Apr 12

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

お陰様で無事、昨晩セビージャに着きました。

日本での日々も猛烈に忙しく、また家にインターネットもなくブログの更新が遅れ申し訳ございません。

4月5日高円寺カサ・デ・エスペランサライブ、第9回少人数制クルシージョもお陰様で無事終了致しました。

ライブにお越し頂いた皆様、受講生の皆様、誠にありがとうございました。

ライブもクルシージョもたくさんの素敵な時間がありとても充実していましたが、中でもとりわけ印象に残っているのはクルシージョの最後に行った、「カンテ&ギター伴奏付き実践クラス」です。ギタリストのフェルミン、歌い手の瀧本正信さんのお陰で大変充実したクラスとなりました。

私のクルシージョは巷のそれと違い、数時間で振付けてハイ、さよなら、というクラスではありません。教える方は短時間でぱっとお金を稼ぐことができ、習う方は振付けという〝お土産〟をもらうことによってフラメンコを習ったような充実感がある。そう、習った「ような」。本当にそれでフラメンコを習っているのかな?フラメンコを学んでいるのかな?私自身これまでにそのような形態の〝即席フラメンコ(っぽい)〟クルシージョを受けたことがあったので、今大いに疑問に思います。そんなクルシージョをとっかえ引っ替え受けてフラメンコになるの????

フラメンコってなんなのだろう?

私はフラメンコを学びたい。

 

 

フラメンコ風ダンスではなくて、フラメンコを。

 

 

それだけに焦点をあてて、セビージャで10年が経ちました。(お陰様で3月1日で在西10年を迎えました。)その中で学んだこと、今も学んでいることを私はクルシージョで教えています。 だから私が教えているのは〝振付〟ではない。たとえ〝振付〟クラスであっても、〝振付〟を題材にしてフラメンコの本質に真っ向から対峙すること。

これまでのクルシージョの中で少しずつ始めた、〝振付〟クラスはマルティネーテ、マントンのアレグリアス、バタ・デ・コーラのソレアでした。それぞれのクラスにおいて、舞踊テクニカ、マントン、バタのテクニカ基本を持っていること。それぞれの歌が一体何を表現しているのか、振付けた動きには何の意味があるのか、ジャマーダとは、レマーテとは?カンテとギターを聴くということは?学ぶべきことはたくさんあります。本当にそれらに向き合ったら、きっと一生かかるくらい。いや、一生かかっても学びきれないかも。

その中で、私の言葉だけでは説明しても100%伝わらないことを、実際に歌とギターを聴く事で学んでほしい。そう思い、今回歌&ギター伴奏付きの実践クラスを設けました。瀧本さんとフェルミンには、「生徒さん達はまだ技術が足りない人も多いし、振付をきちんと踊れる人は少ない。本当はまだ歌やギターと合わせる段階ではないのかもしれないけれど、でもあえてカンテとギターを聴く重要性を学んでほしい。その観点からクラスを行いますのでよろしくお願い致します」と事前に伝えておきました。

世の中には、手足を上手に動かすことだけでフラメンコを踊っていると勘違いしている人がいます。フラメンコっぽい動きをすることで、フラメンコを踊っていると錯覚している人がいます。その勘違いや錯覚によって作り上げられた虚像が一人歩きし、同じく、フラメンコとは何か、に向き合わない人達がその虚像をホンモノだとか、プーロだとか呼んでいます。おかしな現象だと思いますが、その現象が大多数であればあるほどそのおかしさに気付かなくなってしまうのではないでしょうか。

今回の実践クラスではその問題に真っ向から取り組みました。私が渡西前、日本で学びたくて仕方がなかったこと。当時師事していたAMIさんに質問したら「そんなこと自分で考えなさい」とはねつけられたこと。でもそのお陰でセビージャで私は自分の力で掴むことができました。でもそれはフラメンコの本質から少しでも目を反らしたら、きっとするりと逃げてしまうもの。 だから一生向かい合ってゆくもの。

瀧本さんがクラスで説明して下さった言葉は、そのまま私の言葉でもありました。フェルミンがクラスの後に私に個人的に訴えていたこと。その通りでした。彼らのお陰で、私もたくさんのことを学ぶことができました。何人かの生徒さんからは「いかに自分が聴いていないかが分かった」「まさに学びたかったことを学べた」などなど、ご感想を頂きました。もちろん、なんだかピンと来ないまま終わってしまった人もいらっしゃったと思います。でもそれも勉強のうちだと思うのです。分からないということが分かったことだけも。

私は教えるからには、自分が持っているものは全て教えたいと思っています。踊る時に自分の内面を全部取り出すのと一緒。よく、教えるのと踊るのは別だと言われますが、私にとっては最終的には同じことなのです。

日本からやって来る踊り手仲間と、月曜にセビージャでライブをします。

2012.4.16 // ¨ラ・カハ・ネグラ¨ – セビージャ、 22時以降開演、入場料5ユーロ

Baile Cante Guitarra
  • 浅見純子
  • 市川幸子
  • 萩原淳子
  • 〝エル・プラテアオ〟
  • 〝エル・リソス〟
  • 久保守

※チラシは市川幸子さん作です!

なぜこんな特別企画ライブがあるのかというと・・・実は明後日、歌い手のプラテアオ&踊り手・北原由香ちゃん夫妻の結婚パーティーと、愛娘サマラちゃんの洗礼式がセビージャで行われるのです。日本からたくさんの方々がセビージャにいらっしゃいます。今回共演する浅見純子さん、市川幸子さんとはもう15年以上になるでしょうか、長いおつきあいをさせて頂いております。そんなわけで、特別企画ライブをセッティングしてみました♪

ではみなさんまたお会いしましょう。

2012年4月12日 実はまだ旅の疲れが残っています。。。明日は元気になるかな。 セビージャにて。

Apr 4

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

お蔭様で、3/31(土)に行われた、東日本大震災復興支援チャリティーライブ“Desde el horizonte”は無事終了致しました。当日は福島や北海道の方も含め、100名以上のお客様にお越し頂きました。誠にありがとうございました。収益の一部は義援金として寄付され、詳細は後日、主催者である藤井かおるさんのHPにて公表されるとのことです。

藤井かおるさんフラメンコスタジオのHP→www.cincopuentes.com

かおるちゃんとはもう、随分前からのお付き合いになります。10年以上かな。震災後、仙台在住のかおるちゃんのことが心配で、でも主にセビージャにいる私は何もできずもどかしく・・・・昨年の10月に石巻を訪れたのは、仙台でかおるちゃんに会うためでもありました。そして今回のライブ共演のお話を下さったのは、かおるちゃんと同じくチャリティーライブ主催者である浅見純子さんでした。純さんともお付き合いが長く・・・15年くらいになるのかな・・・。私の踊りで少しでも何かお役に立てるのだったら・・・と思い、共演させて頂くことになりました。

ライブのタイトル、“Desde el horizonte” (“地平線から”)はお恥ずかしながら、私がつけさせて頂きました。今月号の雑誌“パセオ・フラメンコ”さんに掲載されたこのライブの紹介の記事では、“仙台の地平線から”という見出しになっていましたが、私が見たのは仙台の地平線ではなく、石巻の地平線でした。何もなくなってしまって、更地になってしまって、残されたのは瓦礫の山と1階だけががらんどうのマンション、火災した南浜町の門脇小学校、玄関であっただろう場所に備えられた花。それを間のあたりにした私は、日が暮れるまでずっとそこにいました。そして思ったのです。地平線って、ずっと見ていなかったな、と。

かおるちゃんから「公演のタイトルをスペイン語でつけたい」と言われた時に、その地平線を思い出しました。もう一度、“地平線から”始めるのだと。

そしてその更地を前に、私はカマロンが歌っていたタランタを思い出していました。どんな歌詞だったか明確には覚えていませんが、確か

爪でひっかいている。小さな子供がライオンのように。鉱山の崩れでその子の父親はその下に埋まっている。

そんな内容の歌詞だったと記憶しています。もちろんそれはアンダルシアのヒターノの歴史に裏付けられたもの。だから日本人である私はその歴史にも文化にも属していないのだけれど、小さな子どもがこの石巻や他の被災地でも、同じように大地をかきむしっているのだ、と思ったら涙が止まらなくなりました。

ソレアやアレグリアスに比べて、私のタラントはまだ日が浅く、本当はまだお客様にみせる踊りではないのかもしれない。でもどうしてもタラントを、このチャリティーライブで踊りたくて踊らせて頂きました。

何年か前のペーニャ公演で、一人の歌い手がソロで歌っていた時、それを楽屋で聴いていたもう一人の歌い手が目に涙を溜めて私に言った言葉が忘れられません。

「本当のことなのよ。本当のことを歌っているのよ、フラメンコは。ジュンコ、本当のことなのよ。」

本当のこと。それが歌われてそれを弾き、それを踊る。それがフラメンコ。だから自分の中に少しでも嘘やごまかしがあったらその人の歌やギターや踊りはフラメンコにならないんじゃないか。技術や表面的なカッコ良さ、それだけを求めたり、それに惑わされて、本当のことを曇らせてはだめだ。フラメンコにおける本当のこと。自分自身における本当のこと。それを探して、大切に守って、取り出さなくてはならない。そうでなくては私が踊る意味は、多分ないと思う。

明日、踊ります。

  • 2012.4.5 // ¨カサ・デ・エスペランサ¨ – 高円寺.  20:00H. 21:15H. 入替なし

入場料5000円(要割引券、フリードリンク&タパス付)

Baile Cante Guitarra
  • 渡部純子
  • 三枝雄輔
  • 萩原淳子
  • 川島桂子
  • 片桐勝彦

立ち見の方も含めほぼ満席、と伺っております。詳細は℡:03-3316-9493(夜、カサ・デ・エスペランサ)もしくは℡:03-3383-0246(昼、セルバ)までお問い合わせ下さるようお願い申し上げます。

2012年4月4日 中野にて。

Mar 17
みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
お蔭様で昨日のサラ・アンダルーサライブは無事終了致しました。たくさんのお客様にお越し頂き大変うれしく思っております。誠にありがとうございました。共演のソラジャ・クラビホ、エミリオ・マジャ、エル・プラテアオ、関口京子さん、河内さおりさん、マリコさん、どうもありがとうございました!
このライブ共演の踊り手メンバーとは、本当は西日暮里のタブラオ、アルハムブラで昨年チャリティーライブをする予定でした。震災後キャンセルされたライブで共演予定だった他の踊り手の皆さんとチャリティーライブができないものか、と計画を練っていた時に水戸在住のマリコさんと私でチャットをしたのがきっかけです。
ちなみにマリコさんとは実は10年来の友達。私がセビージャに着いた2002年3月にマリコさんもセビージャにやってきたのでした。しかもトロンボのクラスで一緒。その後マリコさんがグラナダに引越しても、日本に帰国しても私たちは連絡を取り合っていたと思います。本当に心根のきれいなマリコさんとはずっと友達でいたい。
震災後ショックを受け気力をなくしているマリコさんになんとか元気になってもらおうと、私はそのチャリティーライブの話をもちかけたのでした。がぜんやる気を出したマリコさんと、関口京子さん、河内さおりちゃん、私でそのライブを企画することになりました。その時は私がセビージャいたせいで、4人で膨大なメールのやりとりをしました。チャリティーライブを企画するのがこんなに大変なことなのかと。そして同じ関東でも東京と水戸では全然違う。被災者であるマリコさんからのメールで私はたくさんのことを考えさせられました。結局マリコさんはそのチャリティーライブの主催者からも共演者からも外れてしまいましたが、でも私たちは彼女の意志を尊重することにしたのです。
だからこそ、もしまた京子さんとさおちゃんと共演できることがあればマリコさんを誘いたい!と私は願っていました。みなさん共演して下さってありがとうございました。だからあのライブには、私の1年間分の個人的な想いがたくさん詰まっていたのです。
1部1曲目に踊ったカンティーニャスは、1曲目だけに難しかった。あ、1曲目に踊るというのは難しいのです。お客さんも出演者もまだ固い状態で踊らなくてはならないので。そういう場合、私は自分が踊り出す前に歌い手やギタリストに少し多めに歌ってもらったり、ファルセータを長く弾いてもらったりします。そうして自分の中をあたため、本当に自分が踊りたい気持ちになった時に舞台に立ちます。ただ昨日のライブは1部2部合わせて踊りが10曲。長い。だから自分一人の都合で長々と延ばすことはできない。温まらないまま、温まったことにして踊りました。お料理をする時に油を引いて、油が温まらないうちに具材を入れるようなものかな?でも観に来て下さった方は、「後半にかけてどんどん盛り上がっていった」とおっしゃっていたので、そうだったのかな?自分では分かりませんが。でも、どんな時でも私の踊りを踊らないとね。
2部の4曲目に踊ったソレア。これはこれで、自分の前に3人の踊り手さんにパルマをたたいているわけですから、そこでかなりのエネルギーを消耗している。パルマをたたくのも大変なのです。ものすごい集中力と責任が伴います。でも、私の前に踊られたシギリージャ。カンテを聴いていたらいろいろ思い出されたことがあり、そこから一挙に自分のソレアにつながっていったような気がします。例によって、自分がどう踊ったかよく覚えていませんが・・・・でも私のソレアは私のソレアです。それはいつでもどんな時でも言えることかな。
そしてトリで踊ったソラジャのタラントで私は泣いてしまった。あの瞬間の「ole」が嗚咽のようになってしまった。ソラジャは本当にすごい。彼女からは感動とフラメンコとたくさんの課題を頂いた。ソラジャと共演させて頂き、心から感謝しています。
さて、次回は3月31日。仙台タブラオ「ロス・アスレホス」で行われる震災復興支援チャリティーライブに出演します。前回の一時帰国の時(昨年10月)に仙台・石巻・松島に行ってきました。その時の想いがこのライブにつながるのではないかなと思います。
2012.3.31// 東日本大震災復興支援チャリティーライブ“Desde el Horizonte”

in ¨ロス・アスレホス¨ – 仙台.  15:00H. 17:00H. 4500円(ワンドリンク付)

Baile Cante Guitarra
  • 浅見純子
  • 藤井かおる
  • 木川美奈子
  • 李成喜
  • 大野明子
  • 萩原淳子(ゲスト出演。アレグリアスとタラントを踊ります)
  • 川島桂子
  • 松村哲志

2012年3月17日 中野にて。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Mar 15

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

お蔭様で無事日本に着き、先週より「第9回少人数制クルシージョ」を開講しております。今回もたくさんの生徒さんの熱意にあふれたクラスで、やる気もりもりで教えています。体調に留意しながら残りの3週間がんばりたいと思います。よろしくお願いいたします。

さて、明日踊ります。

  • 2012.3.16 // ¨サラ・アンダルーサ¨ – 恵比寿.  19:00H. 21:00H. 各部3000円、通し5000円
Baile Cante Guitarra
  • ソラジャ・クラビホ
  • 関口京子
  • 河内さおり
  • マリコ
  • 萩原淳子(通し出演。カンティーニャスとソレアを踊ります)
  • フランシスコ・チャベス “エル・プラテアオ”
  • エミリオ・マジャ
チラシはこちらをクリック→ sala-andaluzapdf_536687
これまで、このライブのチケットお申し込みをこちらのHPを通して承っておりましたが、今後のお問い合わせ・お申し込みは主催イベリアさん(℡:03-3449-8454)まで直接ご連絡下さるようお願い申し上げます。
では会場でお会いできることを楽しみにしております!
2012年3月15日 中野にて。
Mar 5
みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
ヘレスでの1週間は怒濤のごとく過ぎ昨日セビージャに戻ってきましたが、明日日本へ発ちます。荷造りはなんとなく終わりました。やることがあるようなないような・・・やり出したらキリがないような・・・という中途半端な所でいったんお知らせのブログです。
3/6(火)に日本に着き、3/8〜4/8まで東京・中野「スタジオ・アル・ソル」にて「第9回少人数制クルシージョ」を開講致します。今回もたくさんの生徒さんからのお申し込みを頂きました。誠にありがとうございます!定員に達し締切、キャンセル待ちをお願いしているクラスもありますが、まだまだ空きのあるクラスもあります。受講をご検討されている方は、詳細をこのHP「クルシージョ」にてご確認の上、HP「連絡先」のフォームを通してお問い合わせ・お申し込み下さるようお願い致します。
また、今回一時帰国中に出演するライブ情報は以下になります。4/5エスペランサライブ割引券をご希望の方はこのHP「連絡先」のフォームを通してお申し込み下さい。
  • 2012.3.16 // ¨サラ・アンダルーサ¨ – 恵比寿.  19:00H. 21:00H. 各部3000円、通し5000円
Baile Cante Guitarra
  • ソラジャ・クラビホ
  • 関口京子
  • 河内さおり
  • マリコ
  • 萩原淳子(アレグリアスとソレアを踊ります)
  • フランシスコ・チャベス “エル・プラテアオ”
  • エミリオ・マジャ
チラシはこちらをクリック→ sala-andaluzapdf_536687
  • 2012.3.31// 東日本大震災復興支援チャリティーライブ“Desde el Horizonte”

in ¨ロス・アスレホス¨ – 仙台.  15:00H. 17:00H. 4500円(ワンドリンク付)

Baile Cante Guitarra
  • 浅見純子
  • 藤井かおる
  • 木川美奈子
  • 李成喜
  • 大野明子
  • 萩原淳子(ゲスト出演。アレグリアスとタラントを踊ります)
  • 川島桂子
  • 松村哲志

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  • 2012.4.5 // ¨カサ・デ・エスペランサ¨ – 高円寺.  19:00H. 21:00H. 入替なし

入場料5000円(要割引券、ワンドリンク&タパス付)

Baile Cante Guitarra
  • 渡部純子
  • 三枝雄輔
  • 萩原淳子
  • 川島桂子
  • 片桐勝彦
ではまた日本でお会いできることを楽しみにしております!
2012年3月4日
Feb 20

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

木曜の「テ・デ・トゥリアーナ」ライブはお陰様で無事終了致しました。(ギター:フィティ、カンテ:エル・トゥリニ、踊り:アルヒロ、萩原淳子)前回のブログで、もう一人の踊り手を“男性舞踊手”とアップしましたが、女性でした・・・「テ・デ・トゥリアーナ」のライブでは男性舞踊手、女性舞踊手が一人ずつ出演すると聞いていたので、私が女ならもう一人は男と、勝手に思っていたのでした・・・しかしなんとアルヒロも同じ事を思っていたらしく、顔を合わせて「あれ〜女だ〜」とお互いにびっくりし、ゲラゲラ笑ったのでした・・・

当日はアルヒロがアレグリアスを踊りたいと言ったので、それじゃあ私はソレアかな。ということでソレアを踊りました。久しぶりのソレアで、やっぱり私の踊りはソレアなんだなと実感した次第です。ギタリストのフィティとは初共演でしたが、本当にいい瞬間がたくさんありました。こんなに踊りやすいギターってないんじゃないの、というくらいぴったり呼吸の合うギターでした。 トゥリニのソレアも重厚で、多分三者がそれぞれ光っていたのではないかな。ブレリアに入ってからは、それぞれの即興の掛け合いがあい、とても楽しかった。

ライブの次の日、観に来てくれた友達にこんなことを言われました。

「あんなにうるさい場所だったのに、よくあんなにすごいソレアを踊れたね。しかも、ジュンコが舞台に向かって歩いている時に男がジュンコの目の前を横切ったんだよ!信じられない!ひどい!」

・・・はあ?という顔をしてしまいました。 確かに最初はうるさかった。バル「テ・デ・トゥリアーナ」はグアダルキビル川沿いのベティス通りにあります。トゥリアーナ橋やヒラルダの塔を眺められるその通りは観光のメッカ。フラメンコはバルの奥の方で行われますが、入り口はライブ中も開放しているので通りにいる一般の通行人の騒ぎ声が筒抜けになります。私のソレアが始まった時、フィティのギターが始まった時、その騒ぎ声でギターが聞こえにくかった。そしてライブのお客さんが「シーシー」と静かにさせようとしている声も聞こえて来ました。そこまで。そこまでは確かに、私もうるさいなと思ったけど、それからはギターとカンテしか聞こえなくなったので、静かになったと思っていたのでした。でも実際は通りの騒ぎ声はずっと続いていたそうです。そして、私がお客さんの間を縫ってソレアを聞きながら舞台に歩いて行った時、ある男が私の目の前を横切った・・・・らいしのですが???全然知りませんでした。

自分が踊る時、ギターやカンテを聞き始めると、おそらく私の中で何かが起こります。その時の独特な感覚がある時は、あとは自分の身体から流れ出るものに素直に従えば、その時の踊りはきっとフラメンコなのだと思います。そしてそういう時の自分には恐らく余計なものは入ってこない。周りの騒ぎ声も私の踊りを阻むものも。

10年以上前にやはりソレアを踊った直後にお客さんから「大丈夫でしたか?痛くなかったですか?」と聞かれたことがあります。「何が?」と聞いたら「え、腕から血が流れていますよ」と言われたのです。え?!と思って自分の腕を見たら本当に血がたらたら。どうも踊っている最中にシージョ留めの針が外れ、それが腕に刺さりそのまま腕を動かしていたので針で腕をザザザと切っていたそうなのです。・・・ひえ〜と貧血を起こしそうになってしまいました・・・もちろんその時も全然痛みなんて感じなかった。(今ではもう、うっすらとしかその跡は残っていませんが、しばらくの間は跡が残っていたので本当は痛かったんじゃないかなと思います・・・。)

もちろんそれがいいか悪いかは分かりません。踊り終わった後に気付いたら歩けなくなっていて、その後1ヶ月半びっこを引いていた経験もあるから・・・。でもあの独特の感覚なない時は、確かに技術的には上手に踊れるかもしれないけど、ただソツなく無難に踊った、という結果になる場合が多い。なんなのだろう。ラジオのチューニングをするように、ギターとカンテに自分をチューニングさせる感覚。自分を集中させようと思って集中するのではなく、また何かを思い出したりストーリーを作って感情移入させるのでもない。ただギターとカンテを聴く。だからこそカンテとギターがいいものでないと。でもただよく弾けてよく歌えればよいという訳ではありません。なぜなら私達はそれぞれ人間だから。それぞれの、その人間としての何かがフラメンコを通してカチっと合った時、初めて私達はフラメンコの扉を開くことができるのではないかな。そしてその開かれた扉にすっと素直に入れる人が、同じフラメンコを共有できるのではないかな。

別の人がライブの終わった後に私にこう言いました。

「あなたのパソ、盗んじゃった♪」

「お好きなように。」私は答えました。そう、盗みたければ盗めばよいのだ。でもあなたは、何もフラメンコを学べない。フラメンコを感じられない。たとえパソを盗めても、その時は得したようでも、一番大切な瞬間を共有できなかったのだ。それはもう二度と現れない。それを自ら放棄したのだ。そして、あなたが盗んだそのパソは私のものと同じかもしれない。でも決して同じではない。なぜなら私のパソには私の歴史がある。これまでに私は何度もソレアを踊った。私の人生の中で何度も。その中で繰り返し繰り返し何度も涙を流し、そうして学びとったパソなのだ。

でも思い出さなくてはいけないことは、“私の”パソ、なんて本当はないのだ。フラメンコの長い長い歴史の中でそのパソは作られたのだ。誰のものでもない。本当は。でもその長い歴史に敬意を払い、自分の人生をかけて自分の命を吹き込めは、そのパソは自分に答えてくれる。いつも自分と一緒にいてくれる。そしてその命は誰かの心に伝わるはずだ。

フラメンコは電子レンジではない。長い長い時間をかけてやっとできるものだ。長い長い時間をかけてもできないかもしれない・・・自分の一生をかけても。でも続けていく。そのフラメンコに出会えたことだけで、私がこの世に生まれてきた意味があると思うから。

2011年2月19日 セビージャにて。

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