Feb 3

feb 10 copia_DSC2573みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

本日はお知らせです。

2/10(水)21:00 フラメンケリーア(Calle Castilla 94, Sevilla)で踊ります。

ギター:ミゲル・ペレス
カンテ:モイ・デ・モロン
バイレ:萩原淳子

ミゲルとモイと私の3人の組み合わせはかなり久しぶりです。この3人で2013年4月に日本で「ハモンは皿にのせるだけでよい」公演を行いましたが(お越し下さいました皆様、ありがとうございました!)あれ以来???

あれからはミゲルがすっごく忙しくなってしまって、それだけたくさんの踊り手さんから仕事のオファーがあるということでよいのだけど、私の方では共演できる機会がかなり減ってしまったのでした。モイもモイであちこちで引っ張りだこで、ミゲルとモイが揃うのも難しく、彼ら二人と一緒に仕事をしたのはドス・エルマーナスでのフェスティバル・フアン・タレガが最後だったかなあ?とにかくほんとにこの組み合わせは久しぶりなんです。というわけで、緊張もしますが、あと1週間しっかり準備して本番を迎えられたらと思います。セビージャにいらっしゃる方は是非いらして下さいね!トゥリアーナ川が一望できる素敵なタブラオです。

WEB用4/6アルハムブラそして、4/6(水)日本でのアルハムブラ・ライブですが、お陰様でたくさんのお申し込みを頂いています。ありがとうございます!初日に小学生のお子様のお申し込みを頂きまして、フライヤーには記載されていませんが、急遽学生料金を設けました。小・中・高校生はチャージ半額とさせて頂きます。お子様もじゃんじゃんいらして下さい!

思えば、なんだか知らないけれど、「将来私は“踊る人”になるだろう」と自分の中で「ぼっ」と湧いたのは小学5〜6年生の時でした。ただ踊ることが好きで、いつも休み時間は教室の後ろでラジカセをかけて勝手に一人で踊っていて、でも踊りを習わせてもらえたことはなくて、世の中にどんな踊りがあるかも全然知らなくて、だから全部適当に発明して、先生に怒られて家庭科室や図画工作室に閉じ込められても、その中だったら授業を受けないでもっと踊れる、ラッキー♪と思っていた子どもでした。

フラメンコというものが世の中にあるというのを知ったのは中学生の時、フラメンコ舞踊を習い始めたのは大学生の時。そして今。時間はかかったけれど、小学生の時に「ぼっ」と湧いたあの思いは、本当だったんだと今思います。

子どもの頃のそういう気持ちって、他人に笑われたり、自分で笑ったりして、いつかどこかに行ってしまうこと、自分で手放してしまうこともあるかもしれない。でも、今の子ども達が、今「ぼっ」って湧いていることを大切にしてほしいと思う。それが今後の人生の中でかなわないこともあるかもしれないけど、それを大切にできる子どもと、それを大切に思える大人がこの世の中に存在すること自体が重要なんだと思います。

フラメンコには不思議な力があると思う。でも、たくさんのテクニックや見た目のカッコ良さでお客さんの拍手をもらう“フラメンコ”にはそれはない。そうじゃないフラメンコというものがあって、それは世の中で少数派なのかもしれないけど、そこにフラメンコの素晴らしさが隠れている。自分にそれがあるというのでなく、私はそれを探して、それを求めて、それに感動して、それを吸収して、今生きています。長い年月を経て、そういうものが自分の中に少しずつたまってゆくのかなあ、自分の踊りというのはそういうものが表に出て来るものなのかなあ、そうだといいなあと思っているところです。

お知らせだけ、と思ったけどいろいろ思い出してしまいました。

2016年2月2日 セビージャにて。

Nov 24

12188727_10206200343540884_1576484019_nみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

今週の水曜にセビージャのタブラオ「フラメンケリーア」にて、金曜にドス・エルマーナスというセビージャ郊外にある町にある「ペーニャ・フアン・タレガ」で踊ります。

¨NOCHE FALAMENCA  ORILLAS DE TRIANA¨

【日時】2015年11月25日(水)21:00開演

【場所】FLAMENQUERIA(フラメンケリーア)Calle Castilla 94, Sevilla

【ギター】エウへニオ・イグレシアス

【カンテ】モイ・デ・モロン

【バイレ】萩原淳子

【入場料】9ユーロ

スクリーンショット 2015-11-22 23.37.21【日時】2015年11月27日(金)22:00開演

【場所】PEÑA FLAMENCA ¨JUAN TALEGA¨, Dos Hermanas(ペーニャ・フラメンカ・フアン・タレガ/ドス・エルマーナス)

【ギター】エウへニオ・イグレシアス

【カンテ】ぺぺ・デ・プーラ、モイ・デ・モロン

【バイレ】萩原淳子

【入場料】要問い合わせ

久しぶりのタラントと、アレグリアス・コン・マントンを踊ります!

では!

2015年11月23日 ようやく寒くなってきたセビージャにて。

Nov 13

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12238050_10153729951441228_2183866575333361110_o12188073_10153729951251228_8016334554460818859_o12238397_10153729951261228_3586964573549124077_o12194685_10153729953376228_2610283182185918110_o12196270_10153729951916228_3000928247298594380_n12235088_10153729951821228_8341526211016480146_n12208719_10153729952171228_2944986949514853983_n
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12191311_10153729957106228_7183082822996508990_o
_DSC1951みなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか。

こちらセビージャはなんだかまだ暑いです。11月の中旬だというのに太陽ギラギラ、家の中では蚊がぶんぶん。今も一匹殺したところ。文章にするとちょっと怖いですが。

さて、遅くなりましたが先週の「フラメンケリーア」でのタブラオライブはお陰様で無事終了しました。たくさんのお客様にお越し頂き感謝しています。また、ちょうどスペイン旅行中だった私のおじとおばがショーを観に来てくれました。共演のゴリ・マソ、アルバロ・ラミレス、アンヘル・ファリーニャ、皆様誠にありがとうございました!

ライブの前日おじに言われた言葉がとても印象的です。

「淳子ちゃん、あなたね、人種とか民族とか関係ないの。あなたね、人間として踊りなさいよ。分かってるでしょう、だからアントニオはあなたと一緒にいるの。」

この言葉は、セビージャと日本とどちらが住みやすいかと聞かれて、「セビージャの生活の方が好きだけれど、東洋人に対する差別があるから・・・日本にいればそういう差別を受けることはないし・・・」と答えた時におじの口から出たのでした。そうなんです。おじが言う通り分かっています。でもそれを他人から言葉できちんと言われたことは初めてだったように思えます。同じ日本人でも、「セビージャで踊るっていっても日本人として踊ってるからその分楽なんじゃないの?」とか平気で言ってくる人もいます。つまり、日本人ということである程度大目に見てもらえる、もしくは踊りそのものよりも、「日本人が」踊っているということで評価されるんでしょ、ということ。もっと言うとそれを逆手にとって「日本人公演」という看板にしてしまうこともできなくはないのだから。

・・・そんなこと一度も思ったことはありませんが。あ、あるか。震災の後セビージャでのチャリティー公演の際、自分が「日本人」として踊っているという強い強い意識がありました。それぐらいでしょうか。毎回踊る時に「私、日本人なんです」とか思いません。歌とギターを聴いているだけですから、そこに「何ジン」という観点はないのではないでしょうか。そうすると何が自分に残っているかというと、自分という一人の「人間」なのだと思います。その意味でおじの言っていたことはとても正しいのだと思う。

だから「日本人なのに上手い」とか「踊りが日本人っぽくない」とか「顔は日本人だけど踊りはスペイン人」(笑)とか、それはある種の人にとっては褒め言葉なのかもしれませんが、私には違和感でしかありません。もちろん褒められているのであれば、そのお気持ちに対して感謝の気持ちは伝えますが、やっぱりどこかしっくり来ないんだよなあ・・・というのを長年ずっと思っていたのです。どうして誰もそこに気付いてくれないんだろう、と。

その意味でおじの言葉はすとーんと心に落ちました。私にとってとても大切な言葉です。

でも自分が日本人であるということを忘れているわけではありません。なぜならここに住んでいる以上、常に意識させられるから。東洋人に対する目。日常生活の中で、それからフラメンコの仕事の面でもそれは確実にあります。そして、たまにいらっしゃいますけど、自分が日本人であることを否定する人。もしくは卑下する人。そのベクトルが自分自身にだけに向けられている人もいれば、他の日本人にまで向けられる場合もある。そうなると日本人による日本人差別が生まれてしまう。スペイン人が(もしくはヒターノが)絶対正しくて日本人が日本人であるが故に間違っているとか劣っていると思い込み、自分も日本人であることを棚に上げて、他の日本人を批判したり見下したりする人。これも違うと私は思う。私の両親は日本人で、私は日本に生まれ日本の文化の中で日本人として育った。そのどこに問題があるんだ?否定しようが卑下しようが、自分が日本人であることには変わりがない。それを認めないっていうのは自分で自分のルーツを認めいてないということ。ルーツというのは日本語にすれば「根っこ」でしょ?名もない雑草にだって根はあるのにね。

それでも、それらのことを全部ひっくるめても、フラメンコの前では私はただの「人間」なんだと思う。

何年か前にセビージャのとあるタブラオのオーナーに言われたことがあります。

「君は本当に踊りが上手いよ。でも君には問題がある。君は日本人なんだよ。」

はあああああ?????

しかし即答してしまいました。

「失礼ながらお言葉を返すようですが、私が日本人であることには何の問題もありません。もしそれを問題とするなら、問題は日本人である私にあるのではなく、それを問題だと思う考え方に問題があるのではないでしょうか?」

・・・だってそうじゃん、と今でもやっぱり思うのです。

公演写真:アントニオ・ペレス

2015年11月13日 セビージャにて。

Nov 4

12184296_10206219192292091_1139959305352468410_oみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

明日11/5(木)セビージャのタブラオ“フラメンケリア”(Calle Castilla 94)で踊ります!

本日、日本からおじとおばがセビージャに来まして観光案内等ちょっとバタバタしているのですが、がんばって踊りたいと思います。久しぶりにバタ・デ・コーラのアレグリアスを踊る予定。楽しみです!

日時:2015年11月5日(木)21:00

場所:Flamenquería, Calle Castilla 94, Sevilla

踊り:アンヘル・ファリーニャ、萩原淳子

ギター:ゴリ・マソ

カンテ:エドゥ・イダルゴ

入場料:20ユーロ

では皆さんまたお会いしましょう!

2015年11月4日 やっと雨が上がったセビージャにて。

 

Nov 2

BFA_cartel01bfa04bfa02bfa06bfa12bfa13bfa05bfa08bfa09bfa10BFA11BFA14bfaみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

もう1ヶ月以上経ってしまいましたが、先月末にレブリーハでアンダルシア舞踊団20周年設立記念公演「Imágenes」を観てきました。9月に日本でも公演した作品なのでご覧になった方も多いかと思います。セビージャでは昨年のビエナルで初演されましたがその時には行けず、今回レブリーハまで足を運びました。幸運ことに、公演のゲネプロ(公演直前の劇場でのリハーサル)を見学することができました!すごく興味深かった!結論を先に申し上げると、本当の公演よりもこのゲネプロの方が面白かったです。アンダルシア舞踊団設立20周年記念ということで、これまでの歴代の監督振付作品をモチーフにしたオムニバス形式の公演。確かに素敵な公演ではあったけど、新監督ラファエラ・カラスコの采配をゲネプロで目の当たりにして、もう、脱帽。本当に凄い人なんだな、ラファエラ・カラスコは。指示に無駄がない。限られた時間の中で、どの指示に時間を割いて確認まできっちりするか、またどの指示を指示だけにして後は舞踊団員の自主性に任せるか、その判断を瞬時にしている。そしてその指示は舞踊団員にだけでなく照明、音響、映像、小道具など全てに行き渡っている。同じ舞踊団公演でも箱(劇場)が異なれば全てが変わってくる。それも一瞬のうちにしかも同時にいろいろな状況をチェックし即座に指示し采配してしまう。しかも口調がキツくない。テンパってヒステリーになんて全然ならない。独特のユーモアもあって、でもラファエラの声かけに舞踊団員からの返事がなかったりすると「私の言っていること、ちゃんと伝わっているかな?」とびしっと確認したり。すごいわ、この人。フラメンコ好きのレブリーハ在住のお友達と行ったのだけど、実はそのお友達は劇場公演というものには元々興味がない人で私についてきただけだったのですが、そのお友達も舌を巻いていました。しかもラファエラは舞踊手としても舞台に立っていたし。もちろん自分の出番はリハーサルでは踊らず、監督業に専念。本当にすごいわ、この人。

今回の作品には以前から興味を持っていました。というのは舞踊団員のオーディション内容を耳にして面白いな〜と思ったから。世の中いろいろな舞踊団のオーディションがあると思いますが、ごく一般的なのは決められた振付をその場で時間内に覚えてそれを審査員の前で踊るというもの。でも今回ラファエラ・カラスコが新生舞踊団員に求めたのは「フラメンコ」でした。オーディション用に準備していた歌い手とギタリスタと数分間打ち合わせをして、即興で数分以内のシギリージャを踊るというもの。へーと唸ってしまった。これで、踊りは器用に上手に踊れるけどカンテやギターを理解していない踊り手、コミュニケーションできない踊り手を一挙に振り落とすことができる。しかもシギリージャという曲。アレグリアスやソレアなど多少踊れる人なら誰でも持っているレパートリーではなくシギリージャ。ソレアを得意とする踊り手でもシギリージャは難しかったりするもの。それをオーディションで課すとは・・・。そこにラファエラ・カラスコの新生舞踊団に対する意気込み・方向性を見たような気がして、早く公演を観たいなあ!と思っていたのです。

ただこのオーディションで外国人舞踊家の一人が選ばれ舞踊団員になったことに関しては、いろいろあったみたい・・・。私はいいと思うのだけど・・・。アンダルシア舞踊団というのはアンダルシア州政府がアンダルシアの地名度やイメージアップのために出資している舞踊団。逆に言うとアンダルシア州がアンダルシアの宣伝のためにアンダルシア舞踊団に公演させている。だから舞踊団員はアンダルシア州に雇われた公務員みたいな存在ともいえるでしょうか。という事は当然、アンダルシア舞踊団員に支払われる出演料(お給料)はアンダルシア州民の税金からもまかなわれている。人によっては(アンダルシア州民によっては)オレが払った税金でなんで外国人舞踊家が食ってるんだ、という話になるらしい。まさかそんな考え方があるとは思いもよらず、ビックリ。オーディションで正々堂々と選ばれたのだから、アンダルシア人だろうがスペイン人だろうが、外国人だろうがいいと思うし、私は素晴らしいと思うけどなあ。外国人といっても、見た目は他のスペイン人舞踊家と遜色がない。(その点東洋人や肌の色の違う人種の踊り手は確実に不利。)ひいき目で見ていたせいもあるのかもしれないけど、実際舞台を客席から見ても彼女は光っていたと思う。フラメンコがユネスコの無形文化遺産に登録されてもう数年経っているけど、まだまだフラメンコの世界は狭いのかもしれない。フラメンコの世界というより、ある種の考え方が・・・・。

公演に関しては今回のようなオムニバス形式ではなく、一つのまとまった作品を観てみたかったというのが正直な感想。でも、まあ、舞踊団設立20周年記念公演としてこの「Imágenes」は重要な意味を持つものだったのだと思います。その20年間の中で私自身が観た作品もあればそうでない作品もある。観た事のないものは探して観てみたいなと思ったり、観た事のあるものは、ああ!!!と思ったり。でもフラメンコの舞踊団って難しいんだなと思う。フラメンコとしてみればある意味面白いけど、劇場作品にすることでフラメンコの本質が薄くなってしまう部分もある。その意味で物足りなさも感じる。舞踊団として見た時には、例えば他の国の舞踊団のレベルと比べると舞踊としてのレベルを考えるとどうなんだろう・・・と思ってしまったり。舞踊団員が一人でフラメンコを踊る時のレベルが高くても、それを国際的に活動する舞踊「団」のレベルに引き上げるのはやっぱり難しいのかなあ。あんなにすごい采配のラファエラ・カラスコでも・・・

そんなことを今回のレブリーハでの公演を観ながら思ったのだけど、じゃあ自分はそこまで踊れるのか?と言われたら、自分のことは棚にあげるしかない・・・(笑)ラファエル・カンパージョが言ってったっけ。

「批評家は踊らない」

自分が踊らないから、よくも悪くも批評できるということ。自分が踊る立場だったらそんな批評はできっこない。踊る人間にしか分からない裏の努力と苦しみもあり、踊る人間にしか持てない観点がある。だから他人の批評の前に、しっかり勉強して自分も努力しなくちゃ。

そして公演に来ているお客さんを見て思った。レブリーハのフラメンコを継承しているアーティストも、伝統的なフラメンコ愛好家もきっとほとんど誰もいなかったように思う。来ていたお客さんは恐らくレブリーハ在住の文化的なことに興味のある人、ダンスを学んでいるらしい女の子達等。フラメンコといっても、いろいろな種類、方向性がある。伝統的なフラメンコは分からない、嫌いだけど舞踊公演を観るのは好きという人もいれば、自分たちが持っている、もしくは愛している伝統的なフラメンコしかフラメンコと認めない人もいる。私はどちらも理解できるしどちらも好きだけど・・・どちらが好きかと言われれば個人的には後者の方だけど、でも踊り手として前者にも興味があるしたくさんのことを学べると思う。どちらかに属していなければいけないような雰囲気があるフラメンコの世界の中で私はなんでも吸収したいと思う。その意味で、吸収できる土台というか考え方を持てていることは自分にとってプラスだと思うし、これまでいろいろなものを吸収してきた中での「嗅覚」みたいなものも育ってきているような気がする。

それらがこれから先何年か後にきっと形になるんじゃないかな・・・。そう思うのだけど思っているだけでは形にならない。だからやはり努力が必要になる。ブログを書くことはその努力のうちには入らないと思うけど(笑)、自分の考えを整理する上で非常に役に立つ。もちろんあえて書かないこともあるから、自分の考えが全てブログに反映されている訳ではないのだけど。いずれにしても、私もがんばらなくちゃな、と思う。学ぶことも努力すべきこともたくさんあり過ぎるから。

公演写真:アントニオ・ペレス

2015年11月2日 雨降るセビージャにて。

Oct 16

12092235_10206091456538777_2079849233_n12165911_946592492087572_1090654418_nみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

一昨日のフラメンケリーアでのライブはお陰様で無事終了しました。ご来場下さいました皆様、誠にありがとうございました!共演のエウへニオ・イグレシアス、ギジェルモ・マンサーノもありがとう!想像通り、もしくはそれ以上の即興ライブ、爆発の夜となりました(笑)

ギジェルモと共演したのは初めて。歌はすごすぎるし、見た目怖そうだし、ギジェルモの共演する踊り手はカルメン・レデスマとかコンチャ・バルガス、ペペ・トーレスとか・・・まさか自分がギジェルモと共演するなんて思ってもみなかった・・・共演はエウへニオのおすすめで。共演予定していた歌い手が出演できなくなってしまってどうしようとエウへニオに相談した所、エウへニオが「ギジェルモ好きか?」と。・・・えーーーー!!!好きもなにも、すご過ぎる。・・・・と答えると、「で、好きか?」・・・YES!・・・というわけでエウへニオがギジェルモを呼んでくれたのでした。

フィエスタなどで同じ場に居合せたことは何度かありましたが、挨拶程度しかしていなかったので個人的にはあまりよく知りませんでした。でも私が会場に着いたらすぐにギジェルモが到着。この時点で好印象。大体待ち合わせ時間の30分前には私は会場入りします。ということはギジェルモも同じ時間に到着したということ。もちろん待ち合わせ時間に来てくれれば全く問題ないのだけど、時間に余裕を持って来てくれるというのはすごく嬉しい。

なぜか日本だと、アーティストっていうのは時間にルーズと思われている節があり、また、時間にルーズな程アーティストとして格が上、という風に認識される風潮にあるようだけど、それは違うと私は思う。一流アーティスト程時間をきちんと守る。逆に時間にルーズなアーティストっていうのは、アーティスト気取りしている3流もしくは4流の人。やむえない事情で遅れてしまうというのは、何流だろうと誰でも起こりうることだから仕方がないとして、時間を守るのは人として基本、プロフェッショナルな証拠。それはフラメンコだけでなくどの仕事でも同じだと思うのだけど・・・。

まあ、そんな訳で二人とも早く着いたのでコーヒーを飲みに行く。ちなみにギジェルモはファンタ・レモン。・・・これも変な認識があるというか、アーティストというのは出演前に酒を飲む、(お酒の中でもウイスキーとか)と思っている人が結構いる。それがアーティストのしるしというか、酒を飲まないとアーティストでないというか・・・。これにも違和感ある。夜通しのフィエスタとかでお酒を飲みながら、というのはあるけれど、通常のタブラオの仕事の前でウイスキーとか飲まないよね。ビールやワイン1杯くらいならあるかもしれないけど。本当にその人がその時にウイスキーを飲みたい場合は別として、ただアーティスト気取りでカッコつけて飲んでるのだとすれば、この人大丈夫かな?と不安になってしまう。だって、お酒の力なんか借りなくてもアーティストはアーティストなんだから。

すみません、話がそれていますが、ギジェルモとはいろいろ話しました。私と共演することにした理由は、エウへニオから「絶対にジュンコの踊り、気に入るから!」と言われて、家にいても退屈だしまあ、歌うかと思ったそうです。(笑)なんと正直な人。それを本人の前で普通に言ってしまう所がまた面白過ぎる。でも変なおべんちゃらを言われるよりよっぽどいい。それからなぜかギジェルモと奥様の馴れ初めの話しになり、それも面白かったです。(プライベートなことだけど、聞いてもいないのに本人から話し出して聞いてもらいたそうだったから、ブログにしちゃってもいいよね)奥様と知り合ったのは14歳の時。知り合ったといっても、道端で見かけて、コイツはいいなと思って結婚することに決めたそう。ヒターノだから結婚は早いんだよ、と。何度もアタックしたのだけど、「あんたはブサイクだからいやだよ!」と断れ続けて、それでもしつこく何度も何度もアタックし、最終的に彼女が微笑んでオレ達は結婚したんだ、だって。30年経った今でも「あんたのしつこさに負けて私は結婚したんだ!」って奥様に言われるらしい。そんな話をされて、きゃはははーと笑っていたら、いきなり真面目になって、「おい、ちゃんと踊らないとオレは歌わないぞ」と本気で言う。ギジェルモ・マンサーノ。歌も好きだが、この「人」も好きだ。

そうこうしているうちに駐車するのに時間がかかっていたエウへニオが到着。エウへニオはネスティーを注文し(ほらね、酒じゃない)世間話をして、じゃ、ちょっと合わせをするか、と。ソレアとアレグリアス・コン・マントンを踊る予定で、まずはアレグリアスから。構成の流れを説明してちょっと歌ってもらったのだけど、それを聴いてマントンで踊るのを辞めました。(笑)こりゃー、相当の即興になるわ、と。踊り手にアレグリアスを歌うことにあまり慣れていないし、今まで共演してきた歌い手の中で一番“Salvaje(サルバッへ)”かも・・・。

“salvaje(サルバッへ)”というのは野性的なというような意味なんだけど、まあそんな感じ。歌い方がそうであったり、声質がそうであったり。その人、歌そのものがそうであったり。踊り手の意向に合わせて器用に上手に歌う歌い手とは真逆の位置にある。ここ最近の流れとして、一般的な踊り手はサルバッへでない歌い手と好んで仕事をする。なぜならその方が事前の合わせの通り歌ってくれるので、自分が舞台上で“失敗”しない安心感があるから。要するに歌が即興になると自分が歌に対応できなくて舞台上であたふたしてしまう、そういう危険に冒されない、ということ。“賢い”歌い手はそれを見越して踊り手に分かりやすい歌、歌い方をし、踊り手がつつがなく踊れて彼のその歌を気に入れば、その歌い手はまた呼んでもらえる、つまり仕事が増えるというわけ。サルバッへな歌い手はそういう“賢さ”で歌うのではなく、自分の本能のおもむくままに歌う。その時に涌き起こった歌が外に出る。当然それが事前の合わせと同じ歌、同じ歌い方になるわけがない。ただし、いや、だからこそその歌は真実。

自分が踊る時に必要なものは、何か?

そう考えると、ギジェルモと共演できたことに心から感謝しています。

本当は1曲目をアレグリアスにして2曲目をソレアにしたかった。なぜならギジェルモといえばソレアだから。でも場所がタブラオ。外国人観光客が集まる場所ではやはり明るい曲が好まれる。フラメンコ愛好家の集まるペーニャのような場所であればカンテを理解している人が多いので、むしろソレアでしめた方がいい場合もある。でもタブラオだからな・・・と思って1曲目をソレア、最後にアレグリアスにしました。

ソレアもすごかったなあ。自分が踊り始めるまでにソレアの歌を1曲聴きたかったから、そうお願いしたけど、舞台袖で聴いているうちに涙が出そうになってきた。だから後はそのまま踊っただけ。観に来て下さったお客様の中で「ソレアがすごかった」とおっしゃって下さった方がいらっしゃったけど、そりゃそうだろう。あのソレアを聴いたら、たとえ観光客であろうとカンテを知らない人であろうとその凄さに固唾を飲んでしまう。

ギジェルモのカンテソロを挟んで2曲目のアレグリアス。猛ダッシュで離れた楽屋まで戻り着替えていたので、カンテソロは聞こえず・・・すごい残念。でもきっとすごかったんだろうな・・・・そしてアレグリアスの時に舞台に立つと、あれ、なんか一人増えてる・・・。ギジェルモのお友達がなぜかパルマ席に・・・。さっきのソレア、特にエスコビージャの時のギジェルモのパルマは確かに心もとなかった部分もなきにしもあらず・・・それで助っ人で舞台に上がったのかな?みんなニコニコしてこっちを見ているので、ま、いっか。と踊り出す。サリーダが終わり歌う呼ぶ前の所で二人のパルマを聞いて悟った・・・これは大変なことになる。

・・・・すっごい走ってる・・・

ギジェルモのお友達はフラメンコな人だからパルマの音がいい。ただし二人で盛り上がっちゃってパルマのスピードがどんどん上がってゆく。・・・・これ、大変なんです、踊り手にとって。パルマに合わせて自分のスピードを上げれば、自分がバテるし、全員が走りだしたらもうなんだか分からなくなってしまう。だから走り続けるパルマを抑えようとして踊るのだけど、それは本当に大変。苦しい。全然踊りが楽しめない。こりゃまずいな、という訳で自分の踊りの中のどこのポイントを要として抑えてゆくかを、歌が入る前の1コンパスの間に頭の中でシュミレーションする。そこでしか考えられないから脳みそフル回転。歌やファルセータが始まれば即興。今考えるとあの踊りは全部即興だったか・・・1カ所皆走り過ぎて、私も制御できなくて音がバラバラになった瞬間があった・・・あわわわわーと真っ青になりそうだったけど、踊っているのはアレグリアス。お客様の前では微塵たりとも出してはいけない。(思わず顔に出てしまったかもしれないが・・・)その後のエスコビージャはなんとか乗り切り、ブレリア。なんだか分からないうちに相当盛り上がってアレグリアス終了。元々マントンを使ってアレグリアスを踊るつもりだったけど、やはりマントンなしのアレグリアスにして大正解。(笑)でもせっかくマントンを持ってきたことだし、最後のフィン・デ・フィエスタのブレリアでマントンをちょっと使って全て終了。あーなんとか終わった!

お客様、皆様大変感激されていたようでよかった・・・アーティスト達もすごく喜んでいたけど、萩原、実はいろいろな意味で大変なライブでした。でも、あのソレアで踊れたのは本当に貴重だったなあ。多分自分の限界を振り切って踊っていたと思う。そんなわけか、昨日今日とダウン。おとなしく家でじっとしてブログアップというわけです。

次回は11/5と25に再びフラメンケリーアで、そして11/27には久しぶりにペーニャ公演!セビージャ郊外の町ドス・エルマーナスにある「ペーニャ・フアン・タレガ」で踊ります。早く元気になってまたがんばろうっと。

※写真はライブにお越し下さった方から頂きました。ありがとうございます!ちなみに後ろの方に映っているのがギジェルモ。・・・なんだか笑える。ふふふ。

2015年10月17日 セビージャにて

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