ変更されたかったみたいだけど、旦那さまのフアンさんが、変更はそのくらいにしておけ、と一言。本番2日前にしてその変更の塩梅、バランスをフアンさんがとって下さる。お二人の掛け合いが素晴らしい・・・・

でも私は知っている。フアンさんは私達の習熟度を見て、変更や手直しを随時追加して行ったことを・・・きっと初見でフアンさんはどこを直さなければならないか全部お見通しだったはずだ。でもそれをいきなり全部一度に指摘しないで、状況に応じて直された。全部一度に注意しても私たち(少なくとも私)の頭がパンパンになってしまうことを、最初から読まれていたのだろう。本当にすごい。

クリスティーナのお手本の動きも素晴らしかった。やはりビデオで学ぶのとは全然違う・・・・雲泥の差。雲泥の差。雲と泥!!!!動きも、彼らのアドバイス一言一言も全てが宝石のようでした。クリスティーナは「レッスン料をもらわないとね!」と冗談でおっしゃっていましたが、(もちろん徴収されていません)それぐらいの、いや、お金には換算出来ない価値のものでした。あの時間、あの場にいられただけでも、この公演に出演できた甲斐があるというもの。あの時、それまでの苦労が全て吹っ飛んだ。舞台に立つ前に私はもうそれだけで感謝していました。

そしてその後はクリスティーナとフアンさんも交えてビールを飲みに。クリスティーナとフアンさんの横に座らせて頂き、凄まじいお話もたくさん・・・。

まずは私が前日日本からセビージャに着いて、すぐにバダホス入りしたことを気にして下さり(なんとお優しい方々なのか・・・)、それから彼らが現役時代にどれだけご苦労をされたかというお話になりました。遠征費用がなくて、5回も飛行機を乗り継いだ話、当時共産国で踊るということは、首を斬られることにもなりかねない、にもかかわらず踊られた話・・・・そんなお話を伺って、私の苦労なんて「く」の字にも値しないと思った。恥ずかしい。ドイツで公演されたその日にベルリンの壁が崩れたお話も感動的だった。フラメンコには何かそんな力があるんだ!って勇気が湧いてきた。そして彼らは踊りを通して、人生を通してそういう勇気や感動を全世界の人に与えてきた方々なんだ、そんな彼らの隣で一緒にビールを飲ませていただいている私は、なんとちっぽけ、でもなんて幸せなんだろうって。今私ができることはそんなことをブログにして、読者の方々とそれを分かち合うことだけ。でも、それでもいつか私も踊りを通してそんなことができるのかな。世界を駆け巡ることは難しいかもしれないけれど、自分の近い人を少し幸せにすることはできるかもしれない!

・・・そんなこんなでバダホス入りした日から私は予期しなかった感動で胸いっぱい。ホテルに戻ってアントニオと、クリスティーナとフアンがどれだけ素晴らしいかを語り合った。

そしてバダホス2日目、公演前日。この日も午前、午後と練習。みんなに「時差ボケ大丈夫?」って聞かれたけど、はー?時差ボケ?そんな時間すらありませんよーという感じでした(笑)でも身体はかなり疲れていました。当たり前か。でも、実際疲れているよりも、多分脳が疲れていると思わせない指令を出していたのだと思う。じゃないとやってられない。人間の脳ってのはすごいなと思う。そして公演前日の夜は田村陽子ちゃんの旦那様のおごりで(日本からの応援、ありがとうございました!)、素敵なレストランでお食事を頂いた。本当はもっとガンガン食べて、飲みたかったのだけど(バダホスのワイン、美味すぎ!)明日本番だよーという、また脳みその指令が・・・(涙)泣く泣く抑えてホテルに戻る。

公演当日。今まで私だけギタリストと合わせをしていなかったので、当日の午前中にソロのバタとマントンのアレグリアスを合わせる。これもまた先述のクリスティーナとフアンさんにも見て頂けた。緊張したのか、ボケてたのか、回転したら前後がわかならなくなって、しばらく前後逆で踊ってしまった(笑)終わった後、「どこか直す部分があればアドバイスを下さい」とお伺いに行ったら、なんとお二人にお褒め頂いた!!!そしてクリスティーナからは

「ブラッソもとても美しいわよ」

!!!

クリスティーナ・オヨスのブラッソ(腕の動き)がどんなに美しいか、それはフラメンコを知らない人でも知っている。20年以上も前、クリスティーナは「徹子の部屋」に出演されていて、その時に黒柳徹子と話しながら動かしていた彼女のブラッソに私は釘付け、硬直したのだ。そのクリスティーナにそんなお言葉を頂けるなんて・・・もうこれで本番なくてもいいと思うくらい、また感動(涙)。

そして本番。自分の踊りはさておき、舞台袖のヘススに今度は感動した。みんなのソロが終わる度に一人一人を抱きしめたり、暖かい言葉をかけてくれたり、なんて優しい人なんだろう。自分の踊りだけできればいいんじゃないんだ。そしてさらに感動したこと。ソロの踊りでモニョ(フラメンコ式の髪型。)のネットが舞台上に落ちてしまった踊り手さんがいた。その踊りを舞台袖で見ていたヘススが「ネットが落ちっちゃったな」と一言。あ、ほんとだ、と私は言っただけだったのだけど、その踊り手さんは次の踊りまでに早替え(急いで次の衣装に着替える)しに舞台袖まで戻った後、ヘススが私に言ったのだ。「ネットとピン、余分に持ってる?」・・・え?と一瞬思ったけど、考えている暇はなかった。はい!持ってます!私は楽屋に飛んでいき、予備の自分のネットとピンをヘススに渡す。・・・まさか、今からモニョを作るの??!!!先の踊り手さんの後、次の私たちの群舞の間は、歌い手2人がそれぞれマルティネーテを1曲ずつしか歌わない。だからその踊り手さんは早替えになるのだけど・・・その二人目歌い手の、もうその曲が後少しで終わっちゃうよ!!!という所で、ヘススはその踊り手さんのモニョを結い出したのだ。私は心臓が飛び出そう、そして泣きそうだった。私は間に合っている。でも彼女が間に合わなかったら???いや、間に合う!絶対間に合う!祈るような気持ちで、ヘススにピンを一本一本渡した。

間に合った!

ジャスト!

本当に歌が終わった時に、モニョが完成したのだ。

こんな奇跡があるのか!!!ヘスス、すごい!!!

日本で一人、ビデオで学んでいた時は全然分からなくて、ギリギリまで不安だった群舞のマルティネーテ。でもその舞台袖で、私の不安はどこかにぶっ飛びました。改めて本番のビデオを見れば、私はたくさん失敗もしているかもしれない。でもあのマルティネーテは特別だったな、私にとっては。

そして私の日本の師匠AMIさんにも感謝した。初心者で発表会に出た時から、AMIさんはおっしゃっていた、「モニョは絶対崩さない!」「ピンとネットは必ず余分に用意しておくこと!何があるから分からないから!」 そうやって口酸っぱく教えこまれて来たから、今の私がある。

その後の私の出番はソロのバタとマントンのアレグリアス。自分ではイマイチの出来だと思った。タブラオやペーニャのような場所では踊り慣れていても、広い劇場舞台というのはあまり慣れていない。そういうこともあったかもしれない。踊り終わった後、どうだった?ってヘススに聞かれてそれを答えて、だからこそ、今回のような機会を与えてくれてありがとうと伝えた。意気消沈して楽屋に戻ったら、眞那さんが「お客さんの拍手がすごかったよ」と教えてくれました。全然聞こえなかった・・・自分では分からなかったけど、お客様が喜んでくださったのなら、それは嬉しい。

フィナーレのタンゴは、すごく楽しくて、というのもそれまで緊張されていた踊り手さんがものすごい笑顔で、その顔を見たら私まで喜び爆発!そしてタンゴのレトラ(歌詞)でさらに爆発!

“Yo he venío de Badajoz
con mi niño de la mano
ese que camelo yo”

あー私、本当にバダホスで踊っているんだ、そしてバダホスでこの、エクストゥレマドゥーラ地方のタンゴを聴いているんだ、本当なんだって、涙出そうだった。

その後嬉しすぎて、他の踊り手さんやヘススにハレオをかけたりして(そういう設定ではなかったと思うのだが、思わず出てしまった。)さらには興奮しすぎて振付を間違ったりしたのだけど(本当にすみません)、でも最後だから。フィン・デ・フィエスタ的なものだからいいんじゃない?だって人間だよ。完璧にキレイに踊ったって心がなかったらそんなのフラメンコじゃない。もちろん状況によって間違えずに踊るも必要あるけど、フィナーレだから。

バタ・デ・コーラの巨匠ミラグロス・メンヒバルが言っていた。バタがひっくり返らないように注意して完璧に踊るよりも、ひっくり返ったってエネルギーがある方がいいって。重要なのはエネルギーだって。

・・・そういうことにしておこう。(笑)

後から参加した私をいろいろと助けてくれた陽子ちゃん、まなさん、まきさん、本当にありがとう。
みんなは日本ですでに3公演しているから、私が分からないこととか当たり前だったのだと思うけど、それでも辛抱強く助けてくれました。
大切な公演に呼んで下さったヘススありがとう。
たくさんの素晴らしいお言葉を下さったクリスティーナとフアンもありがとう。お客様もみんなみんなありがとう。あんなに疲れ果てていたのにこんなに素敵な舞台写真を撮ってくれたアントニオもありがとう。

たくさんの苦しかったことが、バダホスに来て全て流れてゆきました。でも苦しかったからこそここまで来れたのかな?諦めないでよかった。

これからもがんばろ。

次回は10/30(火)セビージャ「Laberinto(ラベリント)」で踊ります。詳細は後日!

舞台写真:アントニオ・ペレス

2018年9月17日 セビージャにて。

Sep 9

_DSC8200みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

昨日9/8(土)「第14回大阪クルシージョ」はお陰様で無事終了しました!受講生の皆さん、会場となりましたスタジオ・ラ・クーナの井上さん、ありがとうございました。どのクラスも楽しかったなあ。もう少し大阪にいたかったです・・・

そんないくばくかの寂寥感もありますが、今回の一時帰国中のクルシージョとライブは全て終了しました。たくさんの方々にお世話になり本当にありがとうございました!!!

次回は来年1〜2月に帰国予定です。東京・福岡・大阪等各地でお会いできることを楽しみにしています!!!

今日は荷造りとバダホス公演の練習。9/11(火)にセビージャへ発ち9/12〜15まではバダホスでの公演の記者会見、リハーサル、本番、その後のフラメンコ会議(?)出席と殺人スケジュールです。(涙)期間中にご連絡頂くメールへのご返信は遅れる可能性もありますので、ご迷惑をおかけしますがどうぞ宜しくお願い致します。

さて、腹をくくって頑張る。

2018年9月9日

 

Sep 5

スクリーンショット 2018-09-05 20.03.13みなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか?

今週土曜9/8(土)「第14回大阪クルシージョ」開講です!「バタ・デ・コーラ・テクニカ基礎」クラスのみ2名空きがありますので、ご希望の方は前日9/7(金)までにosakacursillo@gmail.com までご連絡下さい。お会いできることを楽しみにしております!

クルシージョ詳細はこちら→OSAKACURSILLO.VOL14

日本での滞在は9/10まで、そして9/14(金)にバダホスにて踊ります!群舞のマルティネーテとタンゴ、ソロのアレグリアス・バタ&マントンに加えて、クリスティーナ・オヨス振付のオープニングも加わりました!!!飛行機の中でも練習しなくては!!!
頑張ります!!!

公演詳細はこちら→http://www.layunko-flamenco.com/JA/agenda/

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明日大阪入りします!

2018年9月5日 鳥取にて

Sep 4

40488456_1957498327671077_4485933958730612736_n40681539_1957498331004410_7679329644675334144_nみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

「第23回少人数制クルシージョ」も9/1(土)にお陰様で無事終了しました!受講生のみなさんお疲れさまでした!受講して頂きありがとうございました!

長いようで、いつもあっという間に終わってしまいます。それでも期間中にしっかりと学び手応えを感じた受講生がたくさんいらっしゃったのではないかな?クラスの中で時々ピカッと光る瞬間が何度もありました。あ!そうか!わかった!という感覚、それからフラメンコってそういうことなんだ・・・と心にずしっときたこと、それを忘れずにこれからも学んでいってほしいと思います。

重要なことは続けることです。もちろんお仕事や家庭の状況や体調などによって続けられない時期というのもあると思います。でもそんな時期でもフラメンコを好きな気持ちを温め続けてほしい。そしてまた復活できる時にその気持ちがすべての土台になるように。

そうやって続けている生徒さん達の成長を見ることができるのは、本当に嬉しいです。ブレリアのマルカールが全然できなかった人ができるようになっている。タラントの歌を知らなかった人が、歌をちゃんと聴いてタラントを踊れるようになっている。マントンやバタ・デ・コーラを初めて習った人が動かせるようになっている。これは本当にすごいことなのではないか。周りからすると大したことには見えないかもしれないけど、本人やこれまでの本人を見てきた私からすると本当にすごいと思う!

でも同じようにクラスを受講しても、私はできなかった・・・って思う人もいるかもしれない。そりゃそうだ。すぐに何でもできちゃったら先生もクルシージョもいらない。(笑)できないことが当たり前ということからスタートしているとまず考えなくては。そういう人を助けるのが私の仕事だから。だからできなくてもいいんだ。

ただし、できなかったからと言ってそこで辞めてしまったらそのままなんだな。だから続ける必要がある。今できている隣の人は、その前はできていなかったのかもしれない。でもコツコツ続けてやっとできるようになったのかもしれない。だから隣の人ができていて自分ができないからと言って、自分には才能ないとか自分を卑下する必要は全くないと私は思う。他人を見て学ぶことが重要であって、比較して落ち込むのでは意味がない。それでは学んでいるのではなく、自分で自分を阻んでしまうのだから。

それから、できている(できた)と思ってそこから先挑戦しない人、そこで安住してしまう人。今できている所で留まるのは安心だ。でもそれでは今後の成長につながらない。これからやること、挑戦することはできない可能性の方が高いかもしれない。でもできるかできないかは、やってみないと分からない。間違ったらどうしようとか、恥ずかしいとか、そんなこと思わずにどーんとやってしまおう。それでできなかったり間違ってもいいじゃない?だってそこから学ぶわけだから。逆に言えば、たくさん間違えた人の方が本当の意味で学べるのだ。

そう、だからくよくよ考えるの前にとにかくやってみる。そんなこんなで、あっそうかって気づいた生徒さん達はコツコツ続けて、少しずつ伸びているんじゃないかなと私は思います。だから私も続けていますよ。

考えたら来年2019年は日本でクルシージョを開講して10年目になるんです。えーもう10年?って自分でも驚いてしまうのだけど。でもこれからも続けていって、そして来年はちょっぴり特別な年になるといいなあ。

萩原淳子「少人数制クルシージョ」開講10周年記念

って感じでしょうか。クルシージョ(短期講習会)だから、10年毎日クラスを開講しているわけではないのですが、自分としてはちょっとした節目になるような気がします。2002年からセビージャに留学し始めて、7年学んだ後2009年から東京でクルシージョを開講し始めました。生徒を十把一絡げにして教えるスタイルじゃなくて、少ない人数で。そしてクラス内容は自分ができること、自分にしかできないこと、自分が教えたいこと、自分が日本にいた時に学びたくてでも学べなかったこと。その基本線は開講当初も今も変わってません。

そうやって自分で考え出したクラス内容や教授方法の数々はあの当時ではまだまだ少数派で、「そんなクラスをやったって生徒集まらないよ」って周囲にアドバイスされたり(笑)、実際生徒さんがすごく少なかったクラスもあったのだけど、いや、フラメンコを学ぶためには絶対必要なことだからって、続けてきたんですよね。そして気づいたらもうすぐ10年にもなる。

そう、だからやはり続けるというのは重要なことだと私は思います。私のクルシージョに通い続けなくてはならないという意味ではなく、フラメンコをずっと好きでいること、そしてフラメンコを学び続けること。そんなお手伝いが生徒さんのそれぞれのフラメンコ人生の所々でできればいいなと思っています。たまーにひょっこり受講される生徒さんもいらっしゃれば、毎回必ず受講して下さる方もいらっしゃる。いろいろなスタイルがあって私はいいと思います。そんな感じで色々な生徒さんに支えられてもうすぐ10年かあ。

お陰様で今回も無事に、楽しく充実したクルシージョをすることができて本当に良かった。受講して下さった皆さんありがとうございました。受講された方もそうでない方も、また次回(来年1〜2月開講予定)、もしくはいつの日かお会いできることを楽しみにしています。

写真は「即興への扉」最終日のクラス写真。生徒さんから頂きました。ありがとうございました!

2018年9月4日 台風通過中の鳥取にて。

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