May 29

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

前回のブログから随分時間が経ってしまいました。その間いろいろなことがあったと思いますが・・・忘れてしまいました・・・スミマセン。あ、5/30に出演するはずだったカルトゥッハ修道院でのフラメンコ公演の話しが流れました。なんとその日は、セビージャの休日だそうで。延期の話しも出ましたが、経済危機のため延期もなし、結局中止になりました。この公演のために、新しいバタ・デ・コーラを作ったのに!!!ン百ユーロもしたのに!!!すごく長くてすんごくいいバタなのに!!! 今回はお蔵入り。いつの日かお目にかかることを願って、日々練習に励みます。

よかったことは、今月まる1ヶ月ベレン・マジャのクラスを受講できたことでした。ベレンはセビージャではほとんどクラスを行いません。開講しても1週間のクルシージョとか。せっかくの機会なので、タンゴのクラスを受講しましたよ。半月くらいで振付けが終わってしまい、残りでブレリアも習いました。ベレンという人は興味深い踊り手です。時々セビージャの劇場で見かける時もありますが、タンクトップに短パン、ビーサンという格好で眼鏡をかけて本を読んでいます。 しかし踊り始めるとやはりベレンですね。なんというのでしょうか、ハッとする瞬間が多々あります。それは彼女のスタイルがよいというのもあるかと思いますが(手足の長さは私のそれの1.5倍、顔の幅は私の3分の2。もしくは2分の1か?冗談抜きで。)計算つくされた動き、ポジションにしても動きの流れにしても。彼女の動きには全て理由があるようです。彼女の筋肉の使い方、振付けの仕方、音楽の聴き方というのは大変勉強になりました。

それと今回踊りのクラスとは別に理論のクラス(講義)もありました。踊りのビデオを皆で観てベレンが解説するというクラスです。え〜、そんなクラスもあるの〜!!!と驚かれた方、数年前に日本で私も理論クラスを開講していますよ〜。(アレグリアス研究バイレ編)ま、それはよいとして、ビデオの解説からベレンのフラメンコ観、フラメンコ界におかれるベレンの状況など、かなり個人的なことにも踏み込んで話して下さいました。それらのうちのほとんどはクラスの中でベレンが「ここだけの話しだけど・・・」というような前置きで話して下さったのでこのブログに詳細をアップすることはできません。私はベレンを〝フラメンコ舞踊界のサラブレッド〟だと思っていましたが(ベレンはマリオ・マジャとカルメン・モーラの娘です)、そんなベレンにも葛藤や苦しみがあるんだと胸が痛みました。そういうことって本当のところは本人にしか分からない。その頃の私はちょうど、5/30の公演がキャンセルされた時だったり、その他もろもろ苦境に立たされた時だったので、特に胸にしみました。

今月でベレンのクラスは終わりですが、次回9月10日〜10月10日までセビージャの新しいスタジオでクラスを行うそうです。踊りのクラスと理論のクラスと同様にあるようですよ。興味がある方は以下のHPをご覧下さい。

あ、あと、私の理論クラスを受講された方でカルメン・モーラ(ベレンのお母さん)を知らない生徒さんがたくさんいらっしゃいました。誰それ?という方、以下の動画ご覧下さい。

さてさて、本日のもう一つの表題。今週の金曜にペーニャ・ピエス・プロモで踊ることになりました。なんでも予定されていたグループにキャンセルがあったそうで、急遽ペーニャ側から連絡があり私が出演することになりました。タラントとアレグリアスを踊ります。歌い手は最近共演させて頂いている〝エル・トゥリニ〟。素晴らしい歌い手です。ギターはいつものミゲル・ペレスといきたい所ですが・・・急な話しでミゲルの都合がつかず、トゥリニが薦めてくれた、マヌエル・エル・パティに弾いてもらうことになりました。マヌエルとは初共演です。緊張します。明後日の木曜に彼らと練習し、金曜に公演です!素敵な夜になりますように。。。

2012.6.1// ペーニャ・ピエス・プロモ – セビージャ/開演 22H/ 入場料 6ユーロ

 

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • エル・トゥリニ
  • マヌエル・エル・パティ

 

 

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2012年5月29日 セビージャにて。

Apr 21

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

お陰様で昨晩、無事にギジェーナ・コンクールの予選でタラントを踊ることができました。

ギジェーナはセビージャから車で30分程の村。村の入り口に着いた私達はペーニャの場所を人を聞こうと車を止めました。運転していたミゲルに、私が「ペーニャの住所は〝スルバラン通り4番〟らしいよ。」と言いましたが、ミゲルが道端のおじいさんにした質問は

「¿Dónde hay cante?」(「どこにカンテ(フラメンコの歌)がある?」)

するとおじいさんは、「まっすぐ行ってスーパー・ディアに着いたら右に曲がれ」と即答。一体こんな会話が世界のどこで成立するのでしょうか?なんてアルテ。なんてフラメンコ。しかもそのおじいさんは口では「右」と言いながら左を指差している。そしてその声を聞いたモイが「あいつは歌うぜ。オレと話させろ」と助手席から身を乗り出す。それを気にもとめる風でもなくぶ〜んと車を発進させるミゲル。「グラシア〜(ス)!!!」と後部座席からおじいさんに叫びつつ、果たして右なのか左なのかを心配する私は、やはり日本人。結局スーパー・ディアまで着いて左右きょろきょろしたら右手にペーニャはありました。そう、これがフラメンコ。このやり方がフラメンコなのです。アンダルシアの。

そんなのナビ使えばいいじゃん、と思うのも一つの案。間違いではない。でもフラメンコはそうではない。フラメンコの属する文化。それは全然違うもの。便利な世界に慣れきってしまっている人からは決して理解されないけれど、それがフラメンコを温めている。銀行でも郵便局でもスーパーでもバスでも何分も待たされる。ネットで情報収集するより人に聞いた方が確実。でもその情報だって自分が自分の目で確かめなければ本当に確実とはいえない。しかもその確実性はその日その時によって変わる。そんなことにたくさん振り回されて、セビージャの中を歩いてばっかり。私、踊りに来たんだっけ?歩きに来たんだっけ?とふと疑問に思うことも。そしてそれが耐えられなくて、さっさと日本に帰っていく留学生も少なくは多い。「いいな〜セビージャに住んでいて」て言う人の恐らく大半は、実際生活してみたら耐えられないのではないかな。

コンクールが行われたギジェーナのペーニャ会場。あのフラメンコの瞬間の度に、あのアンダルシアの「oooooooleeeee」があちこちから叫ばれました。そうなんだよ、それなんだよ。自分が「oooooleeeee」と感じる瞬間に、まさにその瞬間に聞こえて来る「ooooooleeeeeee」。これはアンダルシアだからこそ。長い長い歴史の中でこの文化によって温められ続けてきた人達が、温め続けたものに対する「ole」。

そしてそれを引き出したのはモイの歌でした。モイ・デ・モロン。この歌い手は、仮に人間の姿をしているだけなのではないか。そう思わずにはいられませんでした。何度も恐ろしい瞬間がありました。あのフラメンコの瞬間。その瞬間の度に・・・・いや、これはブログでは表現できない。あの歌を聴いて、私は自分が踊る必要がないと思ってしまった。結局身体は踊るためにあるのではない。私は自分がモイのように歌えない分、身体で歌っていたのだと思う。

そういう時の踊りに対して、こちらの人は「バイラ(ス)・ビエン」(踊りが上手だね)という言い方は絶対にしません。自分がどれだけ感じたのか、それをその人なりの言葉で表情で一生懸命伝えてくれます。そして抱きしめてくれる。どう考えても、抱きしめたら気持ち悪いだろ〜と思うくらい、私が汗だらだらでも。そういう文化なのです。そういう人達なのです。

あるお客さんは「カンテに対する敬意を払ってくれてありがとう」と私に言って下さいました。あの時は踊り終わったばかりできちんと思考できなくて、私は「こちらこそありがとうございます」としか言えなかったけど、つまりこういうこと。

「敬意を払わずにはいられない、この偉大なアルテに対して、あなた達の文化に対して、私の方こそ感謝します。」

帰りの車の中でミゲルが私に言いました。「今日はオレはある意味、働かなかった。あのモイの歌をジュンコが踊って、それ以外に何も必要なかった。オレは弾きながら客観的にそれを感じていたよ。あのモイの瞬間、それをジュンコが受け止める瞬間、観客が爆発する瞬間、それを楽しんだ。半分伴奏者として、半分もう一人の客観的な自分として」

そしてこうも続けました。

「オレはモイやジュンコのように瞬間的に爆発することができないんだ。自分がそうなるためには時間が必要なんだ。1曲、2曲、3曲と弾いていくうちに温まってくる。オレはそういうタイプの人間なのだと思う。」

私は答えました。「モイが爆発したのはミゲルのギターがあったからじゃないかな。そしてモイの爆発が私を誘発した。多分違うギタリストだったらそうはいかなかったと思う。3人が3人だったから今日があったのだと思う」私はミゲルとモイと一緒にフラメンコの瞬間を共有できたことに感謝しました。

ありがとう。モイ、ミゲル、フラメンコ。

明後日から1週間セビージャではフェリア(春祭り)だけれど、木曜日に踊ります。

2012.4.26// ¨テ・デ・トゥリアーナ¨ – セビージャ.  22時以降開演、入場無料

 

 

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • エル・トゥリニ
  • エル・フィティ

 

 

 

2012年4月21日 セビージャにて。

Apr 18

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

お陰様で先日のカハ・ネグラでのライブは無事終了致しました。お越し下さいました皆様、誠にありがとうございました!セビージャ在住フラメンコ・ジャーナリストの志風恭子さんのブログにライブの様子がアップされています。

「志風恭子のフラメンコ最前線」(2012年4月17日付)→noticiaflamenca.blogspot.com.es

さてさて。今日はいいことがありました。金曜日にセビージャ郊外の「ギジェーナ」という村で行われる小さなコンクールに出るのですが、私の大好きなミゲル・ペレスのギターと、モイ・デ・モロンのカンテで踊ることになりました。今日その合わせをしました。・・・・やっぱりいい!!!二人ともいい!!!そして二人の組み合わせもいい!!!最高に満喫した練習となりました。

2012.4.20// 第15回ギジェーナ・フラメンコ・コンクール 予選

 

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • モイ・デ・モロン
  • ミゲル・ペレス

 

ちなみに、このギジェーナのコンクールは小さいもののようです。ギジェーナでカンテのコンクールがあるのは知っていましたが、踊りのそれもあったのか、と。日本の皆さんはびっくりされますが、スペインでは(特にアンダルシアでは)カンテのコンクールが数えきれない程あります。それに比べて踊りのコンクールはものすごく少ない。フラメンコはカンテなんだ、という当たり前のことが、ここアンダルシアではやはり当たり前なのです。

・・・で、ギジェーナのコンクールですが、踊りは予選で1曲踊るのみ。1曲だけじゃその人の実力なんて分からないのだと思うけど・・・。ほんの一握りの正真正銘のアーティストであれば1曲全部を踊る必要もなく舞台に立っているだけで、椅子に座っているだけでその実力は分かるかもしれない。でも一般的にそういう人はそうそういない。1曲だけだとそれだけは踊れるけれど、それ以外はイマイチなんて人もいるわけで、また数曲踊らせると何踊っても同じように見える人というのもいる。そこら辺の実力というのが計れないのではないかな?ちなみに私がこれまで出場してきたスペインのコンクールでは予選2曲、決勝では予選で踊らなかった曲を含めて2曲、なんてことが課せられていました。予選4曲必須のコンクールもあったし・・・。

な〜んてことを考えながら、また、コンクールって結局コネのある人が優勝しちゃったりする場合が多いからねぇ・・・とも思い出し、出場するか否かずっと迷っていたのですが、結局出る事にしました。なぜなら、5月30日にセビージャでソロ公演をすることになったから。そのための踊りを用意したい。もちろん、その公演でもミゲル&モイと共演します。だからギジェーナのコンクール用に1曲準備してしまえば、それがソロ公演の準備にもなってしまう!というわけなのです。コンクール優勝を狙うのならソレアかアレグリアスを踊ればいいのだろうけど、そういう目的でもないので、上記の理由でタラントを踊ることにしました。

モイのカンテでタラントを踊るのは初めてですが、いい!!!今日の練習で歌ってくれたタラントのある一部で音程がよく聴くそれと違う部分がありました。ミゲルもその音に気付いたみたいで、ギターをその音程に合わせていました。「わざとその音程で歌っているの?」とモイに質問すると、モイはにかっと笑って得意そうに「そうだよ!」と言っていました。モイ曰く、ムルシアーナの音程の取り方をタラントで使っているとのこと。へ〜、そういうことがあるんだ。勉強になるな〜。今度はミゲルに、「その音程で歌われて、すぐにギターは合わせられるの?」と質問してみたら、「それは難しい。できるけど知っていないとできないよ」と笑い、モイも「ミゲルなら大丈夫だけど、合わせられないギタリストや、そもそもその音程に気付かないギタリストもいるよ。ひっひっひ。」と笑っていました。すごいな、この二人。ちなみに、カンテのコンクールではそういう歌い方をしてはダメとのことです。そりゃそうだ。

モイが来る前に、ミゲルとファルセータの部分などを一緒に合わせてみたのですが、これもすごい。ミゲルのギターでタラントを踊ったのは何度もあるけれど、その度に違うファルセータを弾いてくれます。どれも宝石のようにキラキラしていて、それでいて海の底のように深い。オリジナルでありながら、でもタラントの本質を失っていない。なんでこんな音楽を奏でることができるのか。音の一つ一つが細胞にしみわたってゆく。そこから無限の可能性が膨らんでゆく。

ちなみにファルセータを上手に弾くギタリストは世の中にたくさんいらっしゃいます。でも彼らの多くが独りよがりの場合が多いと思うのは私だけでしょうか?「オレって上手いだろ」「オレってフラメンコをこれだけ知ってんだぜ。」そういう「オレオレギター」を耳にすると、確かに素敵ですね・・・でも・・・だから何?と思ってしまう。その人のギターで踊ることを心が拒んでしまう。もちろん仕事だから踊るけれど。

モイのカンテにしてもミゲルのギターにしても、私の血液を沸騰させる何かを持っている。血液が沸騰しなければフラメンコは生まれない。沸騰するからフラメンコを踊ることができる。お湯が沸騰しているからおいしいパスタをゆでられるように。

あさって。あさってが本番ですが、もう、今日の合わせだけで十分学び、十分堪能しました。理由がどうであれコンクールに出る事にしてよかった。

(写真:アントニオ・ペレス。ロンダ・フェスティバル楽屋にて。)

2012年4月18日 セビージャにて。

Apr 12

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

お陰様で無事、昨晩セビージャに着きました。

日本での日々も猛烈に忙しく、また家にインターネットもなくブログの更新が遅れ申し訳ございません。

4月5日高円寺カサ・デ・エスペランサライブ、第9回少人数制クルシージョもお陰様で無事終了致しました。

ライブにお越し頂いた皆様、受講生の皆様、誠にありがとうございました。

ライブもクルシージョもたくさんの素敵な時間がありとても充実していましたが、中でもとりわけ印象に残っているのはクルシージョの最後に行った、「カンテ&ギター伴奏付き実践クラス」です。ギタリストのフェルミン、歌い手の瀧本正信さんのお陰で大変充実したクラスとなりました。

私のクルシージョは巷のそれと違い、数時間で振付けてハイ、さよなら、というクラスではありません。教える方は短時間でぱっとお金を稼ぐことができ、習う方は振付けという〝お土産〟をもらうことによってフラメンコを習ったような充実感がある。そう、習った「ような」。本当にそれでフラメンコを習っているのかな?フラメンコを学んでいるのかな?私自身これまでにそのような形態の〝即席フラメンコ(っぽい)〟クルシージョを受けたことがあったので、今大いに疑問に思います。そんなクルシージョをとっかえ引っ替え受けてフラメンコになるの????

フラメンコってなんなのだろう?

私はフラメンコを学びたい。

 

 

フラメンコ風ダンスではなくて、フラメンコを。

 

 

それだけに焦点をあてて、セビージャで10年が経ちました。(お陰様で3月1日で在西10年を迎えました。)その中で学んだこと、今も学んでいることを私はクルシージョで教えています。 だから私が教えているのは〝振付〟ではない。たとえ〝振付〟クラスであっても、〝振付〟を題材にしてフラメンコの本質に真っ向から対峙すること。

これまでのクルシージョの中で少しずつ始めた、〝振付〟クラスはマルティネーテ、マントンのアレグリアス、バタ・デ・コーラのソレアでした。それぞれのクラスにおいて、舞踊テクニカ、マントン、バタのテクニカ基本を持っていること。それぞれの歌が一体何を表現しているのか、振付けた動きには何の意味があるのか、ジャマーダとは、レマーテとは?カンテとギターを聴くということは?学ぶべきことはたくさんあります。本当にそれらに向き合ったら、きっと一生かかるくらい。いや、一生かかっても学びきれないかも。

その中で、私の言葉だけでは説明しても100%伝わらないことを、実際に歌とギターを聴く事で学んでほしい。そう思い、今回歌&ギター伴奏付きの実践クラスを設けました。瀧本さんとフェルミンには、「生徒さん達はまだ技術が足りない人も多いし、振付をきちんと踊れる人は少ない。本当はまだ歌やギターと合わせる段階ではないのかもしれないけれど、でもあえてカンテとギターを聴く重要性を学んでほしい。その観点からクラスを行いますのでよろしくお願い致します」と事前に伝えておきました。

世の中には、手足を上手に動かすことだけでフラメンコを踊っていると勘違いしている人がいます。フラメンコっぽい動きをすることで、フラメンコを踊っていると錯覚している人がいます。その勘違いや錯覚によって作り上げられた虚像が一人歩きし、同じく、フラメンコとは何か、に向き合わない人達がその虚像をホンモノだとか、プーロだとか呼んでいます。おかしな現象だと思いますが、その現象が大多数であればあるほどそのおかしさに気付かなくなってしまうのではないでしょうか。

今回の実践クラスではその問題に真っ向から取り組みました。私が渡西前、日本で学びたくて仕方がなかったこと。当時師事していたAMIさんに質問したら「そんなこと自分で考えなさい」とはねつけられたこと。でもそのお陰でセビージャで私は自分の力で掴むことができました。でもそれはフラメンコの本質から少しでも目を反らしたら、きっとするりと逃げてしまうもの。 だから一生向かい合ってゆくもの。

瀧本さんがクラスで説明して下さった言葉は、そのまま私の言葉でもありました。フェルミンがクラスの後に私に個人的に訴えていたこと。その通りでした。彼らのお陰で、私もたくさんのことを学ぶことができました。何人かの生徒さんからは「いかに自分が聴いていないかが分かった」「まさに学びたかったことを学べた」などなど、ご感想を頂きました。もちろん、なんだかピンと来ないまま終わってしまった人もいらっしゃったと思います。でもそれも勉強のうちだと思うのです。分からないということが分かったことだけも。

私は教えるからには、自分が持っているものは全て教えたいと思っています。踊る時に自分の内面を全部取り出すのと一緒。よく、教えるのと踊るのは別だと言われますが、私にとっては最終的には同じことなのです。

日本からやって来る踊り手仲間と、月曜にセビージャでライブをします。

2012.4.16 // ¨ラ・カハ・ネグラ¨ – セビージャ、 22時以降開演、入場料5ユーロ

Baile Cante Guitarra
  • 浅見純子
  • 市川幸子
  • 萩原淳子
  • 〝エル・プラテアオ〟
  • 〝エル・リソス〟
  • 久保守

※チラシは市川幸子さん作です!

なぜこんな特別企画ライブがあるのかというと・・・実は明後日、歌い手のプラテアオ&踊り手・北原由香ちゃん夫妻の結婚パーティーと、愛娘サマラちゃんの洗礼式がセビージャで行われるのです。日本からたくさんの方々がセビージャにいらっしゃいます。今回共演する浅見純子さん、市川幸子さんとはもう15年以上になるでしょうか、長いおつきあいをさせて頂いております。そんなわけで、特別企画ライブをセッティングしてみました♪

ではみなさんまたお会いしましょう。

2012年4月12日 実はまだ旅の疲れが残っています。。。明日は元気になるかな。 セビージャにて。

Apr 4

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

お蔭様で、3/31(土)に行われた、東日本大震災復興支援チャリティーライブ“Desde el horizonte”は無事終了致しました。当日は福島や北海道の方も含め、100名以上のお客様にお越し頂きました。誠にありがとうございました。収益の一部は義援金として寄付され、詳細は後日、主催者である藤井かおるさんのHPにて公表されるとのことです。

藤井かおるさんフラメンコスタジオのHP→www.cincopuentes.com

かおるちゃんとはもう、随分前からのお付き合いになります。10年以上かな。震災後、仙台在住のかおるちゃんのことが心配で、でも主にセビージャにいる私は何もできずもどかしく・・・・昨年の10月に石巻を訪れたのは、仙台でかおるちゃんに会うためでもありました。そして今回のライブ共演のお話を下さったのは、かおるちゃんと同じくチャリティーライブ主催者である浅見純子さんでした。純さんともお付き合いが長く・・・15年くらいになるのかな・・・。私の踊りで少しでも何かお役に立てるのだったら・・・と思い、共演させて頂くことになりました。

ライブのタイトル、“Desde el horizonte” (“地平線から”)はお恥ずかしながら、私がつけさせて頂きました。今月号の雑誌“パセオ・フラメンコ”さんに掲載されたこのライブの紹介の記事では、“仙台の地平線から”という見出しになっていましたが、私が見たのは仙台の地平線ではなく、石巻の地平線でした。何もなくなってしまって、更地になってしまって、残されたのは瓦礫の山と1階だけががらんどうのマンション、火災した南浜町の門脇小学校、玄関であっただろう場所に備えられた花。それを間のあたりにした私は、日が暮れるまでずっとそこにいました。そして思ったのです。地平線って、ずっと見ていなかったな、と。

かおるちゃんから「公演のタイトルをスペイン語でつけたい」と言われた時に、その地平線を思い出しました。もう一度、“地平線から”始めるのだと。

そしてその更地を前に、私はカマロンが歌っていたタランタを思い出していました。どんな歌詞だったか明確には覚えていませんが、確か

爪でひっかいている。小さな子供がライオンのように。鉱山の崩れでその子の父親はその下に埋まっている。

そんな内容の歌詞だったと記憶しています。もちろんそれはアンダルシアのヒターノの歴史に裏付けられたもの。だから日本人である私はその歴史にも文化にも属していないのだけれど、小さな子どもがこの石巻や他の被災地でも、同じように大地をかきむしっているのだ、と思ったら涙が止まらなくなりました。

ソレアやアレグリアスに比べて、私のタラントはまだ日が浅く、本当はまだお客様にみせる踊りではないのかもしれない。でもどうしてもタラントを、このチャリティーライブで踊りたくて踊らせて頂きました。

何年か前のペーニャ公演で、一人の歌い手がソロで歌っていた時、それを楽屋で聴いていたもう一人の歌い手が目に涙を溜めて私に言った言葉が忘れられません。

「本当のことなのよ。本当のことを歌っているのよ、フラメンコは。ジュンコ、本当のことなのよ。」

本当のこと。それが歌われてそれを弾き、それを踊る。それがフラメンコ。だから自分の中に少しでも嘘やごまかしがあったらその人の歌やギターや踊りはフラメンコにならないんじゃないか。技術や表面的なカッコ良さ、それだけを求めたり、それに惑わされて、本当のことを曇らせてはだめだ。フラメンコにおける本当のこと。自分自身における本当のこと。それを探して、大切に守って、取り出さなくてはならない。そうでなくては私が踊る意味は、多分ないと思う。

明日、踊ります。

  • 2012.4.5 // ¨カサ・デ・エスペランサ¨ – 高円寺.  20:00H. 21:15H. 入替なし

入場料5000円(要割引券、フリードリンク&タパス付)

Baile Cante Guitarra
  • 渡部純子
  • 三枝雄輔
  • 萩原淳子
  • 川島桂子
  • 片桐勝彦

立ち見の方も含めほぼ満席、と伺っております。詳細は℡:03-3316-9493(夜、カサ・デ・エスペランサ)もしくは℡:03-3383-0246(昼、セルバ)までお問い合わせ下さるようお願い申し上げます。

2012年4月4日 中野にて。

Mar 17
みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
お蔭様で昨日のサラ・アンダルーサライブは無事終了致しました。たくさんのお客様にお越し頂き大変うれしく思っております。誠にありがとうございました。共演のソラジャ・クラビホ、エミリオ・マジャ、エル・プラテアオ、関口京子さん、河内さおりさん、マリコさん、どうもありがとうございました!
このライブ共演の踊り手メンバーとは、本当は西日暮里のタブラオ、アルハムブラで昨年チャリティーライブをする予定でした。震災後キャンセルされたライブで共演予定だった他の踊り手の皆さんとチャリティーライブができないものか、と計画を練っていた時に水戸在住のマリコさんと私でチャットをしたのがきっかけです。
ちなみにマリコさんとは実は10年来の友達。私がセビージャに着いた2002年3月にマリコさんもセビージャにやってきたのでした。しかもトロンボのクラスで一緒。その後マリコさんがグラナダに引越しても、日本に帰国しても私たちは連絡を取り合っていたと思います。本当に心根のきれいなマリコさんとはずっと友達でいたい。
震災後ショックを受け気力をなくしているマリコさんになんとか元気になってもらおうと、私はそのチャリティーライブの話をもちかけたのでした。がぜんやる気を出したマリコさんと、関口京子さん、河内さおりちゃん、私でそのライブを企画することになりました。その時は私がセビージャいたせいで、4人で膨大なメールのやりとりをしました。チャリティーライブを企画するのがこんなに大変なことなのかと。そして同じ関東でも東京と水戸では全然違う。被災者であるマリコさんからのメールで私はたくさんのことを考えさせられました。結局マリコさんはそのチャリティーライブの主催者からも共演者からも外れてしまいましたが、でも私たちは彼女の意志を尊重することにしたのです。
だからこそ、もしまた京子さんとさおちゃんと共演できることがあればマリコさんを誘いたい!と私は願っていました。みなさん共演して下さってありがとうございました。だからあのライブには、私の1年間分の個人的な想いがたくさん詰まっていたのです。
1部1曲目に踊ったカンティーニャスは、1曲目だけに難しかった。あ、1曲目に踊るというのは難しいのです。お客さんも出演者もまだ固い状態で踊らなくてはならないので。そういう場合、私は自分が踊り出す前に歌い手やギタリストに少し多めに歌ってもらったり、ファルセータを長く弾いてもらったりします。そうして自分の中をあたため、本当に自分が踊りたい気持ちになった時に舞台に立ちます。ただ昨日のライブは1部2部合わせて踊りが10曲。長い。だから自分一人の都合で長々と延ばすことはできない。温まらないまま、温まったことにして踊りました。お料理をする時に油を引いて、油が温まらないうちに具材を入れるようなものかな?でも観に来て下さった方は、「後半にかけてどんどん盛り上がっていった」とおっしゃっていたので、そうだったのかな?自分では分かりませんが。でも、どんな時でも私の踊りを踊らないとね。
2部の4曲目に踊ったソレア。これはこれで、自分の前に3人の踊り手さんにパルマをたたいているわけですから、そこでかなりのエネルギーを消耗している。パルマをたたくのも大変なのです。ものすごい集中力と責任が伴います。でも、私の前に踊られたシギリージャ。カンテを聴いていたらいろいろ思い出されたことがあり、そこから一挙に自分のソレアにつながっていったような気がします。例によって、自分がどう踊ったかよく覚えていませんが・・・・でも私のソレアは私のソレアです。それはいつでもどんな時でも言えることかな。
そしてトリで踊ったソラジャのタラントで私は泣いてしまった。あの瞬間の「ole」が嗚咽のようになってしまった。ソラジャは本当にすごい。彼女からは感動とフラメンコとたくさんの課題を頂いた。ソラジャと共演させて頂き、心から感謝しています。
さて、次回は3月31日。仙台タブラオ「ロス・アスレホス」で行われる震災復興支援チャリティーライブに出演します。前回の一時帰国の時(昨年10月)に仙台・石巻・松島に行ってきました。その時の想いがこのライブにつながるのではないかなと思います。
2012.3.31// 東日本大震災復興支援チャリティーライブ“Desde el Horizonte”

in ¨ロス・アスレホス¨ – 仙台.  15:00H. 17:00H. 4500円(ワンドリンク付)

Baile Cante Guitarra
  • 浅見純子
  • 藤井かおる
  • 木川美奈子
  • 李成喜
  • 大野明子
  • 萩原淳子(ゲスト出演。アレグリアスとタラントを踊ります)
  • 川島桂子
  • 松村哲志

2012年3月17日 中野にて。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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