May 7

11150408_707013272744337_2903237344045092596_n11108269_707013306077667_936799409457879395_n11149316_707013276077670_8636405174075853894_n19090_707020436076954_4655919082187100666_nみなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか。

先程大阪から帰って参りました。お陰様で「第7回大阪クルシージョ」、イベリアさん主催フラメンコ・フェスティバル大阪公演は無事終了致しました。クルシージョ受講生の皆様、会場となったスタジオ・ラ・クーナさん、誠にありがとうございました!そしてフェスティバルにお越し下さいましたお客様、共演の皆様、主催のイベリアさん、皆々様、本当にありがとうございました!!!!

過日の福岡でのクルシージョ&フェスティバルでもそうでしたが、今回大阪でも素晴らしい数日間を過ごすことができました。大阪公演でも日本人共演の皆様とほとんど面識がなくとても緊張したのですが、前日の合わせで「初めまして、萩原です、宜しくお願いします」とご挨拶したところ、「え?萩原淳子さん? ちっちゃいわー」と言われて笑いそうになってしまいました。楽屋でも楽しく過ごすことができ、また終演後の打ち上げでは大笑いでした。仲良くして頂きありがとうございました。人の輪が広がるというのは嬉しいものですね。(楽屋での写真は共演の宇根由佳さんから。うねちゃんありがとう!!!)

大阪公演でもバタ・デ・コーラのソレアを踊りました。ギターはパコ・イグレシアス、歌は福岡公演でも共演したフアニジョロと、久しぶりの共演マヌエル・タニェでした。素晴らしい共演アーティストに恵まれとても充実した時間だったと思います。

ソレア。

それを踊るということはきっと多くの踊り手さんにとって特別でしょう。ソレアを一番好きな曲とする踊り手さんもきっと多いでしょう。私もそのうちの一人です。もちろんアレグリアスやタンゴを素晴らしいとおっしゃて下さる方も多いです。でもやはりソレアです。自他共に認める私の曲は。個人的にも思い入れがあるのも一つかもしれません。

8年前にとある、プライベート・フィエスタで踊った即興のソレアが忘れられません。あれから年月が経ち、今はバタ・デ・コーラやマントンなどでも踊れるようになり、技術や表現力、経験も増えました。でもあの時のソレアを超えるソレアをまだ私は踊っていないかもしれません。

あの時のソレア。

国費留学でセビージャのフラメンコ学校に通っていた時でした。帰国まであと1ヶ月という時に祖母が亡くなりました。その知らせを受け、祖母のお葬式にも行けず私は学校に行きました。朝一でその学校で会ったのがカルメン・レデスマでした。突然カルメンに「おはよう、ジュンコ、今日踊りたい?」と言われ、何がなんだか分からず、普通に考えたら祖母が亡くなったというのにどう踊るのか、とも思うのですが、なぜか私は即答で「はい」と答えていました。そしてそのカルメンに紹介された場所が、著名アーティストが集まる、知る人ぞ知るプライベート・フィエスタだったのです。カルメンは言いました。「ギターはモジャ(アントニオ・モジャ)、歌はタニェ(マヌエル・タニェ)とルビオ(ルビオ・デ・プルーナ)。事前の合わせはなくて即興だから。でも彼らはプロフェッショナルだから安心して踊りなさい。念のため2曲用意して。」わなわなと震えてきました。そんな私を見てカルメンは「大丈夫、ジュンコならできるから。早く行きなさい。遅刻するわよ」と。

その日学校は早退。家に飛んで帰って衣装や化粧品や準備して会場となるセビージャ郊外のレストランに向かいました。今でこそアントニオ・モジャもマヌエル・タニェもルビオ・デ・プルーナも日本で働いています。つまり自分が申し込めさえすれば、実力の有無にかかわらず彼らと共演できてしまう。なんとまあ、お手軽に。でもあの当時は違いました。(というか、今でもスペインでは違う。日本は環境が甘い。)ただの日本人フラメンコ留学生が、人前で踊ったことなんてほとんどなく、しかも事前の合わせなしの即興で、そんなアーティスト達と共演なんて・・・・。いまだに覚えています。その場にいた別の共演アーティストに挨拶するとふーんといった顔で私を一瞥しただけで、挨拶すらしてくれなかった。彼からすると、なんでお前がここに呼ばれてるんだ、ということなのでしょうが。

もう一人の踊り手さんが(私はその当時踊り手ではなかったけど)アレグリアスを踊るわ〜、と言うのでじゃあ、私はソレア。ギタリストのアントニオ・モジャに何を踊るんだ?と言われ「ソレア」と言うと、「ソレア・ソレアか?ソレア・ポル・ブレリアか?」と言うので、「ソレア・ソレア」という言い方は初めて耳にしたのですが、ソレア・ポル・ブレリアではなく、ソレアという意味かと判断し、「ソレアです」と答えました。カルメンからは事前の合わせがないと聞いていたのでモジャに曲の構成を説明しようとすると「シーッ」と言われました。だまれ、ということ。「ここでは何が起きるか分からないから、構成の説明を事前にしても意味がない。聴くんだ。カンテとギターを。」

正真正銘の即興でした。

もう恐くはありませんでした。「聴くんだ、聴くんだ」モジャの声だけが頭の中をこだましていました。

聴きました。

するするとカンテは私の身体に入ってゆきました。カンテは耳で聴くのではない。全身で、言うならば毛穴で吸収するものだということを初めて知りました。

どんどん歌われました。タニェが歌い、ルビオが歌い、またタニェが歌い、ルビオが歌い、最後はタニェだった。だから今考えるとソレアの歌5つ。全部踊りました。どう踊ったのかも覚えていません。それまでにたくさん習ったたくさんの先生の振付というものは頭の片隅にもこれっぽっちも浮かばなかった。カンテが勝手に私を動かしていたから。それを頭の半分で理解していました。でももう半分は勝手に自分の身体を動かしていました。その後エスコビージャになり、止まると、今度はソレア・ポル・ブレリアが歌われました。それもタニェとルビオで交互で何回か。何がなんだか分からず、でも分かっていました。そしてブレリアに突入したのかなあ、その辺はもう覚えていません。踊り終わってお辞儀をして、ギターとカンテの方に振り向くとモジャが泣いていました。「しばらくフラメンコを観ていなかったんだ、ありがとう。」そう言って私を抱きしめ、「もうこれ以上弾けない!」と言って会場を出て行ってしまった・・・。

多分、あの時、私のソレアは、私のその後を決定したのだと思う。だから今、もしくはこれから先どんなにソレアを素晴らしく踊ろうが、あの時のソレアにはかなわない。あの時のソレアがなかったら、今のソレアも今の私もないから。

ただ付け加えると、その時の私がすごかったんじゃない。きっと亡くなった祖母の魂がスペインまで飛んで来てくれたんだと思う。そして私に何らかの力を与えてくれたんだ。だから尋常ではない状況で、ただの日本人留学生が、尋常ではないアーティスト相手に、尋常ではないソレアを踊れてしまった。そして、その日の夜、セビージャのペーニャで、カルメンがソレアを踊った。同じアーティスを従えて。モジャとタニェとルビオ。私はそのソレアに涙を止めることができなかった。カルメンの楽屋に行って、周りにあきれられる程、号泣した。

それからしばらくほぼレギュラーみたいな状態で、私はそのプライベート・フィエスタに呼ばれるようになり、モジャからはいつも「ソレアを踊れ」と言われた。もちろんソレアだけでなく、アレグリアスを踊った時もあった。いい時も悪い時も、我慢がならない時もいろいろあった。そのプライベート・フィエスタに呼ばれなくなったり、そのプライベート・フィエスタ自体がなくなったり、他にも仕事が入るようになったり、とにかくいろいろ。でもいつも私にはソレアがあった。コンクールで、何らかの理由で評価されなかったり(例えば東洋人であるとか、コネがないとか・・・etc)しても、私にはソレアがあった。フラメンコを、つまり、カンテを愛する人や共演アーティスト達はいつでも私のソレアの味方だった。

ソレアは私の人生。ソレアを踊る時は、私は私の人生を削りとっている。

フェスティバルの大阪公演では、私達日本人公演の後に、マリーナ・エレディアやスペイン人達の公演があった。その公演の方にルビオ・デ・プルーナが出ていて、ルビオともそのプライベート・フィエスタ以来かなあ、8年振りくらいに会った。本番で私が踊った後、楽屋でルビオが言ってくれた「とてもよかった」と。スペイン人の褒め言葉というのは私はあてにしていない。仕事欲しさに、心にもないお世辞やおべっかで日本女子を喜ばせるスペイン人アーティストは山ほどいる。そしてそれに気付かず真に受ける日本女子も山ほど。お手軽に踊れてしまうこの甘い環境が当たり前になってしまうと、きっと気付けないのだろう。可哀想だと思うけど、仕方がない。視野と考え方は自分で広げるものだから。

ルビオが前述のようなおべっかアーティストか、というとそういうことではない。でもだからといって自分の踊りがよかった、と言っているのではなく(正直、その時よくても悪くてもどっちでもいい。それは他人の評価だから)ルビオに感謝した。あの時のソレアを歌ってくれた人が、あれから8年経った私のソレアを観てくれたことに対して。あの当時を思い出すと、ルビオから教わったことがたくさんあって感謝しているのだけれど、本人を前にするとなぜか言い出せなかった。それが心残り。いつか話せる時がくるかな・・・

タニェのカンテも健在。タニェはやはりソレアだ。そしてブレリア。(もちろん他もいいけど。シギリージャとか。)このフェスティバルでタニェと共演できると分かった時に、何がなんでもソレアを踊ると決めていた。もし他の共演者との兼ね合いでソレアが踊れないとしたら、主催者側に直訴するつもりでいた(笑)。結果的にはそんな必要はなく、すんなりソレアを踊ることになったのだけど、そのくらい絶対ソレアと決めていた。本番ではもちろんソレアどっぷり、そしてブレリアをどんどん歌ってきて、恐らく規定の10分を超えてしまったのではないか・・・計っていないから分からないけど・・・・フアニジョロのカンテもものすごい強さを持っていた。パコ・イグレシアスの音。やっぱり、そこだよ、その音だよ!という所に間違いなく入ってくる。さすが。

というわけで、今年のゴールデンウィークは、本当にゴールデンなウィークだったと思う。

皆様、本当にありがとうございました。

★おまけ★

その8年前のプライベート・フィエスタでの写真もアップ。これはアレグリアスを踊っていた時。そしてこの写真を撮ってくれたのは、今の夫、アントニオ・ペレス。

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2015年5月7日 日本居候先(両親宅)にて。

May 4

20150506_SFみなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか。

昨日大阪入りし、お陰様で元気になりました。実は先週のフラメンコ・フェスティバル福岡公演出演の後、なんと言うのでしょう、ぎっくり腰ならぬ、キックリ腰・・・いや、キックリとまでもいかない、「キック」ぐらいの腰の痛みを感じました。福岡公演で着用した衣装を洗面台で手洗いしていた時です。あ、、、、、これは、、、、この痛みは、、、、ちょっとマズい、、、、。そしてその日一日はほぼ歩けず。一応は歩けますが普通ではない。痛み止めの薬を飲み、湿布を貼り安静にしていました。次の日は少しよくなったかな。先週末土日の東京でのクルシージョ(短期講習会)では問題なく教えていましたが、自分が踊るとなるとちょっと怪しい。そんなこんなでここ1週間全く踊っていません。今日久しぶりに自主練習をしました。

大丈夫!

変な痛みも違和感も全くなし。これで大丈夫です。よかった。

しかし考えてみればかなりハードなスケジュールをこなしている。いつもハードなのですが今回は特に。↓

4/16 イタリア・トリノコンクール予選出場

4/19 同上コンクール決勝出場

4/20 イタリア→日本(この飛行機の座席の座り心地が最悪。アリタリア航空!)

4/21 成田着

4/22 時差ぼけのまま恵比寿にてフェスティバル用ギター&歌合わせ

4/23 同上

4/24 羽田→北九州(スターフライヤーは快適♪)

4/25 第7回福岡クルシージョ開講

4/26 フラメンコフェスティバル福岡公演出演

4/27 福岡→羽田

4/28 衣装手洗い中に腰の痛み

・・・こりゃ、どこかしら痛くなるわ。普通に考えて疲れがたまる。その疲れが腰にきたのでしょう。ただ、もし今回アリタリア航空ではなく、別の飛行機会社だったら、例えばよく使っているエミレーツとか、そうしたらここまでひどくはならなかった気もします。10時間以上座り心地の悪い椅子に座らされるというのは拷問に近い。本当に辛かった。コンクールが開催されたトリノから直接日本に来たので仕方なくアリタリア航空になりましたが、多分今後はもう乗らない、アリタリア。

ま、今は調子がよくなりました。今日は2時間個人レッスンをしただけで、後は午前中と午後に自主練習。久しぶりに踊って爽快でした。早くフェスティバルで踊りたいものです。

が、その前に明日、「第7回大阪クルシージョ」の開講です。お陰様で早々にたくさんのお申し込みを頂き、既に全クラス満席となっております。ありがとうございます。今回受講できない皆様、申し訳ございません・・・・。次回は9月5日(土)に開講予定ですので宜しくお願い致します。新規の方で詳細御希望の方は osakacursillo@gmail.com までご連絡下さい。詳細決定次第、直接メールご連絡致します。

では明日のクラスに向けて、今日は早めに就寝したいと思います。

おやすみなさい・・・・ZZZZ

2015年5月4日 大阪にて。

Apr 27

11156327_10204032199634292_825906628236217448_n
みなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか?

お陰様で先週末に開催された「第7回福岡クルシージョ」、博多ドセデルフラメンコさんでの「ソレア研究」(講義クラス)、イベリアさん主催フラメンコフェスティバル福岡公演は無事終了致しました。クルシージョを受講された皆様、公演にお越し下さいました皆様、誠にありがとうございました。

今回の「第7回福岡クルシージョ」は小倉にて開催。定期的に受講して下さる生徒さんも増え、毎回のクラスの度に少しずつ成長がうかがえとても嬉しく思いました。そして皆さんとっても楽しく受講していらっしゃる。真面目に、楽しく、真剣に。そういうのって、本当に素晴らしいと思います。そんな人達に愛されるフラメンコもきっと喜んでいるのではないでしょうか。

博多「ドセデルフラメンコ」さん(HPはこちらクリック→http://12-del-flamenco.com)はフラメンコの素敵な衣装やアクセサリー等を販売しているお店です。お店のスタッフの皆さんから、「クルシージョには参加したいけれどお店を閉めて小倉に行く事はできないし、でも受講したい・・・」とのことで、お店の中で「ソレア研究」講義クラスを開講することをご提案されました。それは初めての試みでしたが、確かに講義なので場所はフラメンコスタジオでなくてもよいわけで、当日はお店のスタッフさんやお友達を中心に受講して頂きました。皆さん「面白い!」「そんなこと初めて知った!」と興奮され、とても盛り上がりましたよ。一人でも多くの方にお役に立てるのであれば本当に嬉しいです。受講して頂きどうもありがとうございました。

次回「第8回福岡クルシージョ」は7月20日(月祝)博多ビークラブスタジオさんにて開講予定。常時開講のテクニカ&コンパスクラス(「サパテアード原点」「使ってこそ身体」「コンパス」)2クラス、「ソレア研究」(新しい内容です)、マントン・テクニカ基礎、バタ・デ・コーラ・テクニカ基礎の計5クラスで開講検討しています。これまで受講された方、すでにお問い合わせされた方にはこれまで通り、クルシージョ詳細が決まり次第直接メールご連絡させて頂きます。新規の方で受講ご検討の方は こちら「連絡先」 のフォームを通してご連絡下さい。

福岡のどこが好きかって、やはり「人」です。またお会いできること、新たな出会いを楽しみにしています!!!

11127881_10153265529526228_1476945144893310950_o11110024_10153265529931228_3259425106331351760_n19001_788999197880167_6292425078744216534_nそしてイベリアさん主催フラメンコフェスティバル。とてもいい経験をさせて頂きました。私は福岡の出身でもないし、そんな私がフェスティバルに混ぜてもらって悪いな〜と思っていたのですが、楽屋では皆さんとても親切にして下さいました。とても嬉しかったです。ありがとうございました。そして福岡クルシージョの生徒さんを始め、たくさんの方々にお越し頂きました。本当にどうもありがとうございます!

公演ではバタ・デ・コーラのソレア、少し前のトリノのコンクールでも踊った曲を2分程長く踊りました。(トリノではコンクールの規定により6分、今回は主催者側の規定により8分)何度も何度も踊っている曲ではありますが、毎回あああああと反省します。

Unknown一つフラメンコの醍醐味を感じたところ。

ガジが歌ってくれた2つ目の歌。細かく覚えていませんが、フェルナンダに捧げる内容の歌詞でした。

フェルナンダ・デ・ウトレーラ。

セビージャ県ではありますが、セビージャ市内とは全く雰囲気が異なる町、ウトレーラが生み出したソレアの女王。フェルナンダの歌を聴かずしてソレアを歌うことも踊る事も弾く事もあり得ない。(ブレリアやファンダンゴも素晴らしいですが)ここずっと毎日彼女のソレアを聴いていました。そのフェルナンダに捧げるソレアが聞こえてきた時、舞台の上で全身で

フェルナンダー!!!

と叫んでいました。涙が出そうでした。ガジ、あの歌詞を歌ってくれてありがとう!!!

・・・しかし・・・その後は走り出すパルマを抑えてエスコビージャをするのに苦労したり、ファルセータ(ギターのメロディ部分)とエスコビージャ(足の音)をせっかく合わせたのに、そのファルセータを弾き忘れられて気分が落ちたり(笑)、音響が悪く足音がイマイチ聞こえないとリハーサルの時に歌い手に言われたので、本番では足音をガンガン出し後半疲れてバタを動かす馬力が足りなくなってしまったり、はけの部分でバタの動きを即興でやってみたら最後なんだか分からなくなっちゃたり(笑)・・・とにかくいろいろありました。

うーん、そのいろいろあった部分にフォーカスを当てれば涙涙の一人酒になるところなのですが、やはりフェルナンダは素晴らしい。そこに行き着いてしまいます。自分がどう踊ろうが、フェルナンダのソレアは不滅。フラメンコは永遠。あの舞台の上で何か大きなものを受け取ったような気持ちがしました。自分がどう踊ろうが。

もし、フェルナンダ・デ・ウトレーラって誰だろう?と思う方がいらっしゃったら是非彼女のCDを買ってみて下さい。スペイン語では「Fernanda de Utrera」と表記します。今の時代、皆動画サイトでなんでも簡単に見る事聞く事ができてしまいますが、やっぱりCDを買うのがいいと思う。「お金ないです」って言う人もいるかもしれないけど、そういう人に限ってムダに飾りのついた高価な衣装にお金を払ってたりしていませんか???CD1枚の何倍もの金額の。「動画サイトでタダで聞けるものになんでわざわざお金払うわけ?」と思う人もいるかもしれないけれど、自分のCDを持つということはやはり大切だと思う。なんて言うんだろう、自分で選んで自分でお金を払って自分の手元にある。自分で選んでないとしても、年月が経ってから、ああ、このCDを買っておいて本当によかったと思う時が来るから。フラメンコを愛してずっと続けていれば。そして本当によくて古いCDというのはどんどん廃盤になってしまうから、残念ながら。

たくさんでなくていい、1枚だけでいい。ただしその1枚も何回も何回も何回も何回も・・・・・聴いてみてはいかがでしょうか。そのうちの1枚をフェルナンダ・デ・ウトレーラにするというのはとても素晴らしいことだと思います。もちろん他にも素晴らしい歌い手がいるけれど。たまたま、今回偶然にもフェルナンダに捧げる歌詞が歌われたので、そんなことを思いました。

20150506_SF次回は5月6日(水振)同じくイベリアさん主催フラメンコフェスティバル大阪公演です。同じ、バタのソレアを踊りますが、大阪では持ち時間が10分なので、福岡公演の時よりも2分長い。ブレリアの所でちょっと即興で遊べるかな。いずれせよ、歌い手もギタリストも変わるので新たな気持ちで踊ることになるでしょう。

S席6000円、A席4000円の公演チケットは萩原が持っていますので、希望の方は こちら「連絡先」  のフォームを通してご連絡下さいませ。(A席はあとわずかです。)

ではまたお会いしましょう!

(クルシージョと公演後の写真は生徒さんより。ありがとうございます!)

2015年4月27日 日本自宅にて。

Apr 22

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みなさんおはようございます。ただ今、朝5:30です。昨日日本に着きましたが時差ぼけです。(笑)

さて、日曜に行われたトリノ国際フラメンコ舞踊コンクール〝フラメンコ・プーロ〟に「ソリスタ・フィグーラ・プロフェッショナル」の部にて準優勝という結果に終わりました。そして「フェスティバル・デ・ヘレス〝イサベル・バジョン〟賞」と「セノビージャ賞」も受賞することができました。

応援して下さいました皆様、伴奏して下さった公式ギタリストや歌い手の皆様、コンクール主催者の皆様、今後の成長の糧となるアドバイスを下さった審査員の皆様、貴重な経験を分かち合ったコンクール出場者の皆様、どうもありがとうございました。

実際の所、準優勝という結果をすぐに受け止めることができませんでした。このコンクールではバタ・デ・コーラのソレアを踊りましたが、コンクール終了後、3人の審査員のうち2人から「なぜ、バタ・デ・コーラとマントンのアレグリアスを踊らなかったのか?」と聞かれました。理由は簡単、バタとマントンのアレグリアスは既にアレグリアスの本場スペイン・カディスのコンクールで受賞しているので、同じ踊りをイタリアのコンクールで踊ってもあまり意味がないと思ったからです。2人の審査員曰く、コンクールにおいてバタだけで踊るよりも、バタとマントンの両方で踊った方が技術点が高くなるし、見た目も派手、そしてアレグリアスという曲は明るいので、フラメンコを知らない一般的な観客でも理解しやすく拍手を得られやすい。観客が直接審査する訳ではないけれど、観客の拍手というのも審査に少なからず影響する。ソレアは曲がシリアスな分、それだけ難しいのに・・・、ということでした。

・・・そういう観点から審査されていたのか、と愕然としてしまいました。もしバタとマントンのアレグリアスを踊っていたら順位は異なっていたのだろうか、とかいろいろ考えてしまって。でもどちらにしても、バタとマントンのアレグリアスを選ばなかった理由は上記の通りだし、自分でバタのソレアを踊ることを選んだので後悔はしていません。

これまでいろいろなコンクールに出場してきましたが、コンクールによって、審査員によって評価の仕方が全く異なります。だから何がよいのか、悪いのか、誰が正しいのか、とかそういう問題ではないのです。そのコンクールではそのように評価され、そのような結果が出たということにしか過ぎない。変な話、あるコンクールで予選落ちしても、同じ曲で他のコンクールでは入賞することだってあるわけです。

分かってはいるのですが、やはり結果を突きつけられると・・・ね。これはそう、失恋に似ている。経験したことのある人ならきっと分かってもらえるはず。(笑)恋に破れる度に、「男なんか星の数ほどいる」とか、「もっといい男に出会うために別れることになったんだ」とか「失恋の数ほどきれいになる」とか、そういえば昔よく聞いたな〜。でも本当のところは失恋した本人にしかそれは分からない。毎回本気で恋に落ち、そして毎回失恋の度に学んで強くはなるんだけれど、やはりその度に傷つく。今回の結果に関して日本に戻る飛行機の中でもいろいろ考えてしまって、涙もぽろんと落ちました。

よかったこと。審査員のうち1人から「君の踊りからはフラメンコにどれだけ敬意を払っているのか、どれだけカンテを聞いて内側から踊っているか、それが伝わってきて、君の踊りを見ることができて本当によかった、ありがとう」というようなお言葉を頂いたこと。コンクール公式歌い手のインマ・リベーロから「数年前に共演した時は上手に踊るなと思っていた。でも今はあの時なかった〝ペソ〟がある。それを持つのはスペイン人のプロの舞踊家でも難しい事。〝ペソ〟を持つといいのは本当に重要なことなのよ、フラメンコにおいては」と言ってもらえたこと。

その言葉を聞いて、ああ、このコンクールに出場してよかったと思いました。頭では分かっていても、どうしても順位にこだわってしまう自分がいるのも否めない。私は人間として小さい。それでも私の踊りを心で受け止めてくれる人がいたということ、そして私の成長を見てとってくれた人がいたということに感謝したいです。そして先の2人の審査員からは今後のためのアドバイスをたくさん頂きました。本当に有り難い。

それからこのコンクールのために先週火曜からイタリア入りしていたわけですが、ずっとそばで見守ってくれていた夫。コンクール前の緊張とストレスのあまりケンカになってしまった日もありましたが・・・いつもありがとう。

さて、今日、明日とイベリアさん主催フラメンコフェスティバル福岡&大阪公演のギター&歌合わせがあります。踊るのはやはりバタのソレアです。

ではまたお会いしましょう。

写真:アントニオ・ペレス

2015年4月22日 昨日は寒くてラーメンを食べました。

Apr 18

11062732_863043880408728_4779113370663252908_nみなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

ただ今イタリアのトリノにいます。本日、トリノ国際フラメンコ舞踊コンクール〝プーロ・フラメンコ〟予選に出場、決勝進出者に選ばれました。

コンクールHPは→こちら

予選を終えて、このコンクールでよいなと思ったことがあります。予選は1曲6分のみというのは少ない気がしますが(本格的なスペインのコンクールであれば少なくとも10分以内の曲を2曲踊り、決勝では予選とは違う曲をまた踊ります。)、コンクール側がオフィシャルのギタリストと歌い手を用意していること。事前の合わせや練習は一切なし。各自の持ち時間は踊りの6分を含めて15分間。つまり単純計算すれば9分の間に初めて合うギタリスト、歌い手達と打ち合わせをしてそのままぶっつけ本番というわけです。その打ち合わせも審査員の前で行います。他の出演者がどのようにしたのかは分かりませんが、私がしたのは挨拶、曲の構成の流れを口頭で説明。それだけです。そしていきなり踊って予選終了。多分総計8分もかかっていないはず。

なぜこの方法がよいのか。

①伴奏者に払うお金がかからない。

一般的にオフィシャルのギタリストや歌い手がいないコンクールが多いので、踊り手がコンクールに出場するには、自分で彼らを雇わなくてはならない。スペインのコンクールでは本番の出演料に1回分の合わせ練習代が含まれている場合が多いけれど、日本の場合は本番と事前の合わせ練習代が別。いずれにしてもお金がかかり、〝コンクール貧乏〟なんて言葉も生まれるわけです。その分のお金がうくというのは踊り手にとっては有り難い話です。

②予選はフラメンコ学校のスタジオで、練習着で行われる

これもよいです。個人的な意見として、予選会場にお金をかける必要はないと思います。本人の踊りの実力が分かればよいのだから、コンクール主催者側が大きな劇場をわざわざ借りなくてもよいのでは?と思います。しかもその出費の穴埋めをコンクール出場者がしなくてはならないとしたら・・・なんだか話しが分からなくなってくる・・・。練習着にしてもそう。予選は練習着でいいんじゃないかなあ。ある意味衣装でごまかさずに実力がそのまま見られるのでよいのでは?決勝に関しては劇場で衣装着用、というのは理解できますが。

③予選では事前合わせがなくぶっつけ本番

先にも述べた通り、事前の合わせが一切ない。ここで何が計れるかというと、その踊り手がどのくらいギターとカンテを理解して踊っているか、というフラメンコ度。つまり何時間もギタリストや歌い手に合わせてもらって、踊りを覚えてもらって歌い弾いてもらうのではなく、その瞬間瞬間に聞こえる歌やギターに即興でどのくらい対応できるかということ。どんなに身体を上手に動かせる踊り手であってもギターとカンテを聴く耳を持っていない人もいます。もしくは自分が踊る曲なのに曲の構成が分からずギタリストや歌い手に構成を作ってもらう人。何十時間も一緒に合わせて覚えてもらえば完成度の高い踊りが出来上がるかもしれませんが、フラメンコ度が低い。恐らくそういう人はギターや歌が変わっただけで踊れなくなる。そういうフラメンコ度の低い人を予選の段階でふるい落とせるわけです。〝ダンス〟のコンクールではなくフラメンコのコンクールなんだから。

④審査員が現役の一流舞踊家、舞踊教師

今回のコンクールの審査員はマヌエル・ベタンソス、アデラ・カンパージョ、アリシア・マルケスの3人でした。この3人のアーティストの前で踊る、踊りを見て頂くだけでも光栄です。コンクールの中には、審査員のコンクールをした方がいいのでは・・・という場合もなきにしもあらず・・・。

以上、いいなと思ったところです。

ただ個人的に気になるのは決勝出場者が多過ぎるんじゃないかな・・・ということ。そんなに決勝進出に値する踊り手がいるんだろうか、本当に?とあまのじゃくの萩原は思ってしまったわけです・・・。あの人もこの人も同じような踊り。もしくはただバタバタ動いているというか動かしているというか・・・上手は上手だけどなんだかエアロビというか、フラメンコ体操というか、『いい加減それをフラメンコを呼ぶのはやめようよ』と声をかけたくなるという踊り、そしてその踊りを見て「はい、○○の振付をとったんですね」という感想しかわかない踊り・・・etc. たとえどんなに上手であっても、そんな踊りが、どうか評価されませんように。コンクールの名は〝フラメンコ・プーロ〟。つまり、純粋なフラメンコ。その名の通りのコンクール結果が出る事を願わずにはいられません。

決勝は明日日曜、トリノ市内の劇場で行われます。

2015年4月18日 トリノにて。

Apr 15

みなさんこんにちは。お元気でお過ごしでしょうか。

雑誌「パセオフラメンコ」さん2015年5月号(4月20日発売)より隔月で連載「萩原淳子のマエストロ達にきく」が始まります。先日執筆を全て終え入稿完了しまいした。フラメンコの偉大な先生方から貴重なお時間を頂き、私の方でインタビューをし、執筆させて頂きました。スペイン人のインタビューでよくあるリップサービス、例えば「日本はスバラシイ国デス!」とか「日本人はフラメンコをアイシテイマス」と」といったインタビューで終わらないように(もちろん本心からそうおっしゃって下さる方もいらっしゃるでしょうが)かなり踏み込んだ質疑応答にしました。

第1回マヌエル・ベタンソス
第2回アナ・マリア・ロペス
第3回ハビエル・ラトーレ
第4回カルメン・レデスマ
第5回トロンボ
第6回フェルナンド・ロメーロ

といったラインナップになっています。

私はプロフェッショナルなライターではありませんので、恐らくその道の方がお読みになればいろいろな粗もあるのでしょうが、ただのライターでもないのも確かです。フラメンコを愛し、フラメンコを学び続け、実際その世界にいます。その中で、フラメンコの存続に対する危機感も持っています。現代の流れがそのまま続けばフラメンコはフラメンコでなくなってしまうのではないか・・・・それは日本でもスペインでも似たりよったりかもしれません。そのような観点からマエストロ達のアドバイスを頂きたく、インタビューの企画となりました。

もちろん今回の連載6回の中に入っていらっしゃらない素晴らしいマエストロ達もいらっしゃいますが、残念ながら全員にインタビューができるわけではありません。しかしできるだけ6回の連載の中でいろいろなマエストロ達の考え方をご紹介したく上記のラインナップとなりました。1回分だけお読み頂いても面白いと思いますが、6回全てお読みになると先生によっての考え方の違いなどが浮き彫りになって非常に興味深いと思います。自分でインタビューして執筆した記事なので、何度も何度も推敲した文章ではありますが、これからも読み返したいと思っています。そのくらい重要な内容が含まれているからです。

今回の連載はフラメンコを守るため。インタビューにご協力下さった全てのマエストロ達、彼らの珠玉の言葉に感謝をしたいと思います。

是非皆さんお読み下さい。パセオフラメンコさんHP→こちら からでも購入可能のようです。

ではまたお会いしましょう!

2015年4月15日 トリノにて。

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