あっという間に、本日、ペーニャ・ニーニョ・デ・ラ・アルファルファ公演です!
ギター:フアン・ホセ・バンド
カンテ:ラ・ディビ
バイレ:萩原淳子
開演:22:00以降
入場料:7ユーロ
となっております。今回初共演のギタリストさんからお声をかけて頂き出演することになりました。昨日合わせをしてみましたが・・・うーん、がんばります。タラントとアレグリアスを踊る予定。ディビの歌が楽しみです!では!
2016年9月30日 セビージャにて
昨日アップした、アントニオ・ペレス撮影のアロラ公演舞台写真の他に、共演の皆さんから頂いたお写真もありますので、追加でアップ致します。アロラでの写真と、その翌日、セビージャでの打ち上げ写真になります。
あー楽しかった、ありがとう!!!
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9/30(金)ペーニャ・ニーニョ・デ・ラ・アルファルファ(Calle Castellar 52)で踊ることになりました。初共演のギタリストさんからのお誘いなのでちょっと緊張、でもお声をかけて頂けて嬉しいです。カンテはアロラの公演で劇場中を震わせたラ・ディビ。楽しみ!
ギター:フアン・ホセ・バンド
カンテ:ラ・ディビ
バイレ:萩原淳子
開演は22:00ちょっと過ぎとのこと。
セビージャにいらっしゃる皆様、ビエナル公演で毎日お疲れと思いますが(笑)、ペーニャにもどうぞお越し下さいませ♪
ではみなさんまたお会いしましょう!
2016年9月27日 セビージャにて。
瞬く間に時が過ぎてゆきます・・・過日お知らせしました、9/21(水)フラメンケリア(セビージャ)でのライブと、9/23(金)セルバンテス劇場(アロラ、マラガ)での公演はお陰様で無事終了しました!
9/21(水)フラメンケリアのライブの方は、セビージャのビエナル期間中いろいろな公演が開催されているにもかかわらず、お越し下さった皆様ありがとうございました!
いつも観に来て下さるセビージャクラスの生徒さん、そして2年前に開催した上海でのクルシージョの生徒さん達にもお越し頂き、久しぶりの再会で嬉しかったです。
2日後のアロラでの公演でのプレ公演という感じだったので、アロラで踊るバタ・デ・コーラのソレアを踊りました。アロラの劇場公演用に長いバタ・デ・コーラでずっと練習していたので、タブラオ用のこの短めのオレンジのバタにしたらちょっと調子が狂ってしまいました・・・。しかも、最近太って、いや、丸くなってしまい(笑)、このオレンジのバタはパッツンパッツン。上に着るものも全部お直しに出さないと着れないので、今回はマントン巻き。(笑)マントンいいですね〜。どんな身体にも対応できますよ〜。
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このセビージャでのライブの次の日が、アロラ公演の前日。そしてカンテとの初合わせのはずだったのですが・・・本当は歌うはずだったモイ・デ・モロンが、前日のビエナル公演以降、声がでなくなり、私達との合わせに来られないとのこと・・・本番当日に何回も合わせるから・・・とのことだったのですが、お互いそれは困るということで、モイの替わりに急遽セビージャのライブで歌ってくれたディビにアロラ公演でも歌ってもらうことに。(結構こういうことはセビージャではあります。)でも、ディビの予定が空いていてよかった〜。そして私達にとっても一度共演していたから安心。雨降って地固まるとはこのことです〜。本番当日は、地が固まるどころか・・・ディビの素晴らしいカンテに出演者もお客様も大興奮!本当に素晴らしい歌でした。そして人としても。ディビと共演できて本当に、本当によかったです。ありがとうございました!!!
そして、私は踊らせて頂いただけですが、たくさんの方々がこの公演のために尽力して下さったのだと思います。アロラの皆様、長縄しんじさん、中心となって下さった久保守さん、共演の皆様、本当にありがとうございました!
日程:2016年9月23日(金)
場所:セルバンテス劇場(アロラ、マラガ)カンテ:ラ・ディビ
ギター:久保守
バイレ:市川幸子、太田マキ、小谷野ひろし、萩原淳子
ゲスト:ドローレス・コルテス・カンポス舞台写真:アントニオ・ペレス
スペシャル・サンクス:長縄しんじさん、ホセリート
みなさんこんにちは。
ビエナル・デ・フラメンコ・セビージャ2016の鑑賞記の続きになります。
今年のヘレスのフェスティバルで観に行けなかった公演。公演名「J.R.T」はコルドバの画家フリオ・ロメーロ・トーレスの頭文字。フラメンコ愛好家で、自らも歌い、ギターを弾き、踊りもしたというこの画家の作品からインスピレーションを受けた舞台とのこと。私もこの画家の作品はとても好きで、どんな舞台になるのかなあと楽しみにしていました。開演直後、フリオ・ロメーロ・トーレスの作品の数々がスライドで映される。そのオープニングは面白い試みだと思ったのですが、公演内容はよく分からなかった、というよりなんだか長く感じました。3人とも素晴らしい踊り手なのだけど・・・この公演で一番光っていたのはレオノール・レアルだったかな。彼女の一挙一動にハッとさせられて、舞台上で何が起きていても自然と彼女に目がいってしまう。もっと舞台全体を観ようと意識的に目を離そうとしても、やっぱり視線はレオの元へ。なんなんだろう、踊りの実力の差や好みというよりも、その人間が持っている力なのかな。あるいは旬のアーティストが持つ独特の「何か」か?今度はレオのソロ公演を観てみたい。
Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
写真:オスカル・ロメーロ(ビエナルHP http://www.labienal.com より。)
待ってました!前回のビエナルで観客を大興奮の渦に巻いた、セビージャ郊外の地区“トレス・ミル・ビビエンダ”のアーティスト達による公演「ボボテリア」の第2弾!(といった所でしょうか?)ボボテリアに出演していたメンバーのボボテ、トロンボ、カラカフェ(この日は出演していなかった)、エウへニオ・イグレシアス、エルミニア、マリ・ビサガラ、ギジェルモ・マンサーノはこの「アララ」でも出演。前回の公演「ボボテリア」が公演名の通り、ボボテ色が強かったのに対し、今回の「アララ」は首長(?)のボボテを立てつつ、でもトレス・ミル地区のアーティスト全員が主役になっているというバランスのいい公演。公演パンフレットを見ると、監督はトロンボになっている。やっぱりね。さすがトロンボ!
のっけから彼らのコンパスに、会場全体がうおーっと盛り上がる。エルミニアの全身全霊のカンテ。マリの時にはマイクの調子が悪く、彼女の高音の音域部分が全部聴きにくい。それが本当に残念だったけど、私はマリの歌が大好き。エウへニオのギター、そして今回参加しているミゲル・イグレシアスのギターも素晴らしく、聴いているだけで恋に落ちてしまいそうだった。(笑)ギジェルモのマルティネーテも有無を言わせない、これぞヒターノの歌。アレグリアスを踊ったトロンボの妹、トロンバの強さ。最近のバイラオーラにはあまり見られないそれは、サパテアードでがんがん踊るのではなく、暴れているわけでもなく、本人の内面の強さがそのままバーンと外に出てしまっているシンプルな強さ。駆け引きや計算のないそれに、胸がすかっとする。1部はその後、ローレ・モントージャのカンテソロでしめる。ギターとあまり上手くかみ合っていなかったのが残念だったけど、伝説の彼女が舞台に出て来ただけで、有り難いのかもしれない。
2部はホアキーナ・アマジャとカルメン・アマジャのカンテソロのタンゴ。いいねえええええ!特にホアキーナが濃くて好き。2部のバイレソロはトロンボのソレア。一体この人はなんなんだ、なんというアーティストなんだ、なんという人間なんだ。出て来るだけで全てを変えてしまう男。さっきからずっとパルメーロとして舞台の上にいたにも関わらず、である。ただ歩いてくるだけで、動かずにカンテを聴いているだけで(それが彼のソレアだ)、その存在自体が全てを語っている。それがフラメンコなのだと、彼そのものがフラメンコなのだと。先述のギジェルモのカンテ。ギジェルモのソレア。ギジェルモといえばソレア。そのソレアを聴ける私はそれだけでいいはずなのに、それと同時にトロンボも観ている。なんと素晴らしい瞬間なのだろう。ああ、ソレア・・・・その後トロンボのサパテアードが始まり、ソレア・ポル・ブレリアに突入する。彼のサパテアードやレマーテはいつ観ても同じだ。(それとほぼ同じものを実は私は10年以上も前に習っている。)にもかかわらず、初めて見たような、初めて聴いたような感覚に包まれるのはなぜだろう。パソは知っている。でもそういうことではないのだ、毎回生まれ変わっているのだ、そのプランタもゴルペも。一歩一歩が、一音一音が、その度ごとに生命を持つ。当時、トロンボは言っていた。「パソは3つ持っていればいい。ただし本当に持っていること」・・・そういうことなのだ・・・
踊り終わった後、トロンボとギジェルモは舞台上で抱き合っていた。なんと神々しい姿だったことか。しかしトロンボのすごさはここでは終わらない。あれだけのソレアを踊った後、何事もなかったようにまたパルメーロに戻る。全員でのブレリアに、またパルメーロとして全力投球するトロンボ。オレがオレが、と一番目立とうとしたり、おいしい所を全部持っていくよう実は小細工しているアーティストが世の中ゴマンといる中で、なんという謙虚さなのだろう。謙虚というより、人間としての崇高さ。そして監督として全体を俯瞰する冷静さ。それはフィン・デ・フィエスタでボボテに花を持たせたあたりにも垣間みることができる。
最後になってしまったけど、補足。トレス・ミル・ビビエンダ地区というのはセビージャの一般人から、ある意味隔離された地区でもある。その昔、セビージャではスペイン人もヒターノも皆一緒に住んでいた。特にトゥリアーナ地区にはたくさんのヒターノが住み、フラメンコの聖地だった。ところが、政府がセビージャ郊外に、言ってしまえばヒターノ達を強制退去させてしまう。トレス・ミル・ビビエンダはその強制退去先の地区のうちの1つである。そのような背景があるため、「トレス・ミル・ビビエンダ→ヒターノが住む→ドラッグや犯罪が多い」という認識しか持たない人も多いが、トレス・ミルに住む全員がそうということではないし、フラメンコの聖地トゥリアーナをルーツにしているだけあって、この地区からは素晴らしいフラメンコアーティスト達も輩出されている。トロンボは(ちなみにトロンボはヒターノではない)そのトレス・ミルや別の地区のヒターノの子ども達が犯罪に走らないよう、フラメンコや音楽を通して子ども達を教育している。
公演名「アララ(Alalá)」はヒターノの言葉で「喜び」を表すそうだ。この公演の意図するもの、メッセージは何なのだろう。ブログは終えても私の思考は止まらない。
写真:アントニオ・ペレス
2016年9月21日 セビージャにて。
こちらセビージャではビエナルまっただ中ではありますが、来週の水曜にセビージャにて、そして金曜にはアロラ(マラガ)にて踊ります。
水曜のセビージャでの公演は、アロラで踊るソロ曲(市川さんアレグリアス、太田さんシギリージャ、萩原はバタ・デ・コーラのソレア)を各自踊ります。
金曜のアロラでの公演では若手バイラオールの小谷野ひろし君も加え、群舞のオープニングやフィナーレも。夜はビエナル公演に出かけていますが、お昼間はがんばって練習していますので(笑)セビージャにいらっしゃる方は是非応援にいらして下さい!
日時:9月21日(水)22:00開演
場所:フラメンケリーア(Calle Castilla 94, Sevilla)
バイレ:市川幸子、太田マキ、萩原淳子
ギター:久保守
カンテ:ラ・ディビ
入場料:9ユーロ
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日時:9月23日(金)21:00開演場所:セルバンテス劇場(アロラ、マラガ)
バイレ:市川幸子、太田マキ、小谷野ひろし、萩原淳子
ギター:久保守
カンテ:モイ・デ・モロン
ゲスト・アーティスト:ドローレス・コルテス・カンポス
入場料:3ユーロ
ではまたお会いしましょう!
2016年9月19日 セビージャ
ご連絡が遅くなりましたが、お陰様で無事セビージャに着いております。早々あらあららーと毎日バタバタしているうちに、世界最大級のフラメンコフェスティバル、「ビエナル・デ・フラメンコ・セビージャ」が始まってしまいました。この祭典、過去のこちらのブログでもご紹介しましたが、2年に一度、9月〜10月の約1ヶ月間に渡り、セビージャ市内の劇場やいろいろな会場で毎日2〜3公演のフラメンコが開催されています。世界中からフラメンコ練習生や愛好家達も集まり、セビージャが外国人で賑わう期間でもあります。ビエナルHPはこちら→http://www.labienal.com
せっかく観たものを忘れちゃもったいないと、数年前のビエナルから鑑賞記(批評ではありません)をブログにしていますので、今年もちょこちょことアップしたいと思います。
今年のビエナルから始まった、「EL SOL, LA SAL Y EL SON」と名付けられたキンテーロ劇場(Teatro Quintero)でのフラメンコ公演。ビエナル公式の併行プログラムではないけど、ビエナル期間中に合わせて行われているので、非公式の併行プログラムという感じでしょうか。HPはこちら→http://www.teatroquintero.com/programa.php?isp=157
ヘレスのアーティストがほとんどのこの公演、なかなか興味深いアーティストも名を連ねています。・・・・が、宣伝がほとんどされていなかったためこのプログラム自体知らない人が多いよう。知ってもビエナルの公式プログラムのチケットを購入してしまった後では、こちらのキンテーロ劇場公演の方には行けないという・・・なんだか上手くいかないようで・・・実際、個人的に興味深いなと思っていた何人かのアーティストのソロ公演は直前中止になっているようです。
前置きが長くなりましたが、カルメン・エレーラの公演。ヘレスのブレリアを教えるアナ・マリア・ロペスの愛弟子、代教でもあるカルメン。まずオープニングでバック・アーティストが出て来て、わーい!!!ギターにドミンゴ・ルビッチ、カンテにミヒータ兄弟(アルフォンソとホセ)、パルマにホセ・ルビッチ、カルロス・グリロ。最強メンバーです!ドミンゴがちょっと音を奏でるだけで、劇場全体がフラメンコに染まるという・・・なんと素晴らしい音。オープニングはタンゴ。会場はヘレスからやってきたカルメンの友人や親族一同がほとんどだったこともあってか、客席からのハレオや拍手で盛り上がっていました。その後の踊りはシギリージャ。時々会場の方に向かって笑いかけていたりして、なんだかその表情や動作が気になりました。タンゴの時も同様だったのだけど、まあタンゴだし、オープニングだし、と納得するも、シギリージャまで・・・・シギリージャなのに?・・・シギリージャだよ????と謎に包まれる私・・・・。
それと気になったのは、バック・アーティストの位置が舞台前方で固定されていること。つまり舞台の前方3分の1くらいしか舞踊スペースとして使っていない。これはどうなんだろうか。ペーニャやタブラオなど狭い舞台で踊ることに慣れているから、舞台でも同じような舞踊スペースにしたということなのだろうか・・・?個人的には、同じ踊りであっても踊る場所、空間が異なれば踊りも変えた方がいいと思う。特に劇場は踊りそのものだけではなく、空間も含めての芸術だと私は考えるから。その空間を最初から最後まで狭めたまま同じスペース内で踊り続ける、それは間違いとは言えないけど、個人的にはもったいないと思う。舞台空間という芸術の1つの要素を自分で省いてしまっているのだから。もちろん1つの公演の中で、部分的に舞台を使うという方法もある。でもそれはいろいろな使い方のうちの1つとして、場面転換として使うのだから効果的と言えるけど、最初から最後まであのスペースで限ってしまうといのは・・・劇場でソロ公演をする意味というのを考えてしまった。
3曲目はマントンを使ったアレグリアス。うーん、踊りの前に、衣装とマントンが寂しい感じ。もっと刺繍やフレコがしっかりついた重みのあるマントンを使えばもっとよかったかなあ。刺繍やフレコが少な目のマントンというのは、やはりタブラオやペーニャなんかで踊る分にはいいけど、劇場だと貧相に見えてしまう。衣装にしても、やはり劇場用の衣装というのを考えた方がいいのではないかなあと思う。家の鏡の前で着てみて、いいんじゃない?と思う衣装でも、タブラオで着てて悪くはない衣装でも、それが劇場で映えるとは限らない。その逆もしかり。踊りがよくても、その部分で損してしまってはもったいない。
しかし、それらを全てひっくり返すことが起きた。フィン・デ・フィエスタのブレリアだ。あーーーーーーー、あのブレリアはやっぱり。あーーーーーーーーー、なんて素晴らしかったのだろう。なんとうカンテの聴き方。なんという待ち方。なんという応え方。なんと素晴らしいブレリアだったか、筆舌尽くし難い。何もしていない。ただマルカールをして、ただ回って、レマーテして、はけていく。動きはそれだけなのに、なんという宇宙空間を創造したのだろう、カルメンは。あのブレリアで、全ての物事が飛んでいった。と同時にカルメンに集約された。ドミンゴのギター、ホセのカンテ、二人のパルマ、全てがカルメンと一体になっていったブレリアだった。ブレリアとは、こういうことなんだよ!これをブレリアと言うんだよ!私は叫びたい気持ちだった。それがoleという言葉となって私の中から発せられた。素晴らしいカルメンのブレリア。今日の公演はこれに尽きる。
今年のビエナルはなんだか知らないけど、3月くらいからチケットを販売していて(例年5月くらい)、早いなーと思いつつ、とりあえず早めに完売になりそうな踊りの公演のチケットは概ね先に買っておいた。一度に大量のチケットを購入するのもの金銭的に大変だし、そんなに早く販売開始されても先の予定が分からないし、でも踊りの公演のチケットだったら行けなくなっても誰かに売りやすかなと。そんな訳で踊り以外の公演チケットはまだ残っているだろうと思って後回しにしていたら、気付いたらカンテ公演までも軒並みソールドアウト。なんなんだ、そんなに売れているのか、ビエナルのチケット?!と今年はビックリ。そして後回しにしたチケットは萩原購入できず・・・・なんなんだ、この現象は。そんなこんなでこの公演のチケットも購入できず悲嘆にくれていたのですが、幸運の女神がほほ微笑んでくれました♡チケットを持っていた友人が行けなくなってしまったとのこと!前置きがまた長くなりましたが、そしてその友達には申し訳ないのですが・・・行く事ができました!!!!
とにかく素晴らしい。こういうフラメンコに飢えていたんだよ、私は。と改めて納得。日本にいた3ヶ月間、それなりにフラメンコを楽しんでいたように思えたけど・・・・そこなんだ、重要なことは。東京だと素晴らしいスペイン人のアーティストも頻繁にやって来る。日本人だって素晴らしいアーティストはいらっしゃる。観てよかった、聴いてよかったと思う公演やコンサートもある。決してそれらを否定するつもりはない。でも残念ながら、どうしても足りないものがある・・・・。それはこの土地に密着した味、香り、空気。その土地から離れてしまってはなくなってしまうもの。その土地でしか味わえないもの。それだった、この“Yo vengo de Utrera”公演に満ち満ちていたのは。というか、それだけだった。でもそれだけでよかった。それだけだからよかった。
ウトレーラを代表するベテランのアーティスト達が勢揃いしたこの公演で聴いたウトレーラのカンテ、コンパス。それは今まで私が聴いてきたウトレーラ出身のアーティスト達のルーツだった。ここから彼らは来ていたのだ。そしてこのベテラン勢も今は亡きアーティスト達の泉から水を汲んで飲んで来たのだろう。タイムマシーンでも使わない限り、現代に生きる私はそこまで溯ることはできない。今現代、溯ることのできる最高の環境、それがこの晩の公演だった。(カンテ:エル・クチャーラ、チャチョ・ディエゴ、ホセフィータ・デル・ベレオ、ホセ・デ・ラ・ブエナ、エンリケ・モントージャ、ガスパール・デル・ペラーテ、ホセリート・チーコ、メルセデス・デ・パハリージャ/ギター:ピティン・デ・ウトレーラ、ピティン・イホ/バイレ:マリ・デル・ベレオ、マヌエル・レケーロ/パルマ:ルイス・ヌニェス、ヘスス・デ・ラ・ブエナ、ガスパール・デ・ラ・テレサ)
もちろん、この公演はビエナルという枠組みの中での舞台公演というカッコ付きでもある。つまり、彼らが彼らの土地、ウトレーラにて、彼らだけのためのフィエスタを行ったとしたら・・・あああああああああ、きっとそれこそが正真正銘なんだろう。そんなことにまで思いを馳せながら、それでも一外国人として、たとえビエナル公演であっ
ても彼らと同じ空間、同じ瞬間に生きていたことに感謝したいと思った。
公演写真:アントニオ・ペレス
2016年9月18日 セビージャにて。