Oct 12
スペインでオーディションを受けるの巻。
La Yunko | ブログ | 10 12th, 2013| Comments Off

皆さんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

昨日、小島章司先生とハビエル・ラトーレの新しい舞台「FATUM」の舞踊団員募集のオーディションを受けてきました。オーディション会場はコルドバの劇場内の練習場。結果は予想通り、落ちました!ははは。

オーディションがあるというのを聞いて、履歴書を送ってみたら書類審査に通ってしまったのです・・・。後日送られて来たオーディション受験者の一覧を見るとなんと160名ほどの名前がずらっと。あ!この人!え〜!この人も受けるの〜!という著名フラメンコ舞踊家の名前もちらほら。日本人らしき名前は、というより珍しい外国人の名前は私くらいだったかな?こりゃ、落ちるわ、と最初から思ってはいたのですが、万が一ということもあるかもしれない。可能性0,0000000000000001%でもあれば、受けてみるべし。というわけで昨日はコルドバに行きました。

約160名の応募者を名字のアルファベット順に15名ずつグループ分けし、10:00〜14:00までが前半グループ、14:15に前半の結果発表、休憩を挟んで17:00〜20:00までが後半の部でその結果発表後、受かった踊り手が次の日(本日)の最終審査でまたオーディションされるというわけ。

私は前半グループの4番目、10:50〜11:30が〝準備運動〟時間、11:40〜12:20がオーディション時間でした。セビージャを朝8:30に出て10時過ぎにコルドバ駅着、タクシーで劇場まで着いたのが10:30前だったかな。ちょうどオーディションとオーディションの合間だったようで、ちらっと会場を覗いたら、小島章司先生とハビエル・ラトーレ、志風恭子さんがいらっしゃったのでご挨拶。着替えて〝準備運動〟会場まで行くと、すでに踊り手2人が会場前で着替えて待っていました。そのうちの踊り手一人が言うには、〝準備運動〟時間といってもストレッチをするのではなく、そこでオーディションの振付を学ぶとのこと。それを10分後のオーディションで踊るそうです。・・・・なるほど、それでこの二人の踊り手は恐らくかなり前の時間から〝準備運動〟会場の前で待機していたわけか。つまり、〝準備運動〟会場ではハビエル・ラトーレのお弟子さんが前のグループのオーディション受験者にその振付を教えている。扉は閉まっていて中は見えなくても、振付で使われる音楽(CD)は聞こえるし、その音楽に合わせてお弟子さんが「タカタカタカター」とかリズムを刻んで教えている声も聞こえてくる。それを事前に何度も聞いていて、自分たちの時間になって振付を習うのと、時間ギリギリに到着して初めて音楽を聞き振付を習うのでは大きく違う。〝準備運動〟時間とはいえ、もうそこから、いや、そのもっと前からオーディションは始まっているというわけだ。そんなことを思いながら、私も先の二人の踊り手と一緒に扉の奥の音に集中する。

しかし恐いのは、二人は表面的にはニコニコ会話をしている。扉の奥の音を聞いているくせに、いや私は聞いていませんよみたいな何食わぬ顔。すごい、この二人はオーディションのプロに違いない。萩原は会話に参加すると音が聞こえなくなってしまう。音に集中すると眉間にしわが寄り、会話に参加できなくなる。完全なオーディションど素人である。そうこうするうちに他の踊り手達も数名到着。〝準備運動〟時間になってやっと振付会場に入ったのですが、なんと私を入れて6名だけ。本当は15名いるはずなのに。でも時間なので振付開始。鏡の前に立ち、知ってはいたが改めて直面される現実。見た目。自分が東洋人であるということ。日本では派手顔で通る私でも、スペイン人の中に入ればのっぺり顔。そして身体が華奢すぎる。骨格も肉付きもまるで違う。身長も低い。スペインの舞踊団員の見た目要素は何一つ持っていない。そしてさらに恐ろしいことが始まる。お弟子さんが振付をちょっと踊った瞬間に皆振付を一発でとる。その瞬間にもう踊っている。全然戸惑わない、間違わない。お弟子さんは何度か繰り返してくれるが、それは教えてくれるのではなくて、すでに振付をとった受験者が確認できるようにするため。1回で振付をとれない人(私です)は自力でとるしかない。フラメンコのクラスのように、先生がゆっくりパソを繰り返してくれたりはしない。振付をとれなければそれでおしまい。舞踊団で踊る実力がない、ということ。多分30分かそこいらの時間で、終わってしまった。私からするとかなりの量。それほど難しくない振付だったけれど、短時間でそれを覚えて今すぐに踊るのは厳しい。でも舞踊団員に求められるのはそれ。練習して上手に踊れるのは当たり前。そうではなく舞踊団員は短期間で舞台公演に備えなくてはならない。必要なのは即戦力。そして当然、群舞で踊るための見た目。分かってはいたものの、改めて現実を突きつけられ気持ちの整理がつかないまま、そして振付もうろ覚えのままオーディション会場へ・・・

オーデション会場では小島章司先生、ハビエル・ラトーレ、舞台監督など数名が審査員となり、スタジオに一列に座っていらっしゃる。受験者は上半身に番号入りの大きなゼッケンをつけてまずは全員で踊る。(もちろん、その時点ではお弟子さんは一緒に踊ってくれない。)その後ラトーレから指示された番号の受験者が数名ずつ踊る。先の二人のオーデションプロの踊り手はやはり全部踊れる。踊りが上手いかというと特筆するものはないが、そこそこ上手に踊っている。他の二人はあまり上手ではない。でも振付は間違えずに通して踊れる。残りの二人、セビージャでフラメンコを教えているプロのフラメンコの踊り手と私は全然ダメ。振付をちゃんと覚えられなかったので踊れない。あーこんな私のために審査員達の時間を割かせてしまって申し訳ないと思い、オーデション終了後審査員席に向かって頭を垂れた萩原でした・・・

というわけで元々想定はしていたけれど、これで落ちることは確定。しかしながら「バカ・愚鈍・間抜け」のオンパレードの自分が情けなく悲しくなってきました。落ちることは分かっていてもその3拍子オンパレードを審査員の前にさらしてしまったのも恥ずかしい。落ち込む権利もないのですが一丁前に落ち込んでいると、先程のオーデションプロの踊り手一人とそのお友達と思われるグループが近づいてきました。気を取り直して彼らとお茶でもするか、と思い一緒にバルへ。聞いてみたら、彼らはマドリッドのコンセルバトリオ出身だそうです。

「コンセルバトリオ」・・・・。それは私にとっては未知の世界。それはスペイン舞踊を6年間総合的に学ぶ、専門教育機関。フラメンコ=(イコール)スペイン、スペイン=フラメンコ、と思われる方も多いかもしれませんが、フラメンコは数あるスペイン舞踊のうちの一つ。コンセルバトリオでは、ホタ、クラシコ・エスパニョール、クラシック・バレエ、などの科目のうちの一つとしてフラメンコ舞踊も学びます。卒業した段階で、スペイン舞踊のプロとしてオールマイティーに踊れる状態。日本でおなじみのスペイン国立バレエ団などの舞踊団員はこのコンセルバトリオ出身者がほとんどなわけです。もちろん他の舞踊団の舞踊団員として活躍する人も。今回のオーディションにも彼らが応募していたのでした。

一人の女の子が言っていました。「私達は小さい頃からずっとレッスンレッスンで準備しているの。普通の人が行く学校にだって行けない。コンセルバトリオのレッスンがあるから。通信教育で高校の単位をとりたいと思っても仕事の日と試験日が重なったら仕事を選ぶしかない。私に替わる踊り手なんてゴマンといるから試験を理由に仕事を断ったら、もう仕事は来なくなる。だからまだ高校も卒業できていない。でも、コンセルバトリオを卒業したからといって仕事が保証されている訳ではない。あとはオーディションを受けまくって舞踊団員の仕事を自分で掴むしかないのよ。」

・・・・なんという違い。中学・高校を普通に卒業して、大学のサークルでフラメンコを始めて、18歳で初めてセビジャーナスを習って、会社員として働きながらレッスンと自主練を続け、やっと貯めたお金でスペイン留学し10年経った私。そして彼らが学ぶスペイン舞踊全般を私は学んだことがない。私が学んでいるのはフラメンコだけ。ただそれだけでも、一生かかっても学びきれないというのに・・・。

どちらがよくてどちらが悪い、ということではない。元々全然違う道なのだ。コンセルバトリオで学び舞踊団員になる踊り手と、フラメンコを学びフラメンコ舞踊家として独り立ちする踊り手と。もちろん両方を兼ね備えた踊り手というのもごく稀だが、いないこともない。そういう踊り手は本当に傑出している。星の数ほどいる上手なプロの踊り手達の中のトップレベルだ。しかしほとんどの場合がどちらか。フラメンコしか学んでいない踊り手は舞踊団員として通用する要素に欠ける場合が多い。コンセルバトリオ出身の踊り手というのは、フラメンコの「振付」は踊れても、その踊りが「フラメンコ」かどうか、というと疑問を持つ場合が多い。今回少なくとも前半のオーデションを受けたフラメンコのプロの踊り手達が軒並みオーディションに落ちて、受かったのがコンセルバトリオ出身の踊り手だったというのが、その証拠だ。

もちろんさっき一緒にお茶していたコンセルバトリオの女の子達は全員受かっていた。数時間お茶してただけだけど、彼女達の小さな頃からの苦労を思い浮かべ、私はなんだか嬉しくなり「おめでとう!」と一人一人に言いました。でも、セビージャやカディスから集まったフラメンコのプロの舞踊家達は皆憮然とした顔。立場的にどちらかといえば私は後者の方の部類なので、彼女達の気持ちが分からないでもなく、萩原、複雑な心境・・・。

そう、もしオーディション内容が例えば、即興のカンテとギターででフラメンコを踊れ、とかいう内容だったら確実に結果は逆転していただろう。それぞれ学ぶ道が違うから。舞踊団が求める要素を兼ね備えた踊り手が選ばれるのだから。ちなみに今回オーディションで使われたCDの曲の続きはアレグリアス・デ・コルドバのカンテ(歌)のようだった。その出だしでCDの音源は切られていたけど、ああ、そっちを私は自由に踊りたかった、と心から思った。もし時間が許されるなら、その続きを踊らせてほしいと。多分そっちの方が私の本来の踊りだろうから。オーディションに落ちても審査員が見ていなくても、その続きを聞いて踊りたかった。未だに、カンテの歌い始まった所でぶちっと切られた音源が、その瞬間がまだ耳にこだましている・・・。

*

いろいろな事を考えた。私はスペイン舞踊という観点からしたら「バカ・愚鈍・間抜け」のオンパレードかもしれない。でもフラメンコの観点からしたら、どうなんだろう。もちろんフラメンコの観点からしても同じオンパレードになるかもしれない。東洋人というネックもある。それでも自分が選んだフラメンコという道を一心不乱に進んできて、これからも進んでいくだろう。そのオンパレードは一生続くかもしれないけれど、それでも進んでいくだろう。

スペインにいる限り壁は強固だ。昨今の経済危機、それがなくても東洋人であるというということ。でもあえてその環境の中で踏み留まるからこそ得るものがあるのだと思う。そしてその場の成果にはつながらなくても、その経験はきっと私の血となり肉となり踊りになる。そう信じている。

日本にいれば日本にいることでメリットもあるだろう。そのメリットを十分活かして成長するのも一つの生き方だと思うし、そのようなアーティストも日本にはいらっしゃると思う。でも私の場合、日本という土地で成長するためには、スペインで必要とされる精神力とは別の精神力を持たなくてはならない。その精神力を持たないと、私は井の中の蛙になってしまう。それは危険だ。大変危険だ・・・。

私は大海の一匹の魚でありたい。大空を飛ぶ一羽の鳥でありたい。それが今の私には必要なのだと思う。

2013年10月12日 戻って来たセビージャにて。

Oct 5
自主練習をするということ。
La Yunko | ブログ | 10 5th, 2013| Comments Off

_DSC8129 copia 2みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

あっと言う間に10月になってしまいました。こちらセビージャは少し秋らしくなったものの、日中はまだ暑いです。今月も受講しているマヌエル・ベタンソスのクラスでは、マヌエルが体調が悪いとのことでエアコンなし、しかもガロティンのクラスなので帽子をかぶってクラスを受けています。ウサギの毛の。あっついよ〜。

先月はマヌエルとソラジャ・クラビホのクラスを受講して大変勉強になりました。二人ともそれぞれ踊りの持ち味が違うので、私にとってはちょうど補い合っていたようでよかった。

あ、そのソラジャのクラスの模様の動画があります。萩原、青いファルダ(スカート)で一番手前で踊っています。習ったばかりの振付で結構間違っていますが(笑)。どうぞご覧下さい♪

→ソラジャ・クラビホのクラス(ティエント)

ソラジャのクラスも引き続き受けたかったのですが、今月は今までの自分の踊りを改めて踊りこみたいと思い、クラスは引き続きマヌエルのガロティンクラスを受講、あとはひたすら自主練習しています。

それにしても自主練習というのは難しい。クラスを受けていると先生や他の生徒の存在もあって、盛り上がって踊って学ぶことができる。もしくはその気に浸れる。でも一人でスタジオで鏡に向かって黙々と練習するというのは厳しい。まず精神的に強くならないと。一人だと、どうしても、なんか疲れちゃった〜とか、今日は気分が乗らないとかいろいろ理由をつけてだらだらしてしまうこともある。誰もお尻をたたいてくれないので、そこを自分でフンガー!!!と張り切らなければならない。それができるようでできないんだなー。

よく周りの人から、萩原淳子はすごい自主練習をしている、と思われているようで、「どうやったらそんなに練習できるんですか?」とか「萩原さんの自主練習内容をクラスで教えて下さい!」とか言われるのですが、そんな大仰なものではないです。そもそも私にとって自主練習というのは仕事の一環なので、サラリーマンが会社に勤務するようなもの。といっても毎日8時間自主練習というのはキツいかな。

今週の練習スケジュールはこんな感じでした。

8:00        目覚まし時計が鳴る。

(が・・・起きれない)

8:30        やっとこさ起床。朝ご飯。メールチェック。

9:30        家を出る。

(徒歩で移動)

10:00〜11:00 マヌエル・ベタンソスのスタジオで自主練習。主にサパテアード。

11:00〜12:00 マヌエル・ベタンソスのガロティンクラス受講。

(徒歩で移動)

12:30〜14:00 アンヘル・アティエンサのスタジオで自主練習。ガロティンの復習とアレグリアス・コン・マントンの踊りこみ。

(徒歩移動、帰宅)

15:00〜      昼食準備、昼食

16:00〜16:15 シエスタ

17:00〜19:00 シルビア・デ・パスのスタジオで自主練習。ソレア・コン・バタの踊りこみ。

(帰宅)

19:30〜      洗濯物の取り込み、また洗濯、洗濯物干し、食器洗い、家中片付け、夕食準備

23:00       夕食

24:00〜      メールチェック、パソコン仕事

2:00       就寝

うーむ。本当はもっと練習したい。しかしよく考えると、この練習時間を100%有効活用しているのだろうか・・・と疑問に思う。その時間にスタジオにいても本当に集中している時間はいったい何分だ????

しかし、ただ自主練習といっても、やみくもに身体を動かし汗を流せばいいというものではない。そうすると練習した気にはなるのだけれど。

*

マヌエル・ベタンソスのクラスを受講し続けることにしたのには理由があります。まず、これまでマヌエルにほとんど習ったことがなかったから。そしてマヌエルがクラスで注意する視点というのが私の踊りには足りなかったから。昔何度かマヌエルのクラスを見学した時には正直、私には合わないな・・・と思っていた時期がありました。多分自分が持っているもの、求めているものを教えてくれる先生には共感しやすいけれど、逆の場合はピンと来ないことが多い。しかし、実はそれが自分の足りない部分だったりするわけです。

例えばソラジャが教える「フラメンコ」の部分はすっと自分の中に入りやすい。入ってすぐに私は自分の踊りにしてしまうことができる。振付の表面的な形をとるのではなく、その中にある本質のフラメンコの部分をぐわっと素手で掴み、それを自分の中に飲み込む。そしてそれを消化すればするほど自分の踊りになってゆく。誰かの真似ではない私の踊り。でもそれは私が今まで自分が求めてきた確固とした「フラメンコ」があるから。だから極端な話、踊りのレッスンを受講しなくても道を歩いているだけでも「フラメンコ」は学べる。重要なことは、その本質を嗅ぎ分ける嗅覚と、嗅ぎ分けた瞬間に掴む瞬発力。躊躇しない意思。

しかしマヌエルのクラスで教わっていることは、鏡に向かって訓練しないと身に付かない。というわけでガロティンはガロティンで勉強になるけれど、クラスで教わったことをこれまで踊ってきた自分の踊りの中でも使ってみる。すると・・・出てくる出てくる。これでもか・・・という「気付き」が。

うーむ。足りない所だらけ・・・・。

でも今自分が持っているいい所というのは持ち続ける。それはそれで伸ばしていかなくてはならない。そのバランスをうまくとれる自主練習、というのが今月の目標。

がんばるぞー。

(写真:アントニオ・ペレス)

2013年10月5日 そろそろ衣替えできるかな。 セビージャにて。

Sep 20
マヌエル・ベタンソスのクラス
La Yunko | ブログ | 09 20th, 2013| Comments Off

01-munuel-betanzosみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

今月は午前中にマヌエル・ベタンソのガロティンクラスとソラジャ・クラビホのティエントのクラスを受講しています。ソラジャ・クラビホのクラスに関しては以前ブログにしたと思うので、(お読みになりたい方はこちら)今回はマヌエル・ベタンソスのクラスについて。

マヌエル・ベタンソス。セビージャ、トゥリアーナ地区にアカデミア(学校)を持つ舞踊家、舞踊教師。ただ年間のほとんど海外でクルシージョ(短期講習会)を開講されているため、セビージャのご自身の学校で教えられることはほとんどありません。それだけ世界各国にたくさんの生徒さんがいらっしゃるということですね。日本には毎年夏にいらっしゃるのではないでしょうか?

  • マヌエル・ベタンソス舞踊アカデミーHPは こちら
  • 東日本大震災復興支援プロジェクト“SOMOS JAPON” 第1回マヌエル・ベタンソスへのインタビュー(2011年3月18日)は こちら

というわけで今回は9〜11月の3ヶ月間、10:00〜10:55初級クラス(カーニャ振付)、11:00〜11:55中級クラス(ガロティン振付)、12:00〜12:55上級クラス(タラント振付)を開講されています。タラントは以前習ったことがあるので、今回は中級クラスのガロティンに入ることにしました。クラスには20名ほど生徒がいるかな。細長いスタジオなので時々他の生徒をぶつかることもありますが、そこをなるべくぶつからないよう、みんな暗黙の了解でちゃんと踊っています。ベタンソスもクラスをグループ分けしたり、うまく教えています。

そう、教え方がうまい。

生徒として習う事もありますが、教授活動をする私にとって、教え方の上手い先生のクラスというのは大変興味があります。ベタンソスのクラスもそのうちの一つ。ただ生徒の立場として踊りを教わるのではなく、実は、萩原、その先生の教え方、生徒の反応というのもじっくり観察させて頂いています。それをそっくりそのまま真似するわけではないですし、それはできませんが、参考になる部分、いいなと思う部分は私なりに、どんどん自分の教授活動に取り入れています。踊るためには学ばなくてはならないように、教えるためにも学ばなくてはなりません。それを忘れたり怠るといい先生になれない。

というわけで、これまでのベタンソスのレッスンの中でいいなと思った部分をブログにしてみたいと思います。

①振付は3ヶ月で1曲完成。

週に1〜2回のレッスンが一般的な日本のクラスからすると早いペースかもしれませんが、セビージャのクラスは大体、月曜から金曜まで毎日1時間あり、ほとんどのクラスが1ヶ月で1曲を仕上げるペース。これはなぜかというと、1ヶ月で1曲仕上げて循環をよくすることで、新しい生徒が入ってきてもその都度クラスに入りやすくするため。いわゆる営利目的を重視した教授システム。つまり1曲仕上げるのに数ヶ月かかると、最初の月からいる人はいいかもしれませんが途中の月からクラスに入る人はすでに振付が進んだ状態で途中から入るのでついてゆきにくい。また振付が完成する前に帰国しなくてはならない場合も出てくるので、敬遠する留学生も多いわけです。先生だって食べていかなくてはならないわけだから、生徒が来ないと困る。だからセビージャにおいて1ヶ月で1曲完成、というタームは短期留学生にも一般的な学校にもちょうどよいわけです。

でも、しっかりきちんと学びたい人には、本当はもっと時間をかけて学ぶべき。教える側としても本当にきちんと教えたかったらそれなりに時間がかかるものです。ベタンソスは3ヶ月で1曲といターム。それでも生徒が習いに来るという自信と、自身の教授スタイルを貫いている所がいい。

・・・・そういえばトロンボのクラスは1年かかっても振付が完成しなかったな。でもどれだけ勉強になったことか。振付だけをとりたい人はどんどん去っていったけれど・・・。

②主に月水金が振付で、火木がテクニカ中心。

これも月曜から金曜まで毎日クラスがあるからこそできる教え方。でもほとんどのセビージャのクラスはこのような進め方をしていません。大体は毎日復習もしながら少しずつ振付が進んでいくパターン。このベタンソス方式、何がいいかというと、例えば月曜に振付した部分を火曜に復習するわけですが、単なる復習ではありません。振付の中にあるパソや動きを取り出して、左右両方でもできるようにする。舞台上で移動しながらでもできるようにする。回転しながらでもなど、バリエーションをつけてテクニカとしてきちんとバランスよく身に付くようにするわけです。

これは重要。先生によっては、振付の中で同じ側の足や身体の向きばかりを使う先生も多い。するとその振付だけを練習していると、反対側の動きができなくなる。右側は上手にできるけど、左側になると途端に動きがぎこちなくなったり、左足軸にしたパソの音はきれいに出るけど、右足軸になると音がちゃんとならないとか。

あるある。

これを長年続けると、踊りのバランスが悪くなるだけでなく、身体にも支障が出てきます。片側しか使わないわけですから。

そしてベタンソスの場合は大きな舞台で踊ることを想定して振付をしている場合が多いようです。それは先生の好みでもあると思いますが、習った振付をどこで踊るかによっても動き方というのは異なってきます。小さな場所で踊り慣れている人が大きな舞台で踊る時に、明らかに舞台空間を使えていない場合、その踊り手の技術がどんなに高くとも、どんなに素晴らしい振付でも、舞台ではいきてこないのです。大きな舞台で踊る方がよい、というわけではありません。それは先に書いたように好みなので。ただし舞台の大きさによって踊り方を、学び方を変えなくてはならないというのは、そうだと思います。

③月水金にはギター伴奏、金曜にはカンテ伴奏もつく

ギター伴奏といってもピンからキリまで。練習生のギタリストで、とりあえずギターの音は聞こえる、という人もいます。しかしベタンソスのクラスのギタリストは、あの舞踊伴奏のスペシャリスト、ミゲル・ペレスです。私の「ハモンは皿にのせるだけでよい」公演で招聘したあのミゲル・ペレス。クラスの生徒達は当たり前のように思っているのかもしれませんが、これは非常に贅沢な環境ですよね。その素晴らしいギターを聞けるだけでなく、さすがベテランギタリスト。ミゲルからマヌエルへの音楽的な提案というのは非常に勉強になります。それは時にはベタンソスの考える振付の流れと食い違うこともあるのですが、どちらかが正しいかという問題ではなく、いろいろな側面からその曲をとらえることができます。また、あえてベタンソスは生徒を集めて、自分がどのようにギタリストに曲の流れを説明するか、というその説明の仕方を生徒にデモンストレーションすることも。振付を習って練習したのはいいけれど、さて、ギター合わせになった時に説明できなくて困ったことはありませんか????(笑)

そして金曜日にくる歌い手も豪華です。今週と先週はインマ・リベーロ、先々週はミゲル・ピクオがやって来ました。ベタンソスはクラスでは歌いません。先生が歌ってくれればなんとなくイメージがつかみやすいという利点もありますが、プロの歌い手レベルに歌えるくらいでないと、先生の鼻歌みたいなクセをカンテ(フラメンコの歌)だと勘違いする生徒さんも出てきます。すると音階をなぞっているだけでコンパスがない歌のように、(厳密にはそれはカンテではなく、ただの歌。)それに聞き慣らされた踊りはやはり、振付をなぞっているだけでコンパスのない踊りになります。聞いているものが踊りに直結するわけですから。だからたとえ回数が少なくても、プロのカンテをきちんと聞くことが重要になってくると個人的には思います。美味しいものを食べることで舌が肥えるように、いいものを聴かなければ耳は肥えないのです。

というわけで、月水金は、必ず何があろうとも、歌い手とギタリストの位置近くに私は陣取ります。萩原、「てこ」でも動きません(笑)。マイクがあるので教室のどこにいても伴奏は聞こえますが、彼らがベタンソスと話す会話、それも重要なのです。ベタンソスがクラスとして皆に教える以外の会話。そこが学びの宝庫なのです。当然スペイン語力も必要。スペイン語が分からなくてもレッスンは受けられますが、学べる量も質も全く異なってきます。世の中気付いていない人が多いですが。そしてちゃんと早起きして、余裕を持ってクラスに着くこと。後から来て自分の好きな位置に立つ人も稀にいますが、私にはそこまでの勇気はありません(笑)。

まだまだいろいろありますが、今日はここまで。では皆さんよい週末をお過ごし下さい。

2013年9月20日 明日はまたヘレスへ。

Sep 9

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

お陰様で私は元気です。しっかし、相変わらずですが、忙しい日々でした。日本と違いこちらは9月が新学期。セビージャのフラメンコのお教室も9月から再スタート!ということでどこも気合いが入っているようです。先生も生徒も。スペイン経済危機は当然フラメンコ界にも襲っているわけで、普段舞台で活躍している有名な踊り手達も教授活動に邁進しています。習う方からすると、今まで習えなかったアーティストにも習えるわけでラッキーですが、こちらで踊っている私はその痛手も受けています。決まりかけていた仕事は2つもキャンセルされました。6月に踊った仕事の出演料もまだ振り込まれていません。数ヶ月で振り込まれるなんて話はほとんどないと思った方がいいのですが。

3週間毎日個人レッスンを受講して下さった大阪の生徒さんは目まぐるしい上達をされて、昨日帰国されました。すごいなー。人はあんなに短期間で上達するものなのだろうか、本当に感心しました。毎日個人レッスンということは毎日振付も進んでいくわけですから、ご本人の努力なしに上達はあり得ません。それもただの努力ではダメです。そう考えた時に、私は本当に努力しているのかな?と思ってしまいました。努力しているようで、実は努力が足りないのかも。そう反省した日々でした。

*

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_DSC4532 _DSC6447昨日はヘレスのフィエスタ・デ・ラ・ブレリア(ブレリア祭)に行ってきました。毎年9月の第1週に開催される、このフラメンコの、ヘレスが誇るブレリアのお祭り。2〜3月にかけて毎年開催されるヘレス・フェスティバルが外国人舞踊練習生向けだとすれば、こちらのブレリア祭は、カンテを、ブレリアを愛する地元へレスの人達のお祭りです。もちろんヘレス近郊からもフラメンコ愛好家がヘレスに集結します。同じ日にセビージャ郊外の村でやはり大きなフェスティバルがありましたが、私と夫はヘレスを選びました。

夜10:00過ぎに始まり、次から次へとアーティスト出演。休憩をはさんで2部構成。いやー楽しかった。ヘレスのコンパスの渦。お客さんもみんなそのコンパスを共有している。これだ、日本で欲していたものは、と身体の細胞が正直に反応していました。2ヶ月の日本滞在の中できっと飢えていたのでしょう、フラメンコに。ヘレスのアーティストだけでなく、セビージャやウエルバのアーティストも参加。みんなそれぞれの土地が誇るフラメンコを持っている。ヘレスにはヘレスの、セビージャにはセビージャの、ウエルバにはウエルバの。同じアンダルシア地方でも全然違うその味。だからフラメンコは素晴らしいんでしょう。「○○じゃなければフラメンコじゃない」という人もよくいるけれど、好みでフラメンコははかれないと私は思います。

いろいろな人のカンテ(歌)を聴いて思いました。訓練をして大きな声・高い声で息継ぎをしないで歌える人、難しい音程をきちんととって正しく歌う人、観客の心を掴む術を持った経験豊かな人、人生を絞り出して歌う人。人生そのものがカンテの人。

何時に終わったのか分からないけど、興奮状態のまま、お腹もすいていたので近くのバルに直行。腹ごしらえして(夜中だけど)、そこにいるお客さんも当然ブレリア祭からなだれ込んでいるわけで、すんなりとブレリアのパルマが始まる。誰かが歌い出す。なんでもない普通の男の子が歌い出したブレリア。ものすごく上手くて、悪いけれど、世間一般で歌い手として仕事をしている一部の歌い手よりもずっと上手いしフラメンコでした。その男の子の止まらないブレリアを聴きたくて、ずっとパルマの輪の中にいました。

*

明け方、帰り道で夫が言いました。

「これから先この国では苦労することになるけど、自分たちは自分たちの選んだ道を歩いているし、これからも歩いていこう。もし扉が閉められたとしても、続けるんだ。」

この人と結婚してよかったと本当に思いました。そしてこの土地にいることも。フラメンコ舞踊家という道を選んだことも。

(写真:アントニオ・ペレス)

2013年9月8日 帰って来たセビージャにて。

Aug 30
待つということ。
La Yunko | ブログ | 08 30th, 2013| Comments Off

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

今日はある歌い手から大切なことを教えてもらいました。「待つ」ということです。少し前のとあるコンクールで優勝したその歌い手が、今日観に行ったフラメンコ公演で歌っていました。その歌い手とは何度か共演したことがあり、彼は毎年そのコンクールに出ようか出まいか時期を見計らっていました。年によっては、あり得ない結果になることもあるそのコンクール。(そのコンクールに限ったことではないですが)長い年月をかけて準備してやっと出場、そしてつかんだ優勝。そんなこともあり、私は楽屋に顔を出し「長い時間がかかったけど優勝できてよかったね、おめでとう。」とお祝いの言葉をお伝えしたのです。彼は言いました。

「ジュンコ、待つんだ。物事には相応の時期がある。急ぐ必要はない。待つんだ。準備をするんだ。そうすることで物事は自然にやってくる。」

はっとしました。周りの人が、特に実力のそれほどない人が何らかの力や関係性を使って、舞台に立つ。そういう現実に対して、憤りを感ていた日々でした。何のために自分は努力しているのか、私の努力は無意味なのか。そういう現実に対してなのか、その人個人に対してなのか何がなんだか分からない憤りを自分の中に抱えながら、でも生きていかなくてはならない。泣いたって仕方がない。何かを、もしくは誰かを恨むわけでもない。でもどうすればいいのだろうか。時々私を襲うその思いが、ここ最近また襲ってきて、なんとか自分をコントロールしなくてはならない、ともがいていた時でした。

待つことは闘うこと。

2013年8月29日 セビージャにて。

Aug 25

みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

お陰様で無事「第12回少人数制クルシージョ」を終了、水曜にセビージャに着きました。生徒の皆様、受講して頂きありがとうございました。今回も東京・大阪・福岡のクルシージョに加え、7月の連休に開催した写真展&ライブにお越し下さった皆様も、改めてありがとうございました!

セビージャに着いて早々、大阪からいらした方に個人レッスンでソレア・ポル・ブレリアの振付を開始。背が高くブラッソ(腕)の長い彼女。彼女の良さを思い切り活かすような振付にしています。毎日個人レッスンで大変だと思いますが、集中して学ぶ事できっと上達されるでしょう。

それにしても学ぶということは、本当に限りがない。教えていて改めて思います。もし単に振付を教えるだけだったら簡単。生徒さんの方でも動きだけ追いかけて、それで踊っている(つもり)なら話は早い。でも振付を踊るには、舞踊基礎がなくてはならない。基礎が大切で、学ぶ必要があることは誰でも頭では知っている。でも「なぜ」その基礎が大切なのか、「どう」必要なのか、それを理解しなければ、「基礎が大切」というのはただのスローガンになってしまう。しかもそれを唱えることでちゃんとフラメンコを勉強した気になってしまう危険性が高いから気をつけた方がいい。

そして振付の意味。ただ単に動きを羅列しているわけではない。見栄えのするカッコいい動き、もしくは、これをやったらフラメンコと思われるに違いない、という確信犯的な動き、そういうものをつぎはぎした振付には気をつけた方がいい。意味のない動きは、カンテとギターを無視しているから。それはどれだけ上手に踊れたところで、ただのダンスである。その踊りを通してカンテとギターとコミュニケーションができなければ、フラメンコっぽい振付のフラメンコ風ダンスということ。

そしてその意味を教える側がちゃんと生徒さんに伝えているか。これは教える側の責任。そして、教えられた後にきちんと覚えているか。検証しているか。研究しているか。実践しているか。それは生徒さんの責任。教わって、その場で「そうか!なるほど!分かった!」と思うのは当たり前。重要なのはそこから。

それら全部を個人レッスンで学ぶというのは、どれだけ大変なことか。教える方も教わる方も。もちろんクルシージョでもそう。もしかすると、もうレッスンできるのは最後かもしれない、という思いがいつもどこかにあるから。もちろんクルシージョはもう東京では12回、大阪と福岡も3回続いている。継続して受講されている生徒さん達は当たり前のように、私がまた日本に来ると思っている。私もそのつもりである。でも、そんなの誰がわかる?本当に?明日何が起こるか本当は誰にも分からない。だとしたら、そのたった1時間のレッスンでも、そのうちの5分でもどれだけ重要かというのが分かると思う。だから一生懸命教えて、一生懸命学ぶ。教える側も教わる側も、それを忘れてはいけないと思う。

一生懸命学んでいる生徒さんを見て、そんなことを改めて思いました。

2013年8月24日 日本より涼しいセビージャにて。

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