Aug 10
アンへリータ・バルガスのクラス
La Yunko | ブログ | 08 10th, 2010| Comments Off
みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?
今日は月曜日。魔の月曜日。月曜はいつも調子が悪いのです。特に週末海に行っていたので・・・あんなに楽しんだのに〜!!!(写真:ボロニア海岸近くのローマ遺跡「バエロ・クラウディア」で飛ぶ私。ラララ〜♪)
月曜の朝いつものスタジオにこもって練習する自分が信じられない。いやだ〜!!!そんな調子で午前中の練習は不発に終わってしまいました。いかんいかん。
気合いを入れて午後からはアンへリータ・バルガスのクラスへ。クラスは18時から始まるので17時半には家を出なければいけません。スタジオまで歩く20分。暑い。8月のこんな時間帯に歩いているのは旅行者と私ぐらい。暑いのででれでれしそうだけど、ここで本当にでれでれ歩くとスリに狙われるので、とにかくすたすた歩く。スタジオに着く。今日のアンへリータは真っ青のワンピースにレギンス姿だ。昨日はショッキングピンクのTシャツ、その前は真っ赤なワンピース。もうすぐ還暦を迎えるはずのアンへリータ。こちらの女性は元気な色を好んで着る。太陽の光が強いので、日本人の色彩感覚からするとぎょえー!!っと思うような色が映える。逆に日本で素敵に見える色というのは、残念ながらこの街ではくすんで見えてしまうのである。
いつも時計を見て時間を気にするアンへリータ。時間通りに始まる。そして時間通りに終わる。1分でも延長するのがお嫌いのようだ。今クラスで振付けているのはソレア・ポル・ブレリア。生徒は私を入れて5人ほど。外国人の初心者の人が多い。以前の私は自分と同じくらいのレベルの生徒がいるクラスに所属したがっていた。でも最近はそうでもない。小ぎれいに上手に踊る人達というのはある程度のレベルを持っているけれど、多くの場合鏡の中の自分に満足していてそこから脱しない。脱する時は同じように小ぎれいに踊る人にライバル意識を燃やす時か、自分よりも技術レベルの低い人、もしくはパソや振付けをとるのに時間がかかる人を見て優越感に浸る時だ。そのような人達と一緒の空間にいると私は居心地が悪い。余計な疲労感を感じてしまう。本当に実力のある人というのは、もっとストイックだ。自己陶酔することもないし、クラスで自分の実力を誇示しようなんて思っちゃいない。ちなみに、こんな人間観察をしているから私の実力は中途半端のままである。
今のクラスはほとんど初心者の人なので、クラスがしょっちゅう止まる。なかなかリズムがとれなかったり、とれても足が思うように動かない人がほとんどだからだ。でもそういう時は、みんながつまずく部分が分かるし、どういう風に教えればできるようになるか考えることによって、自分の教授活動に役立つ。誰だってみんな最初は初心者なのだ。本当はみんな、永遠の初心者なのだと思う。(「みんな」というのが失礼なら、「少なくとも私は」ということにしておこう。)
この間発見したことは、初心者だからこそする質問に実は重要なことが隠されている、ということである。それらの質問は、フラメンコ歴の長い人からすれば「当たり前のこと」なのかもしれないが、実はその「当たり前のこと」が一番重要なんだと思う。でもそれは「当たり前」すぎて、もう考えなくなってしまっていたり、もしくは自分はできていると考えている。本当はできていないのに。初心者の人というのは、生半可な知識や技術を持っていない分、それだけまっさらの状態でフラメンコに接することができる。だからこそその質問は核心をついていることが多い。う〜む、とうならされる。彼女達と学べるのは本当に貴重だ。
さらに今日発見したことは、アンへリータの足さばきがなぜあんなに美しいのか、ということ。2年前彼女のクルシージョを受けた時も美しいな〜とずっと思っていた。でもどうしたらあのような足さばきになるのか分からなかった。でも今日分かったような気がした!ちょっと試してみた。するとすぐさまアンへリータに直された。形だけマネしても、それはできていることにならない。重要なことは「当たり前のこと」に隠されている。それを学ばなければなんの意味もない。
明日は何を発見するのだろう。自分のできていない部分がどんどん明るみになっていく。こんな私が来週の土曜にはロンダのフェスティバルで踊るのだ。今年のロンダ・コンクールの優勝者として。私は一体なんなのだろう。でも踊らなくちゃ。今私ができる精一杯のことをぶつけなければならない。それは本当にちっぽけな事なのかもしれない。何年学んでも何年セビージャに住んでもそのちっぽけさは大して変わらない。でもそれはそれで、私は私として受け入れようと思う。そこから私の踊りは始まるように思うから。
洗濯機がまだ動いている。もう夜中なのに。
あ、もう火曜日になってしまいました。
2010年8月10日 セビージャにて
Aug 3

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

私は元気です。日本での3週間は怒濤のごとく過ぎ、先週の水曜にセビージャに戻りました。とにかく今回は暑かったのと忙しかったのと・・・大変!でしたが、第4回目となったクルシージョ、そして恵比寿「サラ・アンダルーサ」でのライブ3公演など非常に非常に充実した3週間でした。受講して下さった皆様、ライブにお越し頂いた皆様どうもありがとうございました。

あ、ご報告ですが、ウニオン・コンクールの予選は落ちました。たくさんの方に応援して頂き予選通過の結果を待ち望んで頂いていたのですが、通過ならず。予選では自分の踊りをできたと思っていましたし、ギタリストやカンタオール(歌い手)とも準決勝に向けて話をしていたのですが・・・・でも実は心の中で「通らないかもしれない」とも思っていたのです。コンクールに申し込んだ日から予選の日までに、いろいろな人の、このコンクールに関するいろいろな裏情報を耳にしてしまっていたからです。もちろんそれらは噂なので真実かどうかは分かりませんが。

予選落ちを知らされたのは7/26(月)、恵比寿でのライブの当日朝でした。予想はしていたものの、実際本当に落ちたことを知らされると悔しいのと虚しいのと・・・・こんな気持ちのまま今日は踊れるんだろうか。これまでのライブ2日間でせっかく波に乗って来たのに・・・がーん。と思いながら恵比寿に着きました。共演のエミリオ・マジャに「ウニオン落ちた」と言うと、そばにいた歌い手のエンリケ・エル・エストレメーニョがいきなり激怒し、「何だと????ジュンコがウニオンに落ちただと???」「あのコンクールは・・・・(日本語訳不可能の罵倒語)だ!!!落ちるべき踊り手が予選に通って、予選に通るべき踊り手が落ちる!!!俺が電話してやる!!!」ものすごい剣幕。実際にはエンリケはコンクール主催者に電話はしないと思うし、(多分ね。でもその気持ちだけで十分嬉しい。)結果は変わらないので私としてはもうどっちでもいいや、という気持ちでしたが、エンリケの激怒を目にして、なんだか逆に気持ちがすーっと落ち着きました。

そのお陰かな?月曜のライブの踊りは、やっぱり出て来た、あの「ぶわ〜」が。それはいつも出て来るとは限らないし、いつどこで出るかは分からない。でも時にして私の踊りに出て来るもの。うまく説明できないけど、何かをキャッチした時、何かと交信できた時(私は地球人ですが)、自分の中の針のようなものがマックスにふりきる瞬間があります。そうしたら後はそれに従うだけ。そしてそれがあの日、2部で踊ったアレグリアスの、2つ目の歌が歌われた時に起こりました。今でも覚えていています。すごい。自分がすごいのではなく、その瞬間が世の中にあるということが。それが自分に巡り回って来たということが。この瞬間があるから、私はフラメンコを踊っているのだと思う。やっぱりフラメンコって素晴らしい。自分の人生の中でフラメンコに出会えた事に心から感謝する瞬間なのです。

結局のところ、あの予選落ちの真相は分かりません。私が聞いた噂やエンリケの言っていた通りのことが起こってしまったのか?単に私の実力が予選通過者よりも劣っていただけの話なのか?どちらにせよ、コンクールの結果は結果でしかない。良くても悪くても。考えても仕方がないことは考えない方がいい。ネガティブになって自分に悪影響を及ぼすから。自分の踊りの問題点だけ反省して、そしてよかった所は自分の中で守る。そして踊り続ける。日本でもセビージャでも、コンクールでもそうでなくても。同じ。いつもフラメンコを探す。

そういえば、以前日本のコンクールに出場した時に伴奏して下さった、ギタリストの俵英三さんがおっしゃっていました。「淳子ちゃん、あのな、コンクールでは何でも100点をとらなあかんけど、フラメンコってのはな、1カ所1万点があればいいんや。あとの残りは0点でもマイナスでも構わん。みんなその1万点を探しているんや。」

そして!!!!その「1万点」を持つ踊り手のクラスを昨日見学しました。その踊り手の名はアンへリータ・バルガス。彼女を人間国宝と呼んでも過言ではないでしょう。国の宝。いや、世界の宝。今日から1ヶ月、私はアンへリータに習います。「習う」というより・・・その「1万点」の瞬間に出会えればいい。自分の踊りに「1万点」があってもなくても、ここには「1万点」の瞬間を持つ踊り手がいるのです。やっぱりフラメンコって素晴らしい!!!!

というわけで・・・・これからクラスに向かいます。またブログを更新しますね!

今年はセビージャより日本の方が暑いみたいですよ。どうぞご自愛下さいね。

2010年8月3日 日焼け止めを塗っているのに日焼けしちゃうセビージャにて。

Jul 3

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

たくさんの方々からロンダ・コンクール優勝お祝いメールを頂き、とても嬉しいです。本当にどうもありがとうございました。この優勝を出発点にし新たな気持ちで精進しますので、これからもどうぞよろしくお願い致します!
                         *
私は元気です。木曜に「ラ・ウニオン『カンテス・デ・ラス・ミーナス(鉱山の歌)』」コンクールの予選に行ってきました。この予選は5月中旬からスペイン各地で行われ、私の予選会場は「カルタヘーナ」。セビージャからその街まで車で片道6時間。あまりに遠いので予選の後はあちらのホテルに1泊、次の日セビージャに戻りました。
                         *
そのホテルなのですが・・・車中で歌い手のヘロモに「ジュンコ、予約したホテルどこなの?」と聞かれ「予選会場の近くで高速道路沿いだよ」と言ったら、ヘロモ無言。あれ?と思い「コンクールのホームページのホテル紹介リストの中から選んだんだけど?」と言ったら、ヘロモは「・・・それはもしかすると『ポルベーラ』かもしれないな。」とにやにや。『ポルベーラ』???そしてヘロモは「そんなホテルに泊まったら今晩眠れないぞ〜!」と爆笑。
                         *
えええええええっ!もしかして『ポルベーラ』って、♡ホテルのことですか?!
                         *
やだ〜、どうしよう。私、ラブホ予約しちゃったの?!え〜、でもそのホテルはコンクールの公式ホームページで紹介されていたのに。そんなことってあるの?!するとヘロモが「コンクール準決勝・決勝の行われる8月中旬は近隣のどのホテルもいっぱいになるから、きっとそのホテルもリストに入っているんだよ。ホテルの外観をネットで見た?」・・・・そういえば外観の写真の変わりに、海と船の写真がアップされていた〜!!!予約電話をした時も、「シングルルーム3つ」と言ったら、ホテルの人に「うちはダブルばかりなんだよ」とつっけんどんに言われ、変なホテルだな〜と確かに思った・・・なんで気づかなかったんだろう〜!!!
                         *
これはもう確実。私はラブホを予約してしまったのでした。でも普通載せるか?!公式ホームページに。ラブホを?!(そうそう、だからここはスペインなんです。)・・・・というわけですぐに市内の別のホテルを予約。無事に普通のホテルに泊まることができたのでした。
                         *
そして予選会場は・・・これまたホテル。しかも、リゾート開発地にある5つ星の最高級ホテルのテラス。そこに設置された屋外舞台の背景は広大なゴルフ場。審査員席の周りはディナー席。観客はその5つ星ホテルに泊まっているリッチな外国人観光客。みなさん着飾って着席されていますよ。でもさぁ、これって“フラメンコ・ディナーショー”じゃないの〜?!ここでコンクール予選するんですかぁ???
                         *
この日の予選出場者はカンテ4人、ギター1人、踊り3人でした。みんなぶーぶー文句を言っています。「こんな場所、アンチ・フラメンコだ」とか「こんなところで予選させられるなんて不公平だ〜」とか。う〜ん、確かに。予選は夜8時半きっかりに始まりました。(なんたって“ディナーショー”ですからね。)夜11時〜12時頃始まり、夜通し行われる他のコンクールに慣れている私は、なんか変な気分。しかもこの時期のスペインの夜8時半といえばまだ周りは明るいのです。そしてコンクールが始まってもお客さんは食事を注文しているし、舞台と審査員席の間をウエイターが行き来しています。さらには後ろの方で歓談をしている人のしゃべり声、笑い声が舞台にまではっきり聞こえてくる・・・・なんじゃこれは・・・・。
                         *
でも私はそんなに気にならなかったかな。1曲目はタラント。そんな状況の中で踊ったタラントでしたが、私は自分がものすごい集中力で踊っているのを感じていました。ロンダ・コンクールの時は床がつるつる滑って満足な踊りができなかったけど、今回は自分の足が舞台の板を貫通してしっかり大地とつながっていた。出だし好調。よしよし。2曲目はバタ・デ・コーラのアレグリアス。この頃には周りが暗くなってきたので、やっとフラメンコらしい雰囲気に。(でも照明がなかったので、黒い衣装の人はかわいそうでした・・・)みなさんのお食事も終わり、やっと鑑賞ムードになっています。よしよし、さらによし。私のアレグリアスものってきました!・・・・と客席から何か光るものが。何????そして次々と光る!・・・・なんと、カメラのフラッシュだ〜!!!お客さんが私の踊りの写真を撮っているのです。「エクスキューズ・ミー!これはコンクールなんですけど〜!」と心の中で思いながら、でもなんだか余計に楽しくなってきて、そのまま踊りきってしまいました。あのアレグリアスはよかったな〜。終わった後に、歌い手のヘロモが「あんなにざわついていたお客さんが、全員ジュンコに釘付けだった。」と。ギタリストのフアン・カンパージョくんも「ギターを弾きながら、僕の足はジュンコと一緒に踊っちゃったよ!」と目をきらきらさせていました。
                         *
ロンダのコンクールに比べて、踊り自体がずいぶん安定してきたと思います。舞台の上で動じなくなってきた。もちろん舞台に立つ前は緊張するけれど、その緊張をコントロールできるようになってきた。やはり「何か」を学んできているんだ。これまでは無我夢中で自分では分からなかったけど、今回の予選でそれをはっきり感じました。今まで大変だったけど、挑戦してきてよかった。
                         *
                         *
予選前々日にギター、カンテとの合わせをし、また、個人レッスンをお願いしていたラファエル・カンパージョにも踊りを見てもらいました。そしてラファはこう言ってくれたのです。「ボタ(男性用フラメンコシューズ)を持って来たけど、履く必要はなかったね。もう踊りはできているから僕が手を加える必要はない。そのまま踊るんだ。多分決勝に進出できるから、その時は呼んで。また踊りを見てあげるから」そう言ってにっこり笑われた時、本当に嬉しかった。
                         *
あの日の踊りで、私は予選通過できる実力を示したと思う。でも時によって実力がそのまま結果に反映しないこともあるから。。。。もし自分の力の及ばない所で何かが陰で動いているとしたら、もうそれは仕方がない。特別な名字も特別な関係も持っていない人間はそれに太刀打ちすることはできない。でもそれを承知の上で私はこのコンクールに出場した。そしてロンダでは何も持っていない私に優勝が与えられたのだ。そんなコンクールだってある。正義バンザイ!!!
                         *
結果がどうであれ私は進んでいきます。悔しい思いをしたのは数知れず。でも私は自分の実力だけで突き進むのだ。これまでずっとそうしてきたからこそ、今の自分がある。コネやカネでひょいひょいと階段を上らせてもらえる人が絶対に絶対に得られないものを私は持っている。それは踊りがうまいとか下手だとか、スペイン人だとかヒターナだとか、日本人だとか、コンクールで何位とかそう問題ではない。私が私である絶対的な自分の存在価値。他人との比較でもなく、他人からの評価でもなく、ただ単にこの世の中で私という人間はたった一人しか存在しないこと。それに誇りを持ち、それと共に生き続けること。それが舞台の上の自分を支えていること。勝ち組でも負け組でもない。私は私一人で『ハギワラジュンコ組』なのだ!!!
                         *
明日セビージャを発ちます。木曜から東京クルシージョで一生懸命教える。恵比寿サラ・アンダルーサライブでも踊る。そして8月末のロンダ・フェスティバルに向けて準備する。やることは山ほどあり、どれもおろそかにできません。
よし、がんばるぞ!・・・・その前に目の前に広がっているスーツケースをなんとかしないと。。。と思いつつ、ちょっと買い物に行っちゃおうかな〜。今週からバーゲンが始まったので日曜だけどお店が開いているだよね!うひひ。
                         *
2010年7月4日 明後日夕方に成田に着きます。 今の所はまだ、セビージャにて。
Jun 27

[lang_ES]¨LA YUNKO¨quedo el primer puestoen el XVI Concurso de Cante, Toque y Baile ¨Aniya la Gitana¨ de Ronda.  Participará en el XLII Festival de Cante Grande de Ronda, que tendrá lugar el 21 de agosto, como la みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

私の方はと言えば・・・なんとロンダ・コンクールで優勝してしましました。↓
  • 2010年6月25日 第16回「カンテ・トーケ・バイレ全国コンクール「アニージャ・ラ・ヒターナ・デ・           ロンダ」優勝
  • 2010年8月21日  第42回「ロンダ・カンテ・グランデ・フェスティバル」出演
Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子(優勝)
  • ハビエル・リベーラ
  • モイ・デ・モロン
  • ミゲル・ペレス

 

なんだかいまだに信じられません。コンクール決勝は金曜、夜通し行われ、朝5時過ぎにやっとセビージャに着きました。昨日は洗濯したり寝たり食べたり・・・をぼーっとしながら繰り返すうちにあっと言う間に日にちが変わってしまいましたよ。だからまだぴんと来ていないのかな?「優勝」が。
というより、そもそも私は自分が優勝するとは思っていなかったのです。決勝前日の合わせで、ギタリストのミゲル・ペレスにこんな事を言われました。「ジュンコが分かっているように、コンクールの結果というのは政治的な絡みがある。だからもし優勝できないとしても、決勝に残ったことだけでジュンコと俺達にとってはもう『優勝』したと同じことなんだ。『優勝できる踊りではない』と言っているのではないよ。ジュンコにとってこれから障害になるのは踊りじゃなくて、外国人であるということだ。なぜなら、外国人に『優勝』を与えるということは『フラメンコはわれわれのものである』と考える彼ら自身の尊厳を自分たちで自ら覆すことになる。それは矛盾だからだ。」
ミゲルは正しい。私にもそれは分かっていました。もちろん外国人であっても何か強力なコネがあれば優勝はできるかもしれない。でも私にはない。でもそれを分かっていて、敢えてコンクールに申し込んだのです。強力なコネを吹っ飛ばすほどの確固たる実力をつける。それが私に残された唯一の道だから。コンクール出場を通して実力をつける、優勝して踊り手としての道が今よりも開かれれば、舞台で私は成長できる。だけど、コネのない私は優勝はできないだろう・・・。いろいろな気持ちを抱えてあの日、ミゲルのスタジオから家まで歩いて帰りました。重いバタ・デ・コーラを持って。1時間もかかって。でもただ歩きたかった。
当日。決勝進出したのはマラガの踊り手ウルスラ・モレーノと私の二人。私たちはくじを引いて ①ソレア(私)②アレグリアス(ウルスラ)③アレグリアス(私)④シギリージャ(ウルスラ)という順番になりました。その1曲目の私のソレアが終わった後、ミゲルが私に言ったのです。「アレグリアスを今まで通り踊れば、ジュンコが優勝だ。」
え???だって外国人だから優勝できないって言ったのミゲル本人じゃなかったの???ぽかんとしてしまった私に、ミゲルが一言。「あのソレアで優勝できなければ、このコンクールはイカサマだ」
あの時のソレア。今考えると、あのサリーダ(出だし)で全てが決まったように思えました。こんなソレアのレトラ(歌詞)でした。今思い出してここに書くので多少違うかもしれませんが・・・
Toda la parte del mundo
sale el sol cuando es el día.
A mí me sale de la noche.
Hasta el sol va contra mía.
どんなことを歌っているのかというと、「世界のどこでも太陽は昼間に出る。でも私(のところ)には夜に出る。太陽までもが私に逆らっている。」こんな感じでしょうか?実際スペイン語の歌詞を日本語に訳すと無理があります。私自身うまく訳せません。日本語に訳してしまうと、自分がそのレトラを聞いた時の感覚と全く変わってしまうから。ま、それはまた別の問題として、この歌を聞いた時に自分の中から何かが「ぶわっ」と沸き上がってきたのです。あの独特の感覚がある時、私の踊りは私の踊りであり、私の踊りでなくなる。踊っているのは私だし、頭もちゃんと機能している。でも本当に私を踊らせているのはその「ぶわっ」だからです。
たとえセビージャに住んでいても、私はフラメンコの土地のものではない。私は明らかに外国人だ。でもカンテ(フラメンコの歌)を聞いているとフラメンコが自分の中にも生きているということ、それが自分の人生の一部をえぐり取っていることに気づかされます。カンテはジャンル分けすれば「音楽」なのだろうけど、それは本当に「音楽」の範疇に収まるものなのだろうか。カンテはメロディーではない。自らの感情の発露、爆発が言葉となって外に出たものだと思う。ある時はささやきだったり、またある時は叫びだったり。もちろん何を歌っているかよく分からない時もあります。でもその歌われていることが私の心を貫く時、そこから出る私の踊りも誰かの心を貫くのではないでしょうか。そしてそこに外国人であるということが、どれほど意味を持つのでしょうか。
私はウルスラの踊りを見ていません。ただ、彼女のシギリージャのサパテアードの音を聞いた限りでは相当実力があるように思えました。自分が外国人であるから・・・ということを抜きにしても、優勝するのは彼女かな、となんとなく思っていたのです。だから結果発表の時に「Segundo premio Ursula …..(第2位ウルスラ)」というのを聞いた時に「はぁ???」と思ってしまいました。「ってことは私が1位?」いや、待て、もしかしたら今年は優勝者がいないのかもしれない。私の名前が本当に呼ばれるまでは・・・・そして、「Primer premio japonesa Junko …..(第1位日本人のジュンコ...)」という声を聞いた時に思ったことは・・・。「もしやこれは『どっきりカメラ』では?!」そして思わず周りをきょろきょろ、あのどっきりプラカードを探してしまいました・・・・。こういう時に限ってなぜこんな発想をしてしまうのでしょう。日本のテレビ番組が(しかも古すぎる・・・)ロンダに来る訳がないじゃない。まったくもう。
でもその後が嬉しかった。なんと客席に、ウブリケ・コンクールの司会者の姿が!ウブリケ・コンクールといえばこれまでに私が3度出場し、昨年準優勝となったコンクールです。そのコンクールの司会者は毎年私を応援してくれて、今年はロンダまで応援に駆けつけてくれたのです!そしてまた別のウブリケの方からも昨日お祝いメールが。その方は、8月に私が出演するロンダのフェスティバルに観に来て下さるとのこと。ありがとうございます。正直言って、優勝したことよりもそっちの方が嬉しかったかな・・・
帰りの車の中ではミゲル、モイ、ハビエルが大興奮。疲れきって眠りこけるる私を「オイ、優勝者、眠るな!」と起こしてきます。ミゲルは「これで俺は賞を4つ獲得したぜ!ウブリケ(・コンクール)のイスラエル(・ガルバン)、ラファエル・デ・カルメン、コルドバのソラジャ(・クラビホ)、そしてロンダのジュンコに俺は弾いたんだ!」というより、その3人のすごい踊り手達と並べられちゃっていいんだろうか・・・。ミゲルが喜んでいるから何も言わないけど・・・。モイとハビエルは8月のフェスティバル出演できると決まってうっきうきの様子。夏のアンダルシアのフェスティバルに出演できるのはアーティストとしてとても名誉なことだからです。最近では不況のためフェスティバルが縮小されているので(中止のところもあるらしい)昔のように大物アーティストが続々とフェスティバルに出演することは少なくなってきました。でもやはりフェスティバル出演というのは私にとっては夢のよう。。。。
そんな私にミゲルが釘を刺します。「ジュンコ、フェスティバルに向けてちゃんと準備しろ。」そうです。もちろんいつでも準備しているし、このコンクールに向けてもさらに準備してきました。でもフェスティバル出演というのはもっともっと大きな責任が伴う・・・・今年のロンダのフェスティバルではホセ・メルセーが出演するそうです。そんな大物アーティストとともに私もフェスティバル出演するのだから・・・・
その緊張を今感じ、そして今週の木曜には別のコンクール「ラ・ウニオン」の予選でタラントとアレグリアスを踊ります。今日から今度はタラントの練習。応援して下さった皆様、日本の生徒さん達からのお祝いメールやお電話を頂きとても嬉しく思っています。どうもありがとうございました。そしてともに闘ってくれたミゲル、モイ、ハビエル。感謝の気持ちがこれからの私のエネルギーになっていくようです。これからももっともっとがんばりますので、どうぞよろしくお願い致します!
2010年6月27日 今日は妹の誕生日。おめでとう! セビージャにて。
Jun 1

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

こちらセビージャ、本日の気温は41度にまで上がりました〜。でもここは大丈夫。ふっふっふ。なぜならもうエアコン取り付けてもらったから。なんと、本当に指定日に来てくれたんです!すごい。エル・コルテ・イングレス(スペインのまともなデパート)で買った甲斐があったというものです。「明日の9時」と言われた時にはどうせ来ないだろう、なんて思ってしまったけど、なんと本当にその日の9時半に来てくれました。30分遅れ?そんなのスペインでは遅れに入りませんよ〜。優秀優秀!

そして、ウニオン・コンクールの予選日は・・・・今日やっとやっとやっと決定してもらえました。7/1、会場はカルタヘーナです!早速飛行機のチケットをとりました。クルシージョの日程&時間割は今、いつもお世話になっているスタジオ・アル・ソルさんと調整中です。クルシージョお待ちの方には本当に申し訳ございませんが、詳細が決まりましたらすぐにアップさせて頂きます。

と、ここでブログが終わっちゃぁ、つまらないので今日は別のニュースを・・・

コルドバのフェスティバル「ラ・ノチェ・フラメンカ・デル・コルドバ」に出演します!決定です!

2010年6月19日 コルドバ、ポトロ広場 1:30H開演

踊り カンテ ギター
  • 高木亮太
  • 屋良有子
  • 萩原淳子
  • モイ・デ・モロン
  • 広重有加
  • ミゲル・ペレス
  • 徳永健太郎

www.cordobanocheblancaflamenco.com ←コルドバ「ノチェ・フラメンカ・デル・フラメンコ」公式HP

noticiaflamenca.blogspot.com ←詳細は志風恭子さんのブログ(5/26付)でも紹介されています。

今回のフェスティバルでは、日本人グループのフラメンコ公演ということで、セビージャ在住フラメンコ・ジャーナリストの志風恭子さんからお話を頂きました。スペインで行われる日本人グループ公演に出演するのは今回で2回目。前回は2006年12月に行われたプエルトジャーノでの公演でした。当時の共演者は三枝雄輔くん(踊り手だけどカンテを歌ってくれました)、木村彰人くん(京都のギタリスト)。懐かしいな〜。あれから4年も経ってしまったんだ。雄輔くんはパパになり、日本でばりばり踊っているみたいですね。木村氏(私は彼のことを「きむらうじ」と呼んでいます。なぜか。)はそういえばセビージャに新婚旅行に来るって言っていたなぁ?私は相変わらずセビージャにいますが、あの当時に比べて少しは人間丸くなったかな?そして踊りもちょっぴりよくなったかな???(そう思っているのは自分だけ???)

今回の共演者は踊りは高木亮太くん、屋良有子ちゃん、ギターは徳永健太郎くん、ミゲル・ペレス、カンテは広重有加さん、モイ・デ・モロンです〜。すごいですね!豪華メンバー!(自分は棚に上げてます、もちろん。)高木亮太くんとは、昨年11月の小松原庸子スペイン舞踊団マドリッド公演で共演しました。マドリッドの男の踊り手達に混じってすごくすごくがんばっていた亮太くん。合同練習が終わった後も一人夜中まで特訓をしていましたよ。えらいなあ。屋良有子ちゃんは、実は同じ大学のフラメンコサークルの後輩なのです。でも共演は初めてです。技術ばりばりの上手な有子ちゃん、どんな踊りを見せてくれるのでしょう。楽しみです。ギターの健ちゃんとはセビージャで知り合いました。共通のお友達を通じて。あんまり私とはしゃべってくれなかったけど(私がしゃべりすぎてたか?!)、私の大好きなヘレスのアーティスト達のCDを薦めたら、目を輝かせて聴いていました。健ちゃんもフラメンコ大好きなんだな〜。広重有加さんとはまだ面識がありません!人見知りする私なので緊張しますが・・・みなさんと協力してがんばりたいです!

そして強力バックアップのミゲル・ペレスとモイ・デ・モロン。ミゲルとは3月の私のセビージャ公演で共演しています。素晴らしいギタリスト。人間としても本当にいい人です。また共演できるなんて嬉しいわ〜。そしてモイ。彼とは初共演ですが、ずっと共演したいと願をかけていた歌い手。これまた嬉しいわ〜。

そして4年前の日本人公演、今回のコルドバ・フェスティバルの公演ともに中心になって下さっている、志風恭子さん。いつも声をかけて下さってありがとうございます!今回もどうぞよろしくお願い致します。

私はバタ・デ・コーラでアレグリアスを踊る予定です。いい公演になるよう、しっかり練習しなくては!(暑さとの闘いです・・・。)

ではまたお会いしましょう。

2010年5月31日 セビージャにて。 斜め上からぴっかぴかのエアコンが私のブログを読んでいます。

May 10
セビージャに着きました。
La Yunko | ブログ, 新着情報 | 05 10th, 2010| Comments Off

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

私は元気です。お陰様で無事セビージャに着きました。(よかった〜)

こちらは相変わらず日差しが強い!日本から持って来た美白化粧品が役に立つのかどうか・・・それにしてもこちらの女性は元気いっぱいですね。日本人女性からみたらぎょっとするようなシミ&しわでも大声で話し、大笑いしています。顔にシミ&しわがあるというよりも、シミ&しわの中に目鼻があるという人もいますよ〜。すごいですね〜。首や胸元がゾウみたいな皮膚になっている人もいます。でも元気なんです。みんな。このエネルギーはやはりこの太陽から来ているのかな?そしてこの青い空。真っ白でとってもきれいな肌の日本人女性のほとんどが、なぜか人生つまらなそうな顔をして電車に乗っているのをこの1ヶ月見てきたので、すごく対照的です。

どっちがいいのかな?この空を全身いっぱいで受け止めたい。でもゾウは困るし・・・。う〜む。

先週1週間は家の掃除、後片付け、そしてクラス見学をして終わりました。毎回日本から戻って来る度にクラス見学をしています。セビージャではいろいろな先生がいろいろな場所で教えていらっしゃるので、あちこち回るのは結構大変なのですが、クラス見学は大好き。ものすごく勉強になります。先週見学したクラスはアナ・モラレスのテクニカと振付けクラス、ラファエル・カンパージョの振付けクラス3つ、アリシア・マルケスのバタ・デ・コーラのクラスでした。

アナ・モラレスは昨年のウニオンのコンクールで優勝した実力派バイラオーラ。抜群のテクニックを持ち合わせています。生徒は5名ほど、初級レベルの人がほとんどですが、ものすごく難しいテクニカを教えています。そりゃ、あなたしかできないでしょ!と思ってしまったけど・・・。いや、でも生徒が初中級者だからといって、出し惜しみをしないところがすごい。手を抜いていない。これは教える側としてとても大切なことだと思うのです。今できることだけでなく、その先があるということも教えて、生徒の可能性を将来的に引き出す。生徒の方にそれを受け止める度量と視野の広さがないと(技術レベルでなく)この教え方は意味を持たないのですが。

ラファエル・カンパージョの上級&中級クラスでも、すごく難しいことを教えています。一見上手に踊れる人もクラスにいますが、カンパージョのレベルでできる人は誰もいません。問題は技術レベルが足りないことよりも、ちゃんと見ていない、ちゃんと聞いていない。できないと思ってやっているのと、できていないのにできていると思ってやるのでは、同じできないでも全然違う。でもやっぱりカンパージョもすごい。ちゃんと教えている。そしてすごく大切なことを確実に伝えています。すごく大切なこと・・・それは難しいテクニカではなくて、当たり前のことを当たり前にちゃんとやる、ということ。でもそれは当たり前すぎて、みんな「できている」と思っちゃうんだよな〜。私も含めて・・・。う〜む。

アリシア・マルケスはセビージャに自身のスタジオを持つ踊り手です。「アリシアの踊りって、きれいだけど何か伝わってこないんだよね〜」なんて、勝手に思っていたので、クラスを見学しようと思ったことすらなかったんです。(白状しました。ごめんなさい。)でも先のヘレス・フェスティバルで見たアリシアの踊りがすごかった。あの日私は大風邪を引いて意識朦朧としていたけど、そんな私にも伝わってきたあの時の踊りが、それまでの私のアリシアに対する勝手なイメージをぶち壊してくれたのです。ちょっとフラメンコの知識が増えてくると、自分が批評家にでもなった気分で人の踊りを判断してしまう。本当はまだ何も知らないのにね。そういう部分を直さないと、自分がどんどん独断と偏見のかたまりになってしまう・・・。

というわけで、今月はアリシア・マルケスのバタ・デ・コーラのクラスを受講します。私が持つバタ・デ・コーラのテクニックはミラグロス・メンヒバルのもの。アリシアが持つものとは少し違いますが、違うからこそ興味深い!だから習う!きっといろいろ吸収できるでしょう。あとは奮発(!)してラファエル・カンパージョの個人レッスンをとることにしました。振付けをもらうのではなく、自分で振付けたタラントをカンパージョに見てもらうのです。そんな個人レッスンは初めて。カンパージョも初めてだと言っていました。どうなるのかな?初レッスンはあさって。楽しみです。でも緊張して踊れないかも????

ではまたお会いしましょう。みなさんもお元気でお過ごし下さい〜

2010年5月10日 セビージャにて。

« Previous / Entradas AnterioresEntradas Recientes / Next »