Apr 19

ゴボ天みなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか?

明日、明後日「第2回福岡クルシージョ」を開講します。

先程博多に着き、お夕食に「ゴボ天」うどん(写真)を頂きました〜。前回の福岡クルシージョで生徒さん達に教えて頂いた「ゴボ天」。うまい!!!表面積約3分の2を占めているのがゴボウの天ぷら。そしてうどんとの相性!!!うまい!!!今日はゴボ天にエビ天と温泉たまごもトッピング、かやくご飯つきの定食にしました。うまい!!!ちょっと食べ過ぎかも、と思ったけれど、ま、いいか。クルシージョ前にエネルギー蓄えないとね。

さてさて、今回は20日(土)博多ビークラブさん、21日(日)小倉商工会館さんでの開講です。

開講クラスは

①サパテアード原点(20日10:40〜11:55/21日10:00〜11:15)

②コンパス重視のタンゴ(20日12:05〜13:20/21日11:25〜12:40)

③アレグリアス研究カンテ編(講義)(20日13:30〜14:30/21日12:50〜13:50)

④アレグリアス研究バイレ編(講義)(20日15:30〜16:30/21日14:50〜15:50)

⑤マントン・テクニカ基礎(20日16:40〜17:55/21日16:00〜17:15)

⑥バタ・デ・コーラ・テクニカ基礎(20日18:05〜19:20/21日17:25〜18:40)

と、東京クルシージョでも大人気のクラスばかりです。

前回クルシージョより定員を増やしましたので全クラスまだ空きはありますが、満席近くのクラスが多くなっています。ご希望の方は fukuokacursillo@gmail.com(担当ウラベ)までご連絡下さい。受講料は当日萩原まで直接お支払い頂けます。

その他詳細はこちらをクリックして下さい。→2013.4.FUKUOKA

九州各県の皆さんはもちろん、なんと京都や岡山の方までご参加されますよ〜。皆さんにお会いできるのを楽しみにしています!

2013年4月19日(金) 博多のホテルにて。

Apr 17

ギターソロ(タランタ) カンテソロ(マラゲーニャ)みなさんこんにちは。

劇場を予約し前納金を払い、心の中で決めていた招聘アーティスト(ミゲル・ペレスとモイ・デ・モロン)に公演の話をすることにしました。彼らとはスペインで何度も一緒に仕事をしている。私はスペインの出演料の相場は分かるけれど日本の相場というものが全く分かりませんでした。そのため、周りの人でスペイン人を招聘したことのある周りの人達に金額をなんとな〜く教えてもらいました。う〜む。分かるような分からないような・・・。相場といってもあるようでないもの。アーティストによってもそれは大きく異なります。スペインの相場をそのまま日本の相場にあてはめることはできないし・・・。しかし共通しているのは、招聘する人間が、飛行機代・宿泊代・食費・興行ビザ発行代を全て払わなくてはならない。そしてそれプラス出演料。

よく考えました。本当によく考えました。公演の収入はチケット販売のみ。チケットが売れなければもちろん赤字。でも売れるか売れないかはやってみないと分からない。しかも初めての劇場公演。どのくらい売れそうかというのが想像がつかない・・・。さらにその他にかかるものもある・・・劇場使用料、音響照明スタッフへのお支払い、経費、宣伝広告費、私だってこの公演のためにスペインから日本へ行くのだ。忘れてはいけない自分の飛行機代。ざっといくつか挙げただけで膨大な支出額がはじき出されました。

第1回目のソロ公演「魚の選び方を知った時」はチケット販売開始後数日で完売になった。追加公演も行いそれも完売になった。公演の反響も凄まじかった。お客様はまた私の公演を観に来て下さる、確信に近いものもありました。でもあれは1回目だったから、すぐに完売になったのかも。チケット代が5000円だったから売れたのかも。場所が新宿や恵比寿のおなじみのタブラオだったからお越し頂きやすかったのかも・・・。今回は2回目。劇場公演。キャパも違う。チケットの値段も違う。「新百合ケ丘」という場所も関係してくるかもしれない。もし売れなかったら・・・???これまでに少しずつ貯めてきた元手はある。でも赤字がそれ以上になったら・・・・。

何人かの人は私に言いました。「日本にいるアーティストと共演すれば?」

確かにそれもあるかもしれない。日本にだっていいアーティストはいる。しかも、前述の飛行機代・宿泊代・食費・興行ビザ発行代この支出が全部ゼロになる。支払うのは練習代と本番当日の出演料のみ。支払い額が全然違う。全然。

でも私の頭の中ではもう、公演の構想はその時点ですでに大体できていました。私が必要なのはミゲルとモイ。支出を減らすために誰か別のアーティストに声をかけるなんてことは考えられませんでした。

あの時私は一時帰国中で日本にいました。意を決しました。この公演をやる。チケットは売る。

まずギタリストのミゲル・ペレスに国際電話をしました。本当は会って話したい。でもスペインにいた時は勇気がなくて話を切り出せなかった。またスペインに帰ってから話すこともできるけれど、それでは遅い気がしたのです。今、話さなくては。そう思って衝動的に電話をしたのを覚えています。公演の話をし、彼は二つ返事でokを出してくれました。そしてミゲルは言いました。「ジュンコの第1回目の劇場公演で弾けるということは自分にとってとても重要なことなんだ」。ありがとう、ミゲル。やっぱりミゲルに頼んでよかった。

そしてその勢いでモイに電話。なんとモイがすぐ電話に出た!これは本当に珍しい。日本からかけたのが功を奏したか??? そしてモイも二つ返事でokでした。モイは言っていました。「ミゲルと二人だけで働くのは初めてなんだ。ミゲルと自分とジュンコの3人で日本で仕事ができるのが本当に嬉しい」と。そしてこうも言っていました。「ジュンコにとって初めての劇場公演なんだろう?ジュンコが劇場を借りて、全部払うんだろう?それがどういうことが分かっているよ」

私は涙が出そうになりました。モイという人の本当の姿を国際電話の向こう側に垣間みたような気がしました。

公演5ヶ月半前。昨年10月、「魚の選び方を知った時」公演が終わったすぐ後のことでした。

写真:4月6日(土)「ハモンは皿にのせるだけでよい」公演。撮影:松本青樹氏

2013年4月17日

Apr 16

603981_10151612588181228_312009799_n プロローグ(シギリージャ) プロローグ(シギリージャ)

みなさんこんばんは。

昨日のブログの続きです。4月6日(土)・7日(日)に開催された萩原淳子在西10年記念フラメンコ公演「ハモンは皿にのせるだけでよい」に至るまでの過程をブログにしています。私にとって、私の人生にとってこれはとても重要な公演になるだろうから。「公演大大大成功」という事実よりも私にとって重要なのはその過程だからです。

劇場公演。それは初めての経験でした。前回のソロ公演は新宿エル・フラメンコと追加公演で恵比寿サラ・アンダルーサをお借りしました。劇場。それは以前群舞やコンクールなどでその舞台に立ったことはある。でも自分の名前での劇場ソロ公演は初めて。どこの劇場を借りればよいのだろう。これまでに行ったことのある劇場をいくつか思い出してみました。う〜む。イメージが湧かない。私が想像する自分のフラメンコ公演・・・・。

正直言って、フラメンコの公演を大劇場で観るのは個人的にあまり好きではありません。舞踊団の群舞ならまだしも、舞踊ソロの公演では特に。小さめの劇場がいい。お客さんとのコミュニケーションもあり、でも劇場としての格と雰囲気も持ち、そう、私の好きなセビージャの「セントラル劇場」のような。客席がひな壇形式になっていてどこからでも舞台がよく見える。舞台近くの席は本当に舞台近くで、客席との一体感があるような。その空間全体がフラメンコに包まれるような。

収容客数200〜300くらいの劇場。これが日本には少ないのです。キャパ500〜600、もしくはそれ以上の劇場はたくさんある。もしくはミニシアターのようにキャパ50〜100くらいの場所も結構ある。でもその中間の200〜300というのは少ない。あってもその劇場のある区民が優先で希望日がとれない、人気で予定が埋まっている、劇場使用料が高いなどなど。

その中で巡り会ったのが 川崎市アートセンターアルテリオ小劇場 でした。場所は新百合ケ丘。神奈川県。新宿から小田急線急行で25分。

劇場下見の時に私は「ここだ!」と直感しました。まさにそのセビージャ・セントラル劇場。しかもアルテリオの方がセントラル劇場よりも客席にゆとりがある。ここで私は私の行いたいフラメンコ公演ができる!お客様に喜んで頂ける公演になる!と。でも同時に迷いもしました。お客様はこの劇場の良さを誰も知らない。この劇場でこれまでフラメンコ公演は開催されていませんでした。やはり都内の劇場でないとお客様を呼べないのでは・・・

最終的に決定した要因は、この劇場に防音室があったことでした。

ガラス張りの防音室。それは小さなお子様をお連れの方でも公演に来て頂けるということ。私は「お子様抱っこ席」という名のお席を設定しました。普通は劇場入場不可とされる未就学児童でも、もしぐずったりしたらお連れの方はお子様と一緒に防音室に移動して頂く。防音室だけれどガラス張りで舞台の音は聞こえるのでそのまま鑑賞して頂ける。こんな画期的な席がご用意できるなんて!

お子様連れのお母様方からお礼のお言葉をたくさん頂きました。嬉しかったです。舞台の上でも時々お子様の声が少し聞こえてきました。アンダルシアで踊っているみたい、そう思いました。後から聞いたのですが、お友達の踊り手のお子様が公演中ハレオをたくさんかけて下さったとのこと。嬉しい。そうやってフラメンコの文化というのは育ってゆくと思うから。私がもし親になるなら、子どもと一緒に芸術を楽しみたい。

そして公演後のアンケートでほとんどのお客様が「次回公演もアルテリオ劇場を希望する」に○をされていました。主な理由は①ちょうどよい大きさ ②観やすい ③駅から近い など。よかった、ここで公演をして。そう思いました。

写真:松本青樹氏/衣装:Pitusa Gasul(ピトゥッサ・ガスル)

2013年4月16日   アンケート集計は後日改めて発表させて頂きます。

Apr 15

149293_10151612597961228_2473115_n   みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

萩原淳子在西10年記念フラメンコ公演「ハモンは皿にのせるだけでよい」が終了し1週間が経ちました。1週間経った今でもたくさんのお客様からお喜びのご感想を頂いております。誠にありがとうございます。本当にこの公演を開催してよかったと心から思います。

この公演開催向けて動き出したのは1年以上前です。セビージャに住み始めて10年が経ち、この10年間を一つの舞台にまとめたい。スペインで共演しているアーティストを日本に連れていくのだ、そう思いました。本人にはその時まだ話しませんでしたが私は心の中で、すでにミゲル・ペレスを呼ぶことを決めていました。もちろんいいアーティストであり、人間性も素晴らしいのもそうですが、いい時も悪い時も、辛酸をなめさせられた時も、私が外国人であるという偏見を持たずに私を一人の踊り手としていつも接し、アドバイスをくれたギタリスト。それがミゲルだったからです。そしてモイ・デ・モロン。実際、私はモイよりも他の何人かの歌い手達とこれまで多く共演してきました。どの歌い手もプロフェッショナル。でも私が行いたい公演を実現するのに必要な歌い手は迷わずモイでした。

この二人と私の踊りで、私は私の行いたいフラメンコ公演ができる。

そう思ったのです。でもその後、ある事実が脳裏をよぎり、だんだん不安になってきました。

【事実①】よく観る劇場公演は、いつもずらっと後ろに多数のアーティストが並んでいる。

ギタリスト2人、歌い手2人は当たり前。パルメーロや他の楽器演奏者や、ゲストの男性舞踊手もいれば舞踊団の群舞あり・・・とにかく人数が多い。人数が多ければ多いほど格式のある公演・・・誰もそんな事は言わないけれど、暗黙の了解というか既成事実のようになっている気がする。そんな世の中で、ギタリスト1人、歌い手1人、踊り手1人。たった3人。お客さんから「『在西10年記念公演』とか言って、たった3人だけ?」と言われるのかな・・・あと1人くらい歌い手を呼んでみようか・・・日本にいるアーティストも呼んで人数を増やそうか・・・

迷いました。でも、原点に戻って考え直したのです。私はセビージャでこの10年間何を学んできたのか。日本でたくさんの舞踊技術と振付を学び、舞台にもタブラオにも立たせて頂いた。新人公演で奨励賞も頂いた。それはそれでとても大切なことだったと今でも十分理解しているけれど、あの時私は心の中でずっと思っていました。「そうじゃない。私が求めているフラメンコはそうじゃない。」そのわだかまりが増大し抑えきれなくなった時、私は渡西しました。フラメンコってなんなのか。学んでも学んでもまだ足りずに、今でも足りずに学び続けていること。死ぬまできっと学び続けていくこと。それがこの10年という歳月とたくさんの経験の中で、私自身を通して少しずつ濾過してきたのではないか。それがこの公演の源なのではないか。

だとしたら、それを舞台に現すまでだ。確かにバックアーティストがずらっと並んでいる方が見栄えがするかもしれない。公演チラシにもたくさん名前が載りハクを付けられるかもしれない。でもそのこととフラメンコであることとの因果関係は????

フラメンコの公演を行う。フラメンコ風の振付によるダンス公演ではなく。フラメンコギターとカンテのいいとこ取りをした別の音楽の公演ではなく。フラメンコの公演。それさえあればいい。それが私の公演の軸であり、私の人生の軸だから。

「ハモンは皿にのせるだけでよい」

このタイトル私の中ではすんなり出てきました。昔あるギタリストとフラメンコ談義をしていた時に彼の口から飛び出た言葉。「El jamón solo tiene que ponerse en el plato. 」その日本語訳。私なりの。

ハモンは皿にのせるだけでよい

花も飾りもソースもいらない

ハモンは皿にのせるだけでよい

でもそれが本物でなければ

その切り方を知らねば

そして大切なのはそれを誰かと共有すること

フラメンコもきっと同じ

2013年4月 萩原淳子

上記は公演当日のプログラムに記載しました。たくさんのお客様から、「タイトル通りの公演でした。」とお言葉を頂きました。そう、そのための公演タイトル。

でもこのタイトルを発表する前にもちょっと迷いました。

【事実②】日本人のフラメンコ公演タイトルのほとんどがスペイン語である。

昨年10月に行われた、私の第1回目公演タイトルは「魚の選び方を知った時」でした。たくさんの方から「なぜ日本語なの?」と聞かれました。私は逆に問いたい。なぜ日本語ではいけないの?私は日本人で日本で公演を行うのだから、日本語で何ら問題はないと思うのですが・・・もし今回の公演タイトル、「EL JAMON SOLO TIENE QUE PONERSE EN EL PLATO」にしたらほとんどの人が読めないんじゃないかな。そして私の中ではすんなり出て来たタイトル「ハモンは皿にのせるだけでよい」。すんなり出たということはそういうこと。それが自分にとって一番自然なこと。自然なことは一番真実に近いこと。

いろいろ思い出されることはあります。でも長くなってきたので一旦ここまで。続きはまた後日改めてブログにします。

写真:公演2日目、4月7日(日)本番前楽屋にて。

2013年4月15日

Apr 9

 

??-0185みなさんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

お陰様で週末に開催された、萩原淳子在西10年記念フラメンコ公演「ハモンは皿にのせるだけでよい」は無事終了致しました。初日は悪天候に見舞われましたが2日間ともたくさんのお客様にお越し頂き、心よりお礼を申し上げます。劇場スタッフの皆様、舞台監督さん、音響さん、照明さん、お手伝いして下さったクルシージョ受講生有志スタッフの皆様、私の家族、応援して下さった全ての皆様にも感謝の言葉を述べさせて頂きたいと思います。そして共演のミゲル・ペレス、モイ・デ・モロン、日本まで来てくれて本当にありがとう。

昨晩彼らを空港まで見送り、あと数時間後にはスペインに着くのでは・・・と思います。滞在中も、空港でも最後の最後までハプニングがあり(この写真撮影の後事件発生・・・)、萩原、元々乗るはずだった空港バスの最終便まで乗りそこね、とりあえず飛び乗ったバスの終着点からタクシーで自宅に戻りました。タクシーで戻れる距離だったのが不幸中の幸い。なんてこった。。。公演は終了しましたが、本人達がスペイン自宅に着くまでは、それが確認できるまではまだ公演が終わった気がしません。よくアンダルシア人が言う、「Nunca se sabe.」。要するに、誰も何が起こるか分からない、何も起こらないなんて誰が言える?何かが起こったって不思議じゃないよ、そんな気持ちです。

・・・と自分ではまだそのような状態なのですが、お客様からはたくさんのお喜びのご感想やアンケートを頂いております。本当にありがとうございます。その意味も含め、取り急ぎブログにてお礼を述べさせて頂きます。

上記ハプニング、公演もろもろに関しては改めて後日ブログにてアップしたいと思います。お楽しみに!

まずは彼らの無事帰国の連絡を待つこと。公演の事後処理。まだまだ事務仕事が山積みです。

あ、最後になりましたが、みなさんにご心配頂いている体調。

絶好調です。ほんとに。

2日間連続公演で私自身、どうなることかと思いましたが、やってみたら全然平気。2日間全力で踊ってもまだあと1日踊れそうでした。自分でもこの体力に驚きです。

ではまた後日・・・皆様、ありがとうございました!

2013年4月9日(火) 母宅、居候先にて。

Apr 3

537285_10151594934946228_80915800_nみなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか。

お陰様で、本日、無事にミゲル・ペレス(写真左)とモイ・デ・モロン(写真右)が来日致しました!よかった〜!これでまずは一安心です。

とはいえ、成田に着いた途端、ミゲルが「ジュンコ聞いてくれよ。コイツ(モイ)は飛行機に乗りそびれるところだったんだぜ!!!」とまくしたててきました。なんとモイの飛行機が遅れ、モイはあと少しの所でミュンヘンに置いてけぼりをくらうところだったそうです。

今回、ミゲルは直前までドゥッセルドルフで仕事をしていたので、ミゲルのチケットは

ドゥッセルドルフ→ミュンヘン→成田。

モイはセビージャにいたので

セビージャ→マドリッド→ミュンヘン→成田。

モイの希望でミュンヘンでミゲルと合流、ミュンヘン〜成田間は二人一緒のはずでした。ところが、モイが一人で乗って来たマドリッド〜ミュンヘン間の飛行機が大遅れ。乗り継ぎに間に合わない時間に着いたそう。ミュンヘン空港搭乗口で待っていたミゲルはモイに8回電話し、5回メッセージを送り、ルフトハンザのお姉さんに掛け合い、そりゃもう、大変だったそう。それがいかに大変だったかを、ミゲルは成田に着くなり私にうわ〜とまくしたてたのでした。

「え、でも、ミゲル、だからそういう乗り継ぎの問題がないように、全部ルフトハンザの便にしたんだって。そうすれば前の飛行機が遅れても待ってくれるでしょ」と私が軽く言うと、それが火を付けてしまった・・・

「だって、ルフトハンザのオネーチャンは『一人くらいの乗客だったら待たない』って言ったんだぜ!!!!!」

今度は萩原に火が付く。メラメラ〜!!!

「ありえない!!!!自分の所の飛行機が遅れたくせに、乗り継ぎ客を置いて行くなんて、何ぬかす〜!!!!なんのためにわざわざ高いチケット代払ったんだ〜!!!!」

すると今度はミゲル私をなだめる。

「落ち着け、ジュンコ。その後上司みたいな男がオレの所にきて『29人の乗客が遅れています。ご安心下さい』って言ったんだ。」

いや、そういう問題じゃないと思うんですが、ルフトハンザ。

すると今度はモイが

「みんな、オレの事を心配しすぎるんだよ、オレはいつだって最終的にはちゃんと着くんだから。人生は落ち着いているものさ。」

するとミゲルが、

「そうだ!!!思い出した!!!コイツは乗り遅れた29人目最後の乗客だったんだ。それなのに向こうから悠々と歩いてきやがる。しかもオレに『ケ・パサ?(どうした?)』って聞いて来たんだ!!!どうした、じゃないだろう!!!コイツのせいでオレがどんなに心配したか。しかも、全員機内で着席してるのに、『トイレに行ってくる』と言って立ちやがった。さらに、まだある。帰り際にオレを呼ぶのでついていくと、4人席まるまる空いている席を一人で占領しやがってんだ〜!!!」

3人大爆笑。まさに、ミゲルとモイがどういうコンビか如実に表すエピソード。萩原笑いが止まらない。

でもその後にミゲルがこっそり私に言いました。

「オレはルフトハンザのおねーちゃんに言ったんだ。『オレがギターを弾いて、ヤツは歌う。ヤツが来なかったら仕事にならないんだ。』って。でも、もし相手がモイじゃなかったら、オレははっきり言ってどっちでもいい。一人で飛行機に乗ってたよ。モイだからこそ、オレはあれだけ掛け合ったんだ。オレはあいつに歌ってほしいんだ。一緒に日本で仕事したいんだ。」

萩原、じんときました。その通りだよね。私もモイだから日本に呼んだ。他の歌い手でもよかったわけではない。モイだから呼んだ。ミゲルだから呼んだ。二人が必要なのだ。私の公演には。ミゲルもそれを分かってくれている。

何はともあれ、本当によかった、二人が日本に着いてくれて。来てくれてありがとう。二人とも。

さて、というわけで明日から正念場。明日、明後日でがーっと仕上げます。そして今週末の土日が本番。

みなさん待っていて下さい。私達のフラメンコを。

2013年4月3日

※当日券ご予約方法は、昨日のブログ(以下)でご確認下さい。公演当日12:00〜17:00まで、080−3932−9048までお電話でご予約して頂けます。当日券完売も予想されますのでお早めに!

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