Dec 24
メリー・クリスマス!
La Yunko | ブログ, 新着情報 | 12 24th, 2015| Comments Off

20151223_145216みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

本日クリスマスイブ。まだ風邪が治らないし、夫にまでうつしてしまったので今日は午前中二人で病院に行ってきました・・・。

そんなこんなで昨日は家で大人しく寝ていたのですが、夫から「ちょっと起きてよ!出かけるよ!いいものあげるから」と言われて、エル・コルテ・イングレス(デパート)に連れていかれました。何だか分からないまま地下食品売り場まで。クリスマスのセスタ(プレゼントの入ったカゴ)のコーナーで、「好きなの選んでいいよ!」と。

???セスタって、よく会社で働いている人が職場からプレゼントしてもらうものかと思っていたけど???私達は自営業だからそんなの関係ないし。でもなぜか今年は夫が仕事関係者からセスタをプレゼントされたとのこと。へー!!!スペイン生活13年目にして初のセスタ!!!昔、結婚前にスペイン人の女の子達とルームシェアしてた頃、彼女達がクリスマス時期にやっぱり職場からセスタをもらってきて、中にはハモン脚ごと丸々もらっているルームメイトとかもいて、いいなあとずっと思っていたのでした。

というわけで、店員さんに頼んで記念撮影。風邪っぴきの割には私は笑顔で映っていますが、それはこの後、この重い重いセスタを自宅まで二人で持ち帰ること知らなかったから・・・。(笑)ほんと重かった。なんせワインボトルだけで8本も入ってたし・・・・。でもプレゼントありがとうございました!!!!

ではみなさまも素敵なクリスマスをお過ごし下さい。

2015年12月24日 これから義父母とイブの食事。さ、もう一頑張り!

Dec 19

cartel-zambomba_web12377694_650101291758851_8900396715836456911_o12371183_650101288425518_5061327439852809346_oスクリーンショット 2015-12-18 00.17.01スクリーンショット 2015-12-18 00.17.2011049449_802407129888509_546238953304789283_oみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

こちらセビージャはそれ程寒くもなく、穏やかな日が続いています。最近はほぼ毎日フラメンコの濃い日が続いており、あれもこれもブログにしたいのですがなかなか時間がとれず・・・。年末時間がとれたら少しずつアップしてゆきたいと思います。お楽しみに!

さて、先週の土曜日にレブリーハのヒターノ協会にご招待頂き、劇場でのサンボンバ公演に出演させて頂きまし78zamた。本当はアナベル・バレンシアの歌でブレリアをちょっと踊るという予定だったのですが、結局成り行きで私は踊りませんでした。その後、アナベルのお兄さんでゲスト出演のホセ・バレンシアが歌い、もう終わりと思いきや(私はパルマをたたいていただけで幸せでした♡)、幕があとちょっとで全部閉まるといった所で、またホセ・バレンシアが歌い出しました。その時、何が起きたか・・・私は飛び出してしまいました。なんだか楽しくて、何も考えずに踊り出してしまったんです。今考えると、よくあの状況で踊れたもんだと思うのですが、多分楽し過ぎて脳みそがマヒしていたのかな・・・???とにかく、あの幸せな瞬間だけを楽しんでいました。

その時のビデオがwww.lebrijaflamenca.com にアップされています。こちら→https://www.facebook.com/LEBRIJAFLAMENCA/videos/802570513205504/?theater

写真は今回はアントニオ・ペレスが来られなかったため(涙)アントニオの写真はありませんが、レブリーハの写真家の皆さんがいろいろ撮って下さいました。どうもありがとうございました!!!

フラメンコを生きている、そういう実感があります。そしてただ生きているのではなく、生かされている。そちらの方が強く感じます。そんな日々を送れることにただただ感謝したいと思います。

2015年12月19日 セビージャにて。

Dec 1


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みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

先週水曜の「フラメンケリーア」公演、金曜の「ペーニャ・フアン・タレガ」公演はお陰様で無事終了しました。

  • 「Orillas de Triana」フラメンコライブ

2015年11月25日(水)

フラメンケリーア(セビージャ)

ギター:エウへニオ・イグレシアス

カンテ:モイ・デ・モロン

バイレ:萩原淳子

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  •  「第26回ペーニャ・フアン・タレガ文化週間」

2015年11月27日(金)

ペーニャ・フラメンカ・フアン・タレガ(ドス・エルマーナス)

ギター:エウへニオ・イグレシアス

カンテ:ぺぺ・デ・プーラ、モイ・デ・モロン

バイレ:萩原淳子

12322977_10153764386026228_7237079952060475761_o12232782_10153764386066228_3337732477910788773_o無事・・・といっても、水曜のフラメンケリーアではかなり悔いの残る踊りになってしまいました。せっかくお友達やセビージャクラスの生徒さん達も観に来て下さったのに・・・とかなり落ち込みましたが、落ち込んでいる暇もなく、その翌々日のペーニャ公演で踊ることになりました。

よくフィギアスケートとかスポー12314704_10153764386621228_7092152112818060877_o12313964_10153764386486228_7606564702235395301_n12307519_10153764386576228_2407461556824866193_o12314574_10153764386866228_1470268432875531119_o11232360_10153764386876228_1747187626897184031_oツの世界で、予選大失敗のスタートになってしまってどうなるんだ、決勝???という状況ってあると思うのですが、ああいうのって他人事ではない。順等に自分の実力を予選で出せれば、あとは油断せずに勢いに乗って決勝に進めばいい。でも最初にこけちゃった12299225_10153764386061228_2339001959764826159_n12309818_10153764386946228_1258849377232603560_o場合。これは本当に恐ろしい。マイナスのスタートということは、点数がマイナスなだけでなく、自分の精神状況もマイナスということ。もしかしてまた失敗するんじゃないか、というネガティブ思考を一掃してスーパープラス思考に持っていかなくてはならない。予選で順等に進んでいる他の選手以上に。でないと勝てないのだから。精神力が強くない12291210_10153764387066228_5740060572931128918_o12314267_10153764387071228_1471832328629193401_o12307308_10153764387221228_4075863166973640762_o12294652_10153764387146228_8345781908776166618_n12307371_10153764387226228_1220854381015346023_oとできない、だから一流のスポーツ選手って本当12309972_10153764387321228_6377418480465127729_oにすごいんだなと思う。

で、私の場合はそんな選手達の足下にも及ばないのですが、なんだかそんな状況でもありました。何がマズかったのかは原因が分かっていたので、あとはそれを繰り返さないこ12304273_10153764388411228_7093058369153703255_oと。ただし、フラメンコは自分だけが踊るものではない。カンテがあってギターがある。自分だけが気をつけてもどうしようもないこともある。だから万万が一問題が起きてしまった時のことも想定して、それをどう処理す12248236_10153764388996228_5039796996367586881_o12291895_10153764390191228_811101960720942587_o12316353_10153764391611228_918911820673387142_n12309691_10153764393696228_76692901123259687_o12303913_10153764407776228_5466003179514599878_o11063925_10153764388471228_7331641918909586960_o12314538_10153764409476228_8452559324851463480_o12311121_10153764398276228_4996819040018629066_nるか。最終的な責任は踊り手にあるから。

いろいろ考えて、そして、スポーツ選手ではないけど、精神コントロールをして翌々日の「ペーニャ・フアン・タレガ」公演に臨みました。

結果的には、とても素晴らしい公演になりました!ありがとうございました!

本当によかった。ギタリストのエウへニオ・イグレシアスと歌い手のモイ・デ・モロンは水曜のフラメンケリーア公演で共演していましたが、ペーニャ公演の方ではもう一人の歌い手ぺぺ・デ・プーラが参加しました。ぺぺとは全然合わせをしていなかったのと、共演も数年ぶりだったのですが、本当にバッチリ。素晴らしい歌い手です。(それもそのはず、私との公演の翌日にはファルキートの公演で歌っていました!)ぺぺとモイの組み合わせもバッチリ。エウへニオとペペもバッチリ。そうなってくると非常に踊りやすい。一人一人がそれぞれ上手くても、お互いのコミュニケーションがとれない、もしくは慣れていないアーティスト同士だとその微妙な空気感が伝わってきて、なんだか踊りにくいこともあります。その点、今回のメンバーは一人一人も最高、3人合わせてもっと最高!でした。

1曲目のタラント。タラントを踊るのは久しぶりでしたが、だからこそ改めて踊り直してみたかった。元々タラントの振付は持っていましたが、改めてタラントとはなんぞや、というところから始まり振付を作り直してみたり。そんなことを9月にセビージャに戻ってからやっていました。タンゴの部分はその時によって構成を変えることが多いのですが、タラントの部分は自分がイメージするこれぞタラントという感じに近くなってきたかな。その意味で今回の公演で発表できてよかったです。またこれからも少しずつ踊ってゆきたいです。

2曲目のアレグリアス。「フラメンケリーア」公演ではマントンを使ったアレグリアスでしたが、ペーニャ公演の方ではマントンなしのアレグリアスにしました。舞台が小さいかなと思って。(でも実際はそれ程小さくもなかったので、バタ・デ・コーラでもマントンでも踊れそうな感じではありましたが)こちらはほぼ即興でした。むしろその方が自分の良さを引き出せるから。本番前にちょっと構成を説明した時もあえて踊りませんでした。だからよかったんだと、今思います。アレグリアスの1つ目の歌はモイが歌ってくれました。何度も聴いたことのあるモイのアレグリアスなのに、すごく新鮮だった。アレグリアスってこんな風に歌えるんだ、モイってやっぱりすごいなあ!と感動に近いものがあった。なんて言うんだろう、アレグリアスって、ただ元気いっぱいに伸び伸び歌う人多いのだけど(踊り手もそうですね・・・ただ笑顔を浮かべてガンガン踊る人等・・・笑。)もっと機微があるっていうか、感情のひだがあるはずなんですよね。昔の歌い手のアレグリアスはそうだった。それを継承している歌い手ももちろんいるけど、踊り伴唱になるととにかく盛り上げることが先決、みたいになっている人が多い気がする。そんな中であの日のモイのアレグリアスは光っていたなあ。私はああいう歌がいい。

そして、その後のぺぺ。これがまたすごかった。なんと、ミラブラスを歌ってきたのだ。ぺぺ最高!ぺぺのミラブラス最高!ミラブラスが聞こえてきた瞬間に、恐らくほぼ同じタイミングで、エウへニオと私で踊りのテンポを少し落とした。そのタイミングも最高。落とし方も最高。ミラブラスを踊ったことは今まで一度もなかったのだけど、多分、あの時の私の踊りは最高だったのではないか、と思う。(ま、気持ちだけかもしれませんが。笑)そう、踊りが上手いとか下手とか、そういう観点ではない、フラメンコの瞬間。舞台の上で本当に幸せをかみしめていました。

ペーニャ・フアン・タレガは私は初めて踊ったペーニャです。あれからたくさんのペーニャで踊らせて頂けるようになって何年も経ちます。その間スペインは経済危機に陥り、そして今でもその危機は続き、いつ脱出できるのか分からない厳しい状況。何年か前はアンダルシア地方だけで300以上あったペーニャですが、ここ最近では随分減ってきているそうです。フラメンコ愛好家会員の会費によってまかなわれているペーニャですから、会員の経済事情がペーニャの存続につながっているのです。そのような厳しい状況の中でも、このペーニャ・フアン・タレガはこれまでに何度も私を呼んで下さいました。本当に感謝しています。

フラメンコを愛する心と偏見は相容れない。私はそう思います。フラメンコが好きといいつつ、偏見を持っている人というのは、真の意味ではフラメンコを愛していない。利己的にフラメンコを自分のものにしようとしているにすぎないのだと思う。

フラメンケリーア公演の後、モイがこんなことを言っていました。

「オレはファルキートに歌おうがジュンコに歌おうが、同じ気持ちで舞台に立つ。ファルキートだからちゃんと歌って、ジュンコだから手を抜くということはしないよ。もしそういうことをしたら、それはアルテに対する敬意を欠いていることになる。もしそういうことを始めたらそのアーティストはもう終わってると思うし」

・・・そうなんだよね、だからモイはああいう歌い手なんだよね。

そしてそれは観客の側にも言えると私は思う。スペイン人だからいい、ヒターノだからプーロだ、日本人だから大したことない、そう思って(潜在的にでも)舞台に立つ人を観る(もしくは聴く)人というのは、確かにフラメンコが好きだから観に来るんだろうけど、多分その時点でフラメンコを自分勝手に曲解しているんだと思う。それはある意味、フラメンコに対する敬意を欠いているとも言えるんじゃないかな・・・ペーニャで踊らせて頂く度にそんなことを思う。フラメンコへの愛を持っているペーニャ会員。カンテを愛する会員。同じ愛を持つアーティストに、たとえそのアーティストが日本人であっても同じように愛を注いで下さる方々。そのような方々の前で踊ることで、きっと私もその愛の一員になれるんだと思う。そして、今度別の場所で踊ることになったとしても、彼らから受け取った愛は、私の踊りを通して誰かに伝わってゆく。そしてその真価が分かる人がまた誰かにそれを伝えてゆく。フラメンコってそういうものなんじゃないか。

話しはまた元に戻って、さっきの言葉の後でモイが付け加えていたことにも注意。

「でも、同じ気持ちで舞台に立っても、出て来るものが違うのは当然。そりゃ、アルテの問題だから。」

・・・だよね。アルテを引き出せるか引き出せないか。当然歌い手自身にアルテがなければ引き出しようがないのだけど(笑)、それを引き出せるかは本人にもよるし、ギタリストにもよるし、踊り手にもよるし、当然観客にもよる。そういうことをはっきり言うのもやっぱりモイらしくていい。なんでそういう会話になったのかは忘れちゃったのだけど、この言葉は忘れてはならない。

いつもいつも、学ばせて頂いている。素晴らしいアーティストと素晴らしい観客に。

そして、私は私でまた一から出直してみようと思う。

公演写真:アントニオ・ペレス

2015年11月30日 セビージャにて。

Nov 22
ラファエル・リケーニ
La Yunko | ブログ, 新着情報 | 11 22nd, 2015| Comments Off


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みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

昨晩セビージャのマエストランサ劇場でのラファエル・リケーニのコンサートに行ってきました。何から書いていいのか・・・コンサート中私は涙が止まらなかった。家に帰ってもずっと泣いていて昨日は泣きながら寝ました。今思い出してもまた涙が出て来そうです。

ラファエル・リケーニ。1962年セビージャ生まれ。フラメンコギターの歴史に名を残す、偉大なギタリスト。私が彼の名を初めて耳にしたのは、まだフラメンコを始めて2年半くらいの時、何も知らないど初心者の頃でした。そのど初心者にも関わらず、当時師事していたAMIさんが(正確には、当時AMIさんはセビージャに住んでいらして一時帰国の際のクルシージョに私は通っていた)、AMIさんと森下祐子さん、長谷川典子さん(現 初瀬河典子さん)の舞台に抜擢して下さったのです。東京での老舗タブラオ「カサ・デ・エスペランサ」さん25周年記念の舞台公演「LAS ENAMORADAS DE SEVILLA」でした。本当に何も知らず、踊りの振付を覚えて練習するのに必死。しかも出演者の皆さんの会話の意味が全然分からない。ちんぷんかんぷん。そのくらいフラメンコに関して何も知らなかった。でも、今ここで会話されていることはとても重要なことに違いない、当時の私はそう思って、どんな時でも、たとえそれが皆さんにとりとめのない雑談なのかもしれなくても、周りの会話や気配にアンテナを張り巡らせていました。

その時だった。ラファエル・リケーニの名を初めて耳にしたのは。

練習の合間の休憩時間にAMIさんが歌い手の瀧本さんにおっしゃいました。確かこんな言葉だったと記憶しています。

「たきやん、あのね、この間マリア・ルイサ公園を散歩していたら、本を読んでいるラファエル・リケーニを見かけたのよ。もう、私、嬉しくって、本を読むまで回復したのかなって」

その瞬間、「ラファエル・リケーニ」という人物の名が私の頭にインプットされたのを今でも覚えています。絶対この人の名前は忘れちゃいけないって。そして同時に「本を読むまで回復」・・・・という言葉を自分の頭の中で整理し始めたその瞬間、瀧本さんがおっしゃった言葉。

「その本、逆さまやったかもしれんでー」

AMIさんは「もうやだー、たきやんー、こんないい話なのになんでそういうこと言うの?」と笑いながらおっしゃっていましたが、その間私の脳みそはフル回転していました。“ラファエル・リケーニ”、“本を読むまで回復”、“その本、逆さま”???一体どういう人でどういう状況なんだ?そしてその時に、こんな声が聞こえました。(誰がおっしゃったのか覚えていない)

「もう弾くのは難しいかなあ」

・・・ここまでです。私が記憶している会話の内容は。もしかすると多少違っているかもしれません。もう20年近く前の話ですから・・・。

そう、ラファエル・リケーニが健康上の理由で舞台から遠ざかって昨年のセビージャでのビエナルで復活する(「Y Sevilla..」という公演内の演奏でリケーニはヒラルディージョ賞を受賞。)まで20年近くの歳月が経っているという。・・・なんという長い歳月なのだろう。

あの時何も知らずに彼の名をインプットした私はそれから4年間必死に働き、お金を貯めてセビージャに渡る。いろいろなことがあった。辛い事、悲しい事、それを誰にも言えなかったこと。長く留学すればするほど、短期の滞在では分からない苦しみというものが生まれる。(もちろん喜びもあるけど。)先の見えない、本当に長い間・・・そんなことを思い出しながら、昨晩リケーニのギターを聴いていました。

リケーニの音はセビージャそのものだった。どんな音がセビージャなのか?と言われても上手く言えない。セビージャの光、香り、空気それがリケーニのギターに溶け込んでいた。いや、それらがリケーニのギターを創り出していた。セビージャのありとあらゆる神々しいものが、リケーニのギターに降り注いでいるようだった。彼の音楽を全身で浴びながら、ずっと苦しくて苦しくてどうしようもなかった感情が、リケーニの音で全てが浄化されていくように私は感じました。そして同時に思った。リケーニは、凡人には絶対分かりっこない、天才ゆえの苦しみの中で20年間葛藤してきたのかもしれない。私ごとき人間がそう思うのはおこがましい。そんなことは分かっている。でも今、ここに私達の前にいる、ギターを弾いている。そう思ったら涙がとめどなく流れた。そして感謝した。ラファエル・リケーニというギタリスタがこの世に存在すること。こんな私でもそのギタリスタと同時代に生かせて頂いていること、そして今、自分がまだセビージャにいること。昨晩マエストランサ劇場にいられたこと。

あの時、AMIさんの会話で「ラファエル・リケーニ」の名を耳にした時から、ずっとそれはつながっていたのかもしれない。

昨晩の公演の名が「PARQUE DE MARIA LUISA」(マリア・ルイサ公園)だったのは偶然ではない、そう私は思っている。

本当に、ありがとう。ラファエル・リケーニ。

2015年11月22日 セビージャにて。

Nov 19
アルバロ
La Yunko | ブログ, 新着情報 | 11 19th, 2015| Comments Off

arbaroみなさんこんにちは。お元気でお過ごしでしょうか。

フラメンコ関係者の皆様は既にご存知かと思いますが、一昨日にアルバロ(アギラール・デ・ヘレス)がお亡くなりになりました。長年日本に在住されたスペイン人カンタオール(歌い手)で、日本のフラメンコ界に多大な影響を与えて下さった方です。

その訃報を知ってからここ数日、アルバロのことを思い出していました。
残念ながら私は一度も共演させて頂いたこともないですし、個人的な面識も特になかったのですが、一度だけ、フィエスタで彼のソレアを聴きました。

何年か前のAMIさんの公演の打ち上げの時。
こんなソレアを歌う人が日本にいたんだという驚き。
ソレアを歌うってこういうことなんだという驚き。
あの時の誰もが息をするのも忘れてアルバロのソレアを聴き入っていたように思います。
その時の、ダビ・ラゴスのアルバロを見つめる、尊敬の念に満ち満ちた眼差し。それも忘れられない。

彼のフラメンコはきっとこうやって引き継がれていく。
一生に一度でいい、誰かの心に残るフラメンコを生きてきた証として刻むことができれば。そして引き継がれた人間は、そのアルテを大切に大切に守り、次にバトンタッチしてゆく。それが引き継がれた人間の使命。

アルバロのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

2015年11月19日 セビージャにて。

Nov 13

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12238050_10153729951441228_2183866575333361110_o12188073_10153729951251228_8016334554460818859_o12238397_10153729951261228_3586964573549124077_o12194685_10153729953376228_2610283182185918110_o12196270_10153729951916228_3000928247298594380_n12235088_10153729951821228_8341526211016480146_n12208719_10153729952171228_2944986949514853983_n
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12191311_10153729957106228_7183082822996508990_o
_DSC1951みなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか。

こちらセビージャはなんだかまだ暑いです。11月の中旬だというのに太陽ギラギラ、家の中では蚊がぶんぶん。今も一匹殺したところ。文章にするとちょっと怖いですが。

さて、遅くなりましたが先週の「フラメンケリーア」でのタブラオライブはお陰様で無事終了しました。たくさんのお客様にお越し頂き感謝しています。また、ちょうどスペイン旅行中だった私のおじとおばがショーを観に来てくれました。共演のゴリ・マソ、アルバロ・ラミレス、アンヘル・ファリーニャ、皆様誠にありがとうございました!

ライブの前日おじに言われた言葉がとても印象的です。

「淳子ちゃん、あなたね、人種とか民族とか関係ないの。あなたね、人間として踊りなさいよ。分かってるでしょう、だからアントニオはあなたと一緒にいるの。」

この言葉は、セビージャと日本とどちらが住みやすいかと聞かれて、「セビージャの生活の方が好きだけれど、東洋人に対する差別があるから・・・日本にいればそういう差別を受けることはないし・・・」と答えた時におじの口から出たのでした。そうなんです。おじが言う通り分かっています。でもそれを他人から言葉できちんと言われたことは初めてだったように思えます。同じ日本人でも、「セビージャで踊るっていっても日本人として踊ってるからその分楽なんじゃないの?」とか平気で言ってくる人もいます。つまり、日本人ということである程度大目に見てもらえる、もしくは踊りそのものよりも、「日本人が」踊っているということで評価されるんでしょ、ということ。もっと言うとそれを逆手にとって「日本人公演」という看板にしてしまうこともできなくはないのだから。

・・・そんなこと一度も思ったことはありませんが。あ、あるか。震災の後セビージャでのチャリティー公演の際、自分が「日本人」として踊っているという強い強い意識がありました。それぐらいでしょうか。毎回踊る時に「私、日本人なんです」とか思いません。歌とギターを聴いているだけですから、そこに「何ジン」という観点はないのではないでしょうか。そうすると何が自分に残っているかというと、自分という一人の「人間」なのだと思います。その意味でおじの言っていたことはとても正しいのだと思う。

だから「日本人なのに上手い」とか「踊りが日本人っぽくない」とか「顔は日本人だけど踊りはスペイン人」(笑)とか、それはある種の人にとっては褒め言葉なのかもしれませんが、私には違和感でしかありません。もちろん褒められているのであれば、そのお気持ちに対して感謝の気持ちは伝えますが、やっぱりどこかしっくり来ないんだよなあ・・・というのを長年ずっと思っていたのです。どうして誰もそこに気付いてくれないんだろう、と。

その意味でおじの言葉はすとーんと心に落ちました。私にとってとても大切な言葉です。

でも自分が日本人であるということを忘れているわけではありません。なぜならここに住んでいる以上、常に意識させられるから。東洋人に対する目。日常生活の中で、それからフラメンコの仕事の面でもそれは確実にあります。そして、たまにいらっしゃいますけど、自分が日本人であることを否定する人。もしくは卑下する人。そのベクトルが自分自身にだけに向けられている人もいれば、他の日本人にまで向けられる場合もある。そうなると日本人による日本人差別が生まれてしまう。スペイン人が(もしくはヒターノが)絶対正しくて日本人が日本人であるが故に間違っているとか劣っていると思い込み、自分も日本人であることを棚に上げて、他の日本人を批判したり見下したりする人。これも違うと私は思う。私の両親は日本人で、私は日本に生まれ日本の文化の中で日本人として育った。そのどこに問題があるんだ?否定しようが卑下しようが、自分が日本人であることには変わりがない。それを認めないっていうのは自分で自分のルーツを認めいてないということ。ルーツというのは日本語にすれば「根っこ」でしょ?名もない雑草にだって根はあるのにね。

それでも、それらのことを全部ひっくるめても、フラメンコの前では私はただの「人間」なんだと思う。

何年か前にセビージャのとあるタブラオのオーナーに言われたことがあります。

「君は本当に踊りが上手いよ。でも君には問題がある。君は日本人なんだよ。」

はあああああ?????

しかし即答してしまいました。

「失礼ながらお言葉を返すようですが、私が日本人であることには何の問題もありません。もしそれを問題とするなら、問題は日本人である私にあるのではなく、それを問題だと思う考え方に問題があるのではないでしょうか?」

・・・だってそうじゃん、と今でもやっぱり思うのです。

公演写真:アントニオ・ペレス

2015年11月13日 セビージャにて。

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