Dec 31

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

日本はすでに2012年ですね。こちらセビージャは今のところまだ2011年12月31日です。2011年も大変お世話になりありがとうございました。ブログも読んで下さりありがとうございます。あと数時間で1年が終わるのですが何か、こう、おごそかな気分は全くなく・・・読みかけの本もまだ読みかけだし、今年中に完成させたかったタラントの振付も中途半端なまま。年末に入った急な仕事で別の振付をしなくてはならず、自分のタラントは後回しになってしまったのでした。数時間後にはお友達夫婦の家で食事をすることになっています。スペイン恒例の年越し行事、新年12時の鐘の音と同時に12粒のぶどうを食べるのです。今年はちゃんと食べられるかな???

去年同様、今年一年分のブログを振り返ってみました。反響の大きかったのは以下の5ブログです。タイトル横をクリックするとそのブログを読む事ができます。ちなみにこれまでの全てのブログは、このHP右下の「Archives」という所に年月別に保存されています。ご興味のある方、年末年始お暇な方はどうぞそちらもクリックして下さいね。

第1位「東日本大震災復興支援特別プロジェクト“Somos Japón”」somos-japon

震災時私はスペインにいました。4月中旬に日本に一時帰国することは決めましたが、とにかくそれまでに何かしなくては・・・ここセビージャで私がいますぐできること。そう考えて思いついた企画です。セビージャのたくさんのフラメンコ・アーティスト達の協力により、彼らへのインタビュー、日本のみなさんへのメッセージをブログアップすることができました。毎日毎日セビージャ中を走り回り、そしてパソコンに向かいブログにアップする。そんな日々でした。踊りのレッスンに行く気持ちになんてなれなかったから、とにかく何かしなくてはという気持ちだけが私を動かしていました。

たくさんのアーティスト達の心からのメッセージは日本の方々、そして海外在住の日本人の方々に届き、たくさんの涙とたくさんの勇気に変わったようです。そして誰よりも励まされたのは私自身だったのかもしれません。

第2位 第14回全国アレグリアス舞踊コンクール4位、最優秀振付賞受賞、そして波乱の表彰式・・・

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2011年8月、カディスで行われた上記コンクール決勝のブログです。YouTubeではその決勝と「八百長!」の怒号が飛んだ表彰式の動画が全てノーカットでアップされています。たくさんの方々からのお祝い、激励、コンクール側へのご意見などを頂きました。誠にありがとうございました。コンクールに出場する度に、結果にかかわらず自分の踊りと自分自身が確立されていくのを感じます。特に今回のこのコンクールの後はするっと脱皮したような気がします。これからも精進、自分自身に挑戦し続けたいと思います。応援どうぞよろしくお願い致します。

第3位 衣装バトル ¨la-yunko¨-impartira-cursillos-en-tokio-y-tsukuba

「すごい!誰ですか、その衣装屋は?!」みなさん興味津々のご様子・・・結局別の衣装屋さんに袖はちゃんとつけてもらいましたよ。一件落着。

第4位 成田発チューリッヒ行き 機内“珍”事件 日本語-成田発チューリッヒ行%E3%80%80機内“珍事件”

第5位 前代未聞の音響事件 in レブリーハ・フェスティバル 日本語-フェスティバル出演終了&前代未聞の音

4位、5位に関しては「うそ〜!信じられない!」「面白すぎ〜!」のご感想をたくさん頂きましたよ。本当にどうして私の周りにはこんなことばかり起きるのでしょうか。事件が私を呼ぶのか、私が事件を呼ぶのか・・・。

そして上記の5ブログに比べると反響は少なかったのですが、私個人的に印象に残っているブログ↓

番外編① 石巻に行きました 日本語-石巻に行きました① 日本語-石巻に行きました②

番外編② トロンボのクラス1週間 日本語-トロンボのクラス1週間 日本語-トロンボのクラス1週間②

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2011年は日本でもスペインでも激動の一年だったと思います。私もその中で自分を見つめたり、踊り手としてどうあるべきかを見直した一年でもありました。その答えは多分まだ出ていないし、答えが出てもそれをすぐに周りに還元できるかそれは分からない。それは2012年の私の課題になるのかなとも思います。

そして2012年は私がセビージャに住み始めてから10年、という節目の年でもあります。一区切りをつけるための“萩原プロジェクト”も勝手に発進させています。「新しいことを発見したければ新しいことに挑戦しなければならない」。これは多分アインシュタインの言葉。

2012年も今まで通り、切り拓いていきたいと思います。

大晦日。 セビージャにて。

Dec 15

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

お陰様で一昨日の“カハ・ネグラ”ライブ(セビージャ)は無事終了致しました。お越し頂いた皆様、応援して下さった皆様、誠にありがとうございました。お客様はちょっと少なめでした。20人ちょっとでしょうか。12月のセビージャは人が少ないのです。そして最近はセビージャのいろいろな場所でフラメンコが行われているため、お客さんも分散してしまうのでしょう。経済危機のあおりもあり、アルバイトをしながらフラメンコを学ぶ留学生もだんだんと少なくなってきています。春先になるとまた人が増えると思いますが!

そんな中、ライブは多いに盛り上がりました。カンテのエバ・ルイス、ギターのイダン・バラス、パルマのハイメ“エル・エスタンピオ”と踊りの私。とってもいい雰囲気でしたよ。皆とても満足で、そのエネルギーが舞台上で伝わってきて、とってもいいフラメンコの循環がありました。きっとそれはお客さんにも伝わっていたと思います。舞台上の人間が心から楽しんでいる時は、お客様も楽しめる。でもそれぞれがどんなに上手に歌い、踊り、弾いても、楽しんでいない時、お互いのコミュニケーションがない時、それは冷たいフラメンコになります。そう、寒い舞台。心がない舞台。

最近私は自分が踊ることを楽しめるようになってきました。もちろん舞台の前は緊張するし、責任感も感じます。でもそれと同時に、踊りたいという欲求と自分自身から発する、どこから出て来るのかわからないエネルギーを感じるようになりました。もちろんそれは前から感じていたことではあったけれど、以前よりも頻繁に感じられるようになったというか、それに対して自分が素直になってきたというか、素直になるために外さなければならない「ふた」のようなものがスポンと抜けたような気がするのです。

2011年があと少しで終わる時、それに気付けてよかったと思います。

そしてまだあと少しある。残りの2011年で私のタラントの振付を完了させます。来年1/28のペーニャ公演でタラントを踊れるといいな。

2012.1.28 //  ペーニャ・ニーニョ・ラ・アルファルファ – セビージャ. 22:00H.

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • ラ・ディビ
  • ホセ・ルイス・メディーナ

ではまたお会いしましょう。お元気でお過ごし下さいね。

2011年12月15日 セビージャにて。

Dec 13

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

本日「カハ・ネグラ」(セビージャ)にてライブがあります。急遽、踊り手の“ハイメ・エル・エスタンピオ”がパルマ出演してくれることになりました。今回の共演者、歌い手のエバとギタリストのイダンが別の場所でハイメと共演したらしく、「ジュンコ、ハイメを呼ぼうよ!」と薦めてくれたのです。今日のライブはどうなるかな?みんなでフラメンコの瞬間を共有できますように。楽しみです。

では、みなさんまたお会いしましょう!お元気でお過ごし下さいませませ。

2011年12月13日 セビージャにて

Dec 11

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

こちらセビージャも寒〜いです。しかし今年は電気毛布を買いました。あったか〜いです。そして去年から愛用しているユニクロのヒートテックともこもこも部屋着。ありがたや〜。そういえばスペインの全国紙「エル・パイス」の付録雑誌にもユニクロの紹介記事が載っていましたよ。早くスペインに上陸してくれ〜。

2011.12.13 //  カハ・ネグラ- セビージャ. 22:00H. 入場料5ユーロ
Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • エバ・ルイス
  • イダン・バラス

さて、火曜日に踊ります。ソレアとロメーラを踊ります。本当はタラントを踊りたくて準備していたのですが、先週はナポリに行っていて練習が滞ってしまいました・・・。

ナポリという町は・・・なんと説明したらよいのでしょう。とにかく車とバイクの運転が荒過ぎる。セビージャの人もかなり荒いですが、ナポリの人達に比べたら三輪車を運転しているようなものです。まず道路を横断できない。信号があってもないようなもの。車が止まるから渡るのではなく、人が通るから車が止まる。でも止まっているならまだいい。人が歩いている前後左右をバイクがひゅんひゅん飛んでいます。速度が全く落ちません。ほんの数センチというぎりぎりの所を通って行く。いくらなんでもそれはセビージャでも「イホ・デ・◯ータ!!!」と怒号が飛ぶでしょう。でもナポリの人も車もバイクもみなさんそれが当たり前のようですよ。轢かれる!と焦って走ったりしてはいけません。かえって轢かれるでしょう。車もバイクも歩いている人の速度を計算して轢くギリギリのところで走り抜けているのです。

そして町中のゴミ。以前からナポリにはゴミ問題があったらしく、私が行った時には一時のひどい状況ほどではなかったようでしたが。でも・・・あれ?ナポリって死ぬ前に一度は見る町じゃなかったけ?!それにしてもすごいゴミだね〜。毎日毎日どんどん増えていって、観察日記をつけたいくらいでした。

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しかし、ナポリの町歩きは楽しい!きれいなショッピングモールもありましたが、私が気になるのはちょっと裏側。歩いていたら、頭にゴン。何かが当たった。おかしいな、ちゃんと前を見ていたはずなのに。上を見上げると私の頭上にゴム製のバケツが。そのバケツは上の階のベランダからひもでぶら下がっている。なんだこれは。ちょっと観察していたら、そこへ郵便配達のお姉さんが。手紙をそのバケツに入れて、上の階に住む受取人がするするとひもを引き上げていく。なるほどね〜。私もセビージャのピソでやってみたいわ。

くねくねと適当に歩いていたら(でも危なそうな道とスリには気をつけてね)見つけた、“ベレン通り”。クリスマスにちなんだ小さな人形達や置物。そのお店がずらっと並ぶ通りがありました。ベレンはセビージャにもありますが、なんとナポリがベレン発祥の地だそうです。知らなかった。そのお店の天井からぶら下がっていたのもベレンなのかな?そして毎年、その年にちなんだベレンも作られるそう。(日本の変わり羽子板みたいなものか?)今年はやっぱりこの人でしたね、、、、ベルルスコー二。

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ピザはやはりおいしかった〜。信じられないほど。毎日マルガリータばかり注文していました。普段ピザを食べる時にはできるだけおいしそうな具がたくさん載っているピザを選んでしまう私。ちが〜う。要は、生地がうまい。トマトがうまい。素材がよければ余計な具がなくてもおいしい。むしろいらない。う〜む、フラメンコと一緒だ、と思いながらもぐもぐ食べていました。

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そしてカプリ島!ナポリから船で45分程。でも船が出航しませんでした。天候が悪いからという理由でしたが、どう見ても誰が見ても快晴。港と港を結ぶ連絡バスの運転手さんが言うには、経済危機で船を出すガソリン代がないとのこと。うわ〜、そう来たか。やはりイタリアはスペインよりもひどい。しかしスペインも明日は我が身・・・。とはいえ、もしかしたら次の日は出航するかも?とダメもとで港に行ってみたら、なんと今日は出航するそう!!!有名な「青の洞窟」近くは波が高くて行けないとのことでしたが、なんでもいい!出航してくれるなら!!!

ゴミだらけのナポリの町も遠くから見ればこんなにきれい。ベスビオ火山もくっきり。(斜めに映っているのは船が揺れていたからです・・・)カプリ島ではイタリア人のガイドさんにくっついていました。なんとなくスペイン語と似ているから分かるような分からないような。イタリア人観光客と一緒にバスでカプリ観光。

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そして自由時間にはリフトに乗ってカプリ島展望台まで。死ぬ前に見ておけ、と言うのはナポリではなくカプリなのではないか?!と思う程の絶景。こんな美しいものが世の中にあったのか。「青の洞窟」には行けなかったけど、素晴らしかったカプリ。さようなら、カプリ。また会う日まで。

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というわけで、今日のブログはナポリ観光記になってしまいましたが・・・・明後日踊ります。

2011年12月11日 セビージャにて。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・