Dec 13

418580_171809056262610_2046896861_nみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

あっという間に12月も半ば、来週火曜には日本に発ちます。帰国前でバタバタしていますが、昨日、恐ろしくフラメンコ濃度の高い踊りを見ましたのでブログにします。バルージョ(写真左)の踊りです。

バルージョ。プーロ(純粋な)フラメンコファンならきっと知っている踊り手。でも誰?という方もいらっしゃると思うので簡単に説明を。一番簡単な説明は「ファルキートのいとこ」ファルキートもその弟のファルーもバルージョもフラメンコ史上にその名を刻印した偉大な踊り手、ファルーコの孫です。(カタカナが多くてよく分かりません、という方、すみません。)

かなり前にセビージャのエル・モンテ劇場(現カハソル劇場)でファルキート、ファルー、バルージョの3人の公演を観たことがあります。もう10年近く前かな?当時からカリスマ性のあったファルキート、華のある弟のファルー。世間の注目の的はいつもその二人・・・ところが。あの公演でのバルージョのソレアを私はいまだに忘れることができません。

そのバルージョの公演。場所はセビージャの名門ペーニャ“トーレス・マカレナ”。フラメンコ愛好家達によって支えられているその場所でのバルージョの公演。うわー、やはりすごかったバルージョ。1曲目のシギリージャから恐ろしかった。彼のフラメンコ。息が詰まり鳥肌が立ちっぱなしでした。そのまま踊り続けられたら、萩原は死ぬかと。そのくらいすごかった。

休憩を挟んで2部のしょっぱなはアレグリアス。このアレグリアス、時間にしたら5分くらい?あっと言う間に終わってしまったけれど、oleの連続。涙が出そうでした。そしてカンテソロをはさんだ後のソレア。これまた恐ろしい。ただ立っているだけで、ただブラッソを動かすだけでソレア。フラメンコの固まりでした。もう、彼には「ファルキートのいとこ」なんて枕詞はいらない。一人のアーティストとして、バルージョはバルージョとしてそこにいました。

思うに、祖父ファルーコの血を一番濃く受け継いでいるのはバルージョなのではないか。でもそれでいて、ただ受け継いでいるのではない。バルージョにはバルージョの何かがある。

ファルキートの影響も受けている。でも世の中100万といるファルケーロ(ファルキートっぽく踊る、でも本物には似ても似つかない〝なんちゃってファルキート〟的な踊り手達。)とは一線も二線も一億万線も画している。

なんで素晴らしい踊り手なのだろう。バルージョ。あなたは真のアルティスタだ。

そして、フィン・デ・フィエスタ。舞台の上で観客に話しかけるバルージョ。それは謙虚で聡明な一青年でした。「自分はもう踊ってしまったから、観客の中にいるアーティストで舞台に上がりたい人は上がって下さい。」笑顔のさわやかなバルージョ。その彼に舞台に上がるよう名指しされたセビージャのフェステーロは舞台には上がりませんでした。一体、誰があんな素晴らしい踊りの後に、フィン・デ・フィエスタで踊るのか?どんなアーティストでもバルージョのあの踊りの後では面汚しになってしまう・・・

そんな中、舞台に上がったのはカルメン・レデスマでした。「恥ずかしい恥ずかしい」と言いながら。もちろんカルメンは普段はそんなことは言いません。あのバルージョの踊りの後だからこそ、カルメン・レデスマという踊り手であっても、舞台に上がるのが〝恥ずかしい〟わけです。そんな状況の中、カルメンのブレリア。やってくれました。カルメン。さすがカルメン。我らがカルメン。カルメンが最高のレマーテをした時、萩原はoleと叫びながら思わずジャンプしてしまった。(立ち見だったので)そして同じ瞬間に座席から立ち上がったのが、あのファルキート。そしてその後ファルキートも弾丸はじかれたように舞台に上がり、カルメンと二人のブレリア。

ちなみにその動画がありました。→Facebookペーニャ・トーレス・マカレナより。バルージョ公演におけるフィン・デ・フィエスタ

それにしても動画っていうのはやはり単なる情報に過ぎない。あれを生で観た後に動画を見るとがっくりしてしまう。あの時の感動はこんなもんじゃないのに、という。初めて見る人には多少は伝わるのかもしれないが。でもそれは「情報」。フラメンコの匂いや味や体温はやはり生で感じないと。

もしどこかでバルージョの踊りを観る機会があったら必ず観て下さい。

昨日の、あのバルージョの踊りを観た私と、もし観なかった場合の私とでは、きっと人生が大きく変わってくる。

あんなにすごい踊り手と同時代に生きていることに感謝します。そして昨日、あの場所で彼のあの踊りを観ることができたことにも。

あの感動は、いや、「感動」なんて言葉ではない。筆舌尽くし難い「これ」を、今もいまだに自分の身体のどこかに残っている「これ」をどう表現すればいいのだろう。このブログは一体なんのためにあるんだろう、陳腐でお粗末。

フラメンコは偉大。

2013年12月12日(木)セビージャにて。

↓ おまけ。去年の夏にバルージョのクラスを受講した時の写真。萩原はちゃっかりバルージョの横にいます(笑)

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Nov 25

高円寺「カサ・デ・エスペランサ」新春フラメンコライブ出演!
   
【日程】2014年1月5日(日)、10日(金)

【時間】20:00/21:15開演(入替なし)

【場所】 高円寺タブラオ「カサ・デ・エスペランサ」
     (東京/JR「高円寺」駅南口より徒歩5分)
     お店地図、割引券ダウンロードは こちら

【出演】1月5日(日)B:パロマ G:金田豊・小原正裕 C:川島桂子
           ゲスト:C:有田圭輔 B:今井協子・萩原淳子

     10日(金)B:AMI・永田健・萩原淳子
           G:片桐勝彦・尾藤大介/C:川島桂子・有田圭輔
  
【料金】5500円(1ドリンク・タパス付、要割引券
          ご予約順指定席、当日会場ご精算)

【ご予約】TEL:03-3316-9493(19:30〜24:00/月火休み)       

       03-3383-0246(11:00〜18:00/土日休み)
     メール:selva@tablaoesperanza.com  もしくは layunko@gmail.com まで

〈「カサ・デ・エスペランサ」さんHPより抜粋〉
「カサ・デ・エスペラサンサ」は、東京・高円寺で1971年創業以来、40余年の歴史を誇る本格的なタブラオ(フラメンコの舞台がある居酒屋)です。1、2階合わせて全席数は70席と小さめですが、その分フラメンコの情熱を間近に感じでいただけるはずです。ぜひ一度迫力のあるライブを見に来てください。

※ご予約順にお席を決めさせていただきますので、ご予約はお早めに!
※ご予約の際は【ご希望のライブ日・氏名・人数】を必ずお知らせください。
※メールでご予約いただく際は、お名前・人数・ご連絡先をご記入ください。返信が確認できない場合は必ずお電話にてお問い合わせください。

〈萩原より〉
毎年恒例の人気企画ライブに出演させて頂くことになり、とても楽しみにしています。また、エスペランサさんによると、今後大々的にライブの宣伝をするらしく本格的なご予約はこれからとのことです。よいお席でご覧になりたい方はお早めにご連絡下さいませ♪

2013年11月25日 風邪を引いてしまったので安静中・・・セビージャにて。

Nov 17
コルドバのコンクールに出場しました
La Yunko | 新着情報 | 11 17th, 2013| Comments Off

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

先週の金曜にコルドバで行われたフラメンココンクール予選に出場しました。結果は予想通り予選落ちです。でも気にしていません。予想通りだったのと、予想外のいいことがあったから!!!

予想通りというのは、ここ数年どんどんひどくなっているスペイン経済危機の影響で、大物アーティスト達がこぞってコンクールに出場することが分かっていたから・・・・普通であれば有名で仕事もばんばんある踊り手達が、あなたも、あなたも、え〜あなたも出るの???!!!ってな感じでコンクールに出ていました。要するに仕事がない。賞金目当てのコンクール出演、もしくはとにかく何でも出て仕事のチャンスをつかみたいという、非常に切実な問題があります。

そんな話を出場前に、別の出場者の踊り手から実名を挙げて出演者を聞かされ、萩原、すでにげんなりしていました。そんな中で私が予選に通るわけないじゃないかと。可能性のないコンクールに出場するということは、ギタリストと歌い手に支払うお金をドブに捨てるようなもの。あー。でもその踊り手は言ってました。「ジュンコ、出ろよ。決勝に残らなくてもいいんだ。コンクールで踊っていろんな人に観てもらうことが大切なんだ。人はいろいろ話す。その話題に上ることが大切なんだ。」

確かにそれも一理ある。その踊り手は言っていました。「コンクール出場は投資」だと。そうなんだけど・・・しかし私は思う。これまでいろいろなコンクールに出て来て確かに話題には上ったかもしれない。でもそれが仕事につながっているのか?この経済危機の中で、そんな甘っちょろいことで仕事はつかめない。私より実力のあるスペイン人踊り手なんて無数におり、その無数のスペイン人達が仕事にあぶれている。この経済危機。

*

そんなことを考えながら、悶々としながら、でもやはり出場することに決めたコンクール。予選は2曲、それぞれ10分以内。アレグリアス・コン・マントンとバタ・デ・コーラのソレアを踊りました。ギターはいつものミゲル・ペレス、カンテはモイ・デ・モロン。コンクール規定では、「審査員が出演者の実力を十分に審査しできた段階で踊りをとめてもらうこともある」とのこと。つまり「のど自慢」形式。数年前にこのコンクールに出場したある踊り手(セビージャでスタジオを持っている踊り手です)は、出だしのほんの10秒くらいで、ただ舞台に出ただけでおしまいにされてしまったらしい。(予選落ち)ひえー。

しかしながら、今回は予選の2曲とも全部踊りきることができました。といってもそれは私だけではなく、どうも他の出演者全員だったらしい。ただ、ある出演者が言ってました。

「審査員が全然見てなかった」

・・・・・・むむむむ・・・・要するに、最初から審査外ということもある訳か。途中で踊りをきるということは、ある意味、審査員が踊りを見てるから切れるわけで、見ていなければ、勝手に最後まで踊って下さい、という放置プレイ?!ひえー、それもひどい・・・が、日本の新人公演みたいに、審査員が出場者一人一人コメントを発表してくれるなんて話はスペインでは聞いた事がありませんからね。

今回の審査員はハビエル・バロン、メルチェ・エスメラルダ、ホセ・アントニオ、みなさん有名なフラメンコ舞踊家、芸術監督。1曲目はアレグリアス・コン・マントン。かーなーりーひどい出来でした。ギターやカンテとも噛み合ず、内心怒り爆発でしたが、それを踊りには出さないように舞台袖に引っ込みました。待ち合い室で今回決勝進出となったヘスス・カルモナがモニターで私の踊りを観ていたようですが、しかも、私が踊る前に「がんばって!」と声をかけてくれたのですが、ヘススにも挨拶できない程、萩原、怒り心頭。無言で楽屋に戻りました。後で聞いたら、出場者は踊りの後舞台に戻り客席に挨拶していたとのこと。そんなことはつゆ知らず、というより、誰も私に声をかけられなかったのでは・・・と思います。

楽屋に戻って、ミゲルが「どうしたんだ、ジュンコ?」と心配して声をかけてくれましたが、どうしたもこうしたもないだろー、あの踊りだよ。ミゲルとモイが言うには、私が言うようなひどい踊りの出来ではなかったとのこと。しかし、彼らが伴奏した他の踊り手も私と同じようなことを言っていて、しかも私以上に不機嫌で声のかけようがなかった、と言っていました。

コンクールで踊るというのはそういうものなのかもしれない・・・・客席も冷たく、普通に踊るような状況では踊れない。あ!しかも舞台が小さかった、私が思っていたより。コンクール会場はコルドバのグラン・テアトロ(直訳すると〝偉大な劇場〟)、でも舞台は意外と小さい・・・そういえば!マントンでマイクをなぎ倒した〜!!!・・・思い出せば思い出す程、いろいろ出て来る・・・

しかしそんな悠長なことは言ってられない。すぐに着替えて次の踊りの準備をしなければ。怒りの持って行き場に思い倦ねながら、急いで衣装着替。そしてすぐに舞台袖へ。このソレアのバタ・デ・コーラは特別に長い。ミゲルとモイには、マイクをできるだけ後方に動かしてもらうようお願いしました。ソレアの出だし。ミゲルにジャマーダを弾いてもらい、無音になった所で舞台中央までただひたすら歩く。歩いているうちに気持ちの切り替えと心の準備はできました。その無音の時間はとても長いような気がしたけど、モイが「ジュンコ」とハレオのようなつぶやきのような声をかけた瞬間、完全にソレアのスイッチが入りました。

技術的には一カ所失敗したのを覚えています。エスコビージャの部分で足がバタにひっかかってリズムが狂ってしまった。あ!っと思ったけど後の祭りで狂ったものを強引に元に戻し踊り続けましたが、あれは確実に減点だな。でもソレアを踊り終わった後、意外な達成感がありました。

私のソレアを踊った。

世の中には私よりも100000000倍も上手な踊り手は100000000人といる。でも、私のソレアを踊れるのは私だけだ。そして私は〝誰かさん〟のようにはソレアを踊らない。誰のマネでもない私のソレア。それはコンクールの前から気付いていました。だからそれを踊りたい、それが唯一私をコンクール出場に駆り立てた思いだったのかもしれません。

そういえば、あの冷たい客席から、時々「オレ」という声が聞こえた。男の人の声だった。やっぱり伝わるべき人にはちゃんと伝わるのだと、踊りながら意識の遠くの方で感じていました。

*

予選終了後、ミゲルとモイと3人でピザを食べに行きました。あんなまずいピザ、どうやったら作れるのかっていうくらいまずいピザだったけど、その味を忘れさせるほど素晴らしいことをモイが言ってくれました。

「〝エル・ペレ〟がジュンコの写真を撮ってたぞ」

?????は???? 意味の分からない私は質問しました。

「〝エル・ペレ〟って何?」

「〝エル・ペレ〟知らないのか、お前、〝エル・ペレ〟だよ、歌い手の。」

「あー、その〝エル・ペレ〟!そりゃ、知ってるよ。〝エル・ペレ〟でしょ。グラン・カンタオールでしょーが。写真撮ってた、って言うから〝エル・ペレ〟っていう雑誌でもあるのかと思った」

と言って、3人でゲラゲラ笑っていたのですが。・・・・え、ちょっと待って、あの〝エル・ペレ〟が私の踊りを観てくれていたってこと????あの〝エル・ペレ〟が!!!!!

モイ曰く、エル・ペレは今回のコンクールのカンテ部門の審査員だったらしく、この日は踊りの審査員席のすぐ後ろに座って観ていたらしい。そして私がソレアを踊っている時に携帯で写真を撮っていたらしい。

「・・・・それにしてもなんでエル・ペレが私の写真を撮るわけ?」

すると今度はミゲルが「そりゃー、踊りが好きじゃなければ写真なんか撮らないだろー」

!!!!!!!!!!

えーーーーーーあのエル・ペレが、あのエル・ペレが、私のソレアを気に入って写真を撮ってくれたということかーーー なんて名誉なことーーーーーーあのエル・ペレがーーーー

それは私にとっては、このコンクールの決勝に残る以上に価値のあること。あんなに素晴らしい歌い手が、そして魂の全てを根こそぎ揺さぶるようなあのソレアを歌うエル・ペレ。そのエル・ペレに私の踊りを観てもらえて、しかもソレアの写真を撮られていたとは!!!こんなことが世の中にあっていいのか!!!!

エル・ペレのソレアに関しては、以前ブログにしています。後にそのソレアは「魔法の瞬間賞」を受賞したそうです。

→萩原淳子のセビージャ・ビエナル鑑賞記2012年 9月3日出演:マヌエラ・カラスコ、パンセキート、エル・ペレ、ファニート・ビジャール、エンリケ・エストレメーニョ他

踊りの審査員達が私の踊りを観ていたのかどうかは分かりません。私は舞台上から審査員を見なかったし、(そこにいる、というのは目に入っていたけど)もしかすると「全然見てもらえなかった」という他の出演者同様、最初から審査対象外で見てもらえなかった可能性もあるかも。でもそんなことはどうでもいい。エル・ペレに観てもらえただけでも、今回コンクールに出場した価値はある。大あり。大大大大大あり。

感動、という言葉では現せない気持ちに今も満ちあふれています。「だから、なんだ」と言われればそれでおしまい。でも本当にフラメンコを愛する人ならば、カンテを愛する人ならば、これがどんなに素晴らしいことか分かってもらえると思う。いや、別に分かってもらわなくてもいい。私の宝物だから。

*

ちなみにコンクール決勝出場者はコンクールHPに既に発表されています。ご興味のある方はこちら

萩原は予選落ちということでもう関係ありませんが、明日からエル・ペレのエネルギーを内に秘め、また頑張りたいと思います。

ありがとう、エル・ペレ。

2013年11月17日 急に寒くなったセビージャにて。

Nov 10

2013.11.7// T DE TRIANA (Calle Betis, Sevilla)

Baile Cante Guitarra
  • JUNKO HAGIWARA ¨LA YUNKO¨
  • LA BOTERITA 
  •  PACO FERNANDEZ

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

木曜日に出演した〝テ・デ・トゥリーアナ〟のライブはお陰様で無事終了しました。当日はサッカーの試合と重なりお客様はいつもより少なめのような気もしましたが、みなさん喜んで下さって嬉しかったです。自分としてはうーん、イマイチ。という感じの踊りになってしまったと思っているのですが。ギタリストは初共演のパコ・フェルナンデス、歌い手は昨年あたりにも1度共演したことのあるロシオ・ラ・ボテリータ。1曲目にアレグリアス、2曲目にソレアを踊りました。どちらもぶっつけ本番で、事前の合わせ全くなしの即興踊り。アレグリアスはちょっと固かったかな。お客さんの雰囲気もまだ固くて踊りにくいのは1曲目の特徴です。ソレアはもう少し自分の踊りに近かったように思います。特に歌振りの所は、これは私のソレアである、と実感しながらカンテを聴いていました。一番最後のフィン・デ・フィエスタも楽しかったかな。そこからまた3部が始まって踊れば萩原、本領発揮!という気もしましたがライブはそこでおしまい。ちょっと心残りでしたが、バルのオーナーが「いい踊りだった」と唸っていたので、あれはあれでよかったのかも。

*

次の日は、月曜から個人レッスンを受講して下さった生徒さんの最終日。日本で受講されたスペイン人のクルシージョのソレアの振付に、この5日間で私が後半部分のブレリアを振付て1曲完成しました。なかなかいいぞ。そのクルシージョのソレアの振付はエスコビージャにちと問題が。日本でギタリストさんと歌い手さんと合わせをされた時に、「そんなんじゃ分からない」と言われてしまったそう。確かにちょっと分かりにくいが、分からないこともない。でもそれは私が踊り手だからパソを見れば大体何をしたいのか察知してしまうからかも。というわけでもっとはっきり分かるように少し修正。木曜日(上記ライブの前)に私が絶対の信頼を置くギタリスト、ミゲル・ペレスに来てもらい、ファルセータの部分や先程の問題の修正したエスコビージャの部分の確認。ミゲル曰く、「修正バージョンの方がよい」とのことでやっぱりねと、萩原にんまり。

スペイン人だとか、日本人だとかそういう区別ではなく、ギター伴奏があって振付する時となくて振付する時では随分変わることもある。もちろん間違えてしまうことも。ギターがなくて振付してこれでよし!と思っても、実際ギター伴奏を入れると、あれ?なんてことも結構あります。だから「○○先生の振付だから」とか「スペイン人に習ったから」絶対正しいと思い込まない方がいいですよ。問題は振付を習った生徒さん自身が、どこに問題があって、なぜ問題なのか、どう直したらいいかが分からない時。そうすると、ただ振付だけ習っても実際には踊れないわけです。フラメンコは振付ではないですから。カンテとギターと踊り、これらのコミュニケーション方法が分からなければフラメンコの踊りにはならないわけです。そこの部分が不勉強でとにかく次から次へとクルシージョを受けまくっている人が世の中すごく多いような気がします。そういう部分をきちんと教えられる時間を私は持ちたいなと個人的には思っています。

もう一つの生徒さんからの課題は「ブレリアをどう踊っていいか分からない」。これもよく聞きます。ブレリアは難しいです。ブレリアといっても、いろいろなスタイルがあります。歌い手によって呼吸の仕方、声の伸ばし方、その日の気分や調子によっても違います。その豊かさ、自由さがあるからこそブレリアって素晴らしいのだと思うのですが、でも「12、1、2、3、4、5・・・」と数を数えて踊っていたらそりゃ踊れないです。これを説明するには、もう聴くしかない。というわけで、クラス最終日は先のミゲルだけでなく、歌い手のモイ・デ・モロンも伴奏に参加!なんと贅沢な個人レッスン!モイにいろいろなスタイルのブレリアを歌ってもらい、その歌に私が振付したブレリアでどう踊るか、何度も何度も挑戦してもらいました。その歌がどのようなうねりになっているか、どこでモイが盛り上げているか、どこで声を伸ばしているか、どこでうねりが落ちてくるか、それが耳と心で感じられないとブレリアは踊れません。(ブレリア風の振付は踊れてもね。)それを何度も何度もくり返し、毎回私の方で説明を加え、いろいろなパターンで歌い踊ってもらい、やはりなかなか難しかったようですが、1時間の個人レッスンの最後の方にはなんとか踊れるようになってきました。最後はソレアの最初から最後まで1曲通して個人レッスン終了。ミゲルとモイのお陰で本当によいクラスになりました。ありがとう。そして生徒さんも大満足・大感激で日本に帰国されました。わざわざセビージャまで個人レッスンを受講しに来て下さり本当にありがとうございました。私もいいクラスができて本当に充実した1週間でした。

*

話しは戻って、〝テ・デ・トゥリアーナ〟での踊りは、それの実践版。歌い手もギタリストも私の踊りは知らないわけで、私も何が歌われるのか、何が弾かれるのかが分からない。舞台の上で初めてお互い聴いて観るわけだから、お互いがお互いとのコミュニケーションの方法を知っていないと共演できないわけです。事前の合わせで言葉で説明するのももちろん、コミュニケーション。でも舞台の上では打ち合わせができない。自分の踊りでそれを伝えなくてはならいない。ギターの音で自分に何のメッセージを送っているか瞬時に察知しなくてはならない。カンテをよく聴くといっても、普段振付の練習しかしていなくて、舞台の上で初めて耳をダンボにしてカンテを聴いても分かるわけがない。たくさんクラスをとって、スタジオで鏡の前で必死に練習するのも大切だけど、それだけじゃ踊れないのがフラメンコ。

じゃあ、どうしたらいいんだ!と思う人もいらっしゃるかもしれません。そういうことを学びたければ、そういうことを大切にして踊っていらっしゃる先生に習う。そのためにはライブでも舞台でもクラスでも足を運んで自分の目で見る。自分の耳で聴く。自分の心で感じる。動画サイトもいいけれど、生にはかなわない。自分の五感をフル活用して〝フラメンコ度〟を高めること。深めること。受け身のままクラスに通っているだけでは、何も変わらないから。

・・・というわけで、今日のブログはそっくりそのまま自分に言い聞かせて、来週もがんばろう!

2013年11月9日 セビージャにて。

Nov 7

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

久しくブログを更新できなかったように思います・・・

明日、というより気付いたらもう日付が変わっていたので、今日ですが、セビージャの「テ・デ・トゥリアーナ」に出演します。ここ数日風邪っぴきで体調が今ひとつですが、なんとか踊れますように。踊りの後悪化しませんように!!!!

皆様もどうぞご自愛下さいませ・・・・

 

2013.11.7// T DE TRIANA (Calle Betis, Sevilla)

22:00H. Entrada libre.
Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • ラ・ボテリータ
  •  パコ・フェルナンデス
Oct 19

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

昨日はペーニャ公演でした。・・・・って、ペーニャ公演があることをお知らせしていませんでした!!!事後報告になってしまい・・・すみません。ここ1〜2週間ほど猛烈な忙しさで、すっかり告知し忘れていました・・・・。

2013.10.18// 「ペーニャ・カリスト・サンチェス」ソロ公演 (セビージャ)

 Insutituto Martinez Montañes講堂, Calle Fernández de Ribera 17, Sevilla

21:30H. 入場無料

Baile Cante Guitarra
  • 萩原淳子
  • フアン・デ・マイレーナ
  •  エル・フィティ

なかなかいい公演でした。ペーニャ・カリスト・サンチェスはセビージャ市内にある高校の講堂を借りてフラメンコ公演を行っています。こじんまりとした小劇場という感じで雰囲気が素敵。ソレアとマントンのアレグリアスを踊りましたよ。フラメンコの前に同じ舞台で演劇があったので、舞台を見ずにぶっつけ本番でした。1曲目のソレアで大体舞台の大きさと天井の高さをなんとなく目ではかり、どうしようかな・・・マントンなしで踊ろうかな・・・ええーい、マントンで踊ってしまえ!!!と強行突破してしまいました。結果よければ全てよし。

それにしても、サパテアードの音がほとんど聞こえない。床は木の床なのですが、踊り用の床ではありません。ここのペーニャ会場は、フラメンコの舞台を想定したものではなく、高校の講堂です。普段は恐らく講演会などを行うような場所であろう所で踊っているので、元々音を鳴らすことは想定されていない。その割には小講堂なので客席は広く天井も高い。あー、これは最悪の状況です・・・またフットマイクもついていないので、こりゃー、お客さんに全然足音が聞こえないだろうなーと思いつつ、でもそれでも頑張ってフンガフンガーとサパテアード炸裂(自分では)させましたが、あの床じゃだめだろうな・・・終演後、得体の知れない疲労感に包まれてしまいました。。。

しかし、それにしてもフィティのギターは相変わらず素晴らしい。ギターそのものもいいし、踊り伴奏もいい。踊りに張り付いてきます。踊りとギターの丁々発止の度合い、バランスが絶妙。さすがのベテランです。たまに、ギターを弾くのは上手でも、自分本位なギタリストがいらっしゃいます。「どうだ、オレって上手いだろ」という〝オレオレギター〟。もしくは、可もなく不可もなくただ伴奏者としての自分の仕事をこなしているだけの、〝一応ギター〟。・・・・困ります。オレオレ様にギターを弾かれると、私としては「はいはい分かりましたよー、上手いですねー」と思うだけで、そこで踊る気が削がれてしまう。一応様に弾かれると何のインスピレーションも湧かない。本当に困ったものです。その点フィティはバランスがとれていてとてもいいギタリスト。共演できてよかった。ギターソロの時も素晴らしく、あーもうちょっと聴いていたい、というくらいでした。

歌い手は初共演のフアン・デ・マイレーナ。フィティ同様、日本でも有名なマリア・パヘス舞踊団で活躍中の歌い手です。若い、そして上手い。いやー、上手いなーと感心して聴きながら踊っていました。フィティのギターとフアンの歌と私の踊りと、3者が一瞬にしてぼ!っと燃え上がった瞬間がいくつかありました。いい瞬間でした。客席からのoleも聞こえてきて、やはりフラメンコを感じるお客さんの前で踊れることに感謝です。

そして今日は二人ともマリア・パヘスと共にパナマで公演だそうです。「朝5時起き」と言っていたので、もう今頃は飛行機の中のはず。忙しい中、私との仕事もしてくれてありがとう!そしてセビージャ市内とはいえ、中心地から少し遠いこのペーニャ。お越し下さった皆様ありがとうございました!

ペーニャの皆様にももちろん感謝です!セビージャで30年の歴史を持つペーニャ・カリスト・サンチェス。ここでは歴代のフラメンコアーティスト達が舞台に立ってきたそう。経済不況の中、なかなかペーニャ公演を開催し続けるのは大変なこと。つぶれてしまったペーニャだってたくさんあります。ペーニャ会長のベルナルドさんがおっしゃるには、本当は9月から今シーズンの公演を開始したかったそう。でも結局10月からということに。ベルナルドさんから最初に日程の打診があった時、別の予定が入りそうで出演できるか答えかねていたので、では私は11月出演でお願いします、と言いました。すると「ジュンコの踊りで今シーズンを開幕したい」と言われ、その熱意に押され、萩原、別の予定を断りました。開幕投手ならぬ開幕ダンサー。大変光栄です。

お陰様で充実した時間を過ごすことができました。そして自分のこれからの課題も見えてきました。やはりスタジオで練習しているだけでは分からない部分もあります。本番でないと。また来週からがんばります。

*

本当は今日から頑張りたいところですが、萩原、別の仕事をかかえているため、今日はその仕事に集中。ペーニャ公演が終わったので本腰を入れられます。その仕事とは雑誌「パセオ・フラメンコ」さんの連載記事執筆でーす。ちゃんと入稿できたら詳細をお知らせしますね。

さーて、あともう一息で文章完成!締切は明日!

2013年10月19日 夫はモロッコに撮影旅行。のんびりセビージャ自宅にて。

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