Sep 17

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

火曜日のセビージャライブはお陰様で大成功に終わりました。観に来て下さった方、応援して下さった方、どうもありがとうございました!

とはいえ・・・実は大変なことが・・・

日本から参加した浅見純子さん、市川幸子さん、岩田玲子さん、北原由香さんはライブの前々日にセビージャに到着。前日の合わせではみなさんへろへろでした・・・。由香ちゃんは熱中症にかかり顔色がsalamanquesa(サラマンケッサ:やもり)みたいになっていたし、いつも元気いっぱいで「ガハハハハ〜」と笑う純さんもその日は「ヵハハ・・・」くらいだったし。純さん曰く、セビージャは乾燥しているのであんまり暑くないように感じるけど、実は暑いから水分をちゃんと補給しないと体調を崩す、とのこと。なるほど。そうかもしれない。日本のような湿気はないのだけど、太陽光線が強いから外を歩いているだけで体力を消耗してしまうんだよね。・・・・そしてかく言う私も本番前日に「ぎっくり腰」ならぬ、「ぎっくり背中」になり腕が上がらない状態に。。。

本番当日、午前中に急遽マッサージに駆け込んだ私はちょっぴり回復。前日サラマンケッサだった由香ちゃんもなんとか人間に戻り、純さんも体調回復。しかし、今度は岩田玲子さんが・・・本番前の合わせもできない状態。やっぱり大変だよ・・・日本から着いたばかりでライブするっていうのは・・・

しかし!!!やっぱりみなさんプロですね。すごいライブが展開されました。(写真:アントニオ・ペレス)

1曲目はその日の体調ワースト1の玲子さんのグアヒーラ。いや〜素晴らしかった。久しぶりに素晴らしいグアヒーラを拝見致しました。この人が、本当にさっきまで、合わせもできずに椅子に座っていたあの玲子さん?!信じられない。1曲目で踊るというのは実はすごく難しいもの。でもそんなこともものともせずに、お客さんを、私たちを玲子さんのグアヒーラに巻き込んでいきました。素晴らしかった!玲子さん!!OLEEEEEE!

2曲目は市川さっちゃんのソレア・ポル・ブレリア。さっちゃんはいつも合わせの時に「どうしよう、どうしよう!」と焦っているのですが、この人の本番は別人。いや〜すごいわ、こんなに本番で化けられるなんて。いやそれが本当のさっちゃんなのかな。玲子さんのグアヒーラとは打って変わって、サパテアード&レマーテの連続のソレア・ポル・ブレリア。そのスピード感でお客さんを圧倒!さっちゃんにもOLEEEE!

1部の最後を締めくくるのは由香ちゃんのアレグリアス。プラテアオのカンテにもおのずと力が入ります。グラシア(愛嬌)のある動きの連続にお客さんもにこにこ。・・・とその時なんと由香ちゃんが舞台から落ちた!!!しかし私は見ていました。コンパスで落ちて、コンパスと共に舞台に上がった!これにはお客さんも私もOLEEEE!

休憩。カンテのプラテアオもギターのウーリッヒもここまでで既に大満足。しかし実は心配していたのは、もしかしてここで帰っちゃうお客さんも多いのかな・・・ということ。いやいや、そんなことはありませんでした。さらにお客さんも増えて2部突入。

2部の始めは純さんのティエント。素敵だったわ〜。確実な技術とエレガンシア。純さんの実力にお客さんもうなっていました。タンゴに入るレマーテも素晴らしかった。なんだか夢を見ているみたい。そんな気持ちにさせてくれる純さんのティエントにもOLEEEE!

そしてこのライブの最後が私のソレア。どうしよう、みんなすごい踊りで、ここで私の踊りがへっぽこだったら・・・とチラっと頭をかすめたけど、もうそんなことはどうでもいいや。とにかく私の踊りをするだけ。・・・と、気づいたら終わってました。私のソレア。無事に踊り終えた自分にOLEEEE!

みんな大満足でした。いいライブでした。プラテアオは一人で5人に歌い、本当に大変だったと思います。お疲れ様でした!カンテで、パルマで、ハレオで盛り上げてくれてありがとう!そしてウーリッヒのギターの素晴らしさ。みんなの踊りにぴったり寄り添って。ありがとう!こんな機会があったことに感謝!こんなライブをできる仲間に感謝!この瞬間を共有してくれたお客さんに感謝!全てに感謝!です。ありがとうございました。またいつかどこかでできるといいな、このライブ。

2010.9.17 // ペーニャ・フラメンカ「フアン・タレガ」 -(ドス・エルマーナス、セビージャ)22:30H

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • モイ・デ・モロン
  • ハビエル・リベーラ
  • ミゲル・ペレス

そして・・・今日はペーニャ・フアン・タレガでの私のソロ公演です。昨日の合わせでは、なんとモイが来なかった。最初で最後の合わせだっていうのに。・・・・なんだかんだ言っても、今日もう本番。背中はまだちょっと痛むけど大丈夫。3年前の同じペーニャでの公演では38度の熱を出したまま踊っていました。大丈夫。生きていれば踊れる。がんばってきます!

ではみなさんまたお会いしましょう。

2010年9月17日 これから大嫌いな衣装のアイロン掛けをしなくては・・・セビージャにて。

Sep 10
密輸してきたカルピスも全て飲み干し、こちらセビージャも真夏の暑さが和らいできました。
みなさまいかがお過ごしでしょうか?
私は元気です。来週火曜のライブと金曜のペーニャソロ公演の準備で大忙し。そして10/22(金)〜27(水)には日本でクルシージョを行います。あわわわわ〜と毎日過ごしています。
クルシージョは近日中に詳細を発表しますので、今日はセビージャライブとペーニャソロ公演のお知らせ!

2010.9.17 // ペーニャ・フラメンカ「フアン・タレガ」 -(ドス・エルマーナス、セビージャ)22:30H

入場無料(ペーニャ会員以外の方もお越し頂けます。)

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子

 

  • モイ・デ・モロン
  • ハビエル・リベーラ
  • ミゲル・ペレス

 

2010.9.14 // ラ・プエルタ・ソル-(セビージャ)22H  , 5ユーロ 1ドリンク付

Baile Cante Guitarra
  • 浅見純子
  • 市川幸子
  • 岩田玲子
  • 北原由香
  • 萩原淳子
  • フランシスコ・チャベス`エル・プラテアオ`
  • ウーリッヒ・ゴッドワード

これって、実はすごい公演なんじゃないの〜?!(自分で言うのもなんですが)

9/14(火)のセビージャライブはなんだかバタバタ〜と決まりました。2年に1度のフラメンコの祭典「ビエナル・デ・アルテ・フラメンコ・セビージャ」を観に来る北原由香ちゃんから「セビージャでライブやる?」という話を持ちかけられたのは夏くらいだったかな。最初は、ビエナル期間中は他の公演がたくさんあるからお客さんが来ないかも・・・なんて話していたのですが、それなら9/15のビエナル開幕前にライブをやってしまおう!ということに。そして由香ちゃんと一緒にセビージャに来る、浅見純子さん、市川幸子さん、岩田玲子さんも参加!おお!

実は4人とも10年以上前からの知り合いなのです。当時皆AMIさんのクルシージョを受講していた仲間。AMIさんのクルシージョを受け始めた時、私は19歳でした。浅見の純さんは碇山奈々さんの舞踊団で大活躍、北原由香ちゃんはセビージャ留学から帰国したばかりのばりばり、岩田玲子さんは広島でお教室を持っていらっしゃり、市川さっちゃんは相変わらずのグアッパ(美人)。そんな中私は初心者だったし、なんだか自分が子供じみているように感じていました。みんな素敵な大人の女性で・・・年月が経ち今では私もそういう年齢にはなったのですが、相変わらず中身はあんまり変わってないのかな〜。でも態度が少しデカくなり、みなさんと仲良くなりました。・・・・という5人のジョイントライブ。楽しみ。

カンテは以前日本のエル・フラメンコで歌っていた、フランシスコ・チャベス・エル・プラテアオ。私は日本でも一度共演しています。彼は最近ミゲル・バルガス等とも共演し、ひっぱりだこの歌い手。ギターはウーリッヒ・ゴッドワード。何ジン?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。ドイツ人です。「え〜?ドイツ人がフラメンコ・ギターを弾くの?!」と思った方。そりゃ、あなた、「ハポネサ(日本人女性)がフラメンコ踊るの?!」と思う田舎者(失礼!)と同じですよ〜。ウーリッヒは自国ドイツはもちろんのこと、スペインや海外でも活躍するギタリスト。ホセ・ガルバンの伴奏もしています。ウーリッヒのギターはいいです。ふっと寄り添ってくるような、自分がいつの間にかギターの中に入っているような。

このライブがセビージャでしかも5ユーロ1ドリンク付きで観られる?!しかも私たち5人が、あのミゲル・ポベダよりも一足お先にビエナルを開幕しちゃいますからね〜!これは見逃せません。

そしてその3日後には私のペーニャ・ソロ公演があります!ドス・エルマーナスはセビージャ郊外の街。電車で20分くらいのところかな。ペーニャ「フアン・タレガ」は私にとって思い出深いペーニャのうちの一つ。3年前、私が初めてペーニャ公演をしたのがこのペーニャ。セビージャで行った私の自主企画ライブを観に来て下さったペーニャの方が、その場でペーニャ公演出演のお話をもちかけて下さったのでした。そしてその後また踊る機会を頂き、その時に歌ってくれた留学中の小里彩ちゃんと共に、私はセビージャ大学から表彰を受けてしまったのです。ペーニャの方は私のHPをチェックして下さっているようで、ロンダ・コンクールの優勝後、3度目のペーニャ出演のお話しを下さったのでした。

そしてメンバーはそのロンダ・コンクール優勝に導いてくれたミゲル・ペレス、モイ・デ・モロン、ハビエル・リベーラです。そんなペーニャ「フアン・タレガ」での公演、彼らとの再共演で私は意気揚々!というわけで、先日合わせの日程を決めようと彼らに電話をしたところ・・・ハビエルもモイは「いつでも空いているよ〜」とのこと。え?拍子抜け。確かハビエルは今回のビエナルのラファエル・カンパージョの公演に、モイはエバ・ジェルバブエナ舞踊団の公演に出るはず。彼らとの練習で忙しくないのか????ミゲルに電話したところ、「今決めてもいいいけど、また来週には予定が変わるかもしれないよ。」だって。え〜だって公演は来週なのに〜。日本人のギタリストや歌い手さんのスケジュールは半年前には押さえないともういっぱいらしい。時には1年前なんて話も・・・そんなに前から予定を決めるのもびっくりだけど・・・。

でも考えてみたら、日本からビエナルに来るお友達や生徒さんから「9月◯日の◯時が空いています。会いましょう!」とメールを頂き、せっかくだから是非会いたいのだけど、正直、先の話をされてもなんとも答えられない。別に他に入るであろう予定を優先したいから予定を入れたくないというのではなく、その日に近づかないと予定を立てるという感覚がピンと来ないのだ。ただ、その日に近づく、という感覚が人によって違うのだろう。それが数ヶ月前の人もいれば、1週間前の人もいるし、前日、もしくはその日当日という人もいる。きっと生活スタイルの違いなんだろう。なんでも前もって予定を立て、その通り遂行する日本社会。予定は早ければ早いほどいい。と、もちろんある程度のスケジュールはあっても、毎日何が起きるか分からないので予定の立て用がない即興の時間がある、ここの生活。「まだ起こっていないことについて考えるのは意味がない」と言い、その日その瞬間を生きる人達。

私はどっちなんだろう。多分中間くらいなのかな。でも合わせの日時くらいは公演1週間前には決めたいよね。「私はハポネサだから予定を立てるのが好きなの!」とミゲルにふざけて言ったら、彼は大笑いしていた。そうねぇ、今日あたりまた電話してみるかな。

というわけで、セビージャにいらっしゃる方は、是非この2公演お見逃しなく!ペーニャ公演にいらっしゃりたい方、帰りの電車はありませんが、車はあります。萩原までご連絡下さい。

ではみなさんまたお会いしましょう!

2010年9月10日 セビージャにて。

Sep 1
ロンダ・フェスティバル批評
La Yunko | ブログ, 論評, 新着情報 | 09 1st, 2010| Comments Off
みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか。
あっと言う間に9月になってしまいました。夜はちょっと涼しくなったかな?とも思いますが、日中はまだまだ暑い・・・どのくらい暑いのか・・・お昼間外に出る時にドアを普通に閉めてはいけません。ドアノブが熱くなっているので手をやけどしてしまうから。町中では動物的な嗅覚で日陰を探す。忍者のように壁に張り付いて歩いていると、向こうからも同じような忍者がやってくる。どっちが日陰を死守するか一瞬のせめぎ合いがある・・・そんな暑さ(熱さ)かな???
さて、ロンダ・フェスティバルの新聞記事と批評をアップします。例の新聞記者は結局私のところへ記事を送ってくれませんでしたが(今のところ)、フラメンコ・ジャーナリストの志風恭子さんが送って下さいました。フェスティバルに出演した歌い手クーロ・ルセーナが志風さんに送って下さったそうです。その記事ともう1点、そして志風さんのブログの3点です。
  • 志風恭子さんのブログより「ロンダのフェスティバル」blog-post_22.html
  • ロンダ新聞「SERRANIA DE RONDA」?p=988 2010年8月25日(パコ・バルガス氏による批評)
  • ロンダ新聞「RONDA SEMANAL」2010年8月28日(ディエゴ・ディアス・ベルランガル氏による批評)


よりによって、なんでこんな変な写真載せるの?!と思ってしましましたが・・・(撮る角度が90度違うし、あと半コンパス待ってよ〜と言いたい。)他のアーティストより写真がでかいよ。しかも全面。いいんだろうか・・・・???そして続く文章は・・・・

「素晴らしいフェスティバル。フラメンコ愛好家が数年ぶりに楽しむ。」

成功。私の知る限り前代未聞。フェスティバル団体の真摯な努力の成果。出演したアーティスト達の比類ない質。そしてその場にいた様々な観客。もちろん満席でそこから立ち去る者はいない。

〈中略〉

このフラメンコの夜、踊りの番になった。熱烈な喝采を受けたのは「ラ・ジュンコ」というアーティスト名のハギワラジュンコだった。川崎市(日本)出身。東京にてAMIに師事。2002年セビージャへ渡り、ホセ・ガルバン、トロンボ、ミラグロス・メンヒバル、カルメン・レデスマなど多くのアーティストに師事。セビージャ・セントラル劇場やロペ・デ・ベガ劇場に出演。サラゴサ万博とマドリッド劇場では小松原庸子スペイン舞踊団公演に参加。同時にサラ・バラス、マティルデ・コラル、エバ・ラ・ジェルバブナなどの一流アーティストの短期講習会にも参加。

「ラ・ジュンコ」の舞踊歴はたくさんの賞によって彩られている。その踊り手はミゲル・ペレスのギター、ミゲル・ピクオとモイ・デ・モロンのカンテとともにソレアで幕を開けた。そのソレアでは技術、決まり事への熟達、踊り手としての間違いない資質を示した。しかしそれらを消し去るほどの造形・調和の美を私たちにもたらした瞬間が何度か訪れた。サパテアードに長けた踊り手、しかし腰から上の踊りも忘れてはいない。腕の動き、手の表現、頭を持ち上げる威厳さは非常に女性的で人々を魅了する。そして私の記憶に留まり続けているのは、全ての(アンダルシア)人の感情を喚起させるその表情・表現である。

赤いバタ・デ・コーラで次の踊り、アレグリアス・デ・カディスをたたみかけた。身体の小さいこの踊り手は舞台の上で大きくなり、踊る程に成長した。私が思うに、ラ・ジュンコは心を持って踊ると同時に、考えてもいる。とりわけ女性として踊る。非常に女性らしい。

というような感じでしょうか。(ちなみに自分で訳してみました・・・)

最初に記事を読んだ時に大体の内容は分かったけれど、所々「?」の部分があったのでお友達のスペイン人に聞いてみました。説明されて「あ〜、なるほどね〜」と思う部分もあり「え?!そういう意味だったの?!」と思う部分もあり。まだまだ自分のスペイン語力は弱いなと痛感しました。言葉の意味が分かっても文脈の中では異なったり、アンダルシア独特の表現だったり。言葉って文化なんですよね。フラメンコももちろんそうで、やっぱり外国の文化を学ぶっていうのは大変なことだな、と思います。

そして今度はそれを日本語に訳すのがまた大変!スペイン語をスペイン語で理解できても、それは日本語ではどう表現するのか、難しいよ〜。きっとスペイン語に精通している人だったらもっとうまく訳せるのでしょうが。でもフラメンコを知ってる人が訳すのとそうでない人が訳すのとではまた違う気がする。そして自分の日本語力のなさも痛感。・・・・というわけで本当に下手な訳だと思いますが、お許しを!「こういう風に訳した方がいいのでは?」というご意見がありましたら是非ご連絡下さい。参考にさせて頂きます。

久しぶりに脳みそを使って疲れました。今日はこれにて。お休みなさい・・・・ZZZZZ・・・

2010年9月1日 今年初のいちじくを食べました。 セビージャにて。

Aug 28

]みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

先週土曜に出演したロンダでのフェスティバルから、もう1週間経ってしまいます。今日ロンダの新聞に私の踊りの批評が出るそうです。フェスティバル当日に取材に来た新聞記者が、その記事を送ってくれると言ってましたが・・・・あんまりあてにせずに待とうと思います。もし届いたらブログにアップしますね!

前回のブログの続きは以下です。(写真:アントニオ・ペレス)

フェスティバルの後、なんだか自分の踊りをできなかったような気がして、すごくすごく落ち込んでいました。あんなに練習したのにな。コンクールで優勝して、せっかくフェスティバルに出るチャンスをつかんだのにな。どうすればよかったんだろう・・・って。もちろん毎回毎回自分の思うように踊れるとは限らない。それは自分だけの問題ではなく、様々な要因が絡んで来ることもある。ロンダの人達からものすごい拍手を頂いたらしいけど(セビージャから観に来てくれたお友達が教えてくれた)、でも自分の心の中では、自分で自分に拍手を送れずにいました。

ホテルに着いてからもずっと考えていたからか、次の日の朝はものすごい頭痛で目が覚めました。チェックアウトの時間もとっくに過ぎていたし、どうせ今日は疲れているからゆっくり休んで、もう一泊しよう。せっかくロンダにいるのだから。なんたって、あのミッシェル・オバマが訪れた街ですからね。

ズキズキする頭をかかえながらとりあえず外に出て朝食。(すでに昼食の時間だったが)食べるとすぐに眠くなる私。ありえないけど、カフェテリアで寝てしまった。ホテルに帰ってまた寝るか、と思ったけどせっかくだから展望台まで行く。

ロンダは崖の上にある街。旧市街と新市街を結ぶヌエボ橋から下を眺めると本当に断崖絶壁。そしてアンダルシア独特の広大なオリーブ畑が広がっている。ロンダの山々も。ぼ〜っと眺めていたら、なぜか涙がぽろぽろこぼれてきた。ひよこ豆のような涙が。今私の目の前に広がっているものに比べたら私はなんて小さいんだろう。

そして思った。私は小さな種だ。外来の、日本からやってきた種。その小さな種は意思を持って大地に落ちた。雨や風や強烈な太陽にさらされ、時には踏まれたり上から石を乗せられたり・・・・それでも9年かけてやっと根っこがはえ、ちょっぴり芽が出て来た。そしてその芽を育たせるために、根っこがアンダルシアの大地の栄養分を吸収しているのだ。

でもその種はちょっと芽が出たら、もう花が咲くものだと思っている。コンクールで優勝したから、もうおいしい実がたわわになると思っている。まだ芽が地上から顔を出しただけなのに。この広大な大地に何十年、何百年と生えているオリーブの木。何百万年と存在する岩。それが「フラメンコ」なんだよ。小さな種が「踊れた」「踊れない」って騒いで、だからなんなの?ぽろぽろ涙が崖の下に落ちて行く。でも涙はその大地にすら届かない。熱い熱い太陽の熱で蒸発してしまうから。

その時言われた。「泣きたかったら泣いていいよ。でもジュンコが悲しんでいると誰も幸せになれないよ」

小さな種を踏みつぶそうとする人もいる。「すごいね〜がんばってるね〜」と言いながら、実は「芽なんて出るわけないじゃん、日本人なんだから」と陰で笑っている人もいる。でもそんな人達だけではなかったのだ。時々水やりをしてくれた人、石を取り除いてくれていた人、成長をいつも楽しみにしてくれている人達が私にはいたのだ。私が特別な種だったわけではない。たった一人で耐え忍んで芽を出したわけではない。そんな当たり前のことに気づくのに9年もかかったばかな種。そう思ったら涙が止まらなくなってしまった。

ロンダの街にありがとうと言いたい。この風景に出会うために、私はロンダのコンクールで優勝したような気がしてきた。人生に出会うべき人がいるのと同じように、訪れるべくして訪れる場所があると思う。そしてそれは来るべき時に来る。私にとってそれがロンダだったのだろう。

どこにおいしいアイスクリーム屋があるのかよく分からなくて、地元の人に教えてもらった。でもあんまりおいしくなくて、セビージャのRayasのアイスクリームの方が100倍おいしいよ、と思ってしまった。でもロンダは特別だ。街を歩いていたら「昨日踊ったでしょ!」「アンタ、すごいね!」「ただの踊りじゃなかったよ。伝わってきた。これからも踊り続けるんだよ!」と声をかけられた。ここにも種の成長を喜んでくれる人達がいる。

そして海の向こうにも。ロンダの絵はがきを2枚買う。両親と妹に出すんだ。

この種は単なる種ではない。字も書けるしブログまで書いてしまうのである。

2010年8月28日 セビージャにて。

そういえばRayasのアイスが冷凍庫にあったはず。食べちゃおう、夜中だけど。

Aug 24

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

私は先週の土曜のロンダ・フェスティバル出演後あちらに2泊し、一昨日セビージャに戻ってきました。

フェスティバル出演に際し、たくさんの方々から応援のメールを頂きました。本当にどうもありがとうございました。みなさまに返信しようとずっと思っていながら、本番前の緊張や不安から、落ち着いて返信することができずにいました。ごめんなさい。フェスティバルが終わり数日経ち、今新たな自分になった気分です。これからお一人ずつきちんと返信させて頂きます。遅くなってごめんなさい。

今回のブログはちょっと長くなると思いますので、まずロンダ・フェスティバル当日の模様をブログにします。また後日、その続きをアップしますね。それでも長いと思いますが・・・お時間とご興味のある方にお読み頂ければ幸いです!(写真:アントニオ・ペレス)

コンクール優勝者として40年以上の歴史を持つフェスティバルで踊ること。外国人初の優勝者として。ずっとその責任というかプレッシャーというか重みというか・・・・そのようなものを背負ってロンダに着きました。出演順は①コンクールギター部門優勝者 ②カンテ部門優勝者 ③ルビート・イホ ④クーロ・ルセーナ ⑤私 ⑥ホセ・メルセーとのことでした。今年のフェスティバルの看板アーティストであるホセ・メルセーがトリを務めるのは当然として、その前が私????フェスティバル関係者の話によると、踊りを見て帰ってしまう人も多いとのこと。だから踊りはできるだけ最後の方に、とのことでした。・・・・ということは・・・・相当待つ。待つ。待つ。待つ。そしていつまで待つのか全く分からない。フェスティバルには時間制限がないし、特に歌い手というのは興に乗ればどんどん歌う。興に乗る前からマイクをつかんで離さない歌い手もいる。待っている方からすれば、これは体力と気力の闘い。

むき出しの土の上に立てられた仮設テントがその日の楽屋。裸電球、鏡、イス、テーブルしかない。水道もなく、もちろんトイレもない。トイレに行くには客席を通り抜けなければならない。床が土なので寝っ転がってストレッチもできないし足慣らしもできない。日本のなんでも揃っている楽屋に慣れているとびっくりしてしまうかもしれない。でもスペインでは(もしくはアンダルシアでは)ではよくある楽屋だ。もっとひどい楽屋に通されたこともあるのでがっかりはしない。もちろん飲み物や食べ物をどっさり御馳走して下さったり、私専用のシャワー室と新品のバスタオルまで用意して下さった所もあったけど。スペイン人アーティストの多くが日本で働きたがるのはお金のためだけではないだろう。予算の問題もあるので一概には言えないけれど、アーティストに対する敬意というものが楽屋にきちんとあらわれている国、それが日本だと思う。

5時間は待ったのだろうか?すぐ横の舞台から大音響のカンテが聞こえて来た。極限の精神状態の中であと何時間待てばいいのだろう。私のギタリストやカンタオール達は「こんなところで何時間もガマンできないよ」とすでにテントから出てしまっている。でも私は残る。出演アーティストが客席近くをうろうろしているのはおかしいでしょ?そして本番では何が起こるか分からない。去年のウブリケ・コンクールの決勝でも本番まで6時間以上待ったけど、なぜか勝手に順番を変えられて、出番がいつの間にか早くなっていたことがあった。もしその場にいなかったら・・・と思いぞっとした。あの時のことを思うと楽屋から離れられない。

舞台の板は「これは紙ヤスリか」と思うほどざらざら。そして板と板の間には段差があって、バタ・デ・コーラ(裾の長いフラメンコ舞踊の衣装)で踊るには致命的。大きな舞台だったけれど、ところどころボコボコ浮いている板があるので場所を選ばないとサパテアードがきちんと打てない。でも文句は言わない。私達が会場に着いた20時頃にはその屋外舞台はすでに完全に設置されてた。つまり逆算すればあのアンダルシアの最も暑い「魔」の時間帯にスタッフは屋外で働いていたことになる。それだけでも頭の下がる思いがするから。

やっと私の出番になった。もう時間の感覚はなかった。何時間待ったのかなんてどうでもよい。重要なことは自分の出番が来ることである。1曲目はソレア。踊っている途中、小さな男の子が駆け寄って舞台にお花を投げてくれた。そして歓声、拍手、拍手、拍手。感動。そしてそれに続くモイの歌。この人のカンテには何か恐ろしいものが含まれている。いつも必ず遅刻してくるし、電話をしてもほとんどつながらない。行きの車の中ではホセ・メルセーの歌マネをしてみんなを爆笑させていたモイ。でもこの歌い手が歌うソレアは一体なんなのだろう。上手な歌い手はいっぱいいる。でもこの歌い手のソレアは・・・・

1曲目の後はすぐに2曲目のアレグリアス。セビージャから駆けつけて下さった、フラメンコ・ジャーナリストの志風恭子さんが着替えを手伝って下さった。カンテソロもギターソロもなく、もうアレグリアスが歌われている。そしてギターのトレモロが聞こえて来た。やっとここでアレグリアスを聴く精神状態になる。その音が私を舞台に向かわせる。しかし・・・・自分で思ったよりも1曲目のソレアで体力を消耗していた。そしてそれを回復できていなかったことに気づく。ざらざらの床はバタ・デ・コーラに噛み付いていつものように動かない。クラスでは「床のすべりが悪い時は・・・・」なんて偉そうに教えていたけど、実際本当に自分の身に振りかかって初めて分かるバタの難しさ。時々襲ってくるめまいと闘いながら、絶対に最後まで踊りきる、と覚悟を決めてアレグリアスを踊り始める。

ピクオの歌が終わり、ミゲルのファルセータも終わる。そして、まただ。この人、モイ。あの日モイはピニー二のカンティーニャスを歌っていた。もう私はバタ・デ・コーラごと宇宙にふっ飛ぶかと思った。この歌い手は・・・・怪物だ。あの日彼が歌ったカンティーニャスは・・・・ブログにするのが不可能だ。でもあの時の私はあのカンテを飲み込んで、自ら放出することができなかった・・・・。なぜだろう?体力が残っていなかったから?集中力も欠けてしまっていたから?舞台の状況が悪かったから?そうかもしれない。理由はいくらでも思いつく。でも本当のところはそうでない気もする。・・・・それは「なぜ日本人はフラメンコが好きなのか?」という問いの答えを考えるのと似ている。

アレグリアスを踊っている最中にもまた小さな子が(今度は女の子だった気がする)舞台にお花を投げてくれた。「すごい拍手で歌い出せない時があったよ」と終わった後にピクオが言っていた。数ヶ月前からのプレッシャーとあの過酷な状況の中、私は踊りきった。以前の私だったらその状況に押しつぶされてガタガタの踊りになっていただろう。よくもまあ踊れたものだ、と自分でも思う。私にお花を投げてくれた小さな子供たちや、満場のロンダのお客さんからの拍手は本当に嬉しかった。・・・でも私は落ち込んでいた。落ち込みからなかなか立ち直れなかった。

踊れればいいというものではない。あのモイのカンテを聴いて私の中で「ぶわっ」と何かが起こったはずである。でもそれが私自身から放出されなかったのだ。その放出がなければ、私の踊りはフラメンコでもなんでもない。ただの踊り。フラメンコの振付けを持ったただの動き。そんなもののために私は生きているのではないのに。

エバ・ジェルバブエナは言っていた。「一度 “あの” 感覚を持ったのなら、後は “sintonizar” をすればいい。その “sintonizar” の仕方を知ればいい。それを舞台で行えばいい。」

“sintonizar” とは、日本語に直訳すると「同調させる」とか、「調和する」という意味。ラジオの周波数を合わせる、とか言う時などに使われる単語だ。ただ実際その直訳をあてはめるとちょっと違う気もする。言葉というのはその時その場所で、その本人の口から出た瞬間にのみ本来の意味を放つから、あの時私が感じた感覚を今ブログにすることは難しい。でも一つ言えるのは、私はその “sintonizar” の仕方を知らない、ということだ。エバの言う “あの” 感覚は突然やってくる。いつ、どこから、なぜやって来るのか私には分からない。やって来ない時もある。そして同様になぜやって来ないのかも分からない。

自分の踊りが終わり呆然としたままだ。志風さんから「早く着替えないと風邪引いちゃうよ」と心配される。その通りなのだが、頭が働かない。着替えと後片付けの順番がごちゃごちゃになっている。やっと着替え終わったらすでにホセ・メルセーのカンテが始まっていた。私はテントから出て横から舞台を見上げる。ちょうどその時反対側のテントからパルメーロ(手拍子でリズムを司る人)のチッチャロが出て来た。すぐそばにいる。うわ〜やっぱりすげ〜な〜(すごいな、ではなくあえて「すげ〜な〜」と表記させて頂きます。失礼!)、このコンパス。さっき踊った自分の踊りのことなんぞすっかり忘れて私は幸せいっぱいになる。

フェスティバルが終わり、そのチッチャロとモライート(この日ホセ・メルセーに伴奏していたギタリスト)と一緒に写真を撮ってもらう。会場を後にし、今度は私が「一緒に写真を撮って」とロンダの人達から声をかけられる。「すばらしかった!」と。嬉しいけど・・・変な気分。今度はコンクールの時から私の踊りを観て下さっていた、というロンダのペーニャ会員のグループに取り囲まれる。みんな興奮していてそのまま拉致されそうだったので、丁重に何度も何度もお礼を述べ、先に行ってしまった志風さんを追いかける。

よかったのかな・・・・不思議な気分が続く。自分がダメだと思っている時ほど人は賞賛する。自分でよし!と思っていても他人の反応は逆だったりする。でもそれが一致している時もあるし・・・なぜだろう。志風さんには「あんまり考えすぎないでね」と言われたけれど・・・・。でも考えてしまう。どうして今日の踊りはああだったのだろう・・・。ホテルに着いてからもそれがずっと頭から離れなかった。

次回ブログに続く。

Aug 14

2010.8.21 // ロンダ・カンテ・グランデ・フェスティバル

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子(ロンダ・コンクール2010バイレ部門優勝)
  • ホセ・メルセー(カンテソロ)
  • クーロ・ルセーナ(カンテソロ)
  • ルビート・イホ(カンテソロ)
  • アントニオ・ポルクーナ エル・ベネーノ(コンクールカンテ部門優勝)
  • モイ・デ・モロン(舞踊伴唱)
  • ミゲル・ピクオ(舞踊伴唱)
  • モライート・チコ
  • アンヘル・マタ
  • パトロシニオ・イホ
  • マノリート・エレーラ
  • フランシスコ・ゴメス・モンカジョ(コンクールギター部門優勝)
  • ミゲル・ペレス(舞踊伴奏)

みなさんこんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

こちらセビージャは昨日あたりから気温がぐっと下がって随分過ごしやすくなりました。先週は毎日40度以上あって大変でしたが!

さて、8/21(土)に「第42回ロンダ・カンテ・グランデ・フェスティバル」に出演します。そのポスターをアップしてみました。(ポスター部分をクリックするとでっかくなります!)出演アーティストはホセ・メルセー、クーロ・ルセーナ、ルビート・イホらカンテソリストと、今年のロンダ・コンクール優勝者となっています。開演は22時となっていますが、恐らく始まるのは早くても23時過ぎ、夜通し行われるこのフェスティバルが終わるのはきっと明け方でしょう。

アンダルシアの夏のフェスティバルは7月から9月まで各地で行われます。会場は屋外。地元住民はもちろんのこと、近隣市街からもフラメンコファンが駆けつけ、これぞ夏のアンダルシアのフラメンコ!特設舞台の周辺には仮設のバルが準備され、みなワイワイがやがや、飲んだり食べたりしながらフラメンコを楽しみます。家からクーラーボックスを持ってくるピクニック気分(夜中ですが)の家族連れもいますよ。日本の劇場のように席にじっと座って黙ってフラメンコを観聴きする雰囲気とは大違い。もちろんそういうフラメンコ大ファンも沢山いれば、アーティストの歌に合わせてパルマ(手拍子)をたたいたり、自分が知っている歌詞で歌われると嬉しくなって、一緒に歌ってしまうファンもいます。

私もこれまでにいろいろな村のフェスティバルに行ってきました。そこでたくさんのアーティストのカンテ(歌)を聴き・・・そう、ここではフラメンコとはカンテ。ワイワイがやがやしていたはずの観客がある一瞬になると「ooooleeee!」と叫ぶ。一体となって。有名な歌い手だからという理由で拍手を送るのではありません。有名だろうと無名だろうと、自分の琴線とフラメンコの瞬間が合致した時に出るあの「oooooleeeeee!」。こりゃすごいわ。もちろん踊りもあるけれど、ソリストとして参加する歌い手が沢山いるのに対し、踊りのグループは1つだけの所が多い。踊りだけを勉強する留学生からすると「歌ばっかり」と思う人もいるかもしれないけど、繰り返します。ここでは、フラメンコとはカンテなのです。(だからロンダのフェスティバルも「フェスティバル・デ・カンテ・グランデ」ですね。)

大物舞踊家が出演することが多い、アンダルシアの夏のフェスティバル。私もこれまでマヌエラ・カラスコ、ファルキート、コンチャ・バルガス、カルメン・レデスマなど素晴らしいアーティストのフェスティバルでの踊りに大興奮&感動してきました。かのエバ・ジェルバブエナも、子供の頃に観たとあるフェスティバルでのマヌエラ・カラスコとコンチャ・バルガスの踊りを「これがフラメンコだ、と思った」と語っています。フェスティバルで踊るのはとても名誉なこと。ただ近年は不況のため、フェスティバルの規模を縮小したり、開催すらできない状況になってしまいました。以前のように歌い手も踊り手も大物アーティストがぞろぞろ出演するフェスティバルは、残念ながら減ってきています。そんな中、今年のロンダ・コンクール優勝者という枠内でありながらフェスティバルに出演できるのは、私にとっては本当に光栄極まりない。しかも外国人だし。

フェスティバルまであと1週間。私の踊りはどうなるんだろう。緊張と不安と興奮と期待感が入り交じっています。いっぱい練習したけど、それでも技術は技術でしかない。フラメンコはカンテなんだよな・・・・その「当たり前」のことが私の中に一体どのくらいあるのだろう・・・・

2010年8月14日 涼しくて幸せな朝。日本から密輸してきたカルピスを飲む。 セビージャにて。

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