Mar 6

みなさんこんにちは。

ヘレス・デ・ラ・フロンテーラで開催のフラメンコ・フェスティバルは昨日終了しました。期間中に観た公演鑑賞記第2弾です。

2月28日(日)、この日はヘレスから電車で1時間程のウトレーラという町でアンへリータ・バルガスのオメナへ公演があり、ヘレスからウトレーラへ移動。アンへリータ・バルガス。フラメンコ界全体が敬意を表する国宝級の踊り手。しかし4年前に脳梗塞で倒れ、右半身麻痺となってしまった・・・。この公演のレポートはまた別の機会にブログにしたいと思います。本当に感動的な公演でした。

  • 2月28日(日)マヌエル・リニャン公演(会場:ビジャマルタ劇場)

0fceb0adbdウトレーラでの公演が意外と早く終わったので、公演後へレスにまた戻る。とはいえ21:00開演には間に合わず、22:30くらいに劇場に着いたかな?公演途中から客席に入れてもらったので、多分公演の最後の方少しだけを見られたかな?マヌエル・リニャンとルシア・ラ・ピニョーラがそれぞれ衣装を変えて同じ踊りを繰り返す場面。その衣装の1つはバタ・デ・コーラ。本来は女性特有の衣装とされている裾の長いフラメンコ舞踊の衣装だけど、マヌエル・リニャンはそのバタをはいて踊る珍しい男性舞踊家。しかもとてつもなく上手い。何年か前のやはりヘレスのフェスティバルで、バタ・デ・コーラとマントンの確かカラコレスを踊り、観客の度肝を抜いた。考えてみれば男性の方がどう考えても筋力があるから、肉体的にはバタを動かしやすいのだろう。動きが女性のそれに比べるとダイナミック。でもルシアも負けず劣らずバタを上手に扱っていた。派手なバタの動きは特にないのだけど、シンプルなバタの動きにそれが現れていた。

そしてゲストアーティストのトロンボも登場。この人は本当に真のアーティストなんだな。舞台の上に立っているだけで何かを発している稀有な人。そしてちょっと踊ればまたすごい。前述のリニャンやルシアのように複雑な技巧を用いたサパテアードはしない。シンプルな昔ながらの音使い、動きも伝統的。でもそれなのに、いや、だからこそトロンボのアーティストとしての光が輝き出す。彼が持っているアルテ、フラメンコ。その大部分は故ファルーコ(現在のファルキートの祖父)から譲り受けたものなのかもしれないが、トロンボそのもののアルテに昇華している。トロンボの出す一音一音に、一振り一振りにオレーが出てしまう。とはいえ、劇場内でオレを連発しているのは私くらいか?(笑)多分他にもいるはずだが、少数派なんだろう。ビジャマルタ劇場にいる観客の大半は、派手で超絶技巧を駆使した分かりやすい踊りには大歓声を上げるけれど、そうでないフラメンコ(いや、それでこそフラメンコなんだろうけど)には反応が薄いという傾向がある。

最後はリニャンのバタ・デ・コーラとマントンのソレア。もうリニャンといえばバタなんですね。でも私は前述したバタとマントンのカラコレスの方が好きだったなあ。初めて観たから印象が強かったのかなと思うのだけど、そもそもバタとマントンでソレアを踊るというのは難しい。技術的にというよりも、なんというか・・・、例えばカラコレスだと曲が明るくテンポも早い。リニャンのように体育会系でバタを扱う踊り手にはもってこいの曲。とにかくバンバン元気よく動かして、観客をあっと言わせることができるから。明るい曲だから衣装も見栄えがするし(あの時は確か真っ赤なバタだった)。でもソレアとなると曲がゆっくりでシリアスになるため、その“体育会系”バタではない部分でバタを、マントンを、ソレアを魅せなくてはならない。・・・それが難しいんだよね、ソレアを踊ることも、バタやマントンでソレアを踊ることも。でもそれがあるからこそバタ自身にアルテがこもる。だからバタ「も」ソレアを踊る。バタ「で」ソレアを踊るんじゃなくて。私も(と比較するのはおこがましいのだけど)バタでソレアを踊る時があるので、やっぱり難しいんだなあと思いながら観ていたのでした。

ビデオはこちら→https://vimeo.com/157073504

  • 2月28日(日)23:30開演 マカニータ(会場:ラ・グアリダ・デル・アンヘル)

_DSC6314
_DSC6340_DSC6472上記マヌエル・リニャンの公演の後、一緒にヘレス入りしている夫と一緒に夕食。劇場公演は21:00から始まるし、その前はいろいろ予定が入っているので、結局公演後、23:00近くに夕食をとることになってしまう。この日から1週間ピソを借りているので、自炊ができて便利。ホテルだとなかなかそうもいかないですね。が、一度ピソに帰って食事をしてしまうと、また外に出るのが億劫になってしまう。今日はウトレーラにも行ったし、そのまま休もうかなと思っていたのですが、いや、やはりヘレスで歌うマカニータを聴きに行こう!ということで、グアリダへ行く。私達が着いた時にはもうコンサートが始まっていて、終わりの頃だった。でもそれでも行ってよかった。これまでマカニータを聴いていたのは、主にセビージャの劇場で。でも何度聴いても、そんなにみんながいいっていう程マカニータすごいなと思ったことがほとんどなかった。でもこの日は違った。やはり自分の土地で歌うというのは全然違うんだろうなあ。今迄聴いたマカニータと別人のようだった。これが、みんなが言うマカニータか!と。特にソレアがよかったなあ。あのソレアを聴けただけでも大満足。伴奏のギタリスト、マヌエル・バレンシアもよかった。

それにしても、やっぱり観客って重要なんだと思う。フラメンコを観ている側(聴いている側)は、あの公演がよかったとか言うけど、(私もそうだけど・・・)自分の観客としての質を問う事ってほとんどない。観客側に、そのアーティストのアルテを受け止める器があるか、そのアルテを輝かせる引き出しがあるのか?ただチケットを買って席に着いているのではない。有名アーティストの公演に行きました、写真とりました、っていうんじゃあ動物園に行って檻の外から動物を眺めているのと同じ。アーティストは見せ物じゃない。フラメンコはアーティストと観客の相互のエネルギーでその瞬間瞬間に生み出されるもの。だから観客の側にもそのエネルギーを担う何かがなければ、真の意味ではフラメンコは成立しない。私ですらそれを感じるもん。自分がフラメンコを感じる瞬間に、同じ様に感じてオレーが出て来る観客の前で踊るのと、そうでない状況で踊るのと・・・。

もちろんフラメンコの知識も必要かもしれない。歌詞の意味が分からなければ本当の意味ではフラメンコは感じられない。その「雰囲気」は感じることができるけど。だからスペイン語とアンダルシアの文化、ヒターノの文化を知るのも必要。でもそれで頭でっかちになっていて心が閉ざされたら、どんなにフラメンコを知っていようが、自分ではフラメンコを愛していると信じていようが、フラメンコを感じることができない。自分が愛していると信じるフラメンコのみに固執する人、そしてそれ以外のものに関しては観る前から、聴く前から先入観を持っている場合も同じ。だからフラメンコを守ってゆくには、真の意味でのフラメンコ愛好家の存在が必要なんだと思う。その観客の層があることによってアーティストは学び、自分の能力をさらに開花することができる。逆にそうではない観客、つまり表面的なカッコよさや単なる技術の高さにスタンディングオベーションをする観客ばかりだと、アーティストはその観客に感化される、そういう観客が喜ぶフラメンコに迎合するようになる・・・・好むと好まざると。

だから結局、自分はどうなんだ?という話になる。

  • 2月29日(月) ベレン・マジャ(会場:アルカサル)

d79ee50d4dフェスティバル20周年記念にちなんで、ヘレス市内の、劇場以外の20カ所の特設会場で開催されたミニ公演のうちの1つ。アルカサルという歴史的建造物の中で開催された「Romnia」という公演。

ビデオはこちら→https://vimeo.com/157144226

ビデオを先に観ると、なんだこれは?という印象を受けるかもしれない。「Romnia」というのはヒターノ(ジプシー)の言葉で、ヒターノの女性のことを表しているらしい。迫害されてきた長い歴史を持つヒターノ。その中でもヒターナ(ヒターノの女性型)はさらにヒターノの中の男性優位主義の元で二重の苦しみを持ってきた、そして今も持ち、将来も持ち続ける。その苦しみ、悲しみ、でも生きてゆく強さ、その中での喜び、そういったものをベレン・マジャは今回3つの女性像を踊りで表現した。残念ながら私は遅れてきたので、ビデオ内の最初の場面は観ることができなかったのだけど、この公演の趣旨を元に理解する限り、片胸を出しているのは母性の象徴を表しているのかもしれない。

伝統的なフラメンコ、つまり、カンテとギターの生伴奏があって伝統的なフラメンコの曲を踊る形式では全くないため、これはフラメンコじゃないという意見もあるのかもしれない。でも、ベレンがフラメンコのルーツ、そして自分自身のルーツ(ベレンはヒターノの父マリオ・マジャを持つ)に目を向け、そこから自分なりの表現を通して公演につなげていく創造性を持つアーティトであることには間違いない。そういえば、マリオ・マジャも自身のルーツ、ヒターノの迫害の歴史を元に舞台作品「アイ!ホンド」を創っていたっけ。

そして、会場であるアルカサルの空間を十二分に利用していたのも素晴らしい。3つの女性像を表すにあたって、同じアルカサル内でも3カ所に分けて観客も移動させる手法。移動の方法、移動時間等非常にうまく計算されている。そして舞台と客席が一体化されている状況をも利用して、観客を公演の中に巻き込む手法。これも上手い。ベレンのキャラクターとも相まって、そして天候にも恵まれ、観客とベレンが一体になった公演だったと思う。

マヌエル・リニャン、ベレン・マジャ公演写真:フェスティバル・デ・ヘレス公式HPより。Foto Javier Fergo para Festival de Jerez

マカニータ写真:アントニオ・ペレス撮影

2016年3月6日 セビージャにて。(本日へレスより戻りました)

Mar 4

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

シェリー酒と馬、そしてフラメンコの町、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラで毎年開催される、フラメンコフェスティバル。今年は20周年記念だそうです。2週間の期間中、公式プログラムだけでも毎日2〜3公演、それに非公式プログラムのライブなどもたくさん開催されています。その全部を観ることはできませんが、後半の1週間へレスに滞在していますので、その間に観た公演の鑑賞記をブログにしたいと思います。自分で忘れないためにもね。

  • 2月26日(金)23:30開演 マヌエル・モネオ(会場:ラ・グアリダ・デル・アンヘル)

12814668_10153959396771228_4063883948254213216_n彼の歌を聴きにヘレス入りの日程を調整する。マヌエル・モネオ。トルタもアグヘータも亡くなってしまった今、現フラメンコ界で稀少なプーロ(純粋な)・フラメンコの歌い手。マヌエル・モネオを聴かずにどうする?

先週の土曜にヘレスのタブラオで共演したモモ・モネオのお陰で本番前のエンサージョを見学させて頂いた。中にいるのはモネオ系の家族がほとんどで、一般のお客さんは外で待っている。ライブハウスのようなタブラオの中は一種独特の雰囲気に包まれていた。ただのサウンドチェックではない。何が何でもマヌエル・モネオのために働くんだ、という強い意志のようなものが会場となっているグアリダ・デ・アンヘルのスタッフ達の中に流れている。誰もそんなことは言わない。でもそれがビシビシ伝わってくる。

本番。あっと言う間に客席が埋まる。多分チケットは完売だろう。それ程広い会場ではないが、所狭しと椅子を並べ、立ち見も2階のキャパも入れたら相当の人数になるのではないだろうか。そして観客はヘレスの人達だけではない。ロタから、アルへシーラスからとマヌエル・モネオの歌を聴くために集まってきた筋金入りのフラメンコ愛好家達もたくさんいる。そりゃそうだ、だってマヌエル・モネオだ。

彼の一声一声がフラメンコだ。伴奏の若きギタリストミゲル・サラドもいい。しかし何と言ってもこの夜の一番はシギリージャだった。本当のことを歌っている。亡くなったトルタやアグヘータに語りかけるシギリージャ。自分の苦しみを自分の言葉で語るマヌエル・モネオのシギリージャ。本当のことなんだ。歌が上手いとかそういう次元の問題ではない。レトラに気持ちを込めて歌っているんじゃない。本当のことを歌っているんだ。本当に彼の身に起きたこと、今感じていること、それがそのままカンテになっている。それがそのまま絞り出されている。歌いながら泣いている。舞台袖に引っ込んでいるパルメーロも、観客も皆泣いている。オーーーーレーという声が涙声になってしまう。ぬぐってもぬぐっても涙は止まらない。ヘレス入り初日にして内臓をえぐりとられてしまった。

  • 2月27日(土)17:00開演 イサベル・バジョン(会場:ボデガ・ディエス・メリト)

f88e02865320周年記念のフェスティバル側が企画した公式プログラム。20周年記念にちなんで、通常の劇場ではなく、ヘレス市内のあちこち20カ所を会場にしてフラメンコを魅せるミニ公演の1つ。シェリー酒の町だけあって、ヘレスには至る所にボデガがある。今回はそのボデガ内をフラメンコ会場に。シェリー酒の樽に囲まれた場所で雰囲気はばっちり。でも見えにくい。舞台は高い位置に設置されているが、客席は細長く奥行きがあり過ぎる。椅子が並べてあるけれど段差が全くないためよく見えない。よく見えないので結局一番後ろで立ち見してみたが、それでもイサベルの足元どころか、膝下くらいからも見えない。

公演内容は、数週間前にセビージャのマエストランサ劇場で観た公演と同内容みたい。30分ちょっとの小作品だけれど、上手く作ってある。イサベルは舞台に乗りっぱなしで着替もそこで行っている。バタ・デ・コーラから膝丈のスカートの衣装へ、そしてそれにシージョを身体に巻いたり。着替えているのはお客さんから見えるのだけど、変ではない。(そういう趣向でたまに変に見える人もいる)舞台はスムーズに流れていく。やはりイサベルの手腕かな?この人は踊りが上手いだけでなく、シンプルだけど気の利いた舞台を創るので好き。

でもやっぱりよく見えないのが難。これはイサベルの問題ではなくフェスティバル側の、会場の作り方の問題なんじゃないかなと思う。イサベルの作品は素敵なだけに残念。

ビデオはこちら→https://vimeo.com/156973341

  • 2月27日(土)19:00開演 モネタとモネタの振付工房(会場:ボデガ・ラ・コンスタンシア)

8b462c6790こちらも上記同様、20カ所イベントのうちの1つ。別のボデガが会場。グラナダの実力派の踊り手モネタと彼女が主催している振付工房の生徒達による公演。モネタには1月にセビージャで習っていて、この振付工房の話は聞いていた。モネタの中で群舞作品への創作意欲というのが芽生え、将来的にはグラナダの舞踊団のベースになればということで、この振付工房の生徒達と一緒にモネタが群舞作品を実験的に創っているとのこと。その第1回目の作品がこのヘレスのフェスティバルで発表された。

同じボデガでも、イサベル・バジョンの会場よりもずっと広い。舞台も大きく、観客はそれをコの字型に取り囲む。ただし舞台は床に直接設置され、椅子はないので、観客立ち見で舞踊家とは同じ目線にある。つまり、1〜2列目でないと見えない。私が会場に到着した時には観客の長蛇の列で、私が会場内に入った時にはすでに舞台から3〜4列の観客が陣取っていた。早いもの勝ちだから仕方ないけど、全然見えない。私の後からもどんどん人が入ってきて、大きなボデガでもぱんぱん。皆見えないのでなんだか殺気だっている。「立ち見に10ユーロも払う訳?」とはっきり言う声も聞こえて、それもそうだよな、と思う。と思ったら、ひょいっと私の前の視界が開けたのでラッキー。なんとか舞台はちょっと見えるようになった。

振付工房の生徒達と、今回のフェスティバル期間中のクルシージョ受講生らしきエキストラ達の群舞が始まった。エキストラの募集は本番数日前にあり、そういう試みも面白いと思うのだけど、明らかに動きがずれている人とかもいて残念。無理にエキストラを使わなくてもいいんじゃないかと思ったけど、出演した人には記念になるからいいのかもね。その後は振付工房の生徒達の群舞が始まり、皆苦悶の表情を浮かべて踊っているのだけど、その表情が嘘くさい。演技しているのが見え見えで白々しい。後で知ったのだけど、この公演は1万人の移民の子ども達が行方不明になってしまった事件を題材にしていたらしい。苦悶の表情はそこからきているのかもしれないけど、本当に感じているのと、ただそういう表情を表面的に作って踊るのでは全然違う。表現する者のの内面性がそこに現れる。

しかも長い。舞踊団ではなく振付工房の生徒達なので、それ程舞踊レベルがあるわけでもない。見ていて疲れてくる。それから振付に関してはモネタが振付しただけあって、ああモネタだな!という特色のある動きがちりばめてある。それはそれで興味深いのだけど、それをそのまま群舞にするというのはどうなんだろうか。モネタの動きはモネタしかできないわけで、それをなんとなく真似した踊りが大勢集まってもね・・・。群舞には群舞の良さがあるのだから、それを引き出す振付を考えた方がよいのではないか。

そして出て来たモネタのソロのタンゴ。待ってました!やっぱりみんなモネタが見たいわけだから。特にタンゴはいい。モネタ独特のタンゴとグラナダ独特のタンゴ。それが上手い具合に混ざって、やっぱりモネタのタンゴはいい。

が、それが終わるとまた長い群舞。そして歌い手達が舞台から歌いながら去っていくので、これで終わりかと思いきや、お客さんが移動している。良くわからないまま着いて行った先には、別の場所に高台の舞台が。なんとモネタがそこにいて踊っている。えー、ちょっとそれはないんじゃないの。観客を移動させる手法は面白い。でも移動する人数、移動させる場所、移動する時間を計算して作品を作らなければ置いてけぼりになる観客が続出する。私は半置いてけぼり、(完全に置いてけぼりになった観客も多かったと思う)舞台は高台だけどモネタの胸から上しか見えない。でもそれでもモネタの踊りはすごかった。やっぱり並の踊り手ではない。

思うに、ここで終わらせておけばよかったのではないか。モネタでしっかりしめる。ところが、舞台はまた元の場所に移動し、観客はまた移動。この移動のどさくさに紛れて私は一列目を確保(!)しかし、ここからがまた長い。また生徒達がいろいろ踊っているのだけど、もういいよという感じ。しかも立ち見だから疲れる。一体いつこれは終わるのか全く分からないまま疲労感だけが増幅してゆく。帰ってゆく人もちらほら。最後の方にプロジェクターで移民の映像とか流していたみたいだけど、なんせ客席と舞台がつながっているようなものなので、舞台を見るとプロジェクターは目に入らないし、プロジェクターを見ると舞台が目に入らない。劇場公演のようにはいかない。手法は面白いと思うのだけど、やはりどういう場所で公演を行うかというのも考えないと効果は半減する。

そうしてやっと終わった。長い。1時15分。これ全部立ち見。もちろん立ち見ってのがないわけではない。でもそれは観客の方で立ち見と分かってチケットを買い、公演時間も事前に大体分かっている。チケット買った後にふたを開けたら立ち見で、しかもいつ終わるか分からない公演。モネタの踊りはほんの少しで、後は言ってしまえば、練習生の長い長い群舞。これつらいよ。第1回目の実験作ということで、やりたいことを全部詰め込んでみたのかなあ?観客の側からすると群舞の分量をもっと削って、モネタの出番をもう少し増やすだけでも随分印象は変わるんじゃないかなと思うのだけど。タイトルは「モネタとモネタの振付工房」ってな感じなわけだから、やっぱりモネタがメインで、その合間に振付工房の生徒群舞が挟み込まれるのを想像してたんだよね・・・。

ビデオはこちら→https://vimeo.com/156983207

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マヌエル・モネオ公演写真/アントニオ・ペレス

イサベル・バジョン公演、モネタ公演/フェスティバル・デ・ヘレス公式HPより。Foto Javier Fergo para Festival de Jerez

2016年3月3日 ヘレスにて。

Mar 3

12718118_10153957821686228_7768486300966926943_n12799447_10153957822251228_4094136830205809952_n12800250_10153957822151228_2215094101413144789_nみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

お陰様で私の方はだいぶ調子もよくなりました。ご心配して下さった皆様、誠にありがとうございました。先々週のヘレスでのタブラオライブの後一旦セビージャに戻り、そして先週金曜日またヘレス入りし、今週土曜までヘレスに滞在します。ヘレス・デ・ラ・フロンテーラという小さな町ですが、フラメンコ色の濃い、そしてヘレスにしかないフラメンコというものにあふれている町で毎年2月の後半から2週間、フラメンコのフェスティバルが開催されています。お昼間にはたくさんのクルシージョ(短期講習会)、そして夕方から夜、そして夜中にも劇場やいろいろな場所でのフラメンコ公演が目白押しという、フラメンコファンにはたまらないイベントとなっています。

例えばここ1週間の私のスケジュールは大体こんな感じ。

8:30 起床、朝食

9:30 家を出る

10:00〜12:20 クラス受講

13:00〜14:00 自主練習

14:30〜17:30 帰宅、昼食、休憩、おやつ

18:00〜19:00 自主練習

19:00〜20:00 個人レッスン(教授活動)

20:30 帰宅、化粧をする。

21:00〜 ビジャマルタ劇場でのフラメンコ公演鑑賞

23:00 夕食

24:00〜 ライブハウス等でのフラメンコライブ鑑賞

02:00 帰宅

03:00 就寝

1日に公演・ライブを2本立てで観に行く、しかもそれがほぼ毎日1週間というのは、セビージャにいてもそうそうあることではありません。フェスティバル・デ・ヘレスの公式クルシージョを申し込むと、その日の劇場公演のチケットもついてくるという設定になっているので、相当の理由がない限り劇場には足を運んでいます。(行かないともったいない)ただ、その劇場公演以外にも興味深いライブや公演があったりして、時にはそっちの方が劇場公演よりも面白かったりします。だからいろいろチェックすると結局2本立てになってしまうんだな。

ちなみに、私の夫アントニオ・ペレスも一緒にヘレス入りし、毎日いろいろな会場で写真を撮りまくっています。そのうちの何枚かは雑誌「パセオ・フラメンコ」さん2016年4月号に掲載予定ですので、どうぞお楽しみに!

ではまたお会いしましょう。

2016年3月2日 ヘレスにて。

Feb 25

WEB用4/6アルハムブラみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

お陰様で私の方のインフルエンザは少しずつ回復の兆しが見えてきているような気がします。しかし、今度は夫が怪しくなってきました・・・・。というわけで昨日のブログでご紹介したヴィックス・ヴエポラッブを塗ってあげようと思ったのですが・・・さすがスペイン男児。ひげと胸毛が多過ぎて塗る箇所がほとんどない(笑)まあ、可哀想だけど仕方ありませんね。

さて、そうこうしているうちに世の中はぐるぐる回っていました・・・・。次回一時帰国時の東京・福岡・大阪でのクルシージョと西日暮里「アルハムブラ」さんでのライブの最新情報をお伝え致します。

  • 「第18回少人数制クルシージョ」(東京3/16〜4/10開講)お申し込み受付中です。満席のクラスもありますので、空き状況等詳細は→こちら「クルシージョ」にてご確認の上、layunko@gmail.comまでお申し込み下さい。

  • 「第9回福岡クルシージョ」(福岡・小倉4/8)今週火曜よりお申し込みを開始致しました。詳細は→こちら「クルシージョ」にてご確認の上、fukuokacursillo@gmail.com(ウラベ)までお申し込み下さい。

  • 「第9回大阪クルシージョ」(堺筋本町4/9)バタ・デ・コーラ・テクニカ基礎クラスのみ空き2名、それ以外のクラスは全て満席でキャンセル待ち受付中です。詳細は→こちら「クルシージョ」にてご確認の上、osakacursillo@gmail.com までご連絡下さい。

  • 4/6(水)西日暮里アルハムブラライブお陰様で1部・2部共に満席となりました。お申し込み下さいました皆様、誠にありがとうございました。今後のお申し込みはキャンセル待ちでお受付致します。tickat.layunko@gmail.com まで、①ご氏名 ②お電話番号 ③ご希望の部(1部・2部・通し)④キャンセル待ちご希望人数 をお知らせ下さい。※詳細は上記フライヤーをクリックしてご参照下さい。

以上になります。

ではまた、皆様もどうぞご自愛下さいませ!

2016年2月25日 セビージャにて。

Feb 24

12729394_10153942216051228_3576580164850405013_nみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

残念ながら相変わらず私は体調が悪いです。これはきっとインフルエンザです。病院に行っても日本のように「○○炎」とか具体的な病名を教えてもらえるわけでもなく、症状が軽るければただの風邪、重ければインフルエンザ。インフルエンザといっても、何型なんて教えてくれません。(大体スペイン人は自分の血液型だって知らない人が多い)そんなアバウトな診断なのです。しかも先週に急患で行った先の医者がヤブだったと思われます。あの時ちゃんとした薬を処方されていればきっともっと早く治っていたはず。まあ、先週土曜にヘレスで踊ったこともあり完全な休養をできなかった自分にも責任があるのですが、そんなわけで2度も病院に行くはめに。あーあーあー。

ところで1回目のヤブ医者の後、咳が止まらないので夫が薬局にいって咳止めの薬を買ってきてくれました。

「ジュンコ、咳止めのクリーム買ってきたよ〜。“ビバポルー”。」

へー、スペインにはそんなクリームがあるんだ。“ビバポルー”っていうのね、なんと思いつつパッケージを見たら、なんとそのクリームは、ヴィックス・ヴェポラッブ!!!うわー懐かしい〜!!!子どもの頃、風邪を引いた時にいつも母に塗ってもらったな〜、なんて郷愁を感じつつ、ちょっと待て・・・今、何て言った?

“ビバポルー” ???

・・・・・改めてパッケージを見てみる。

・・・・・「VICKS VapoRub」

考えてみたら、ヴエポラッブのつづりを初めて確認したような気がするのですが、まあこう表記するようです。・・・が、スペイン人は原語の発音は完全無視、何語であろうと自国語、つまりスペイン語読みする習性があります。

ビッ・・・バポルッ・・・

確かに読めなくもない・・・・が、全然何のことか分かんないよ!!!(笑)

Catherine_Zeta-Jones_VF_2012_Shankbone_2こんなことは日常茶飯事でして、少し前は夫が「あの女優さあ、カテリネ・セタ・ホネがさあ・・・・(なんちゃらかんちゃら)」と話し出すので、誰?カテリネ・セタ・ホネって?と言ったたら、「昨日、テレビで映画に出てた人」と言う。・・・・え、もしかして、「キャサリン・ゼタ・ジョーンズ」?!(Catherine Zeta Jones)。もうなんだか訳が分かりません。(笑)

※写真はWikipediaより。

話はそれましたが、久しぶりのヴィックス・ヴェポラッブ(もしくはビバポルー)、結構効きます。これで完治するわけではないのですが、これを塗ると確かに咳が落ち着く。そして夫が薬剤師さんに聞いてきた裏技情報は、これを足の裏に塗って靴下をはくとよいとのこと。へー。それは日本では知らなかった。薬剤師さんが言うには、足の裏が神経の通り道なんだとか。・・・分かるような分からないような・・・まあ、結局よくわからないのですが、足裏ヴィックスも塗っています。

それにしても長い。なかなか治らない。もう1週間以上も経っている。病院で処方された薬も飲み、ヴィックス・ヴエポラッブも塗り、のどによいと言われるショウガ入り紅茶もがぶがぶのみ、手の平が黄色くなるほどミカンを食べ、お前はくまのプーか?と自らツッコミたくなる程ハチミツをなめまくり、枕元には半分に切ったタマネギを置き、部屋が乾燥しないように濡れタオルを干す。さらには日本から持ってきたマスクがもうなくなったので、ガーゼと輪ゴムをホッチキスでとめた自作マスクをつけているにもかかわらずである。

やっぱり、あのヘレスの踊りでぶり返しちゃんだんだな・・・・でも、健康でそこそこの踊りをするのと、これぞという踊りを果たして、後でダウンするのどっちがいい?と聞かれたらそりゃ、後者だろう。だって私、踊り手だもん。

とはいえブログ更新しているくらいなら寝ていなさい、という意見もあると思うので今日はここでおしまい。ではごきげんよう。

2016年2月24日 セビージャにて。

Feb 23

12746459_123640618023909_1816973836_n_DSC7529_DSC7564_DSC7596_DSC7613_DSC7644_DSC7738_DSC7768

_DSC7684_DSC7723_DSC7795_DSC7814_DSC7836_DSC7882_DSC7901みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

お陰様で先週土曜のヘレスのタブラオ「アンティグオ・カナレハス」でのオープニングライブは無事終了致しました。結局本番直前までずっと具合が悪く、数えてみたら10日も全く練習せず、そのうち1週間くらいは寝ている状態で本番舞台に立ってしまいました。こんなに具合が悪くて踊ったのは初めてかなあ。数年前、やはりヘレスのフェスティバルでのペーニャ公演でも高熱を出したまま踊ったこともあったっけ・・・。でもなぜか不思議に落ち着いていました。どうしようと焦る事もなく、なぜか、私は踊りきれるという不思議な感覚がありました。自信というより感覚。なんなのでしょうか。

踊った曲はソレアでした。このタブラオライブに私を呼んでくれたのはヘレスの歌い手モモ・モネオ。「ジュンコにヘレスで踊ってほしい」「ジュンコにソレアを歌ってみたい」と言われていたので。(それまではフィエスタのブレリアでしか歌われたことがなかった。)

フィエスタでのブレリアのビデオはこちら↓

https://www.facebook.com/junko.hagiwara.73/videos/10153872507091228/

本番当日の午前中に他の共演者と事前にちょっと合わせをすることになって、朝8:30セビージャを発ち、9:30にヘレス入り。駅まで迎えに来てくれたモモと朝ご飯を食べて、それからタブラオに向かったのですが、タブラオが開いていない。待っていてくれたのはモモと一緒にこのタブラオライブをオーガナイズしてくれていたモモのお友達だけでした。モモのお友達によると、ライブを主催しているのはモモとお友達だけど、タブラオの場所を借りているだけなので、タブラオのオーナーが開けてくれないとどうしようもないとのこと。それからこのライブ開催にこぎつけるまでのいきさつをいろいろ話してきて、うわー大変だったんだなあと思いました。モモ自身は細かいことは話していなかったけど、そのお友達の話しを聞いて、直前まで日時、場所、共演者もろもろが決まらなかったのも無理はない、と思ったのでした。でも彼らはこんなに朝早くから、しかもセビージャからわざわざ来てくれたのに、本当に申し訳ないとすまなそう。私は待つことに関しては慣れているので全然気にしないのですが。しかも表で待っている間に、歌い手のヘスス・メンデスやパルメーロのチチャロがタブラオの前を車でぶーんと通りすがったり挨拶したりして、私としては「おー、やっぱりヘレスに来たんだー!」と気分が盛り上がっていたのでした。(笑)

そうこうするうちに、だらーんとオーナーの家族がタブラオを開けにやってきて、開けてくれたのはいいのですが、他の共演アーティストがまだ来ない(笑)モモはいろいろと他に連絡することが多いみたいで(オーガナイズ側はやっぱり大変)、ジュンコごめんね、ごめんねと言いながら外で電話しているし、もちろんそれは問題ないんだけど。そのうちふらーっとギタリスト(チャノ・カラスコ)が来たのでとりあえず構成の説明などをしてちょっと合わせてみる。10日ぶりに靴をはいたけど、意外にも足が動く。問題ないようなので、それでおしまい。結局もう一人の歌い手は来なかったので、歌の部分はぶっつけ本番。それはそれでもいいのだけど、問題は歌い手が踊り伴唱に慣れているかといこと。ここ、ポイントなんですね。一人で歌う分には上手いけど、踊りの伴唱に慣れていない人というのもいる。そういう歌い手と仕事をするのはちょっと大変ね。踊りのコンパスで歌わずに、勝手に自分で歌をコンパスに合わせてしまう。(コンパスの感覚がない人もいる。)あと、パルマをたたくことに慣れていない、たたけない人ってのもいる。モモともう一人の歌い手が一体どんな歌い手なのかよく分からないまま、本番を迎えることに。唯一の救いは、チャノが踊り伴奏に慣れているくらい。

しかし、ここからが結構長かった。一応15:00以降に開演ということになっていたのだけど、もっと遅くなるのは元々承知でした。というのも、モモ自身が15:00開演のペーニャ公演で歌うことになっていたから。それが終わってからこっちのタブラオライブが開演になるとのことだったので、結局開演したのが17:00くらいだったかなあ。その前に帰ってしまったお客様もいらっしゃって、それは本当に申し訳ない。でもどうしようもない。私も待ってるし。それからチャノがヘレス・フェスティバルのクルシージョのクラス伴奏に行くといっていなくなってしまって、私はタブラオに一人。その間モモから「一人で大丈夫か?」と安否確認。一人でも全然問題ないのですが、なんとその後私の話し相手にと、モモがタブラオに派遣してくれたのがフィエスタおじいさんのソーリ。なんという気の遣いよう・・・。ソーリとおしゃべりして時間をつぶしてもいいのだけど、ソーリがペーニャ公演を観に行きたがっていたのは分かっていたので、私は一人でも大丈夫、とソーリにはペーニャに行ってもらいました。

一体何時に始まるのかよく分からないまま、しかしあんまりのんびりしていて直前に慌てることも嫌なので、お化粧をし始める。お化粧のタイミングというのも結構私にとっては重要で、あまり早過ぎても顔が疲れるし化粧崩れもする。しかし短時間でパパパっとできる器用人間でもない(いっつも遅いんです。笑)お化粧といえど、ただ化粧をするだけではなく、私の中では本番への意識を集中する儀式みたいなものでもある。まあそんな感じでお化粧を済ませ、着替も済ませたら、コンコンとノックする音。ドアを開けたら歌い手の瀧本正信さんだった。なんでもたまたま通りかかったら、日本人のジュンコが踊るっていうから観に来て下さったとのこと。ありがとうございます。そしたらいつの間にかチャノが戻ってきていて、もう一人の歌い手が来ていた。パルメーロとしてお手伝いしてくれる踊り手のフアン・ファネガ(あまり人前で踊っていなかったみたいだけど、この人の踊り、多分すごい。)もいて、いないのはモモだけ。モモの方はペーニャ公演が終わってこっちに向かっているとのことだったので、もう一人の歌い手が場を持たせるためにカンテ・ソロをしてライブは勝手に始まりました。(笑)

カンテ・ソロの途中でモモ到着。「ジュンコ、本当にごめんね、すごい待たせちゃって本当にごめんね」と何度も謝っていたけど、私は大丈夫なんだって。あなた、もう本番で歌うんだから歌に集中して、と言ったけど、オーガナイズしながら舞台に立つって本当に大変なんだよなあとモモを思いやる。そしてあっという間に私のソレアの出番。もうその時には自分の体調が悪いなんて全然考えていなかったなあ。こんなに頑張ってタブラオライブを開催にこぎつけて、いっぱいいっぱいの中でも常に私を気遣ってくれたモモのことを思ったら、ソレア、踊ったるわい。という、ふつふつした気持ちが湧いてきました。ソレアは私にとって特別な曲。ただ好きなのではなく、これまでの舞踊人生の中で何度という修羅場をくぐり抜けてきた、その時にいつもなぜか踊っていた曲、それがソレア。だからかもしれないけど、絶対に踊れるという信念みたいなものがありました。

舞台の上で初めて二人の歌い手のソレアを聴いて、やっぱり踊り伴唱に慣れていない人達だと。(笑)そんなわけで即興。振付通りに踊ったら長さもレマーテの位置も全然違うからです。とにかく歌とギターを聴く。歌は3つあったかな。普段自分がソレアを踊る時は大体歌2つだけど、今回は3つだった。歌い手達とは事前に合わせをしていなかったからそういうこともある。エスコビージャが始まって、ちょっとパルマが??という部分もあったけどそれも想定のうちでなんとか乗り越え、ブレリア突入。ここからはギターも完全即興。やっぱりヘレスのブレリアのコンパスは特別なんだなあ。エスコビージャを始めようと思いつつ、彼らのコンパスを聞いていたら、あ、やっぱりやーめた、ブレリア踊ろう、とか。自由自在に泳いでいるような気持ちでずっと踊ることができました。舞台の上で自由を感じられるって、本当に幸せだと思う。毎回起こることではないのだけど。

ビデオはこちら→https://www.facebook.com/100011339136150/videos/134271856960785/

あっという間だったのか、長かったのかよく分からないけど、私の踊りは終わりました。よかった、ほっとした。そしてフィン・デ・フィエスタ。件の瀧本さんやペーニャ公演の後かけつけてくれたソーリおじさん、モモのお嬢さん達も加わりました。舞台が終わってもその場に残っているお客さん達がブレリアを続ける。これもまたヘレスならでは。楽しかった。

本当にモモに感謝です。モモの歌、好きだなあと思っていたけど、今回の件で本当にいい人なんだなあと。こんなにまでに私にしてくれた人はそんなにいない。もし歌い手がモモじゃなかったら、あの日、あのソレアは踊れなかっただろうなと思う。フラメンコって不思議。でもそれがフラメンコの底知れずとした力だったりする。改めてそんなことを思いながら、私のソレアにまた1つ歴史が増えたなと思いました。(笑)

写真:アントニオ・ペレス

2016年2月23日  で、セビージャ戻り風邪はさらに悪化する・・・・(涙)

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