Jun 23

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

先週末は「第1回萩原淳子フラメンコ公演 en Japón」(仮題)の先行お申し込みメールへのご返信でてんやわんやでした・・・一体何通のメールを送受信したのでしょうか・・・ご飯を作る暇も食べる暇もなく、パソコンの前から離れられず、右手首が腱鞘炎のようになってしまいました(踊りじゃなくてメールの打ち過ぎ・・・)お申し込み下さった皆様ありがとうございます。中にはお申し込み開始日時にアラームをセットされていた方も・・・大変恐縮です・・・

「少人数制クルシージョ」もそうですが、お申し込み開始日時を設定させて頂いております。と申しますのはパソコンのご使用状況や頻度が皆様異なるためで、「先行お申し込みのご案内メール」送信から1週間ほど空けて受付開始日にしております。また開始時間を設定しているのは、日程だけのご案内ですと「日本時間ですか?スペイン時間ですか?」というお問い合わせも頂いてしまうためです。

「先行お申し込みご案内」の対象となる、萩原淳子クルシージョ受講生・クルシージョや公演情報お問い合わせの方々にはなるべくご迷惑がかからないよう、公平になるよう取りはからっているつもりですが、今回の公演の先行お申し込みでは受付開始後1時間でS席が完売、次の日にはA席も含め全席完売となってしまいました。大変嬉しい反面、お申し込みに間に合わなかった皆様には大変申し訳なく思っております。HP上でも最新情報を随時アップしておりますが、今後改善すべき点があれば検討して参りますので、皆様のご意見やご理解を頂ければ幸いです。宜しくお願い申し上げます。

また、今回の「先行お申し込み」対象の方ではなくても、今後の公演やクルシージョ詳細ご希望の方にはこれまでの「先行お申し込み」対象の方と同様に個別メールにて「先行ご案内」させて頂きます。このHP「連絡先」のフォームを通して、もしくは layunko@gmail.com までご連絡下さい。

さて今日のお知らせですが、表題の通り雑誌「月刊パセオフラメンコ」さんに掲載されていた私の連載「『限りある無限』に向かって」が2012年6月号を持ちまして、お陰様で終了致しました。半年間のご愛読を頂き誠にありがとうございました。たくさんの方からご感想を頂き嬉しく思っております。お陰様で今年で在西10年を迎え、これまでの自分の人生を振り返り(それはそれで勇気がいりましたが)今の自分につながることを正直に執筆させて頂きました。たくさんの方々にお世話になり、また自分を育ててくれたエピソードもたくさんあるのですが、誌面の都合上大部分をカットしなくてはならなかったことを残念に思います。連載に登場された方々やエピソードはもちろんのこと、登場されなかった方々にも大変感謝しております。誠にありがとうございました。今後も精進して参りたいと思いますのでどうぞ宜しくお願い致します。

なお、「なんじゃそりゃ?!そんなの知らなかった!」という方、「読みたかったな〜」という方、月刊パセオフラメンコさんのHPにてバックナンバーをお求めになることもできます。(写真は2012年1月号〜6月号までの表紙です。月刊パセオフラメンコさんHPから借用しました)

  • 月刊パセオフラメンコHPバックナンバー案内backnumber.php

また、上記HPの「フラメンコ公演忘備録」では、4月5日に萩原が出演しました高円寺カサ・デ・エスペランサでのフラメンコライブ忘備録が井口由美子氏の執筆により掲載されています。

ちなみに同忘備録は現在発売中の月刊パセオフラメンコ7月号にも掲載されていますので、誌面にてお読みになりたい方はそちらもどうぞ。

  • 月刊パセオフラメンコ7月号紹介monthly

以上、お知らせさせて頂きました。

では皆様もお元気でお過ごし下さいませ。

2012年6月23日 今日はガスパチョを作って飲みました。 これからさらに暑くなるセビージャにて。

Jun 15

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

10月14日(日)に新宿エル・フラメンコにて「第1回萩原淳子フラメンコ公演 en Japón 」(仮題)を開催します。実は、そうなんです。初めてなんです、日本でソロ公演を開催するのは・・・

数年前からソロ公演の計画は何度も立てていたのですが、スペインと日本の行き来の中でスケジュール調整や会場確保が難しく、断念し続けていました。実は今回も一度は無理かな・・・と。でもぎりぎりの調整でなんとか初のソロ公演を開催する運びとなりました。いつも応援して下さる皆様、ありがとうございます!!!

共演アーティストは現在エル・フラメンコに出演しているスペイン人アーティストの4人。実際にスペインで共演したことのあるアーティストはアンドレス・マルティネスのみ(写真はコニルのペーニャ公演で共演したアンドレスと私)で他のアーティスト達とは初共演ですが、彼らのフラメンコと私の踊りがどう炸裂し合うのかが楽しみです。

2012.10.14(日)// 第1回 萩原淳子フラメンコ公演 en Japón(仮題)

場所:新宿エル・フラメンコ(場所詳細はこちらをクリック→access.html
開演:13:30(開場は30分前)
入場料:S席5500円、A席5000円(税込、全席指定、ワンドリンク付)

 

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • インマ・リベーロ
  • フアン・カンタローテ
  • アンドレス・マルティネス
  • ラモン・アマドール

 

 

※チラシは後日アップ致します。

 

※このブログ愛読者の皆様、萩原淳子クルシージョ受講生、お問い合わせの皆様対象のチケット先行お申し込み開始日時は2012年6月16日(土)日本時間16:00になります。一般の方対象のお申し込み(フラメンコ関係一般HP等を通して)は7月1日以降とさせて頂きますので、よいお席をご希望の方は先行お申し込み期間中のご連絡が確実です。なお、先行お申し込み期間中でも満席になり次第キャンセル待ちをお願いする場合もございます。お席の数に限りがありますのでご了承下さい。

先行お申し込み方法、その他詳細は以下をクリックして下さい。(万が一ファイルが開けない場合はlayunko@gmail.comまでご連絡下さい。)

チケット先行お申し込み方法

 

皆様のご来場をお待ちしております!

2012年6月15日 セビージャはすでに暑いですが、私も燃えています。めらめら。

Jun 5

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

2012.6.1// ペーニャ・ピエス・プロモ公演(セビージャ)

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • エル・トゥリニ
  • マヌエル・エル・パティ

お陰様で先日のペーニャ・ピエス・プロモ公演は無事終了致しました。ありがとうございました。当日は他のペーニャなどでも公演があったようで、お客様はちょっと少なめでした。出演が決まったのが直前だったこともありあまり宣伝もできなかったからかもしれません。でも、当日一番のりでお越し頂いたお客様はなんと・・・ベレン・マジャでした!!!

前回のブログでも紹介しましたが、5月の1ヶ月間私はベレンのクラスを受講していました。公演準備のためにクラスを欠席するとベレンに伝えると、「え!ペーニャで踊るの?観に行きたい!」とおっしゃったのです。そばにいたベレンの旦那様のダビも「行こう行こう!!」とすごい乗り気。ダビは俳優・舞台監督らしく、またカンテにも精通しているので ベレンの踊りのクラスの後にカンテの講義クラスで教えて下さっていました。お二人ともペーニャが大好きだそうです。でもベレンはこんなことをおっしゃっていました。「私はペーニャで踊ったことがあまりないの。何度かはあるけれど、とても緊張したわ。舞台とは全然違う。あなたは勇気があるわね!」え〜、私は逆。舞台よりもペーニャで踊っている。といっても、ベレンのような超一流の踊り手と私では月とスッポン。比べようにも比べようがないのだけど・・・。なんだか全ての会話が信じられなくて、でも頭の片隅で、そうはおっしゃって下さっても当日来られなくなることもあるかもしれないから・・・なんて思い、「そうおっしゃって下さるだけで本当に光栄です」とお伝えしました。

でも、お二人とも本当に観に来て下さいました!しかも一番のりで!びっくり、感激、感動、光栄!!!!(ちなみにその日のベレンは、スパンコールがたくさんついたキラキラ黒いノースリーブのワンピース姿でした)そして、日本人留学生や、ベレンのクラスで一緒だったクラスメート、その他お友達、やフラメンコ愛好家らしき人々、歌い手etc、皆様お越し頂きありがとうございました。

1部で踊ったタラントは技術的にはいまいちだったと思うのですが・・・これは自分のこれまでの練習の仕方に問題がありました。5/30の公演が中止になり、その他諸々災難がふりかかり精神的に落ち込んでいた先月はモチベーションがものすごく下がってしまっていました。もちろんそれでもスタジオに通い練習を続けていましたが、そのような状態での練習の質はとても悪かったと思います。なんとかしなくては、ともがいている最中に突然この公演出演の話が舞い込んで来たので、嬉しかった反面、きちんとした準備がちゃんとできない状態で踊ってしまいました。いつでもどんな時でもプロフェッショナルなレベルを保たなければ。そのためには日々の努力が絶対に必要。そう肝に命じました。

2部で踊ったアレグリアスはもう少しリラックスして踊れたかもしれません。踊っている最中にお客様からのハレオが聞こえてきて、特にベレンの声のハレオはとても嬉しかったです。

ギターのマヌエル・エル・パティとは初共演でしたが、とてもいい人。普段はセビージャのタブラオ、パラシオ・アンダルースで弾いているそうです。カンテのトゥリニも素晴らしい歌い手。ソロで歌っていた時にはお客さんからのうなるようなハレオがかかっていました。1部と2部でソレアとティエントを歌いましたが、私は楽屋で聴いていて感動。お二人とも私と共演してくれてありがとう!!!

公演後、何人かのお客様から「あなたのことを知らないで観に来たのだけど、とても素晴らしかった。ありがとう」と声をかけられました。有名人でもない私にわざわざ感想をおっしゃって下さる方というのは、きっと心がきれいにまっさらな方なのだと思います。故に、フラメンコもまっさらな感情で受け取ることができる。そういう方の輝くようなお顔を拝見するのは何よりも嬉しい。本当に踊っていてよかったなと思います。

ベレンと旦那様のダビもとても喜んで下さいました。「あなたの踊りが大好きだ」と。この言葉も本当に嬉しい。そしてベレンはすぐさま私に質問しました。「あなたは即興で踊っているでしょう?」そうです、私の踊りの大半は即興です。どうして分かったのですか?と質問したら、「カンテを聴いて踊っているから」と今度はダビが答えてくれました。そしてこうも続けました。「踊りの構成が伝統的だから、次に何が来るか大体は分かる。でも観ていて何が起こるんだろうってわくわくするんだ。」すると今度はベレンが「歌い手もギタリストもあなたのことをしっかりみていて、あなたも歌もギターにも反応していて、ものすごいつながりがあった。」と。そしてダビが言いました。「今のフラメンコは観ていてつまらないんだよ。何もかも全部お膳立てされていて。きっと踊り手は違う歌が歌われたりすると対応できないのが怖くて、なんでも事前に決めてしまうんだろうね。だからフラメンコがプログラム化されてしまっているんだろうね。」

う〜む。同意見。私のようなレベルの踊り手はお二人に意見を言えるような立場にはないのだけど。でもこう伝えました。「私には固定の歌い手やギタリストというのがいません。今日共演してくれたギタリストとは昨日初めて会いました。劇場公演と違ってペーニャ公演では事前の合わせというのはほとんどありません。歌い手が練習と違う歌を歌ったり、ギタリストが即興で全然違うことを弾き始めることもしょっちゅうだから、確かに緊張します。でもそれで私は学べるから、事前に細々決めたりはしません。即興がうまくいく時もそうでない時もあるけれど、全部自分の勉強になります。」

その後ベレンは「一つだけアドバイスしてもいい?」とおっしゃり、私のアレグリアスについて直した方がいい部分を1点教えて下さいました。ありがたや〜ありがたや〜。大変大変貴重なアドバイスでした。ベレンのような素晴らしい踊り手に公演を観に来て頂いて、喜んで頂いて、アドバイスまで頂いて、これ以上に望むことはあるのかな。

ようやくトンネルから抜け出す時が来たようです。 (写真:アントニオ・ペレス)

2012年6月3日 今日はIKEAに行ってバタ・デ・コーラがすっぽり下に入る大量収納付きベッドを買ってしまいました。明日から倹約します。。。

May 29

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

前回のブログから随分時間が経ってしまいました。その間いろいろなことがあったと思いますが・・・忘れてしまいました・・・スミマセン。あ、5/30に出演するはずだったカルトゥッハ修道院でのフラメンコ公演の話しが流れました。なんとその日は、セビージャの休日だそうで。延期の話しも出ましたが、経済危機のため延期もなし、結局中止になりました。この公演のために、新しいバタ・デ・コーラを作ったのに!!!ン百ユーロもしたのに!!!すごく長くてすんごくいいバタなのに!!! 今回はお蔵入り。いつの日かお目にかかることを願って、日々練習に励みます。

よかったことは、今月まる1ヶ月ベレン・マジャのクラスを受講できたことでした。ベレンはセビージャではほとんどクラスを行いません。開講しても1週間のクルシージョとか。せっかくの機会なので、タンゴのクラスを受講しましたよ。半月くらいで振付けが終わってしまい、残りでブレリアも習いました。ベレンという人は興味深い踊り手です。時々セビージャの劇場で見かける時もありますが、タンクトップに短パン、ビーサンという格好で眼鏡をかけて本を読んでいます。 しかし踊り始めるとやはりベレンですね。なんというのでしょうか、ハッとする瞬間が多々あります。それは彼女のスタイルがよいというのもあるかと思いますが(手足の長さは私のそれの1.5倍、顔の幅は私の3分の2。もしくは2分の1か?冗談抜きで。)計算つくされた動き、ポジションにしても動きの流れにしても。彼女の動きには全て理由があるようです。彼女の筋肉の使い方、振付けの仕方、音楽の聴き方というのは大変勉強になりました。

それと今回踊りのクラスとは別に理論のクラス(講義)もありました。踊りのビデオを皆で観てベレンが解説するというクラスです。え〜、そんなクラスもあるの〜!!!と驚かれた方、数年前に日本で私も理論クラスを開講していますよ〜。(アレグリアス研究バイレ編)ま、それはよいとして、ビデオの解説からベレンのフラメンコ観、フラメンコ界におかれるベレンの状況など、かなり個人的なことにも踏み込んで話して下さいました。それらのうちのほとんどはクラスの中でベレンが「ここだけの話しだけど・・・」というような前置きで話して下さったのでこのブログに詳細をアップすることはできません。私はベレンを〝フラメンコ舞踊界のサラブレッド〟だと思っていましたが(ベレンはマリオ・マジャとカルメン・モーラの娘です)、そんなベレンにも葛藤や苦しみがあるんだと胸が痛みました。そういうことって本当のところは本人にしか分からない。その頃の私はちょうど、5/30の公演がキャンセルされた時だったり、その他もろもろ苦境に立たされた時だったので、特に胸にしみました。

今月でベレンのクラスは終わりですが、次回9月10日〜10月10日までセビージャの新しいスタジオでクラスを行うそうです。踊りのクラスと理論のクラスと同様にあるようですよ。興味がある方は以下のHPをご覧下さい。

あ、あと、私の理論クラスを受講された方でカルメン・モーラ(ベレンのお母さん)を知らない生徒さんがたくさんいらっしゃいました。誰それ?という方、以下の動画ご覧下さい。

さてさて、本日のもう一つの表題。今週の金曜にペーニャ・ピエス・プロモで踊ることになりました。なんでも予定されていたグループにキャンセルがあったそうで、急遽ペーニャ側から連絡があり私が出演することになりました。タラントとアレグリアスを踊ります。歌い手は最近共演させて頂いている〝エル・トゥリニ〟。素晴らしい歌い手です。ギターはいつものミゲル・ペレスといきたい所ですが・・・急な話しでミゲルの都合がつかず、トゥリニが薦めてくれた、マヌエル・エル・パティに弾いてもらうことになりました。マヌエルとは初共演です。緊張します。明後日の木曜に彼らと練習し、金曜に公演です!素敵な夜になりますように。。。

2012.6.1// ペーニャ・ピエス・プロモ – セビージャ/開演 22H/ 入場料 6ユーロ

 

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • エル・トゥリニ
  • マヌエル・エル・パティ

 

 

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2012年5月29日 セビージャにて。

Apr 29

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

こちらセビージャは本日〝フェリア〟の最終日。フラメンコを習っているみなさんならご存知だと思いますが、〝フェリア〟は分かりやすく日本語に訳すと〝春祭り〟でしょうか。セビージャでは毎年大体、4月の1週間毎日開催されます。セビージャのフェリア会場(普段は空き地になっている)に飾り付けられた仮設の小屋(カセタ)が所狭しと建てられ、そこで1週間毎日踊り、歌い、飲み、食べ・・・というお祭りが行われます。

YouTube に今年のフェリアの模様がアップされているみたいです。→watch?NR=1&feature=endscreen&v=XxecOBpmUQA

フェリアの期間1週間は、多くの場合、学校や仕事は月曜から水曜まで。木曜からフェリア最終日の日曜まではお休みになる所が多いようです。フェリアの楽しみ方は人それぞれ。本当にフェリアが好きな人は1週間毎日フェリアに繰り出します。旅行会社に勤めている私の友達Pは、仕事が終わった後、即フェリア。明け方まで飲み食い踊り明かし、仮眠して仕事、また次の日もフェリア、そして仕事、フェリア・・・・これを1週間繰り返します。仕事が休みの日は一日中フェリア会場にいるのです。なぜそんなに体力があるのか・・・不思議なところ。他の友達の多くは1週間のうち何日かフェリアに行き、フェリア最後の週末はセビージャを脱出、近場の海に行く人が多いです。

ちなみに初日の月曜は〝Pescaito〟(ペスカイート)の日と言われます。フェリア幕開けの日に皆でカセタに集まってペスカイート・(フリート)、つまり魚のフライを食べます。そして夜中12時にフェリア会場の巨大な門(ポルターダ)の電飾点灯。それを祝ってフェリアの開始。

それもYouTube にアップされていました。→watch?v=9nuEHhN0IOM&feature=related

ちなみに初日の月曜はフェリアの衣装を着ないのが〝通〟。着てはいけないわけではないけれど、多くの人は衣装ではなく普段着のおしゃれで〝ペスカイート〟を食べます。衣装を着るとしたら2日目から。

セビージャのフェリアで残念なのは、多くのカセタがその持ち主と知り合いでないと入れないこと。一般に開放されている公共のカセタもいくつかありますが、楽しいのはカセタめぐり。あっちの友達、こっちの友達のカセタを周り、それぞれの場所で踊ったり飲んだり食べたり。セビージャの人が全員カセタを持っているわけではないですから(年間維持費がかかるのと、世襲的な部分も大きいので実際、カセタを持っていない人の方が多い)、知り合い総動員してそれぞれのカセタを回るわけです。

ちなみに私は今年は月曜のペスカイートの日と金曜の夜にフェリアに行きました。金曜日が楽しかったかな。雨が少し降って来てしまったのが残念でしたが。歩いていたら、「君、昨日踊ってたでしょ!すごくよかったよ!」と声をかけられ(前日の〝テ・デ・トゥリアーナ〟ライブ)その人のカセタに招待されたり。でも一番心に残ったのは、ある友達の友達のカセタで知らないおじいさんとセビジャーナスを踊ったことでした。

セビジャーナスは友達同士と踊っても知らない人同士で踊ってもとても楽しい。でも私が一番フェリアで好きなのは、〝知らないおじいさん〟から「私と踊って下さい」と声をかけられ、即興のセビジャーナスを踊ること。

セビジャーナスというと、日本ではフラメンコ初心者が習う踊りというイメージがあり軽くみられがちですが、実は奥が深い。厳密に言うとセビジャーナスはフラメンコではありませんが、フラメンコと同じくらいのアルテがあります。

で、そのセビジャーナスと踊る相手は〝知らないおじいさん〟というのがミソ。まず相手を〝知らない〟ことによって、その瞬間瞬間相手がどう出るかによって即興の踊りが生まれます。もちろん日本のフラメンコ教室で習うようにセビジャーナスは1番から4番まであります。でもその場合、教室で習った振付け通りに踊ることはありません。だから面白い。まず相手と向き合い、目を見る。日本では相手の目をじっと見つめる習慣がないけれど、ここでは見なくてはだめ。相手の目をじっと見て、でも見ているのは目そのものではなく、その目の奥にあるその人そのものを見るのです。それによって、相手がどのくらい踊れるのか、どのくらいのアルテを持っているのかをお互いに計る。動き出す前が重要なのです。だから相手を〝知らない〟というのがミソ。お互いを知っている友達同士で踊ってももちろん楽しいけれど、元々相手を知っていると、その〝掛け合い〟が〝馴れ合い〟になってしまう場合が多いから。

次に〝おじいさん〟というのがミソ。皆、若くてカッコいい男達と踊りたがるけれど・・・そうですね、確かにカッコよく上手に踊る若者もいます。確かに若者は若者だけにエネルギーがある。手足が上手に動く。しかし「オレってカッコいいだろ」という自意識過剰、「オレの方が上に立たなくちゃ」というちょっぴり男性優位主義なんかが顔を覗かせて、上手いけど〝粋〟にはならない。〝おじいさん〟というのは、多分、これまでの人生の中でそういうのがそぎ落とされて、ご本人そのもののエレガンシア(優雅さ)や粋というものに落ち着くのではないか。人としての、男としての粋。それがセビジャーナスを踊る時に、女性の前に立つ時に、ちょっと腕を上げる時に現れるのではないか。表そうと思っているのではなく自然と現れてしまう。

もちろんどこの国にも〝viejo verde〟(ビエッホ・ベルデ。エロじじい。)というカテゴリーに入る方もいらっしゃるので、そういうおじいさんは論外だけれど、そうではない前述のようなおじいさんは、目の前に立っただけで分かる。あ、この人はアルテがある。この人とは踊れる、と。

今年もその〝知らないおじいさん〟との出会いがありました。そういう出会いのもとに生まれたセビジャーナスはものすごいアルテの炸裂になります。1番から4番までそのおじいさんの目しか見ていません。踊り終わった後、私達の周りがぽっかりと空き、カセタ中の、そしてカセタの外にいた通行人がものすごい拍手をしていました。あのセビジャーナスを踊っただけで、多分来年のフェリアまでセビジャーナスを踊る必要はないでしょう。

ちなみに後でおじいさんからこう言われました。「私はパーキンソン病です。でも貴女と踊る事ができました。本当に楽しかった、ありがとう。」おじいさんはそのカセタのオーナーだそうです。友達の友達のそのまた友達つながりで勝手にカセタにお邪魔していたのでちょっと恥ずかしかったのですが、私も楽しかった。「あなたのアルテにありがとう。私も楽しかったです。」と答えて別のカセタに移動しました。

またどこかで会えるのかもしれない。でももしかしたらもう会えないのかもしれない。一期一会。だからこそ、その瞬間瞬間にお互いのアルテを探って取り出すのです。自分が持っている、もしかしたらこれまでの人生で培ってきたかもしれないもの、全てをとっぱらって、自分自身そのもので相手と向き合う。それが私にとってのフェリアの最高のセビジャーナス。来年はどんな〝おじいさん〟と出会えるのでしょうか。

2012年4月29日。 今晩12時にあがる花火でフェリア閉幕です。 セビージャにて。

Apr 21

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

お陰様で昨晩、無事にギジェーナ・コンクールの予選でタラントを踊ることができました。

ギジェーナはセビージャから車で30分程の村。村の入り口に着いた私達はペーニャの場所を人を聞こうと車を止めました。運転していたミゲルに、私が「ペーニャの住所は〝スルバラン通り4番〟らしいよ。」と言いましたが、ミゲルが道端のおじいさんにした質問は

「¿Dónde hay cante?」(「どこにカンテ(フラメンコの歌)がある?」)

するとおじいさんは、「まっすぐ行ってスーパー・ディアに着いたら右に曲がれ」と即答。一体こんな会話が世界のどこで成立するのでしょうか?なんてアルテ。なんてフラメンコ。しかもそのおじいさんは口では「右」と言いながら左を指差している。そしてその声を聞いたモイが「あいつは歌うぜ。オレと話させろ」と助手席から身を乗り出す。それを気にもとめる風でもなくぶ〜んと車を発進させるミゲル。「グラシア〜(ス)!!!」と後部座席からおじいさんに叫びつつ、果たして右なのか左なのかを心配する私は、やはり日本人。結局スーパー・ディアまで着いて左右きょろきょろしたら右手にペーニャはありました。そう、これがフラメンコ。このやり方がフラメンコなのです。アンダルシアの。

そんなのナビ使えばいいじゃん、と思うのも一つの案。間違いではない。でもフラメンコはそうではない。フラメンコの属する文化。それは全然違うもの。便利な世界に慣れきってしまっている人からは決して理解されないけれど、それがフラメンコを温めている。銀行でも郵便局でもスーパーでもバスでも何分も待たされる。ネットで情報収集するより人に聞いた方が確実。でもその情報だって自分が自分の目で確かめなければ本当に確実とはいえない。しかもその確実性はその日その時によって変わる。そんなことにたくさん振り回されて、セビージャの中を歩いてばっかり。私、踊りに来たんだっけ?歩きに来たんだっけ?とふと疑問に思うことも。そしてそれが耐えられなくて、さっさと日本に帰っていく留学生も少なくは多い。「いいな〜セビージャに住んでいて」て言う人の恐らく大半は、実際生活してみたら耐えられないのではないかな。

コンクールが行われたギジェーナのペーニャ会場。あのフラメンコの瞬間の度に、あのアンダルシアの「oooooooleeeee」があちこちから叫ばれました。そうなんだよ、それなんだよ。自分が「oooooleeeee」と感じる瞬間に、まさにその瞬間に聞こえて来る「ooooooleeeeeee」。これはアンダルシアだからこそ。長い長い歴史の中でこの文化によって温められ続けてきた人達が、温め続けたものに対する「ole」。

そしてそれを引き出したのはモイの歌でした。モイ・デ・モロン。この歌い手は、仮に人間の姿をしているだけなのではないか。そう思わずにはいられませんでした。何度も恐ろしい瞬間がありました。あのフラメンコの瞬間。その瞬間の度に・・・・いや、これはブログでは表現できない。あの歌を聴いて、私は自分が踊る必要がないと思ってしまった。結局身体は踊るためにあるのではない。私は自分がモイのように歌えない分、身体で歌っていたのだと思う。

そういう時の踊りに対して、こちらの人は「バイラ(ス)・ビエン」(踊りが上手だね)という言い方は絶対にしません。自分がどれだけ感じたのか、それをその人なりの言葉で表情で一生懸命伝えてくれます。そして抱きしめてくれる。どう考えても、抱きしめたら気持ち悪いだろ〜と思うくらい、私が汗だらだらでも。そういう文化なのです。そういう人達なのです。

あるお客さんは「カンテに対する敬意を払ってくれてありがとう」と私に言って下さいました。あの時は踊り終わったばかりできちんと思考できなくて、私は「こちらこそありがとうございます」としか言えなかったけど、つまりこういうこと。

「敬意を払わずにはいられない、この偉大なアルテに対して、あなた達の文化に対して、私の方こそ感謝します。」

帰りの車の中でミゲルが私に言いました。「今日はオレはある意味、働かなかった。あのモイの歌をジュンコが踊って、それ以外に何も必要なかった。オレは弾きながら客観的にそれを感じていたよ。あのモイの瞬間、それをジュンコが受け止める瞬間、観客が爆発する瞬間、それを楽しんだ。半分伴奏者として、半分もう一人の客観的な自分として」

そしてこうも続けました。

「オレはモイやジュンコのように瞬間的に爆発することができないんだ。自分がそうなるためには時間が必要なんだ。1曲、2曲、3曲と弾いていくうちに温まってくる。オレはそういうタイプの人間なのだと思う。」

私は答えました。「モイが爆発したのはミゲルのギターがあったからじゃないかな。そしてモイの爆発が私を誘発した。多分違うギタリストだったらそうはいかなかったと思う。3人が3人だったから今日があったのだと思う」私はミゲルとモイと一緒にフラメンコの瞬間を共有できたことに感謝しました。

ありがとう。モイ、ミゲル、フラメンコ。

明後日から1週間セビージャではフェリア(春祭り)だけれど、木曜日に踊ります。

2012.4.26// ¨テ・デ・トゥリアーナ¨ – セビージャ.  22時以降開演、入場無料

 

 

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • エル・トゥリニ
  • エル・フィティ

 

 

 

2012年4月21日 セビージャにて。

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