Feb 16

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

今晩、セビージャの「テ・デ・トゥリーアナ」のライブに出演します。そこにいつも出演しているギタリストのフィティから声をかけて頂きました。カンテは過日のペーニャ・ピエス・プロモ公演で共演したエル・トゥリニ。なんと豪華な共演陣!踊りはアルヒロという男性舞踊手と私の二人。一人一曲ずつ踊るとのことですが、何を踊るのかはまだ分かりません。事前の合わせもないみたいです。さてどうなるのでしょう。楽しみです。

2012.2.16 // テ・デ・トゥリアーナ – セビージャ. 22:30H. 入場無料.

Baile Cante Guitarra
  • アルヒロ
  • 萩原淳子
  • エル・トゥリニ
  • エル・フィティ

ではまたお会いしましょう!

2012年2月16日 セビージャにて。

Feb 12

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

2/3(金)のペーニャ・ピエス・プロモ公演はお陰様で無事終了致しました。その前のペーニャ公演に引き続き、今回もたくさんのお客様にお越し頂き感謝しております。外国人フラメンコ留学生、日本人の留学生のみなさん、地元のフラメンコ愛好家、プロの歌い手達の姿も客席に見られました。誠にありがとうございました。

やはり緊張もしていましたが、前回のペーニャ公演よりもよかったと思います。床が結構すべったのと、歌い手のトゥリニのパルマが走りがちで、ちょっと危ない面もありましたが・・・。

共演ギタリストのミゲル・ペレスの言葉が印象に残っています。(一番嬉しかった言葉は自分の心の中にしまっておくことにして)ミゲルの言葉。

「カンテとギターを聴いて踊るということは、相手へ敬意を払うことだ」

何度も何度もこのブログでも書いていますが、ミゲル・ペレスというギタリストは本当に本当に素晴らしい人間性を持っていると思います。いつも舞台の上では私に寄り添ってくれて、舞台の外では大切な言葉を残してくれる。ミゲルと出会えたことに感謝しているし、彼が私と共演してくれることにも感謝しています。

そしていろいろな出会いもありました。ミゲルと一緒によく仕事をしている、ある歌い手がこの日観に来てくれていました。その歌い手とは私は共演したことがないのですが、彼は私の踊りがとても好きだそうで、彼が所属するあるカンパニーの踊り手に私を推薦してくれたそうです。そのカンパニーの練習には4月から参加することになりました。もしかしたらその話しは流れてしまうかもしれないけど(残念ながらよくあることです・・・)それでもなんだか嬉しいです。

次回出演するライブも、ギタリストのフィティから声をかけられました。マリア・パヘス舞踊団で活躍するフィティ。彼のギターには香りがあります。彼のギターを聴いていると自然と踊りたくなってしまう。そんなフィティと共演できるのはとても嬉しい!

2012.2.16 // テ・デ・トゥリアーナ – セビージャ. 22:30H. 入場無料.

Baile Cante Guitarra
  • アルヒロ
  • 萩原淳子
  • エル・トゥリニ
  • エル・フィティ

いろいろなことがあって、世の中にはいろいろな人がいて、悲しい思いをすることも多い。でもそんな中でも私の踊りを感じ取ってくれている人達がいるのだ、とひっそりと、でもしっかりと確認することができてよかった。。。

実はもう一つの出会いもあり、先週から始めた興味深いこともあります。それはまた次回ブログにて。お楽しみに!

2011年2月12日 セビージャにて。

Feb 3

2012.2.3 //  ペーニャ・ピエス・プロモ – セビージャ.  22:00H. 入場料5ユーロ.

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • エル・トゥリニ
  • ミゲル・ペレス

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

今晩とうとうピエス・プロモでのペーニャ公演です。昨日、共演ギタリストのミゲル・ペレスと歌い手のトゥリニと合わせをしました。何度も共演しているミゲルと、今回初共演のトゥリニ。実はトゥリニには何度か共演しようとこれまでに試みたのですがスケジュールが合わず、今回やっと初共演となりました。いつも舞台の上にいたトゥリニ。昨日初めて近くで見たら何か似ている・・・鳥???「トゥリニ」じゃなくて「鳥似」???

・・・不謹慎にもくだらない事を考えながら合わせが始まりました。しゃべり出したトゥリニ。「ケ・・・ケケケケ?(ななななななな何?)」「コココココココ・・・コモ?(ななななななな何だって?)」やっぱりこの人は鳥なんじゃないかと思ってしまいましたよ。ま、そんなわけはないのですが、それよりトゥリニにはどもる癖があるのです。歌い手なのに?びっくり。歌い手なのにどもるの???

ところが。歌い出したらすごい。感動しながらタラントを聴きました。そしてアレグリアス。トゥリニはカディス出身の歌い手。あ〜この歌を聴いて踊れるのか。そしていつも素晴らしいミゲルのギターと。あとはどうでもよくなってきました。今まで自分をコチコチにしていたものが全部す〜っと溶けていくような感じがしました。

フラメンコってそういうものなのではないかな。少なくとも私の踊りは。誰がなんと言おうと。

そして今晩踊ります。

2011年2月3日 セビージャのとあるバルにて。

Jan 29
土曜日のペーニャ公演を終えて。
La Yunko | ブログ, 新着情報 | 01 29th, 2012| Comments Off

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

お陰様で無事に土曜日のライブは終了致しました。たくさんのお客様に来て頂き本当に感謝しております。小さなペーニャで50人入れば満員のところ、60人もいらっしゃったそう。さらにどんどんお客さんが増えたらしいのですが、会場に入りきらなくてペーニャの方がお断りされたそうです。本当に申し訳ございませんでした。

今ライブが終わってミニ打ち上げをし、家に着いたところです。同居人が寝てしまったところでブログを更新することにしました。きっと自分の気持ちを整理しないと前に進めない。そんな気がします。

最低最悪の踊りをしてしまいました。ひどかった。よく、共演していた歌い手達が一緒に仕事をした踊り手がひどい踊りをした時に「あいつの足は切るためにある」という言い方をしていましたが、まさにさっきの私の踊りがそれでした。あんなサパテアードなら足なんていらない。ほとんど全てコンパスを外していました。

満場のお客さんはなぜか拍手喝采で大満足だったようです。でも私は自分がどんな踊りをしたか自分で分かっているので「来てくれてありがとう」とだけお礼を言うのが精一杯でした。直接お礼をお伝えできなかった方も多かったと思います。この場をお借りして・・・ありがとうございました。

トロンボのクラスを再び受け始めて数ヶ月。私はずっと悶々としていました。トロンボのコンパス。クラスにいるヒターノの男の子達(ポレーテとペテーテ)のコンパスに私は毎日うちのめされています。そのコンパスに心から「ole」と言ってしまう自分と、自分が打つサパテアードやパルマに幻滅する自分。練習しても、いや、こんなんじゃない。何かが違う。違うのは分かっている。でもその違いを埋められない。多分感性がどんどん鋭敏になっているのだと思います。今までの自分では気にもとめなかった音が、許せない音になっている。それを分かっていながらどうすることもできず、そのままペーニャ公演を迎えてしまったのです。

これまでの練習で何かをつかめた感覚がまるでない。準備不足だという思いが強くて、それが不安につながり自分をコントロールできないまま舞台で踊り、それがもっとひどい状態でサパテアードに出てしまったのだ。要するにそういうこと。

もう10年以上前の話しですが、やはり舞台で大失敗をして(初めて舞台でソロを踊った時でした)どう立ち直ったらよいのかあの時は分からなくて、当時習っていたクラシック・バレエのC先生に相談したことがあります。先生はこうおっしゃいました。「たくさん練習したと自分で思っても舞台で失敗するということは、練習がまだ足りないからなのよ。」・・・・え?あんなに練習したのにまだ足りない?・・・私は驚きました。でもそれがとあるバレエ団でプリマとして活躍されていた先生のお言葉なら、本当なのでしょう。プロとして踊るということはそういうことなのだ、とはっと気付かされた記憶があります。

そして先生はその時もう一つ重要なことを教えて下さいました。「じゅんちゃんは、自分の悪い所ばかり見ている。自分の欠点を探すのも勉強だけど、良い所も探さなくてはだめよ。でないと他人の踊りを観る時もその人の欠点しか探さなくなるから。」

私の良い所・・・。あれから10年以上経ってやっといくつか見つけることができました。わざわざそれをここで表明する必要はないけれど、その良い所を感じとって下さったお客様が今日のライブで満足されたのだと思います。それが心に届いたのだと思います。

それはそれで重要な事。それがなくてはフラメンコにはならないから。でも私はプロとして踊るからには自分に足りない部分をもっと磨かなくてはならない。次の公演は来週の金曜日。もう1週間もない。自分がやろうとしていることにはまるで時間が足りない。でもやらなくては。

自分の一生をかけても多分到達することはないだろう。でもやると決めている。それと同じこと。

今回の踊りはきっと意味がある。ああ踊ってしまったのは、これから私が成長する上で必要となるのかもしれない。今までもそうやって繰り返して乗り越えてきたから。また繰り返すの?これから先10年も?とげんなりもするけど、それが私の学び方なのだと思う。

  • 次回公演・・・・2012.2.3 // ペーニャ・ピエス・プロモ(セビージャ)22:00開演、入場料5ユーロ
Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • エル・トゥリニ
  • ミゲル・ペレス

2011年1月29日 これでやっと眠れるかな。 セビージャにて。

Jan 26

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

今週の土曜と来週の金曜日にセビージャのペーニャで私の公演があります。タラントとアレグリアスを踊ります。今日は土曜日に共演するギタリストのホセ・ルイス・メディーナと歌い手のディビと合わせをしました。ホセ・ルイスはここ1年ほどタラントを弾いていなかったらしく悪戦苦闘・・・「本番までに練習しておくね」と言っていましたが大丈夫なんだろうか・・・そんなこと言う私もタラントを踊るのは多分2年ぶりくらい?大丈夫なんだろうか・・・

実はすごく不安で最近はよく眠れていません。常に頭の中でカンテとギターが流れていて止まらず、小さい私が頭の中で踊っています。そのくせスタジオに入ると集中できないのです・・・最悪の悪循環。こんな状態でどうしようと思いながらとぼとぼ道を歩いていると、すれ違いざまに耳に入った声がありました。あ!この声は!と思ってバッと振り向くと・・・・やはり・・・・ミゲル・ポベダでした。妹のソニア(踊り手)としゃべっているミゲル・ポベダ。人目を気にしているのか(さすが超大物アーティスト)帽子とマフラー、サングラスで変装しているぽかったのでチラ見でしたが、かなりガン見が入っていたかもしれません。

なんだかちょっと得した気分。それで踊れるようになるわけではないのですが。全然。

というわけで・・・何卒応援よろしくお願い致します。

2011年1月26日 チラシは素敵だと言われます。チラシは・・・ね。 セビージャにて。

Jan 16
ダビ・ラゴスとお掃除と文化論
La Yunko | ブログ | 01 16th, 2012| Comments Off

みなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか。

ただ今、日曜の22:30。やっとお掃除が終わりました。スペインでは「夜に掃除すると結婚できない」とよく言われます。でもそれを知ったのはこの間。そんなの知らなくて今までずっと夜も掃除していたよ〜。だって終わらないんだもん。もっと早くから掃除を始めれば夕方くらいには終わるのかもしれません。でもなかなか腰が重たくて・・・。掃除し出すとモーレツに掃除するのですが。

今日の掃除に時間がかかったのは理由があります。ダビ・ラゴスのCDをかけちゃったから。この人のCDをかけると掃除どころではない。はたきでコンパスを刻み、ゴム手袋をはめたままパルマをたたき、そのうち踊ってしまう。すごいダビ・ラゴス。彼のCD「EL ESPEJO EN QUE ME MIRO」(写真)。これはすごい。

数年前に発売されたCDだから、もうお聴きになっていらっしゃる方も多いかな?まだ、という方、YouTubeにそのCDのプロモーションがアップされていますよ。クリック→watch?v=ME3FGu7FSQI

ヘレスの歌い手だけにブレリアのコンパスは「うへ〜」だ。そして最近の若い歌い手にありがちな、一般受けするライトなポップス調のブレリアやルンバをCDに混ぜていないところがいい。全部フラメンコだ。フラメンコなんだ。

そしてレトラもいい。このCDのほとんどのレトラは彼自身が作詞しているみたい。そのブレリアの中にこんな歌詞がある。聴き取ってみた。(ちょっと違うかもしれないけど・・・)

¡Quién pudiera tenerte en un reloj!

de esos que granito a granito cuenta el tiempo

y a cada granito poder besarte yo

hasta formar una montaña, formar una montaña

lleno de besos de amor

日本語に訳したいけど、訳すとなんだかおかしくなってしまう。ニュアンスが変わってしまう。でもそれを承知で訳してみると

君を時計の中に持てればいいのに!

その時計、一粒一粒時を刻む時計。

そしてその粒ごとに僕は君に口づけする。

その粒が山を作るまで、山を作るまで

愛の口づけでいっぱいの。

やっぱりおかしい。私の訳し方が悪いのかな・・・要するにそういうことなんだけど、でもスペイン語で聴く歌詞と日本語訳した歌詞というのは、元が同じでも全然違ってしまう。

例えば「beso」という言葉。これは日本語にすれば「接吻」「口づけ」「キス」・・・なんか違うんだよな〜。「beso」は「beso」で他の何者でもない。要するにその言葉の土台となっている文化が違うんだろう。だからその言葉をその言葉のまま感じとらなければ。でもそれはスペイン語を母国語としない人には難しい。スペイン語を話す人にだって、フラメンコの歌詞を聴きとりましてや感じることは難しい。フラメンコの文化。

松尾芭蕉のかの有名な句。「古池や 蛙飛び込む 水の音」・・・この英訳を何かの本で読んだことがある。「それ、ちょっと違うでしょ!!!」と本にツッコんでしまった記憶がある。確かに訳しているけど、間違ってはいないけど、そうじゃないんだよ〜。という感覚。俳句は俳句だ。日本語だ。

それと一緒。多分。

でももし自分がもっとフラメンコの文化と日本の文化に精通しているなら、きっともっといい翻訳ができるに違いない。絶対的な限界があるにしても。多分私はどっちも中途半端なんだろう。

・・・・ちゃんと掃除したつもりでも、後から同居人が同じ所を掃除していたりする・・・

その掃除の仕方と一緒。多分。

でもそれはそれで、私は自分がやったことに満足していたりする。それが私の小さな幸せだったりする。最近そう思えるようになってきました。

明日からまた、そんな1週間が始まりますように。

2012年1月15日 セビージャにて

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