Mar 2

みなさんこんにちは!

萩原淳子、ヘレス・フェスティバル併行ペーニャ公演に出演します!

2010.3.10 // ヘレス・フェスティバル併行ペーニャ公演 『De Peña En Peña』

                      ペーニャ・フラメンカ ¨ラ・スア¨-(ヘレス)Calle Albadalejo 38. 23:55H.

公演チラシはこちら   festival-jerez-2010 

Baile Cante Guitarra Violin y Percusión
  • 萩原淳子
  • リディア・エルナンデス
  • ヘスス・カスティージャ
  • パコ・デ・ヘレス
  • ソフィア(バイオリン)
  • パブロ・モレーノ(パーカッション) 

今回はパコ・デ・ヘレスという、その名の通りへレスのギタリストの音楽グループ(ギター、カンテ、バイオリン、パーカッション)のペーニャ公演において、踊り手として参加することになりました。

実を言うと、去年のヘレス・フェスティバルでも、パコ・デ・ヘレスから同じ併行ペーニャ公演の出演依頼を頂いていたのです。でもその時はすでに日本に一時帰国をすること、新宿エルフラメンコでのAMIさんの公演にゲスト出演することが決まっていました。そして東京クルシージョも。去年、その話を泣く泣くお断りしたのを今でも覚えています。そして、その次にまたパコから別の共演依頼があったのですが、それが昨年私が出場したウブリケ・コンクールの決勝前日だったのです。日程的には重なっていなかったのですが、彼らのグループと仕事をするためには、ヘレスに通わなくてはならず、それをコンクール決勝の準備と同時進行でするのは難しいと判断し、これも残念ながらお断りしました。2度もお断りしてしまって、もう仕事の話がこなくなるんじゃないか・・・と悲しく思いましたが、仕方がなかったのです。日本にいる間はスペインで踊れないし、ウブリケ・コンクールの決勝に進出したのは私にとって重要なことだったし・・・・.。でもパコは、私が日本でも活動していること、ウブリケ・コンクールで準優勝をしたことも喜んでくれました。そして今回が3度目の正直!今年のヘレス・フェスティバル併行ペーニャ公演に、私は彼らと出演します!

早速、今日彼らとの合わせがありました。ソレアを踊ってと言われましたので、ソレアを1曲。そして彼らのテーマ曲のブレリアでも少し踊ります。ソレアを希望されたのは、私にとってはすごく嬉しい。私はアレグリアスもよく踊りますし、大好きです。でもよくギタリストや歌い手から「ジュンコの踊りをみるにはソレアだ」と言われることが多いのです。もちろんその時によって、ギターやカンテによって私の踊りは変わるので、そうでないこともあるかもしれない。でもソレアは私にとって何か特別。

今度のペーニャ公演はどうなるのでしょうか。ヘレスで踊るのは初めてなのです。セビージャに住む日本人の私にヘレスのコンパスはありません。それはヘレスの人にとってはマイナスなのかもしれないけど。でも私は一度として「ヘレスのおじちゃん・おばちゃんみたいに」踊りたいと思った事がないのです。それは私がセビージャに住んでいるからではなく、マネのできることではないから。彼らの素晴らしいアルテは誰にもマネできないと思うのです。ファルキートやコンチャ・バルガスをマネできないのと同じ。もし器用に形や雰囲気だけをマネをできたとしても、せいぜい「こぶ茶・バルガス」どまりでしょう。「バイラ・ビエン(上手に踊るね)」という言葉が時として「イミタ・ビエン(マネが上手いね)」を意味している、ということを私は知っているからです。

「マネ」ではない私の踊りってなんなのでしょう。こちらでいろいろなアーティストと共演して、そしていろいろな土地で踊ってきて思うのは、私自身の心がまっさらになっている時、聴いているものに心から感じた時に出る何か、それが私の踊りなんじゃないかな・・・ということ。なぜならその瞬間、それを表現できるのは私しかいないから。マヌエラ・カラスコにもエバ・ジェルバブエナにもそれはできない。私の感情は私のものだから。そしてその感情が純粋であればあるほど、人の心に届く。それはきっと、セビージャでもヘレスでも日本でも同じだと思うのです。ある人の踊りが素晴らしいのだとすれば、それは、その人がその人自身であることを貫いた時、それが誰かのマネではない、唯一無二という点で素晴らしいのだと思います。

彼らと、そしてヘレスの人達とどんなフラメンコを共有できるのでしょうか。私は自分を偽ることなく、他人に迎合することなく、自分の感じることに素直でありたいと思います。

2010年3月2日 ヘレスにて。

Mar 1
アンダルシアの日特別公演終了!
La Yunko | 新着情報 | 03 1st, 2010| Comments Off

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

私は元気です。昨日、セビージャ3公演、第3弾の「アンダルシアの日特別公演」が終了しました!

今回の公演は「アンダルシアの日」にちなみ、アンダルシアの8県、セビージャ・カディス・ウエルバ・グラナダ・マラガ・アルメリア・ハエン・コルドバに関連したギター、カンテ、踊り、詩の公演でした。踊り手は私一人。ソレア・デ・トゥリアーナ、アレグリアス・デ・コルドバ、タラント、ブレリア・デ・カディスを踊り、アンダルシアに関する詩の朗読をマントン、アバニコ、バタ・デ・コーラを使い踊りで表現しました。

正直申し上げて・・・大変でした!ギターやカンテの方はペーニャのフラメンコ愛好家の方々なので愛情たっぷりに歌われますが、舞台で歌うのが初めての方で緊張されていたり、もしくは逆に盛り上がりすぎて、歌が止まらなくなってしまったり。コンパス(フラメンコのリズム)も揺らぎがちで、もちろん踊り伴奏の方々ではありませんから、こちらがそのカンテとギターに合わせることになります。本当に大変でした。詩の朗読を踊りで表現するのも、結局詩人の方々と事前に合わせることができなかったので、ぶっつけ本番。でもそれが逆によかったのかもしれません。時として自分でも「あ!これだ!」と思える、何かがひょっと飛び出た瞬間がありました。(そういうのって、たくさん合わせすぎると出ないんですよね。)

本当に大変で、今回の公演で一番大変だったのは踊り、ということにやっと気づきました。先のセビージャ公演の準備と同時進行だったのも、大変だった原因の一つですが・・・。でも最後に思ってもみなかったことが。最後の踊りを終えてもう楽屋に戻ろうとした時、「ジュンコ、待って!行かないで!」と引き止められたのです。なんじゃ?と思っていると、この公演のお話を下さったペーニャの会長さんが舞台に立ち、こうおっしゃったのです。「この公演で私たちに協力してくれた踊り手、『ラ・ジュンコ』に贈呈したいものがあります。」そして何のことかさっぱり分からずまた舞台に立つことになった私に、私の名前が彫られた記念碑をプレゼントして下さったのです。びっくり!そこにはペーニャの名前、私の名前と2010年2月28日(アンダルシアの日)が彫られていました。こんな素晴らしいものを用意して下さっていたなんて。感謝感激!どうもありがとうございました。そしてさらに、帰る準備をしていたら、観客の中にいらっしゃったとある詩人の方が、その場で即興で作られた詩を私にプレゼントして下さったのです。どうもありがとうございました。大変だったけど、素敵な思い出になった今年の「Día de Andalucía(アンダルシアの日)」。私はアンダルシア人ではないけれどここに住み、フラメンコを勉強しています。そして自分の踊りでその土地の人達に感謝されるなんて、私はなんて幸せ者だろう、としみじみ思いました。

やっと終わったセビージャ3公演。次回は3/10、ヘレス・フェスティバル併行ペーニャ公演に出演します。休む暇もなく明日、ギターやカンテの方々と初顔合わせ。どんなフラメンコになるのでしょう?ちょっと疲れてもいますが、興味の方が勝ってわくわくしています。

2010.3.10 // ヘレス・フェスティバル併行ペーニャ公演 『De Peña En Peña』

                      ペーニャ・フラメンカ ¨ラ・スア¨-(ヘレス)Calle Albadalejo 38. 23:55H.

公演チラシはこちら   festival-jerez-2010 

Baile Cante Guitarra Violin y Percusión
  • 萩原淳子
  • リディア・エルナンデス
  • ヘスス・カスティージャ
  • パコ・デ・ヘレス
  • ソフィア(バイオリン)
  • パブロ・モレーノ(パーカッション) 

ではみなさんまたお会いしましょう!

2010年3月1日 ここでも雨が降っています・・・。ヘレスにて。

Feb 27

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

水曜日に行われたカルトゥッハ修道院における「ミエルコレス・アル・コンパス」公演は大成功に終わったようです。「ようです」というのは、私としてはそんなに実感がないのですが、共演アーティストや主催者側、お客様がみなさんお喜びされていたからです。本当にありがとうございました。

当日は本当にたくさんのお客様がいらっしゃいました。その日は、セビージャ(セビージャを本拠地とするサッカーチーム)の試合がありました。重要なサッカーの試合とフラメンコ公演の時間が重なるとどうなるか・・・?事前にチケットを購入する劇場公演は別として、入場無料の催し物やペーニャ公演はガラガラになります。そのため開演時間をサッカーの試合の終了後に変更する場合もあるくらい。主催者側の方がおっしゃるには「この国でサッカーに勝つものはいない。」しかし公演30分以上前にすでに長蛇の列ができていたそう。開場とほぼ同時に満席、開演後もぞくぞくとお客さんが詰めかけていたそうです。「ジュンコ、サッカーに勝ったね!」と主催者のみなさんは大喜び。本当にありがとうございました。

踊りの方は・・・日曜のベジャビスタ公演よりはずっとよかったとは思うのですが、自分としてはまずまず・・・といったところ。次回はあの部分をああしよう、こうしようなんて考えていました。すると歌い手のヘロモ・セグーラが「ジュンコ!今日の公演はカラッホ(carajo)だったよ!だから俺は君と仕事をするんだ!」と目をきらきらさせて興奮していました。ヘロモの口からカラッホという言葉が出るときは、本当に素晴らしかった時。「すげーよかった!」みたいな意味になるでしょうか?(ちなみに「カラッホ」を辞書で引くと、別の意味が出てきます)だからその言葉を聞いた時、「今日の公演はどうも成功したようだ」と思ったのです。いまいちピンと来ていない私を見てギタリストのミゲル・ペレスが「ジュンコ、もっと自分の踊りに自信を持っていいんだよ!」と。

そう、数日前のペーニャ公演で1曲大失敗してしまった私は、その後この公演まで生きたような死んだような気分でした。次の公演がまだ1ヶ月先ならまだしも、2日しかなかったのです。「どうしよう、また失敗したら・・・」と心配がぬぐってもぬぐっても、頭から離れませんでした。「できる、できる」と自己暗示をして臨んだ公演だったのです。自信?どうしたらそんなものを持てるのでしょう?

でも公演が始まり、まず最初のカンテソロのソレアを聴いた時、何かがぱーんと弾けたのです。私は踊る前に泣いていました。そして1曲目の踊りのタラント。ファルセータ(ギターのメロディ部分)を聴いた時、本当に涙がぽろんと舞台に落ちるかと思いました。そしてその後はほとんど何も覚えていません。どうも私が踊っている最中に会場の灯りが全部消えて真っ暗になってしまったようなのですが、それも記憶にありませんでした。舞台終了後、観に来てくれた屋良有子ちゃんと里有光子ちゃんに「あかりが消えちゃったのに、全然動揺してませんでしたね!」と言われて、あ、そういえば消えた瞬間があったよね、なんて思い出しました。

2曲目はバタ・デ・コーラで踊ったアレグリアス。バタ・デ・コーラを習って随分経ちますが、1曲まるまるソロで踊ったのは今回が初めてでした。コーラで踊るのは本当に難しい。どんなに高い技術を持っていても、スタジオでものすごい練習を積んでも、本番でコーラをはくのは全然違うのです。でも挑戦したかったのです。だからコーラで踊りました。踊りがどうだったのかはタラントと同じで、覚えているようで覚えていない、覚えていないけれど覚えている。でもいずれにせよ、これからもっともっと磨いていきたいと思います。その意味で私にとっては重要な第一歩でした。

やはり大成功だったのでしょうか。公演後友達から「すごくよかった!」「そのまま踊り続けて」と携帯メッセージや電話がぞくぞくと寄せられました。本当にそんなによかったの?何が???と面食らってしまうくらい。正直、今もぴんと来ていません。でもみなさんが喜んで下さってよかった。そう心から思います。そして思うのは、もし本当に私の踊りがよかったのだとすれば、あの数日前のペーニャ公演での大失敗があったからこそなんじゃないかな?ということ。やはり私は舞台を通して何かを学んでいると思うのです。いろいろな意味で、いろいろな人にいろいろなものに感謝の気持ちを感じました。

さて、明日はセビージャ3公演第3弾。アンダルシアの日の特別公演です。詩の朗読に合わせて踊るはずだったのですがそれに加えて、タラント、アレグリアス・デ・コルドバ、ブレリア、ソレアの4曲も踊る事になってしまいました。(歌ぶりだけですが)一体どうなってしまうんでしょう。こんなに公演が立て続いて、しかも内容も共演者も毎回異なり、息つく暇がありません。でもやると決めたからにはやらねば。がんばる。

2010.2.28 // フラメンコ舞踊博物館-(セビージャ)12:00H. 入場無料 

Baile Cante Guitarra Poema
  • 萩原淳子
  • フアン・イグナシオ・スアレス
  • ゴンサロ・トロ
  • チャロ・サントス
  • フアン・カニャーダ
  • ぺパ・ブルネス
  • イサベル・レブレロ
  • マヌエル・マヌエル
  • アウレリア・ヒメネス
  • ホセ・マヌエル・ピサーラ
  • イスマエル・ピサーラ
  • フアン・レアル
  • マルコス・セラート
  • エミリオ・ペレス・ロメーロ
  • ホセ・ルイス・ゴンサレス・カセレス
  • フアン・アントニオ・モリーナ
  • フアン・オロスコ
  • マヌエル・センラ

では、また公演結果をご報告しますね。

2010年2月27日 そういえば今日からベレン・マジャのクラスが始まるんだった・・・。(それどころでない私) フラメンコフェスティバルが始まったヘレスにて。

Feb 23

2010.2.24 // 「ミエルコレス・アル・コンパス公演」カルトゥッハ修道院ーセビージャ (開演21:00、入場無料)

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • ヘロモ・セグーラ

 

  •  ミゲル・ペレス

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

日曜日の、ベジャビスタ(セビージャ郊外の街)でのペーニャ公演はお陰様で無事終了致しました。・・・と言っても本当に「無事」だったのか・・・?当日はタラントとアレグリアスを踊りましたが、1曲目のタラントが・・・・

嗚呼・・・・

最悪の出来でした・・・・本当に。

その日の夜にセビージャでエバ・ジェルバブエナ舞踊団の公演がありましたが、あまりの自分の踊りのひどさに、エバの公演中も集中できませんでした。せっかくエバの踊りをマエストランサ劇場で観ることができたのに・・・。そして昨日もショックで練習も手に着かず・・・。意識朦朧状態で街を徘徊していると、なんと、そのベジャビスタ公演を観に来て下さった方にばったりお会いしたのです。その方は以前にも私の踊りを観に来て下さっていて、ペーニャでお会いした時に「すごく楽しみにして来たんです」とおっしゃっていました。その時のこと、あのタラントを思い出し、私は開口一番に「ごめんなさい」と申し上げました・・・・。2曲目のアレグリアスは自分でも満足行く出来だったのですが、その方はなんと、タラントを観終わった後に帰られてしまったとのこと。そこまでひどすぎる踊りだったのか、ご予定があったのか伺いませんでしたが・・・・本当に申し訳ございませんでした。

どんなに練習を積んでもなぜか舞台では、それが現れないこともあります。そこが舞台の恐いところです。毎回涙を飲んで反省し次回にいかしているつもりなのですが、私はまだまだまだまだ未熟者。失敗の連続から学ばせて頂いています。その失敗の時に当たってしまった方には本当に本当に申し訳ないのですが・・・でもいつの日か、踊り手としてきちんと舞台に立てるようになりたいと思っています。こんな私ですが・・・みなさまどうぞ宜しくお願い致します。

ところで、明日はセビージャ公演第2弾です。先程ギター、カンテとの合わせをしてきました。すばらしいギタリストです。彼の名はミゲル・ペレス。本当にすばらしい。踊らずに聴いていたいと思いました。そんな素晴らしいギタリストが私ごとき踊り手と共演してくれるなんて、本当にいいんだろうか・・・と正直思います。ミゲルは今パストーラ・ガルバンと共演しているそうです。やっぱり。あんなに素晴らしいギタリストが放っておかれるわけがありません。ただ聴いているだけで素晴らしい。そして踊り伴奏も素晴らしい。素晴らしいギタリストと合わせると、自分の踊りが信じられないくらい気持ちよく楽に踊れるのです。(そしてそうでない場合・・・苦しみを味わいます・・・・)ああ、なんて私は幸運なんでしょう。こんなに素晴らしいギタリストと共演できるなんて。

歌い手は何度も共演しているヘロモ・セグーラ。ヘロモは日・月曜にエバの公演、今日火曜はラファエル・カンパージョの公演に出演します。そして明日は私と・・・なんで最後に私と共演になっちゃたんでしょう。尻すぼみですみません。ごめんね、ヘロモ。

がんばらなくっちゃ。もう公演は明日なので今さら何をどうがんばるのか分かりませんが・・・。でも気合いだけは入ってきました。ミゲルとヘロモと私とお客さんとで、フラメンコを共有できますように。一瞬でいいので、あのフラメンコの瞬間が現れますように。

ではまた・・・お会いしましょう!

2010年2月23日 久しぶりに晴れたおかげで、あちこちで洗濯機がうなるセビージャにて。

Feb 19
Tango de Pepico(タンゴ・デ・ペピーコ)
La Yunko | ブログ | 02 19th, 2010| Comments Off

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

今日のブログのタイトルは「Tango de Pepico」。先日面白いことを教えてもらったので、今日はそれをブログにしようと思います。

先日ガルシア・ロルカの作品「ベルナルダ・アルバの家」の演劇をセビージャで観ました。その演劇の中でエストレージャ・モレンテの「Tango de Pepico」が使われていました。彼女のCDに収録されているタンゴなので、聞いた事のある方もいらっしゃるかと思います。(YouTube でも「Estrella Morente -Tango de Pepico」で検索するとその歌が聞けますよ。)その歌詞と演劇の内容が一致していたので、へ〜面白い使い方だな〜と感心して聞いたのです。

舞台の後、一緒に観に行ったスペイン人の友達に「ジュンコ、あのタンゴの歌詞の意味分かった?」と聞かれました。その友達には、聴き取れないフラメンコの歌詞について質問することが時々あるので、逆に向こうから聞いてくれたのです。その歌詞の意味はばっちり分かった私は、「もちろん分かったよ〜ん。『ペペがいなくなってから、菜園に誰も水やりしなくなって、薄荷とパセリが枯れちゃった。ペペ、私を苦しめないで〜』という意味でしょ?」と得意気に答えたのですが・・・・ ちなみに歌詞は以下です。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

Desde que se fué mi Pepe

el huerto no se ha rega(d)o.

La hierbabuena no crece

y el perejil  se ha seca(d)o.

Ay Pepe mío Pepe mío ven pa(ra) acá

Que no me hagas más sufrir

que ni tampoco me hagas más llorar.

※歌詞聴き取りは私です。ちょっと違うところもあるかも?

ちなみに()の部分はアンダルシアなまりのため発音されていない、と思われます。 

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

するとその友達はこう言ったのです。「あの歌にはドブレ・センティードがあるんだよ。」

・・・・・・「ドブレ・センティード」・・・・・それは難関すぎる・・・・・

「ドブレ・センティード」とは直訳すると「二重の意味」つまり一つの言葉や文章で表向きとは違う意味を含んでいる、そしてその意味の方が実は重要と説明できるでしょうか。和歌にも「掛詞」というのがありますね。それに相当するかと思います。(多分ですが。中学か高校の時に古文の授業で習った気がします。)

そしてこの歌詞の本当の意味を知る上でのポイントは「el huerto(菜園)」に「regar(水をやる)」。この裏の意味はなんと!「性交渉」を表しているんだそう。(こんなことブログにしていいのかな。まあいいか。ということで続けます。)そんな意味とはつゆ知らず、私はてっきり、ぺぺは農夫とばかり思っていました。水やりをしていたぺぺがいなくなってしまった今、自分が水やりをしなくちゃいけなくなってもう大変だわ、という意味かと。

でももう一つのの意味の方で解釈すると・・・つまりぺぺ(自分の夫、恋人、もしくは情夫?)がいなくなってしまってからというもの、私はご無沙汰で乾いちゃっているわ、ということ?ひえ〜、すごい意味。最後の2行「これ以上私を苦しめないで、そしてもう泣かせないで」というのも、それでつじつまが合います。確かに、菜園の薄荷とパセリが枯れたくらいで誰も苦しみませんよね〜。

いやそれにしても、そんなこと全然知らなかった。せっかく意味が分かるようになったと思って喜んでいたのに。やっぱり私は外国人だもんな・・・・とちょっとがっかりしていると、その友達は「アンダルシア人でもその意味を知っている人と知らない人がいるよ。例えばF(共通の友達で敬虔なカトリック信者。ものすごい堅物で有名。)は知らないと思うよ。」と言ってくれました。

なるほどね〜、じゃあ誰が知っているんだろう?と思い、その辺りに詳しそうな隣人Eを相手に早速実験することにしました。

私「ね〜ね〜、最近菜園に水やりした?」

E「先週したよ。でも今年は雨が多いからほとんどしなくて済むよ。」

と、真面目に答えてきたので

私「そっちの水やりじゃなくて、もう一つの方。いひひ。」

E「(にやりと笑って)ほぼ毎日」

なるほどね〜。こういう使い方をするのね!感心する私を後に、Eは屋上に洗濯物を干しに行きました。。。。。

それにしてもフラメンコの歌詞って奥が深い。深すぎる。外国人である私はスペイン語をまず勉強する所から始まり、なおかつフラメンコの歌詞にはアンダルシア方言とジプシーの言葉が使われているのでそれも理解しなくてはいけません。ここ数年ほど前からやっと歌詞の意味を聴き取れるようになってきて、それからフラメンコに対する接し方、感じ方、自分の踊りが随分変わったように思います。でもそれでも、まだまだ。あ〜遠い先のフラメンコ。本当に果てしない道のりなのですが、私はなぜか嬉しいのです。新しいことを知ること、そして少しずつカンテ(フラメンコの歌)を聴けるようになっている自分が。そのカンテを、その土地でその文化でその言葉でその感覚でその瞬間に理解する、感じる、共有する。少しずつそこに近づいている自分が。そしてそれと同時に、それでもまだまだ辿り着けない、深い深いフラメンコというものがこの世に存在していることが。それに出会う事のできた自分の人生が。

やっぱりフラメンコは素晴らしい!結論は必ずここに行き着くのです。

よし、セビージャ3公演まであと少し。がんばるぞ。

2010年2月19日 雨が降り続くセビージャにて。

 

 

Feb 3
カルメン・レデスマ
Hagiwara Junko | ブログ | 02 3rd, 2010| Comments Off

 みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

 セビージャ3公演!と喜んでいたのも束の間、どうしよう〜どうし  よう〜と緊張と不安の毎日が始まりつつあります・・・・。1月中  は、公演は2月だ!と思っていたのですが、あれ、もう2月じゃな  いの。毎日変な夢を見てうなされたり、(先日の夢は、踊っている  私の足にE.T.しがみつき、身体が浮いてしまうというもの)やるべ  きことは分かっているのに、集中できなかったり。そして自己嫌悪  に陥ったり。本当にこんな状態で踊れるのだろうか・・・と不安で  いっぱい。舞台を控えている人は皆こんな気持ちなのでしょうか。

 これではいかん!と電話をかけた相手がカルメン・レデスマ。カル  メンは私の恩師。今は習っていませんが、いつでも私の心の恩師。近所に住んでいることもあり、時々カルメンのお家にお邪魔をしています。自分の心の不安をカルメンに話すことはありませんが、カルメンといろいろ話しているとなんだか落ち着いてきたり、さらに元気になったり。今日もカルメンが用意してくれたコーヒーと、私の手みやげのチョコレートでお茶をしてきました。

本当に重要なことは、いつもカルメンに話せずにいるように思うのです。毎回、ああ、カルメンに言わなかったな・・・と思いながら家路に着きます。それでもなぜかカルメンとのおしゃべりは、私にとってとても重要なひと時なのです。何かフラメンコに関してすごく重要なことを伝授してくれるとか、そういうことではないのですが、それでも「何か」重要なことがあるのです。踊り手として、人として尊敬できる人だからこそでしょう。うわべだけのおべっかがまかり通っているこの世の中で、そういう人に出会えたというのは感謝すべき、すばらしいことだと思うのです。

これからもがんばろう。そう新たに気持ちを立て直すことができた午後でした。

2010年2月3日 セビージャにて。

(写真:アントニオ・ペレス/萩原淳子ペーニャ・トーレス・マカレナ公演を見守ってくれているカルメン・レデスマ)

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