Jul 3

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

たくさんの方々からロンダ・コンクール優勝お祝いメールを頂き、とても嬉しいです。本当にどうもありがとうございました。この優勝を出発点にし新たな気持ちで精進しますので、これからもどうぞよろしくお願い致します!
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私は元気です。木曜に「ラ・ウニオン『カンテス・デ・ラス・ミーナス(鉱山の歌)』」コンクールの予選に行ってきました。この予選は5月中旬からスペイン各地で行われ、私の予選会場は「カルタヘーナ」。セビージャからその街まで車で片道6時間。あまりに遠いので予選の後はあちらのホテルに1泊、次の日セビージャに戻りました。
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そのホテルなのですが・・・車中で歌い手のヘロモに「ジュンコ、予約したホテルどこなの?」と聞かれ「予選会場の近くで高速道路沿いだよ」と言ったら、ヘロモ無言。あれ?と思い「コンクールのホームページのホテル紹介リストの中から選んだんだけど?」と言ったら、ヘロモは「・・・それはもしかすると『ポルベーラ』かもしれないな。」とにやにや。『ポルベーラ』???そしてヘロモは「そんなホテルに泊まったら今晩眠れないぞ〜!」と爆笑。
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えええええええっ!もしかして『ポルベーラ』って、♡ホテルのことですか?!
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やだ〜、どうしよう。私、ラブホ予約しちゃったの?!え〜、でもそのホテルはコンクールの公式ホームページで紹介されていたのに。そんなことってあるの?!するとヘロモが「コンクール準決勝・決勝の行われる8月中旬は近隣のどのホテルもいっぱいになるから、きっとそのホテルもリストに入っているんだよ。ホテルの外観をネットで見た?」・・・・そういえば外観の写真の変わりに、海と船の写真がアップされていた〜!!!予約電話をした時も、「シングルルーム3つ」と言ったら、ホテルの人に「うちはダブルばかりなんだよ」とつっけんどんに言われ、変なホテルだな〜と確かに思った・・・なんで気づかなかったんだろう〜!!!
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これはもう確実。私はラブホを予約してしまったのでした。でも普通載せるか?!公式ホームページに。ラブホを?!(そうそう、だからここはスペインなんです。)・・・・というわけですぐに市内の別のホテルを予約。無事に普通のホテルに泊まることができたのでした。
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そして予選会場は・・・これまたホテル。しかも、リゾート開発地にある5つ星の最高級ホテルのテラス。そこに設置された屋外舞台の背景は広大なゴルフ場。審査員席の周りはディナー席。観客はその5つ星ホテルに泊まっているリッチな外国人観光客。みなさん着飾って着席されていますよ。でもさぁ、これって“フラメンコ・ディナーショー”じゃないの〜?!ここでコンクール予選するんですかぁ???
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この日の予選出場者はカンテ4人、ギター1人、踊り3人でした。みんなぶーぶー文句を言っています。「こんな場所、アンチ・フラメンコだ」とか「こんなところで予選させられるなんて不公平だ〜」とか。う〜ん、確かに。予選は夜8時半きっかりに始まりました。(なんたって“ディナーショー”ですからね。)夜11時〜12時頃始まり、夜通し行われる他のコンクールに慣れている私は、なんか変な気分。しかもこの時期のスペインの夜8時半といえばまだ周りは明るいのです。そしてコンクールが始まってもお客さんは食事を注文しているし、舞台と審査員席の間をウエイターが行き来しています。さらには後ろの方で歓談をしている人のしゃべり声、笑い声が舞台にまではっきり聞こえてくる・・・・なんじゃこれは・・・・。
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でも私はそんなに気にならなかったかな。1曲目はタラント。そんな状況の中で踊ったタラントでしたが、私は自分がものすごい集中力で踊っているのを感じていました。ロンダ・コンクールの時は床がつるつる滑って満足な踊りができなかったけど、今回は自分の足が舞台の板を貫通してしっかり大地とつながっていた。出だし好調。よしよし。2曲目はバタ・デ・コーラのアレグリアス。この頃には周りが暗くなってきたので、やっとフラメンコらしい雰囲気に。(でも照明がなかったので、黒い衣装の人はかわいそうでした・・・)みなさんのお食事も終わり、やっと鑑賞ムードになっています。よしよし、さらによし。私のアレグリアスものってきました!・・・・と客席から何か光るものが。何????そして次々と光る!・・・・なんと、カメラのフラッシュだ〜!!!お客さんが私の踊りの写真を撮っているのです。「エクスキューズ・ミー!これはコンクールなんですけど〜!」と心の中で思いながら、でもなんだか余計に楽しくなってきて、そのまま踊りきってしまいました。あのアレグリアスはよかったな〜。終わった後に、歌い手のヘロモが「あんなにざわついていたお客さんが、全員ジュンコに釘付けだった。」と。ギタリストのフアン・カンパージョくんも「ギターを弾きながら、僕の足はジュンコと一緒に踊っちゃったよ!」と目をきらきらさせていました。
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ロンダのコンクールに比べて、踊り自体がずいぶん安定してきたと思います。舞台の上で動じなくなってきた。もちろん舞台に立つ前は緊張するけれど、その緊張をコントロールできるようになってきた。やはり「何か」を学んできているんだ。これまでは無我夢中で自分では分からなかったけど、今回の予選でそれをはっきり感じました。今まで大変だったけど、挑戦してきてよかった。
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予選前々日にギター、カンテとの合わせをし、また、個人レッスンをお願いしていたラファエル・カンパージョにも踊りを見てもらいました。そしてラファはこう言ってくれたのです。「ボタ(男性用フラメンコシューズ)を持って来たけど、履く必要はなかったね。もう踊りはできているから僕が手を加える必要はない。そのまま踊るんだ。多分決勝に進出できるから、その時は呼んで。また踊りを見てあげるから」そう言ってにっこり笑われた時、本当に嬉しかった。
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あの日の踊りで、私は予選通過できる実力を示したと思う。でも時によって実力がそのまま結果に反映しないこともあるから。。。。もし自分の力の及ばない所で何かが陰で動いているとしたら、もうそれは仕方がない。特別な名字も特別な関係も持っていない人間はそれに太刀打ちすることはできない。でもそれを承知の上で私はこのコンクールに出場した。そしてロンダでは何も持っていない私に優勝が与えられたのだ。そんなコンクールだってある。正義バンザイ!!!
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結果がどうであれ私は進んでいきます。悔しい思いをしたのは数知れず。でも私は自分の実力だけで突き進むのだ。これまでずっとそうしてきたからこそ、今の自分がある。コネやカネでひょいひょいと階段を上らせてもらえる人が絶対に絶対に得られないものを私は持っている。それは踊りがうまいとか下手だとか、スペイン人だとかヒターナだとか、日本人だとか、コンクールで何位とかそう問題ではない。私が私である絶対的な自分の存在価値。他人との比較でもなく、他人からの評価でもなく、ただ単にこの世の中で私という人間はたった一人しか存在しないこと。それに誇りを持ち、それと共に生き続けること。それが舞台の上の自分を支えていること。勝ち組でも負け組でもない。私は私一人で『ハギワラジュンコ組』なのだ!!!
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明日セビージャを発ちます。木曜から東京クルシージョで一生懸命教える。恵比寿サラ・アンダルーサライブでも踊る。そして8月末のロンダ・フェスティバルに向けて準備する。やることは山ほどあり、どれもおろそかにできません。
よし、がんばるぞ!・・・・その前に目の前に広がっているスーツケースをなんとかしないと。。。と思いつつ、ちょっと買い物に行っちゃおうかな〜。今週からバーゲンが始まったので日曜だけどお店が開いているだよね!うひひ。
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2010年7月4日 明後日夕方に成田に着きます。 今の所はまだ、セビージャにて。 
Jun 27

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

私の方はと言えば・・・なんとロンダ・コンクールで優勝してしましました。↓
  • 2010年6月25日 第16回「カンテ・トーケ・バイレ全国コンクール「アニージャ・ラ・ヒターナ・デ・           ロンダ」優勝
  • 2010年8月21日  第42回「ロンダ・カンテ・グランデ・フェスティバル」出演
Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子(優勝)
  • ハビエル・リベーラ
  • モイ・デ・モロン
  • ミゲル・ペレス

なんだかいまだに信じられません。コンクール決勝は金曜、夜通し行われ、朝5時過ぎにやっとセビージャに着きました。昨日は洗濯したり寝たり食べたり・・・をぼーっとしながら繰り返すうちにあっと言う間に日にちが変わってしまいましたよ。だからまだぴんと来ていないのかな?「優勝」が。
というより、そもそも私は自分が優勝するとは思っていなかったのです。決勝前日の合わせで、ギタリストのミゲル・ペレスにこんな事を言われました。「ジュンコが分かっているように、コンクールの結果というのは政治的な絡みがある。だからもし優勝できないとしても、決勝に残ったことだけでジュンコと俺達にとってはもう『優勝』したと同じことなんだ。『優勝できる踊りではない』と言っているのではないよ。ジュンコにとってこれから障害になるのは踊りじゃなくて、外国人であるということだ。なぜなら、外国人に『優勝』を与えるということは『フラメンコはわれわれのものである』と考える彼ら自身の尊厳を自分たちで自ら覆すことになる。それは矛盾だからだ。」
ミゲルは正しい。私にもそれは分かっていました。もちろん外国人であっても何か強力なコネがあれば優勝はできるかもしれない。でも私にはない。でもそれを分かっていて、敢えてコンクールに申し込んだのです。強力なコネを吹っ飛ばすほどの確固たる実力をつける。それが私に残された唯一の道だから。コンクール出場を通して実力をつける、優勝して踊り手としての道が今よりも開かれれば、舞台で私は成長できる。だけど、コネのない私は優勝はできないだろう・・・。いろいろな気持ちを抱えてあの日、ミゲルのスタジオから家まで歩いて帰りました。重いバタ・デ・コーラを持って。1時間もかかって。でもただ歩きたかった。
当日。決勝進出したのはマラガの踊り手ウルスラ・モレーノと私の二人。私たちはくじを引いて ①ソレア(私)②アレグリアス(ウルスラ)③アレグリアス(私)④シギリージャ(ウルスラ)という順番になりました。その1曲目の私のソレアが終わった後、ミゲルが私に言ったのです。「アレグリアスを今まで通り踊れば、ジュンコが優勝だ。」
え???だって外国人だから優勝できないって言ったのミゲル本人じゃなかったの???ぽかんとしてしまった私に、ミゲルが一言。「あのソレアで優勝できなければ、このコンクールはイカサマだ」
あの時のソレア。今考えると、あのサリーダ(出だし)で全てが決まったように思えました。こんなソレアのレトラ(歌詞)でした。今思い出してここに書くので多少違うかもしれませんが・・・
Toda la parte del mundo
sale el sol cuando es el día.
A mí me sale de la noche.
Hasta el sol va contra mía.
どんなことを歌っているのかというと、「世界のどこでも太陽は昼間に出る。でも私(のところ)には夜に出る。太陽までもが私に逆らっている。」こんな感じでしょうか?実際スペイン語の歌詞を日本語に訳すと無理があります。私自身うまく訳せません。日本語に訳してしまうと、自分がそのレトラを聞いた時の感覚と全く変わってしまうから。ま、それはまた別の問題として、この歌を聞いた時に自分の中から何かが「ぶわっ」と沸き上がってきたのです。あの独特の感覚がある時、私の踊りは私の踊りであり、私の踊りでなくなる。踊っているのは私だし、頭もちゃんと機能している。でも本当に私を踊らせているのはその「ぶわっ」だからです。
たとえセビージャに住んでいても、私はフラメンコの土地のものではない。私は明らかに外国人だ。でもカンテ(フラメンコの歌)を聞いているとフラメンコが自分の中にも生きているということ、それが自分の人生の一部をえぐり取っていることに気づかされます。カンテはジャンル分けすれば「音楽」なのだろうけど、それは本当に「音楽」の範疇に収まるものなのだろうか。カンテはメロディーではない。自らの感情の発露、爆発が言葉となって外に出たものだと思う。ある時はささやきだったり、またある時は叫びだったり。もちろん何を歌っているかよく分からない時もあります。でもその歌われていることが私の心を貫く時、そこから出る私の踊りも誰かの心を貫くのではないでしょうか。そしてそこに外国人であるということが、どれほど意味を持つのでしょうか。
私はウルスラの踊りを見ていません。ただ、彼女のシギリージャのサパテアードの音を聞いた限りでは相当実力があるように思えました。自分が外国人であるから・・・ということを抜きにしても、優勝するのは彼女かな、となんとなく思っていたのです。だから結果発表の時に「Segundo premio Ursula …..(第2位ウルスラ)」というのを聞いた時に「はぁ???」と思ってしまいました。「ってことは私が1位?」いや、待て、もしかしたら今年は優勝者がいないのかもしれない。私の名前が本当に呼ばれるまでは・・・・そして、「Primer premio japonesa Junko …..(第1位日本人のジュンコ...)」という声を聞いた時に思ったことは・・・。「もしやこれは『どっきりカメラ』では?!」そして思わず周りをきょろきょろ、あのどっきりプラカードを探してしまいました・・・・。こういう時に限ってなぜこんな発想をしてしまうのでしょう。日本のテレビ番組が(しかも古すぎる・・・)ロンダに来る訳がないじゃない。まったくもう。
でもその後が嬉しかった。なんと客席に、ウブリケ・コンクールの司会者の姿が!ウブリケ・コンクールといえばこれまでに私が3度出場し、昨年準優勝となったコンクールです。そのコンクールの司会者は毎年私を応援してくれて、今年はロンダまで応援に駆けつけてくれたのです!そしてまた別のウブリケの方からも昨日お祝いメールが。その方は、8月に私が出演するロンダのフェスティバルに観に来て下さるとのこと。ありがとうございます。正直言って、優勝したことよりもそっちの方が嬉しかったかな・・・
帰りの車の中ではミゲル、モイ、ハビエルが大興奮。疲れきって眠りこけるる私を「オイ、優勝者、眠るな!」と起こしてきます。ミゲルは「これで俺は賞を4つ獲得したぜ!ウブリケ(・コンクール)のイスラエル(・ガルバン)、ラファエル・デ・カルメン、コルドバのソラジャ(・クラビホ)、そしてロンダのジュンコに俺は弾いたんだ!」というより、その3人のすごい踊り手達と並べられちゃっていいんだろうか・・・。ミゲルが喜んでいるから何も言わないけど・・・。モイとハビエルは8月のフェスティバル出演できると決まってうっきうきの様子。夏のアンダルシアのフェスティバルに出演できるのはアーティストとしてとても名誉なことだからです。最近では不況のためフェスティバルが縮小されているので(中止のところもあるらしい)昔のように大物アーティストが続々とフェスティバルに出演することは少なくなってきました。でもやはりフェスティバル出演というのは私にとっては夢のよう。。。。
そんな私にミゲルが釘を刺します。「ジュンコ、フェスティバルに向けてちゃんと準備しろ。」そうです。もちろんいつでも準備しているし、このコンクールに向けてもさらに準備してきました。でもフェスティバル出演というのはもっともっと大きな責任が伴う・・・・今年のロンダのフェスティバルではホセ・メルセーが出演するそうです。そんな大物アーティストとともに私もフェスティバル出演するのだから・・・・
その緊張を今感じ、そして今週の木曜には別のコンクール「ラ・ウニオン」の予選でタラントとアレグリアスを踊ります。今日から今度はタラントの練習。応援して下さった皆様、日本の生徒さん達からのお祝いメールやお電話を頂きとても嬉しく思っています。どうもありがとうございました。そしてともに闘ってくれたミゲル、モイ、ハビエル。感謝の気持ちがこれからの私のエネルギーになっていくようです。これからももっともっとがんばりますので、どうぞよろしくお願い致します!
2010年6月27日 今日は妹の誕生日。おめでとう! セビージャにて。
Jun 1

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

こちらセビージャ、本日の気温は41度にまで上がりました〜。でもここは大丈夫。ふっふっふ。なぜならもうエアコン取り付けてもらったから。なんと、本当に指定日に来てくれたんです!すごい。エル・コルテ・イングレス(スペインのまともなデパート)で買った甲斐があったというものです。「明日の9時」と言われた時にはどうせ来ないだろう、なんて思ってしまったけど、なんと本当にその日の9時半に来てくれました。30分遅れ?そんなのスペインでは遅れに入りませんよ〜。優秀優秀!

そして、ウニオン・コンクールの予選日は・・・・今日やっとやっとやっと決定してもらえました。7/1、会場はカルタヘーナです!早速飛行機のチケットをとりました。クルシージョの日程&時間割は今、いつもお世話になっているスタジオ・アル・ソルさんと調整中です。クルシージョお待ちの方には本当に申し訳ございませんが、詳細が決まりましたらすぐにアップさせて頂きます。

と、ここでブログが終わっちゃぁ、つまらないので今日は別のニュースを・・・

コルドバのフェスティバル「ラ・ノチェ・フラメンカ・デル・コルドバ」に出演します!決定です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010年6月19日 コルドバ、ポトロ広場 1:30H開演

踊り カンテ ギター
  • 高木亮太
  • 屋良有子
  • 萩原淳子
  • モイ・デ・モロン
  • 広重有加
  • ミゲル・ペレス
  • 徳永健太郎

www.cordobanocheblancaflamenco.com ←コルドバ「ノチェ・フラメンカ・デル・フラメンコ」公式HP

noticiaflamenca.blogspot.com ←詳細は志風恭子さんのブログ(5/26付)でも紹介されています。

今回のフェスティバルでは、日本人グループのフラメンコ公演ということで、セビージャ在住フラメンコ・ジャーナリストの志風恭子さんからお話を頂きました。スペインで行われる日本人グループ公演に出演するのは今回で2回目。前回は2006年12月に行われたプエルトジャーノでの公演でした。当時の共演者は三枝雄輔くん(踊り手だけどカンテを歌ってくれました)、木村彰人くん(京都のギタリスト)。懐かしいな〜。あれから4年も経ってしまったんだ。雄輔くんはパパになり、日本でばりばり踊っているみたいですね。木村氏(私は彼のことを「きむらうじ」と呼んでいます。なぜか。)はそういえばセビージャに新婚旅行に来るって言っていたなぁ?私は相変わらずセビージャにいますが、あの当時に比べて少しは人間丸くなったかな?そして踊りもちょっぴりよくなったかな???(そう思っているのは自分だけ???)

今回の共演者は踊りは高木亮太くん、屋良有子ちゃん、ギターは徳永健太郎くん、ミゲル・ペレス、カンテは広重有加さん、モイ・デ・モロンです〜。すごいですね!豪華メンバー!(自分は棚に上げてます、もちろん。)高木亮太くんとは、昨年11月の小松原庸子スペイン舞踊団マドリッド公演で共演しました。マドリッドの男の踊り手達に混じってすごくすごくがんばっていた亮太くん。合同練習が終わった後も一人夜中まで特訓をしていましたよ。えらいなあ。屋良有子ちゃんは、実は同じ大学のフラメンコサークルの後輩なのです。でも共演は初めてです。技術ばりばりの上手な有子ちゃん、どんな踊りを見せてくれるのでしょう。楽しみです。ギターの健ちゃんとはセビージャで知り合いました。共通のお友達を通じて。あんまり私とはしゃべってくれなかったけど(私がしゃべりすぎてたか?!)、私の大好きなヘレスのアーティスト達のCDを薦めたら、目を輝かせて聴いていました。健ちゃんもフラメンコ大好きなんだな〜。広重有加さんとはまだ面識がありません!人見知りする私なので緊張しますが・・・みなさんと協力してがんばりたいです!

そして強力バックアップのミゲル・ペレスとモイ・デ・モロン。ミゲルとは3月の私のセビージャ公演で共演しています。素晴らしいギタリスト。人間としても本当にいい人です。また共演できるなんて嬉しいわ〜。そしてモイ。彼とは初共演ですが、ずっと共演したいと願をかけていた歌い手。これまた嬉しいわ〜。

そして4年前の日本人公演、今回のコルドバ・フェスティバルの公演ともに中心になって下さっている、志風恭子さん。いつも声をかけて下さってありがとうございます!今回もどうぞよろしくお願い致します。

私はバタ・デ・コーラでアレグリアスを踊る予定です。いい公演になるよう、しっかり練習しなくては!(暑さとの闘いです・・・。)

ではまたお会いしましょう。

2010年5月31日 セビージャにて。 斜め上からぴっかぴかのエアコンが私のブログを読んでいます。

May 10
セビージャに着きました。
La Yunko | ブログ, 新着情報 | 05 10th, 2010| Comments Off

 

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

私は元気です。お陰様で無事セビージャに着きました。(よかった〜)

こちらは相変わらず日差しが強い!日本から持って来た美白化粧品が役に立つのかどうか・・・それにしてもこちらの女性は元気いっぱいですね。日本人女性からみたらぎょっとするようなシミ&しわでも大声で話し、大笑いしています。顔にシミ&しわがあるというよりも、シミ&しわの中に目鼻があるという人もいますよ〜。すごいですね〜。首や胸元がゾウみたいな皮膚になっている人もいます。でも元気なんです。みんな。このエネルギーはやはりこの太陽から来ているのかな?そしてこの青い空。真っ白でとってもきれいな肌の日本人女性のほとんどが、なぜか人生つまらなそうな顔をして電車に乗っているのをこの1ヶ月見てきたので、すごく対照的です。

どっちがいいのかな?この空を全身いっぱいで受け止めたい。でもゾウは困るし・・・。う〜む。

先週1週間は家の掃除、後片付け、そしてクラス見学をして終わりました。毎回日本から戻って来る度にクラス見学をしています。セビージャではいろいろな先生がいろいろな場所で教えていらっしゃるので、あちこち回るのは結構大変なのですが、クラス見学は大好き。ものすごく勉強になります。先週見学したクラスはアナ・モラレスのテクニカと振付けクラス、ラファエル・カンパージョの振付けクラス3つ、アリシア・マルケスのバタ・デ・コーラのクラスでした。

アナ・モラレスは昨年のウニオンのコンクールで優勝した実力派バイラオーラ。抜群のテクニックを持ち合わせています。生徒は5名ほど、初級レベルの人がほとんどですが、ものすごく難しいテクニカを教えています。そりゃ、あなたしかできないでしょ!と思ってしまったけど・・・。いや、でも生徒が初中級者だからといって、出し惜しみをしないところがすごい。手を抜いていない。これは教える側としてとても大切なことだと思うのです。今できることだけでなく、その先があるということも教えて、生徒の可能性を将来的に引き出す。生徒の方にそれを受け止める度量と視野の広さがないと(技術レベルでなく)この教え方は意味を持たないのですが。

ラファエル・カンパージョの上級&中級クラスでも、すごく難しいことを教えています。一見上手に踊れる人もクラスにいますが、カンパージョのレベルでできる人は誰もいません。問題は技術レベルが足りないことよりも、ちゃんと見ていない、ちゃんと聞いていない。できないと思ってやっているのと、できていないのにできていると思ってやるのでは、同じできないでも全然違う。でもやっぱりカンパージョもすごい。ちゃんと教えている。そしてすごく大切なことを確実に伝えています。すごく大切なこと・・・それは難しいテクニカではなくて、当たり前のことを当たり前にちゃんとやる、ということ。でもそれは当たり前すぎて、みんな「できている」と思っちゃうんだよな〜。私も含めて・・・。う〜む。

アリシア・マルケスはセビージャに自身のスタジオを持つ踊り手です。「アリシアの踊りって、きれいだけど何か伝わってこないんだよね〜」なんて、勝手に思っていたので、クラスを見学しようと思ったことすらなかったんです。(白状しました。ごめんなさい。)でも先のヘレス・フェスティバルで見たアリシアの踊りがすごかった。あの日私は大風邪を引いて意識朦朧としていたけど、そんな私にも伝わってきたあの時の踊りが、それまでの私のアリシアに対する勝手なイメージをぶち壊してくれたのです。ちょっとフラメンコの知識が増えてくると、自分が批評家にでもなった気分で人の踊りを判断してしまう。本当はまだ何も知らないのにね。そういう部分を直さないと、自分がどんどん独断と偏見のかたまりになってしまう・・・。

というわけで、今月はアリシア・マルケスのバタ・デ・コーラのクラスを受講します。私が持つバタ・デ・コーラのテクニックはミラグロス・メンヒバルのもの。アリシアが持つものとは少し違いますが、違うからこそ興味深い!だから習う!きっといろいろ吸収できるでしょう。あとは奮発(!)してラファエル・カンパージョの個人レッスンをとることにしました。振付けをもらうのではなく、自分で振付けたタラントをカンパージョに見てもらうのです。そんな個人レッスンは初めて。カンパージョも初めてだと言っていました。どうなるのかな?初レッスンはあさって。楽しみです。でも緊張して踊れないかも????

ではまたお会いしましょう。みなさんもお元気でお過ごし下さい〜

2010年5月10日 セビージャにて。

Apr 6
志風恭子さんの批評から 2
La Yunko | ブログ, 論評 | 04 6th, 2010| Comments Off

みなさんこんにちは!ちょっと春らしくなってきたかな?いかがお過ごしでしょうか?

私は元気です。前回のブログをアップしてからたくさんの方から(主に公演にて私の踊りを観てくださった方々)励ましのメッセージと踊りに関するご感想を頂きました。「あの公演で歌い手が一番力を入れて歌っていたのがタラントだった」「歌に対して踊っていると思っていたので、背中を向けられたとは思わなかった」「これからもがんばって下さい」「泣きました」等。以前の公演の私の踊りに対する感想を寄せて下さった方もいらっしゃいました。本当にどうもありがとうございました。

志風さんからもその後個人的にメールを何通も頂きました。(セビージャでだったらバルで飲みながら語り合うのでしょうが。)それらのメールで、逆に志風さんの方が私自身よりも、私の踊りに期待して下さっているということに気づかされました。「スペインで食い込んでいこういう意気込み、それを実現させていく実力と実行力はすごい」(「」内は志風さんからメールからそのまま引用)そして、私の踊りを「あるレベルをクリアしているからこそ、エバやラフィをみるときと同じ視点でみて書いた」 とのことです。(注:エバやラフィ・・・エバ・ジェルバブエナとラファエラ・カラスコのことと思われます。)

そうか、、、そんな風に私は思われていたのか。ただ毎日毎日一生懸命学んできただけ、と自分では思っていたけど。でもその反面、いつの間にか私はセビージャに住み、そこで学び、そこで踊ることに慣れっこになってしまっていたんじゃないか、という気もしてきました。前に前に進んでいるようで、ある意味その現状で安住しちゃっている自分もいたのではないかな、と。自分の踊りを志風さんのような視点でとらえたことがありませんでした。志風さんの方がもっと先を見ていらっしゃる。私の踊りに関して。私が今年ウニオンのコンクールに出場することを志風さんはご存知で、そこでの入賞を意識していらっしゃる。ウニオンでは今回批評の対象となったタラントが審査されるので、それをふまえてあえて私のタラントに関して厳しい批評をして下さったのでした。ウニオンのコンクールに申し込んだのは私ですが、実際、入賞というのを自身では意識していなかったように思います。とりあえず申し込むだけ、申し込んだという感じ。私は自分に甘くなっている。その甘さを批評によってつかれた気がします。

そして、厳しい批評を拝読した時のショックの奥底にあったのは「人に高く評価されたい」という気持ち。そして今回の批評を、私の踊りを観たことのない人が読んだら「私は一体どう思われるんだろう?」という不安。他人の目を気にする小さな自分。さらに、自分が「こうだ!」と感じるフラメンコに関しては全く触れられていない批評を読み、反発の気持ちまで持ってしまった私。自分のフラメンコ観に固執するあまり、他の視点による意見を受け入れにくくなっているのではないか?そのプライドの高さというか自意識過剰というか、頭の固さというか・・・自分の人間としての浅はかさ、未熟さに気づかされました。もっと素直に謙虚になることで、私はもっと学べるはずだ。そう頭では分かっていたはずなのに、厳しい批評を公表されたことで、「なんで私がそこまで言われなくちゃけいないの?志風さんひどい!」なんて思ってしまった私。私の現地での活動を知った上で、そして私の今後のことまで考えて下さってあえて厳しい批評を下さった志風さん。感謝すべき方なのに。ひどいのは私の方ですね。

人間としてまだまだまだだ~。踊り手である前に人間でありたい。そういつも思っていたはずなのに、それがスコーンと抜けていた私。これから何をすべきか、振り出しに戻ってしまいました。でもそこに戻れたことも、そこに戻してくれる人がいるということも、私にとっては大切なことだと実感しています。(でも思っているだけじゃだめなんだ。ちゃんと実行しなくちゃ。)

「次回を楽しみにしています。期待していますよん」とおっしゃる志風さん、そして今回の件で励まして下さったみなさん、本当にどうもありがとうございました。不器用で時間がかかる私ですが、これからもどうぞよろしくお願い致します。

次回は4/16(金)、4/24(土)に恵比寿サラ・アンダルーサで踊ります。今の自分を出すしかありません。

2010年 4月6日 中野にて。

Mar 2

みなさんこんにちは!

萩原淳子、ヘレス・フェスティバル併行ペーニャ公演に出演します!

2010.3.10 // ヘレス・フェスティバル併行ペーニャ公演 『De Peña En Peña』

                      ペーニャ・フラメンカ ¨ラ・スア¨-(ヘレス)Calle Albadalejo 38. 23:55H.

公演チラシはこちら   festival-jerez-2010 

Baile Cante Guitarra Violin y Percusión
  • 萩原淳子
  • リディア・エルナンデス
  • ヘスス・カスティージャ
  • パコ・デ・ヘレス
  • ソフィア(バイオリン)
  • パブロ・モレーノ(パーカッション) 

今回はパコ・デ・ヘレスという、その名の通りへレスのギタリストの音楽グループ(ギター、カンテ、バイオリン、パーカッション)のペーニャ公演において、踊り手として参加することになりました。

実を言うと、去年のヘレス・フェスティバルでも、パコ・デ・ヘレスから同じ併行ペーニャ公演の出演依頼を頂いていたのです。でもその時はすでに日本に一時帰国をすること、新宿エルフラメンコでのAMIさんの公演にゲスト出演することが決まっていました。そして東京クルシージョも。去年、その話を泣く泣くお断りしたのを今でも覚えています。そして、その次にまたパコから別の共演依頼があったのですが、それが昨年私が出場したウブリケ・コンクールの決勝前日だったのです。日程的には重なっていなかったのですが、彼らのグループと仕事をするためには、ヘレスに通わなくてはならず、それをコンクール決勝の準備と同時進行でするのは難しいと判断し、これも残念ながらお断りしました。2度もお断りしてしまって、もう仕事の話がこなくなるんじゃないか・・・と悲しく思いましたが、仕方がなかったのです。日本にいる間はスペインで踊れないし、ウブリケ・コンクールの決勝に進出したのは私にとって重要なことだったし・・・・.。でもパコは、私が日本でも活動していること、ウブリケ・コンクールで準優勝をしたことも喜んでくれました。そして今回が3度目の正直!今年のヘレス・フェスティバル併行ペーニャ公演に、私は彼らと出演します!

早速、今日彼らとの合わせがありました。ソレアを踊ってと言われましたので、ソレアを1曲。そして彼らのテーマ曲のブレリアでも少し踊ります。ソレアを希望されたのは、私にとってはすごく嬉しい。私はアレグリアスもよく踊りますし、大好きです。でもよくギタリストや歌い手から「ジュンコの踊りをみるにはソレアだ」と言われることが多いのです。もちろんその時によって、ギターやカンテによって私の踊りは変わるので、そうでないこともあるかもしれない。でもソレアは私にとって何か特別。

今度のペーニャ公演はどうなるのでしょうか。ヘレスで踊るのは初めてなのです。セビージャに住む日本人の私にヘレスのコンパスはありません。それはヘレスの人にとってはマイナスなのかもしれないけど。でも私は一度として「ヘレスのおじちゃん・おばちゃんみたいに」踊りたいと思った事がないのです。それは私がセビージャに住んでいるからではなく、マネのできることではないから。彼らの素晴らしいアルテは誰にもマネできないと思うのです。ファルキートやコンチャ・バルガスをマネできないのと同じ。もし器用に形や雰囲気だけをマネをできたとしても、せいぜい「こぶ茶・バルガス」どまりでしょう。「バイラ・ビエン(上手に踊るね)」という言葉が時として「イミタ・ビエン(マネが上手いね)」を意味している、ということを私は知っているからです。

「マネ」ではない私の踊りってなんなのでしょう。こちらでいろいろなアーティストと共演して、そしていろいろな土地で踊ってきて思うのは、私自身の心がまっさらになっている時、聴いているものに心から感じた時に出る何か、それが私の踊りなんじゃないかな・・・ということ。なぜならその瞬間、それを表現できるのは私しかいないから。マヌエラ・カラスコにもエバ・ジェルバブエナにもそれはできない。私の感情は私のものだから。そしてその感情が純粋であればあるほど、人の心に届く。それはきっと、セビージャでもヘレスでも日本でも同じだと思うのです。ある人の踊りが素晴らしいのだとすれば、それは、その人がその人自身であることを貫いた時、それが誰かのマネではない、唯一無二という点で素晴らしいのだと思います。

彼らと、そしてヘレスの人達とどんなフラメンコを共有できるのでしょうか。私は自分を偽ることなく、他人に迎合することなく、自分の感じることに素直でありたいと思います。

2010年3月2日 ヘレスにて。

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